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2006年7月22日 (土)

みかじめ料、復活か

暴力団、いわゆるヤクザの稼業は映画などの娯楽作品で十分に語られてきたので皆さんご存知のことだろう。それぞれの組があり、組が根ざした土地で商売をする人間は毎月いくらかの、「みかじめ料」を支払わねばならず、組はそれを収益とする代わりにその土地の用心棒的な役割を請け負う、などといった風の話だ。その他、覚せい剤の問題や銃刀法違反、また抗争など話題は尽きないのだが、今回はこの「みかじめ料」を中心に書きたい。

平成9年に暴力団対策法が改正・強化されるまで、この「みかじめ料」の伝統は続いてきたと言われている。先に貰う代わりに用心棒的な役割を請け負うと書いたが、これは語弊がある話で、本当に商売を守るような用心棒となれたのか不明であるし、商売人の誰もが望んでいたわけでもないだろう。とかく日本のヤクザと大衆の繋がりは面倒なこともあれば、ごく自然な形で癒着していたりもするので表現は難しいが、さすがに望まなかった人間もいることは事実であると断言できる。

刑法に触れるような暴力行為を受けなかったとしても、それに相当するような脅迫めいた威嚇行為により、やむを得ず毎月一定の「みかじめ料」を支払ったり、示談交渉にしゃしゃり出る行為を止められなかったりと、昔の商売人はヤクザとの付き合い方に頭を悩ませていた。警察にいくら相談しても、当時は彼らを罰する法律がマトモに成立していなかったため、民事扱いされ「民事不介入」の原則により何ら解決しない現状であったという。

パチンコ屋にもこのような問題はついてまわった。旦那と私が出会うずっと前、旦那がまだ学生だった頃――もう十年以上も前になる話だが、義母が現役で店の経営に携わっていた頃だ。新規店をオープンするたびに、地元のヤクザが乗り込んできては、金を払えだの誰の了承を得たんだのと、面倒な厄介を持ち込まれていたという。特に「換金所の権限をこちらによこせ」といった要求には頭を悩ませ、気丈な義母はそれなりの人間関係を以って解決したらしいが(その詳細はここで省かせていただく)、ひどく難儀な状況だったらしい。

パチンコ屋が換金所までも自ら運営してはならないことは過去も同様で、当時はオーナーの知り合いや友人、また金景品を扱う業者、あるいは地元のヤクザに任せる仕組みとなっていた。特にヤクザが任せられるケースが多く、彼らに月数十万から数百万の給与(みかじめ料)を与える関係が出来上がっていたという。義母に対し換金所を任せよとしつこくまとわりついてきたヤクザも、この金が目的だった。

ヤクザの厄介な乱入が続くと、地域商業の順風満帆な発展はまず見込めない。ようやく政府は重い腰を上げ、改正暴力団対策法が成立・施行される。これにより全国各地のヤクザの威嚇とも言うべき行為は殆ど萎縮し、金品の請求は一切なくなった。またパチンコ屋の換金所に関しては、TUCの設立により換金所は中継ぎ業者が運営するようになり現在に至る。景品が全国各地で同型のゴールドを扱うようになったのも、これらの流れによるものだ。むしろ店舗内でしか通用しない、独自の景品を出す店は「いまだにヤクザとの繋がりを保っている」として警察に睨まれる傾向にあるため、ヤクザとなんら関係のない店でも大景品2500円、小景品1000円のあのゴールドを使用する風潮となった。

ヤクザも大っぴらに法を犯すわけにもいかないし、まして法を破ってまでカタギの人間を傷つける行為は彼らの道義に反するだろう。こうして地元商業から彼らの多くが手を引いていったのだが。

今年の7月、つまり今月に入り栃木県のある繁華街にみかじめ料を請求するヤクザが乗り込んできたというのだ。請求されたのは小さなスナックを経営するいわゆるママで、「この辺一帯をまとめる●●組の者だが、みかじめ料を払ってもらいたい。見たところ、経営も苦しそうだから月に一万か数万でいい。月末にまた来るので、そのときまでに返事をくれ」とチンピラ風情の男に言われたというのだ。

改正暴力団対策法が施行されて、はや十五年近くになろうとしている。現在店を開く人間はもはや「みかじめ料」だとか、ヤクザとのやりとりだとか、今いちピンとこない話であるし、ただただ恐ろしかったに違いない。ママはすぐさま地元警察に相談し、それなりの対策を練ってもらったそうだが、警察関係者はこのように応えたという。

「暴力団も決して景気がいいわけではないので、法を破って乗り込んでくることもあるでしょう。しかし、本当に彼らが組に属した極道の人間であるか…例えば、その辺のチンピラがヤクザをかたって小銭稼ぎをしようとしている可能性もあります。どちらにしても警戒する必要があるので、相応の対処はします」

何かが起きるまで決して行動しない、いかにも鈍足な日本警察らしい話だがなるほど、その可能性も十分にある。果たしてこの時勢に彼らが法を破るだろうか? しかも以前はみかじめ料を数十万円とり上げていたのに対し、「経営が苦しそうだから一万円~」とはなんとも不思議な要求である。法を犯すリスクと収益が見合っているとは考えがたい。

まだ返事を出す月末にもなっていないので、この問題は未解決となっているようだ。報道されれば本物のヤクザであったのだろうし、何事もなければチンピラの偽りであったことになる。しかし本物であったら、これをきっかけにヤクザが動き出すかもしれないと地元警察は警戒を強めているようだが――果たしてどうなるのだろう。気になるところだ。

現在のパチンコ店経営からヤクザ稼業の人間は一切追放されている。またあからさまに極道とわかる人間の入店は、パチンコ店はおろか雀荘ですら断ることが多い。それによりパチンコ店は一層クリーンな、ファミレスさながらのイメージが定着しこれだけ規模が拡大されたわけだ。彼らが日本の諸悪の根源だと思わないが、商業を発展させる際大きな壁となるのは間違いない。ぜひおとなしく、沈黙し続けていて欲しいと思うのだが、無理だろうか。

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コメント

やくざと的屋と違いがあるので、多分混同されているのではと思うのですが・・・。
本来のヤクザと現在のヤクザの大きな違いは地域社会の密着度が関係してます。

もともと的屋としてのヤクザは本当に用心棒でした。
特に娯楽に関しては博打が主流だった頃は、暴力によって荒らされないように的屋が守って、娯楽を楽しみにくる宿場町が反映するという図式でした。
旧ヤクザとでもいうのでしょうか?(笑)。

ところが、ヤクザは段々法と供に変化していくしか道はありません。
いつのまにか、他の地域のからの暴力から守るべき存在が、地域を荒らす存在に変化しました。

これがパチンコ屋などに巣食ったいわゆるヤクザです。
いや正確には暴力団ですね^^;;。
健全化に関してはもともと大賛成でしたのでよかったのですが、結局はこれが元で警察官僚が天下るし、規制はばかばかしい事になるし、今となっては正直、官僚が暴力団に見えてしまいます^^;;。

もともとこじんまりとした場末のパチが好きでよくいっていたので、大型店舗してしまったのが残念です。

投稿: じゅぁき | 2006年7月24日 (月) 15時15分

ちゅう太さん、毎度。8月1日の茨城工場(850キロ離れた)に出社する為の荷造りも完了し、いざマイカ-で出陳ってとこです。
さて、みかじめ料についてはどの業界でも
存在していると思う。
企業で言えば上層部のスキャンダルのもみ消し、対外トラブル対応等多々あり公表する事により企業のイメ-ジダウンを恐れるから
極道の方に依頼する。
トラブルが解決しお金を払うと企業は関係を絶とうとして関係悪化となる。
極道の方からして見ると、「企業の都合のいい時だけ利用しゃがって」と思うし
やはり一度繋がりを持つと最後まできっちり
関係を継続する気持ちがないとアウトロ-の方とは付き合えないのではないか?
換金所は、ハッキリ言って堅い商売ですね。
泥棒に入られない限りどんな状況であり
黒字ですから。羨ましいです。

投稿: 白壁 | 2006年7月25日 (火) 05時44分

>>じゅぁきさん
ヤクザとテキ屋、殆ど違いがわかっていません、ごめんなさい。それでも地域にごく自然に馴染んでいるそういった稼業の方もいるハズ、というのは何となく知っていて、「ごく自然な形で癒着していたりもするので表現は難しい」と描いてみたのですが…テキ屋さんのことだったのですね。
実は私の祖父と叔父がヤクザでした。祖父はその長だったので、いわゆる組長という存在だったと思います。私の父は彼らと違う仕事をしたかったので、公務員という職に就き、家も別に建て、家族が彼らの影響を受けないように守っていました。そのせいもあってか、私は全く彼らの稼業について判りません。でも、今にしてみれば判断力がついた頃にもう少しお話してみればよかったと、後悔しています。好奇心もあるし、血の繋がった祖父のことをよく知らないまま亡くしてしまったので…ずいぶん可愛がってくれたのに、後悔する気持ちです。

それでも、数少ない記憶を辿ると、祖父の家は近所の人々が自由に遊びに来ては一緒にお酒を飲んだり、くだを巻いたり、賑やかだったのは覚えています。映画やニュースで観るような極道くささはあまりなくて、ひょっとすると、そのテキ屋的な存在だったのかもしれませんね。今叔父がどのように暮らしているのかも判りませんが、ぜひあの雰囲気を保ち続けて欲しいと思いました。

東京に彼らのような存在はまだいるのでしょうか? 全くわかりませんが…古臭いけど、いたら嬉しいなぁ(笑)。パチンコ屋に妙なお客が来ることは殆どありませんけど、やっぱり営業していると地域と少し揉めることはあります。警察に相談する話でもなければ、法的に処理しても気持ちは解決しませんからね。地域の気持ちの拠り所となってくれるような、解決屋さんがいてくれると、嬉しいし安心します。

それに確かに、天下り官僚や警察の方が、あこぎな規制改正をしてますよね。実際、5号機なんてその象徴ですよ。もちろん北朝鮮問題を考慮したら「仕方がないのかな」なんて少しは納得できますが、それなら送金していない韓国系のパチンコ屋はどうなってしまうのだろうと…。
送金が気に入らないのならば、共謀罪のみで十分だと思います。

投稿: ちゅう太 | 2006年7月25日 (火) 10時18分

>>白壁さん
8月から茨城なのですね。850キロとは、信じられない距離を走らねばなりませんが、頑張ってください。途中、事故などにあわないようお祈りしています。高速道路の運転は本当に気力体力、消耗しますから…。

じゅぁきさんにも指摘を受けたのですが、揉め事を解決してくれるようなテキ屋さん的ヤクザと、地域を荒らすのみの暴力的ヤクザと、2種類いるようです。難しいですね。どうせならテキ屋さんに頑張って欲しいものです。
今はどうしても、暴力的ヤクザのほうが目立ってしまうし、面倒な存在です。確かにカタギの人間を傷つける話は耳にしませんけど、こちらが望んでもいない役割を暴力的に求めてこられると、参ってしまいますしコワイです。

私も「一度繋がりを持つと最後まできっちり
関係を継続する気持ちがないとアウトロ-の方とは付き合えないのでは」と思います。もちろんその、テキ屋さんは別かもしれないし、暴力団だからといっても人によるのでしょうけどね。それでも今はとにかく暴力的なヤクザが目立つので、付き合いたくないです。
ウチはパチンコ屋と不動産をやっていますが…今後、旦那の元に彼らが来ることがないように願います(まぁ、来ることはないでしょうけど)。

換金所は現在どこも、ゴールド景品をホールに持ってくる業者が運営しています。安定した収益があって羨ましいですよ(笑)。ホールだって赤字の日がありますし。。

投稿: ちゅう太 | 2006年7月25日 (火) 10時38分

的屋は現存してるところは関東にはないって聞いた事があります。大阪も暴力団がメインだと。
どこかにあるかもしれないですが、時代と供に消えたのかもしれません。

祖父のお話を見ると、おそらく的屋だったのではないでしょうか?
的屋は商店街の揉め事を仲裁に入る事もあったので、地域住民からいざというときは頼りにされていたようです。

もしゴクセンを見ていれば、宇津井健が一番近いでしょうか?(笑)。
あんな人たちはもういないと思った方がいいかもしれません・・・。

投稿: じゅぁき | 2006年7月26日 (水) 11時08分

そうですか、やっぱりテキ屋さんは、もうないのですね…関東にない、ってことは叔父の組も随分違ったものになってしまったのでしょう。もう長いこと連絡を取っていませんし、もともと叔父とは疎遠だったので、現在はどうなのか判るすべは無いのですが。

ごくせん、観てましたよ(笑)。どちらかというと、最初は原作のマンガから入りました。コマ割りも気が抜けているし、背景描写が殆ど無い、本当に脱力するようなマンガなんですが、面白くって。
ドラマは旦那がハマっていました。それにつられて私も観たんですが、小栗旬くんが可愛らしかったです(笑)。まだデビュー間もない頃だったとか。

マンガの方も、地元に愛されているヤクザさんの図が描かれていましたよ。そうか、もういないんですね…。ああいう何でも屋さんみたいな存在がいないのも、なんだか寂しいものです。いたら、近所づきあいも楽しくなりそうなのに。

投稿: ちゅう太 | 2006年7月27日 (木) 08時38分

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