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2006年10月13日 (金)

核実験がされたけれど

北朝鮮が核実験を遂行してずいぶん誇らしげな態度をとっているようだけれど、世界各国よりの非難もずいぶんなものである。非核三原則を掲げる日本はともかく、アメリカだろうとフランスだろうと中国だろうと、いかめしい軍隊が整備されている国の殆どが核爆弾なるものを保持しており、現在だってそれに勝る強力な武力の開発に力を注いでいることだろう。

日本は1945年8月に広島・長崎両都市が核の被害にあい、多大なる――想いを馳せるしかないのだが、街は崩れ、人々は焼けただれ、生き残った方々もその子孫も遺伝子レベルの病の不安を抱えるような――悲しい現実を被っている。世界で唯一、核の被害とその痛みを身をもって証明させられた国なのであるが、それでもなお、世界から核が消滅することは無く、各国の最終軍事的手段として温存されている。
もちろん日本が核による被害がどれほどの損失であるか、非人道的な武力であるか、国家間の交渉手段である戦争だからといってやっていいことと悪いことがあるのだといった――喧嘩のルールめいたものを世の中に訴えたことなど、基本的にはなく、軟弱かつ非力な態度を続けていたことに、国民は苛立ちを覚えてもよいだろう。しかし日本は憲法九条により一切の戦争を放棄している現在、自らの血を流してまで母国を守る覚悟と設備を持った諸外国に対し、のうのうと平和を説くこともできまい。

かといって日本が何かを訴えることが出来たとて、世界の核事情は変化を見せぬだろうし、核拡散ウンタラ条約が結ばれたってどこの国も、まるで自分の国を覆うシェルターのように軍備増強、核爆弾保持を怠ることはない。いつ何時も、平和と暴力は共存していて、平和を守るための暴力であれば、武力だとか軍事力だとか、あるいはそれに携わる人々を正規軍だとか官軍だとか、軍隊だとか、ただの暴力や暴力団からたちまち筋の通った名称に変化し、いかにも正しい存在であるかのように――さながらイエス・キリストさえも認めているかのように――人々の目に映る。そして平和を乱す暴力行為は、いつも罪に問われる仕組となっている。北斗の拳のケンシロウだって、善良な人々を守るわけでもなく、ただ思いつきで暗殺拳を使用していればただのテロリストである。暴力は状況によって、名称とその存在意義が大きく異なる。

しかし平和というのも暴力同様、状況によって異なるもので、非常に厄介なのである。判りやすく、かつ解決し難い問題が民族・宗教、言ってみれば思想問題であり、アメリカとイスラム圏の人々が覚える平和や安息は、内容の全く異なったものであることは明白である。誰しもが開放された社会を望んでいるわけでもないだろうし、古くから遵守してきた慣習を守れる状況が平和であると、もしくは平和に繋がるはずだと信じて疑わぬ人々もいる。それじゃカネと資源が上手く流通しきれねぇだろうと、ヤクザな攻め立てをしたのはアメリカであり、彼らのように歴史も培った文化も浅い国家にとってみれば、カネと資源が何より大切なのだろうということは、容易に想像がつく。古い歴史と文化を育んだ日本人にとってみれば、野蛮な行為に見えるし、私もそのように感じる一人だが、アメリカ人が平和を感じる手段として必要なものなのである事実そのものを、追及する権限などない。これ以上日本がコケにされれば話は別だが、現段階で、武力による無残な攻撃を受けているわけでもないし、何よりアメリカ市民ではないからだ。

よって北朝鮮が共産主義国家であろうと、国家方針として軍備をいくら増強しようと、他国があれこれとヤジを飛ばすのはいささか品の無い話である。もちろん他国の援助に対する恩も省みず――日本などは援助をした挙句拉致までされているというのに――傍若無人な振る舞いを見せる北朝鮮国家も、犬の糞のような集団ではある。されど、思想や国家方針そのものは、他国にとっては特別関係のない話で――たとえ北朝鮮人民とやらがいくら餓死していようと、だ――そこまで共産主義・独裁国家が気に入らぬのであればアメリカこそ一発お見舞いしてやってはどうか。ロシア以外、如何なる国も文句を言うまい。そしてロシアも、プライドは傷つくだろうが北朝鮮が消滅しようと、実質的な被害などあるまい。

核実験そのものは、あらゆる状況を考慮した上での北朝鮮の政治的判断であり、幼稚な判断ではあるが、仕方のないことではある。付け加えておくが、私には決して北朝鮮に思い入れなどないし、ひたすら拉致問題の解決を願うばかりだし、拉致を国家レベルで行うような国などやはり鼻糞である。
問題は、核実験を遂行したか、ではなく、如何に今後の北朝鮮問題を解決するかその手段なのだ。ここ数日のテレビ報道はそれを忘れているようで、ひどく憂鬱になる。核がどれほど恐ろしいものなのか証明してみせた国が、一体何をやっているのだろうかと情けなくなる。マスメディアはいつも、憲法問題も何もかも、ご近所の井戸端会議レベルに落としてしまう。面白けりゃ何をやったっていいというのは、カネと資源が手に入れば空爆したって構わないとするアメリカや、援助のためならテポドンも良しとする北朝鮮と何ら変わりが無い。非常に下品だ。

それもこれも、戦後の日本政府が、ただただ卑屈な外交を重ね、60年たった今も法整備もされず、ただ太平洋にポカンと浮かんでいるだけの国づくりをしてしまった結果である。政治や法が間違っていると、人間の心は腐る。これから負の遺産を、良く活かし豊かにせねばならない。安倍総理やその他の政治家、そして今後総理となる方々は多大なる責務を背負うわけだが――ぜひ頑張って欲しい。イチ国民である私は、後の世代に何か残すべく、主婦として子を産み子を育て、旦那とともに家庭を守ることに尽力しよう。

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コメント

あれはTNT爆弾だと思いたいですね。
実験状況を映像で発表しないのがおかしい。
「我が国の力を見よ!」って具合に普通なら出しますよね。 それがないって事は、実験失敗か核爆弾ではないって思えるじゃない。
だから、私としては北朝鮮が核爆弾をまだ出来てないんじゃないかな~と思いたいのです。 それよりもドイツみたいに何かの間違いで国境がなくなってしまえばいいのに。

投稿: kaki | 2006年10月13日 (金) 12時40分

毎度、じゅぁきです。

この問題は本当に大きな禍根と未来への宿題を提起した事になり、難しい問題と思われます。
だいたいアメリカの二重外交や、自分の好みで攻撃する態度に誰も、いやロシアと中国くらいは反対するが、それ以外が言えない。

国連は名前の通りのものではなく、単純に言葉の喧嘩で戦争を回避する場所に成り下がっているし・・・。

最近、TVのNEWSを見なくなりました^^;;。
本質論が欠けているというちゅう太さんの考えと同じで、あまりに国民をバカにしてる報道が多いからです。

日本は核の被害を訴えていました、”市民”レベルで。
しかし、耳を貸さない者達に届く声ではなかったということになります。
この責任は、結果責任として過去の歴代の総理にあるのではと思ってしまいます。
が、今更歴史にIFを求めて現実逃避してもしかたのない問題だと思いつつ、普通の生活とのGAPがどうにも・・・。

もし、人間が戦争をしらなければ平和であったろうと思いますが、現実は知ってしまっています。
これを、知らなかった時代のようにする事は可能なのでしょうか?
もし武力を持たないならば、アイヌやネイティブアメリカン、その他歴史の中に埋もれた民族のように消え去っていくしかないのは、歴史が教えてくれています。

地球全てに催眠術で戦争や武器の記憶を一斉になくせたらいいのに・・・。
と、結局現実逃避なこの頃ですorz。

投稿: じゅぁき | 2006年10月13日 (金) 13時22分

こんばんは、kakiさん。北朝鮮の核実験は、果たして核であったのかと疑問の声が上がっていますよね。確かに映像や具体的な内容を人民にすら公表しないのか、ナゾであります。核実験に使用されたのは、広島原爆の1/10ほどの規模を持つ核爆弾だったのではないかとか、とも言われていますが…確かに事実を検証するのは難しいです。

まぁ事実はともかく、問題とされるのは北朝鮮国家の人間が「あれは核だった」…人類の最終兵器である核を利用した爆弾だった、と主張している現状だと思うので…。このブログでは、あくまでも核実験であったことを前提に書きました。

ホント、問題児です北朝鮮。他国に迷惑をかけず、揉め事を起こさず黙々としていてくれればよいのですが…。はぁあ。
できれば戦争というオトナの喧嘩などせず、いつの間にか38度線が消えてしまって「ありゃりゃ、ダメだこりゃ、なーんちゃって~…(カクカクカクカク…←膝を曲げて腰を振る音。十年以上前、少年マガジンで連載されていた名作『激烈バカ』のネタです)」なんてノリになっちゃえばいいのに。

……ってなんか私がダメっぽいですね。
お許しください。

投稿: ちゅう太to kakiさん | 2006年10月13日 (金) 22時33分

どもです、じゅぁきさん。久々にパチンコパチスロネタから離れちゃいましたよ(笑)。

テレビはもう「くりぃむしちゅーのタリラリラ~ン」と、「とんねるずのみなさんのおかげでした」の"細かすぎて伝わらないモノマネ"コーナーしか観る気が起きません。思いっきりバラエティですね…うむむ(笑)。だめだこりゃ。。まぁ、とかなんとか言って他の番組を観ちゃったりもする意志の弱さなんですけど(許してください)。。。

まぁ笑いに対する好みの差は存在しますが、テレビでは現実のウサとやらを瞬間的に忘れ、ワハハと笑顔を取り戻す手段としては非常に有効な番組が、数多く配信されております。でもまぁ、ニュース番組を筆頭に、政治経済といった私たちの現実に関わる問題を扱った番組が、「ワハハ」で終わってはならないわけで。
まぁ、さすがに「ワハハ」テイストに仕上がった報道番組は少ないと思いますが(笑。そりゃそーですよねぇ…)、それにしたって現実を見据えた姿勢が欠けているばかりに、語られる未来はいつも混沌としていて、とりあえず「お先真っ暗だぜ」っていう姿勢であればよかろうと投げやりな報道がなされています。もう、ニュース番組は淡々と事実を述べるだけで結構ですし、また政治経済問題をふざけたバラエティの題材にして欲しくはないよ、なんて思っちゃいます。

>>もし武力を持たないならば、アイヌやネイティブアメリカン、…
多分じゅぁきさんのことだから、ニュアンス違いだと思うのですが、念のため。
アイヌやネイティブアメリカンの方々は決して武力・武器を持たなかったわけではなく、負けたのは技術兵力云々が勝った団体よりも劣っていたからで、ガンジーのように非暴力・非服従を唱えたわけでもないし、少なくとも誰かを殺していると思います。

そうなるとガンジーの行動は暴力的でなかったのかという問題提起がされますが、これまた厄介で、ガンジーや彼と意志を同じくする人々は団体となり、相手方とは全く違う戦い方をとっただけであって、武器こそ手にしていないもののやっぱり戦ったわけであって、それは果たして暴力ではないのか、彼らは非暴力という名の武器をとっただけではなかったか、でも殺してないし…ワケがわかりません、私も(笑)。

まぁその、私が出した結論というのは…何かを守りたいと心を砕く人々は何かしらのカタチをとって戦わねばならぬときがあって、なんでそんな痛くて辛いことをせねばならないのかというと、思想や好みの異なる団体が存在してしまうからで、その団体の思想はどうしても相反するもので受け入れ難いものであって、仲良くなるなど到底ムリだと判断するからなんじゃないかなぁ、と思います(…そりゃ、そうですよね、スミマセン(汗))。それでいて、できれば互いを尊重しあって付き合えれば最高なのですが、どちらか一方が尊重すらも許せないなんて吠え出してしまうケースも少なくないわけで…。本当に切ないです。

そうなると最終的には、守りたい対象やコダワリさえ無くなれば、殺生してまで戦うなんて切ない行動は少なくとも軽減されるのではないかなぁ…なんて思うのですが、そんなんムリですし。
アメリカが「人間にとって重要なモノは金と資源だろうが。思想だの生活習慣だの文化だの言葉といった付属品の代わりは、いくらだってあるだろうよ」と言わんばかりに外交を行い続けているのは、ある意味、争いをなくす一環かもしれませんが…
それもなんだか違うぞ、と首を傾げ、アメリカを野蛮に思ってしまう自分もいるわけで…。

尊重しあえれば、譲歩できれば、一番良いのですけれど、思想・経済的事情から出来なかったりもして。

悲しいですね。
長くなってしまって、申し訳ないです。いつものことではあるのですが、最後まで読んで下さってどうもありがとうございます。


投稿: ちゅう太toじゅぁきさん | 2006年10月14日 (土) 00時41分

さすがに目をむけたくない話題に切り替わりつつあります、北朝鮮のこと^^;;。

ちなみにアイヌやネイティブ・アメリカンは武器を持ってました。
ちゅう太さんの言うとおりです(笑)。
戦い方があまりに守備的で、相手を思いやるばかりで、そこにつけこまれました。

同じ道をたどっては欲しくないけど、戦争嫌です(笑)。

投稿: じゅぁき | 2006年10月16日 (月) 10時33分

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