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2006年11月 1日 (水)

落鳥

つくづく、十月は散々だった。

何よりも愛鳥の死がただただ悲しく、愛鳥がパタリと倒れてこの世から失われてしまった瞬間を思い返しては、胸がきつく締め上げられるような痛みを覚える。生後二ヶ月にも満たぬ小さな身体で、愛鳥はその身体に巣食った病と闘っていた。じっと目をつぶり、微動だにせず、痛みに耐えていた。私も旦那も心配で、病院に連れて行っては処置を受け、交代でケージを見守り続ける、そんな日が続いた。

そんなある晩、愛鳥が眠るケージ内から穏やかでない音がする。何かが落ちたような音で胸がざわめく。慌てて保温のためにかけてある布をめくると、愛鳥が倒れもがいていた。左半身に全く力が入らないのか、左半身の羽根や足をひきずっており、まるで脳梗塞を煩った人間の後遺症のようだった。自ら起き上がることが出来ぬ状況に、愛鳥は苦しみ、その目はなんだか涙ぐんでいるような気がした。私は愛鳥を抱きしめ、旦那とともに胸がつぶれる思いで行きつけの動物病院へと車を走らせる。

危篤状態だった。保温機に入れられた愛鳥は、ぐったりと横たわり目を閉じていた。それでも心臓がドクドクと動いている様子が見て取れるので、私は何度も名前を呼んだ。呼びかけが通じたのか、愛鳥は薄目をあけ、身体に力を入れるのだが立ち上がることはできない。痛々しかった。せめて触れたいと、保温機の中に手を入れると、身体は温かく、心臓は動いているものの、全身の力が抜けていることがわかる。いつも撫でると喜んだ顔の周囲、背中、どこに触れてもグニャリとした感触が伝わってくるだけで、あたかも軟体動物のようだった。このまま逝ってしまうのかと思うと、熱い涙が溢れてきた。そのとき愛鳥がこちらを向こうと、力の入らぬ頭を動かそうともがくのを見、ますます涙が止まらなくなった。もう、いなくなってしまうのかと思った。

しかし奇跡的に回復した。あの状況下で力強く動いた心臓と、獣医さんの適切な処置が愛鳥の命を繋ぎ止めてくれたのだ。嬉しかった。その後は小康状態が続いたし、きっとこのまま快方へ向うだろうと、旦那も私も明るい気持ちを取り戻した。

ところが、再び愛鳥は危篤状態へと陥ってしまう。その二日後、動物病院から帰宅してすぐのことだった。獣医さんによる強制給餌のエサを、ケージ内に嘔吐してしまったのだが、何やら赤いシミが見える――血だ。

急ぎ病院へ向い、保温機の中へ入れられる。そのときは今回もきっと大丈夫だ、と私も旦那も思っていた。前回とは異なり自ら立ち上がることはできていたし、何よりあの状況から回復したのだ。この子は、心底生きたいという気持ちがあるのだから、きっと再び持ち直してくれると――獣医さんが「最悪の状況も覚悟してください」と沈んだ、呟くような声で言おうと――希望は捨てなかった。

旦那は仕事があるし、もう一羽家にいる愛鳥の世話もある。病院を離れ、私が残ることとなった。「きっと大丈夫だよ」なんてお互い声を掛け合い、別れた。今しばらく治療を受ければ、再び一緒に帰れる。もちろんすぐに全快はしないのだろうけれど、一ヵ月後には元気に家中を飛び回っているはずだと、本当にそう信じていたのだ。私も、旦那も。

私は治療の邪魔にならぬよう、愛鳥のいる保温機の傍にいたり、待合室で本を読んだりしていた。体内の痛みに耐える愛鳥は苦しそうであったけれど、その姿からより生きたいという強いメッセージが発せられているようで、頑張って、と心の中で何度も繰り返した。

深夜も過ぎ、朝になった頃だろうか。獣医さんが深刻な面持ちで口を開く。

「……強制給餌をしても、ブドウ糖をソノウ(胃)に注射しても、吐いてしまっています。病を抱えている身体に、全く栄養が取れていない状態ですから、もって、あと数時間かもしれません」

ウソだ、と思ったし、それでもやっぱりあの危篤状態から脱するほどの強い力があったのだから、きっと持ち直すだろうと信じていた――信じたかったのか、信じようと自らに課したのか、よくわからないが、信じるしか他にないことはわかっていた。

こんなとき私は何も言えなくなることもわかった。自分がマネキン人形のように、表情や思考が固まっていくのだ。ただ、「もって数時間」という言葉が、頭の中で鈍くこだましているだけで、「もって数時間」という意味や重みを感じ取ることができずにいた。そういえば私は祖父の死しか経験していない。それも最期を看取ったわけでもないし、いよいよ祖父が重篤だという際に病院に詰めていたわけでもなかった。医者に覚悟を無心される経験など、まるで皆無なのだ。

押し黙り動けずにいる私を前に、獣医さんは口をつぐみ、うつむいていた。さながら私の沈黙に、じっと付き合ってくれるような佇まいで、優しい方なのだなと思った。そして、獣医さんは科学もしくは医学的な見地で常に判断されていることも、思い出した。

……旦那に電話しよう。

旦那へ連絡した後、私はずっと愛鳥の傍にいた。嘔吐が続いたため、きれいな羽根がすっかり汚れてしまっている。痛かっただろうね、と思った瞬間に涙がこぼれそうになったが、こらえた。心を砕いてくれた獣医さんに失礼な気がしたし、未だに痛みをこらえ病と闘う愛鳥の前で、これ以上の涙は不吉な気がした。

愛鳥に呼びかけると、薄目を開けてこちらを振り返る。傍によろうと、保温機の中でヨタヨタと歩き出す姿が尚いとおしかった。時折、保温機に手を通し身体に触れるとやはり温かく、可愛くてたまらなくなった。本当にこの子は甘えん坊な小鳥で、よく懐いてくれた。元気な頃は私がケージから離れるだけでビィビィ鳴いた。仕方がないので肩に乗せると、私の頬にピッタリ身体を寄せ、ピタリと鳴きやむのだ。その時のケロリとした様子はとても愛嬌があったし、頬に伝わる柔らかい羽根の感触や温かみは心地よかった。エサの食べ方は行儀が悪くそこら中に撒き散らすし、飛び始めるとなかなか捕まらないし、甘ったれだけれど元気で暴れん坊な子だったのに。

涙をこらえながら見つめていると、なんとなく、愛鳥の様子がおかしいことに気づいた。身体の力が抜け始め、足がぐらつき出す。以前と同じような……獣医さんに声をかけると同時に、「これは本当のことなのか」という目前のものに対する疑念が芽生え、脳内が赤く染まってしまったかのようなショックを覚えた。とにかく愛鳥の名前を何度も呼んだ。愛鳥の頭がグラリと下がり始める。獣医さんが保温機を開ける。私はひたすら名前を呼んで、あぁ何もできないのだと、無力なのだと、愛鳥からまさに命が流れ出そうとするとき、自分を責めた。

動かなくなってしまった愛鳥を抱きしめ、周囲を省みず声を挙げて泣いた。獣医さんだって力を尽くしてくれたのにとか、旦那は看取れなかったのにとか、あれこれ思って涙を止めようとしたけれど無理だった。愛鳥は薄目を開けたままで、最期まで生きたかったのだろうと思うと、やりきれなさに苦しくなり、涙は止まらない。もう会えない。

その後、獣医さんが嘔吐物で汚れた身体を綺麗に拭いてくれた。抱き取ってみると、やわらかい羽根の感触が戻っていて、このまま動いてくれないかな、とその時ですら私は祈っていた。どこかでまだ、動くんじゃないか、眠っているだけなんじゃないか、と考えてしまい、未だそれを現実のものとして受け入れることができていなかったのだ。それはとても情けないことだし、愛鳥に対しても申し訳ないのだけれど、どうしても捨てられない気持ちだった。

病院を後にする際、獣医さんが私の手をとってくれた。包み込むように優しく握ってくれたあと「おねえさん、ごめんなさい」と、震える声で頭を垂れていた。形振り構わず泣いてしまってこちらこそごめんなさい、とか、ありがとうございました、とか、一体何を言ったらよいのか一瞬混乱すると、また涙が溢れた。愛鳥の亡骸を抱きしめ、とにかく頭を下げた。そのときようやく、ありがとうございますと言葉が漏れて、しみじみと獣医さんの献身的な治療に感謝した。

最期を看取れなかった旦那はより事態が飲み込めず、やはり愛鳥が亡くなったなどと信じられぬようだった。しばらく家でお互いに放心した後、神社の境内に埋め、スミレの花を植えた。そして再び家で放心した。ベッドに寝転び、ぼんやりと天井を見つめたり、「本当に死んじゃったのかなぁ」と互いに聞きあったりしていた。埋葬した後でさえ、もう会えないのだという実感が湧かないのだ。きっと今頃病院で給餌を受けているだろうとか、夜にはまた会えるとか――むしろ、愛鳥が生きていると思い込みたかったのかもしれない。

あれからおよそ一週間が経った。残ったもう一羽の愛鳥も、膵炎という病が発覚し通院している。旦那も私も、この子ももしや、と不安を拭いきれぬ日々を送っているけれど、すこぶる元気な態度が気持ちを明るくしてくれる。元来この子も甘えん坊だったので、私がケージを離れれば「ビィビィ」と鳴き、ちょっと外出するだけで騒ぎ出す。帰宅すれば再び鳴きだし、肩に止まらせれば落ち着いて身を寄せてくる。とても可愛らしく、無邪気に甘えてくる姿はとてもいとおしい。せめてこの子の病が完治するよう、間違っても重篤な状況に陥らぬようにと、無事を祈る毎日だ。もう二度と、あのようなやりきれなさ、痛みは味わいたくない。

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コメント

ちゅう太さん、残されたもう1羽の愛鳥を元気に育て上げて下さい。
やはり、生き物の命ははかないですから。

投稿: 白壁 | 2006年11月 2日 (木) 12時12分

白壁さん、コメントの公開やお返事が遅れて申し訳ないです(コお久しぶりなのに…)。
温かいコメントありがとうございます。

投稿: ちゅう太to白壁さん | 2006年11月 3日 (金) 23時29分

正直かける言葉が見つからないのですが、それでも書かせていただきます。

この記事を読んで、私も自分の家で飼っている猫に置き換えて読ませていただきました。・・・涙があふれてきていました。気持ちが痛いほど伝わってきて、私の涙腺を刺激しました。本当に心中御察しいたします。。

私からは、元気を出してくださいと書くことしかできませんが、時間が少しずつ洗い流してくれて、思い出として美化されていくとは思いますので今は哀しみに負けないでください。

ペットを飼うと決めた時点で、こういった場面と遭遇することがほとんど確定的ってっことは分かっているはずなんですけどね。。今はゆっくり心を休め、くれぐれももう1羽の鳥さんを大事にしてあげてください。失礼します。

投稿: セイジョージ | 2006年11月 4日 (土) 01時01分

セイジョージさん、温かいお言葉ありがとうございます。
セイジョージさんのブログにも、可愛らしい猫さんの姿がありますものね(本当にふくふくと温かそうで、可愛いです)。
ペットに関する話題って、種類に関わらず共感してしまいますが…なんだか寂しい話題に共感して頂いて、申し訳ない気持ちになりましたが、それでも有難うございます。

>>ペットを飼うと決めた時点で…
本当にそうですよね。わかっているはずなんですけどね。一緒にいる時間が本当に楽しいから、飼ってしまうんですよね。
ただ今回亡くなってしまった小鳥と過ごせたのは、ものの二週間ほどで、その半分ほどが看病にあたるものだったので…もっと元気な姿を見たかったし、楽しい時間をもっと与えてあげたかったと後悔ばかりです。お店にいる頃からきっと病気だったのでしょうが、気づかなかった私も私です。

…うぅ。本当に寂しい話題で申し訳ないです。

セイジョージさんも、猫さんをお大事に…って、大事にされているのでしょうけど。。。
自分より早く亡くなってしまうことがわかっていても、少しでも長生きして欲しいですよね。


投稿: ちゅう太toセイジョージさん | 2006年11月 4日 (土) 02時05分

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