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2006年7月22日 (土)

素晴らしき原則の人

「私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが、
 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と
 松平は 平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている
 だから 私あれ以来参拝していない それが私の心だ」

話題の昭和天皇メモ、非常に興味深い。靖国神社にいわゆるA級戦犯と呼ばれている人々が合祀されていることに、昭和天皇自身が不快感を示した貴重なメモである。

松岡とは国際連盟脱退や、日独伊三国軍事同盟の締結などで知られる松岡洋右元外相であり、白取とは白鳥敏夫元イタリア駐在大使を指す。また筑波は、筑波藤麿元靖国神社宮司であり、彼は66年に旧厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取りながら合祀しなかった。松平とは終戦直後の宮内相、亡き松平慶民氏であり、その子は彼の長男である松平永芳氏である。永芳氏は、78年10月にA級戦犯を合祀した当時の靖国神社宮司だ。ちなみに昭和天皇が、松岡外相や白鳥大使をあまり好ましく思っていなかったことは有名な話である。

これは亡き宮内庁長官、富田朝彦氏の手帳に残されたメモ。富田氏は74年に宮内庁次長に就任し、88年6月に退官するまでの間、昭和天皇とのやりとりを日記や手帳に残していた。これはその一例であり、昭和天皇自身の筆ではないにせよ、メモそのものには「昭和天皇の発言をその場で書き付けたような、臨場感がある」と非常に信憑性の高いものだと判断されている。確かにひどく直截的で、それだけリアリティーを感じる。

天皇に側近く仕えた者は、天皇の言葉や表情に直接触れる機会が多いので、本人や遺族がその気になればこういった類のものはもっと出てくるだろう。ただこれまでは社会的影響が大きいため殆ど公表することなく、墓の下まで持っていくというのが言ってみれば仕えた者とその家族の節度、もしくは礼儀だった。しかしこの時期に、このようなメモが出てきたことにある種の意図が感じられないこともない。

ともあれ、A級戦犯の合祀・分祀問題に今後影響を及ぼすのは間違いないだろう。ただしこれは、あくまでも合祀問題に言及した内容であり、首相参拝の是非を説いたものではない。言いたいことは何でも言う、軽はずみな小泉純一郎首相に早く引退して欲しいものだが、彼が「首相参拝には影響しない」と発言するのは理解できる。

それにしても昭和天皇はなんて原則の人なのだろうと感心させられる。戦犯合祀問題はこれまでも多く語られてきたが、その論旨の大半は「戦犯であろうと国のために尽くした功績があるので合祀したい」あるいは、「アジアの平和に貢献するためには分祀したほうがよい」「天皇や首相が参拝しやすくなるためにもぜひ分祀を」といった内容だった。

確かにA級戦犯だろうと、B・C級戦犯だろうと、普通の兵士だろうと、皆国のために尽くしたのは紛れもない事実だ。それぞれの思いを抱えながら、日本のために力を尽くしたのだ。戦争に勝てばよかったし、勝てば全てが報われた。だが、負けてしまった。敗戦を迎えたのならば、気の毒ではあるがその責任を当時の指導者は取らねばならない。文明国であるならば、それは当然の流れである。

本来はその指導者責任を、日本国の法廷と法理で裁ければよかった。しかし敗戦国にそのような土台は持ち得ず、またアメリカGHQの民主化政策により到底無理であった。必ずしも正当な手続きではないという、一種の不安や胡散臭さを感じながらも東京裁判がそれに代わるものとして位置づけられ、連合国の思想と法理に基づき裁かれることになってしまった。ちなみにこの状況は現在のイラクと同じである。

戦後の日本人が、A級戦犯だとか戦争犯罪者、戦争責任といった言葉をいまいち上手く使いこなせないのは全てここに起因する。指導者責任を追及するのは敗戦国国民の原則であるが、そのやり方があまりに懐疑的であった。屈辱や違和感を覚えながらの裁きに納得しきれないものが、心のどこかにこびりついているのかもしれない。敗戦とは、どれだけのリスクを背負わねばならないのだろう。当時の歴史をすんなりと受け入れ、日本人として明確な意思を述べる言動を六十年経った現在に至るまで曖昧にしてしまう。

しかし昭和天皇の「A級戦犯分祀意思」は、このような迷いや曖昧さを全て払拭した内容である。昭和天皇は懐疑的な東京裁判により裁かれた結果であろうと、何にせよ彼らの指導者責任は追及されるべきで、敗戦という辛酸を国民に舐めさせた彼らが他の兵士と同じ靖国で眠るべきではないと意思表示しているのだろう。もちろん当時の指導者それぞれが力を尽くしたことは、昭和天皇ご自身がよく知っている。だが、だからといって、敗戦の責任が消失するわけではない。それは死しても変わらぬというわけである。

また朝鮮半島や中国など、アジアとの兼ね合いもある。戦後、昭和天皇は「アジア各国との和平関係は必要不可欠である」とし、幾度もそれらを訪問している。どんな大儀があったにせよ、結果としてアジアを戦火の海に巻き込んだ戦犯を靖国に祀ってしまっては、今後の関係に響くことは明白であり、事実でもある。指導者責任を追求するのであれば、魂になってもアジアの平和に尽くせということだろうか。

もちろん、指導者責任の追求という論理にのっとると、昭和天皇の退位問題がある。昭和天皇ご自身も退位を考えたようだし、天皇制そのものの廃止も想定したらしい。だが、当時の幣原喜重郎首相らを始めとする政治家・官僚、またGHQ最高司令官マッカーサーなどの意思により、人間宣言をするのみに留まった。これに関する明確なコメントは残されていないが、昭和天皇にまつわる書籍などを読むと、「国民を敗戦に追い込んだ、敗戦国の天皇というレッテルを背負い、その上で任務を全うしていく」ことが天皇ご自身なりの課題となったということだ。戦後の昭和天皇による外交功績はここでは省くが十分な結果を生んだはずだと私は考えている。指導者責任としては退位すべきであったが、在位し続けたことにより、得るものは大きく戦後の責任を果たしたと言っても過言ではないだろう。

たとえどのような状況であろうと、指導者たるもの、何かしらの敗戦の責任を追わねばならない。シンプルだが筋の通った当然の内容である。昨今の靖国合祀問題に一石を投じる意思だ。

個人的には東条英機を始めとする、A級戦犯と呼ばれ連合国の論理で裁かれた方々を気の毒に思う。できることなら、当時全力を尽くした英霊として靖国で眠らせてあげたい。しかしそれはあくまで、情の問題であって、主権を持つ日本国民として政治的かつ論理的な意見ではないのだ。政治問題を感情的に片付けてはならない。昭和天皇のご意思は、この原則を思い出させてくれる貴重な内容であった。

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コメント

小さいときに私は大きな勘違いをしていた時期がありました。昭和天皇が戦争をしたがっていたんだと^^;;。
もう後で事実関係を知ったときは、大変な間違いだったと思いました。

そして、今回のメモはあきらかにリークとしか思えないところがあるにせよ、これってもの凄く重要なものである事は確か。

靖国の問題は本来国内問題という立場は個人的にそうだと思う。
A級戦犯に対しての総括がなされ、アジアや近隣に理解を求めた上で合祀したならこんなにこじれなかった。

そもそもA級戦犯が合祀された理由が遺族会の政治家への圧力と、当時は懸念されないという無知の結果が現在に影響を与えている。

ただ、それにしても中国と韓国は歴史を捻じ曲げやりたい放題なのは確かである。
当時の世界情勢をいっさい無視して歴史を局所的に見せて日本を悪者にしかしない。

昭和天皇を見なおしてから十数年、このメモの内容を信用するだけの材料が多くある。
いい加減靖国の問題も決着へ向けて歩みだして欲しいものだ。
小泉節ではなく、ちゃんとした解決へ向けて。

投稿: じゅぁき | 2006年7月24日 (月) 15時00分

どもです、じゅぁきさん。いつも色々読んで下さって、ありがとうございます。

うちの父の影響で、皇室関係と日本史の書物はたくさん読むハメになってしまってました(笑)。入江相政日記や、高松宮日記、その他おもに文芸春秋から刊行されている皇室ドキュメンタリー、また古代史から現代に至るまでの数多の歴史関連書物。おかげさまで大学入試は楽でしたが、役に立ったのはむしろそれくらいです(大学では経済を専攻していましたし)。今となっては趣味でそれらの書籍を読んでいるのですが…。

まぁそんなこんなで、良くも悪くも自分なりの歴史観を培うことはできたと自負しているのですが、それでも天皇の発言や意見に関してはつい身構えて、こわばりながら反応してしまいます。それはこれまでの天皇という存在の重みに対する畏怖であったり、戦後は象徴となった方(戦前までも象徴であったようなものですが)が意思を表すという言動に対する、ちょっとした疑問によるものです。

つまり冷静であろうと自制しつつも、どこかで興奮を抑えきれない反応をしてしまうわけですが、やはり昭和天皇のこのご意思は、少なくとも私の目を覚ましてくれました。東条英機を始めとする、戦犯の方々はどんな結果を導こうと、国のために尽力したのだからせめて靖国で眠らせてあげたいと願っていましたし、彼らが戦犯とされる所以は全て連合国主催の東京裁判にあると考えていたからです。

もちろん彼らそれぞれの功績や、当時の日本に対する思い、そして東京裁判が日本の法理を無視していたこと、全ては事実であります。それでも彼らの指導者責任は追求されるべきであることは、忘れていました。つまり私は連合国によって裁かれた指導者たちに同情していただけなのです。

靖国合祀問題に、この指導者責任がどこまで絡んでくるのか判りませんが、昭和天皇はあくまで同情を無視し、彼らは裁かれるべき存在であると暗に主張しているのを知ると、なんて理性的な判断だろうと目が覚める思いでした。これまで様々な意見が取り交わされてきましたが、マスコミも、遺族会も、多くの書籍も、そして私も情のレベルでしか戦犯の方々を捉えていなかったと思います。

既に東京裁判で下された諸々の刑罰が執行されていますが、日本人として独立した判断を彼らに下す場所は靖国しかないのかもしれません。今回のメモはこのような気持ちを知らしめてくれたと感謝する思いです。

反日教育で多民族国家をまとめる中国、未だに罪を償っていない(いえ、私は罪だと考えておりませんが)と主張する朝鮮半島、そしてそれと対峙し続け国内にまとまりのない日本、いかに低レベルで情けない政治と思想を保持してきたか…日本人として反省しました。ぜひ、コイズミや今後首相となる存在にはこの思いを背負って欲しいものです。本来の独立心、自立心を忘れた戦後日本も、そろそろ霞んだ目をこするべきでしょうね。

投稿: ちゅう太 | 2006年7月25日 (火) 09時46分

いつも視点が面白いし、かなり物事に関してしっかりした物言いだなと思ったら歴史を勉強されていたんですね(笑)。
役にたってないなんて事ないですよ^^/。
そういった勉強は日々のコミュニケーションで十分に役立っていますが気が付かないだけですよ^^;;。

さて、東京裁判と天皇のご意向を考えれば、このメモの信憑性は高いでしょう。ただ、その前に岸内閣で二年も前に天皇の参拝は私的か公的かですでにもめていたので、こちらがそもそもの理由だと主張する人もいます。

私的には”どちらも重要な理由”だと思ってるんですが(笑)。

東京裁判をいまさら否定して何になるのでしょうか?
というのが基本的な考えです。だって、戦敗国なんですから。
もし、もっと早くに名誉の復帰を国をあげて総括していれば、遺族が靖国に無断で合祀する事もなかったと思います。
もしといってもはじまりませんが(笑)。

せめて今からでも総理大臣は外交の一環としてきちんと総括して、日本人の心を和ませて欲しいものです。

いつまでも国内でごちゃごちゃ言い合うのも疲れないのですかね?評論家も(笑)。
などと思ってしまいます^^;;。

投稿: じゅぁき | 2006年7月26日 (水) 10時40分

じゅぁきさん、ありがとうございます。面白いと言ってくださると、本当に嬉しいです。素人の文章とはいっても、どうせ公開するなら読んで下さった方が少しでも面白いと感じて欲しいな、なんてことをいつも考えているので…。嬉しいです。これからも宜しくお願いします。

そうですよね、靖国問題、もう疲れてしまいますよね。毎年夏を迎えるたびにこの話題になるし、特にコイズミが首相になってからやたら取り沙汰されていて、メディアも他にネタがないのかなぁと情けなさを覚えますね。
しかも論点はいつも同じ(笑)。もういい加減、こちらもソラで暗証できるくらいですし、皆疲れないんでしょうかね。
逆に靖国問題で意見提示することで、ご飯を食べている評論家や政治家くずれの人間が多くて、視聴者として気が滅入ってしまいます。なんなんでしょ、彼らは…。

天皇の公式・私的参拝に関してですが、なんだかこの論調も戦後根無し草となってしまった日本を象徴するかのような、曖昧な視点が浮き彫りにされていますよね。日本国憲法制定後、天皇は象徴という存在になられたのだから、公的も私的もないのです。あえてどちらであるかといえば、天皇は日本国の旗であり、常に公的なお立場なのではと私は考えています。
一私人、もしくは国の政治的機関の人間としての感情を露にすることは、この憲法によって半ば禁じられている状況なわけですから、「私的に」参拝することなど有り得ないのです。このような現状を個人的には気の毒に思いますが、憲法上の大原則なので仕方がないとしか今は言いようがありません。

それを踏まえて、日本国の象徴である存在の方が、現在の靖国に参拝することはどのような意味を持つのかといったことを考えねばならないのですが…。ここではちょっと置いておきます、はい。

象徴という、人間のようで人間でない、国旗のような存在である以上、その意思を公に発してはならないというお立場なので、昭和天皇も戦後政治やその他の思想に何も口を出されなかったのでしょうね。そんな方の意思を残すメモが公になったわけですから、とても貴重なものです。

東京裁判、個人的にはこだわってます(笑)。アメリカ大嫌いになりました。それでも、敗戦したという歴史をしっかり見据えて現状と今後を考える姿勢は大切ですよね。じゅぁきさんの仰るとおり、現在はあの頃の歴史に疑問を抱くばかりで(抱かないよりはましなのでしょうけど)、先のことを何も考えていない気がします。意固地にこだわるよりも、起きてしまったことを肯定し受け入れなければ、ひとりの人間だって成長できませんものね。


投稿: ちゅう太 | 2006年7月27日 (木) 08時32分

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