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2006年12月31日 (日)

皆様、よいお年を。

この数日、ひたすら飲んだり打ったりしていた。ひたすら、と言うとなんだかヤケ酒を煽っている感があるのだけれど、正月休みに入った学生時代の友人たち、また以前会社でお世話になった方と久しぶりに酒を飲んだ。また打った、というのもスロットではなく麻雀で、友人と卓を囲むのも実に……一年、もしくは数年ぶり。とにかく皆と遊ぶのは久しぶりで、それはそれはとても楽しくって、夜通しはしゃいでしまった。正月休みのない旦那には申し訳ないのだけれど。

特に会社でお世話になった方というのは先輩で、入社した頃、仕事の流れなり作業なり、あるいは昼食をとる店なり夜中飲みに行く店なり、ひいては気をつけた方がよい上司や同僚、一読すべき本、自分の短所や長所――実に様々なことをアレコレ教わったというのに、どんくさい私はいつも迷惑をかけていた。仕事でもたつくのはもちろん、悪酔いしてしまったときの介抱までしてもらっていた。そんなわけで、どれだけ親しげに一緒にいようと私にとってはアタマの上がらない方で、退職して主婦になった今はこの方の仕事や私生活諸々どうかスムーズであるように、とお祈りしているのだけれど――今年も元気そうでよかった。隔てのある付き合いではないけれど、トモダチと呼べるような肩を並べられる関係ではないし(なんてったってアタマが上がらないので)、こちらとしてはお祈りするしかできない。

まぁ、先輩だけではなく、私の周囲にいてくれている方々のシアワセに私自身が一体どれだけ貢献できるかって実際は何もできない。実家の両親にはしばしば連絡したり、数ヶ月に一度は帰省して様子を見ることしかできない。旦那にはなるべく滋養のある食事をとってもらうなど、健康を気遣うことしかできないし、それは何となくシアワセへの貢献と言うよりも、現在の私の仕事と言った方が正確な気がする。友達には、愚痴の電話がかかってきたら聞くとか――と言っても私の友人は精神的にオトナなタイプが多くって、滅多に愚痴をこぼさないのだけれど(だから私みたいなのと友達なのかもしれない)――…、しかし、それもなんだかシアワセへの貢献なのかと問われると、限りなくハテナだ。

シアワセ、なんて言うと、例えば朗らかな笑顔や団欒する人々の漠然とした画像、あるいはホンワカと暖かいイメージがあるのだけれど、現実ではそのカタチはバラバラで一概に一般化できない。バラバラだからこそ法律や常識などの不文律で、ライン分けする部分や、それなりのカテゴリが大まかに設定されているのだけれど、あまりにも大まか過ぎて困ってしまう。今まさに小さなヒヨコが身を震わせて卵から産まれる瞬間を、うっとりと目を細めて見る人もいれば、一体どうしてこんなヨノナカに生まれてしまったんだと悲観的な気持ちになる人もいるだろう。あるいは近しい人が亡くなった際、どうしようもない寂しさを覚える人もいれば、ようやく目の上のタンコブが駆除されたと心の中でほくそ笑む人もいるかもしれない。

人によって、これまで抱えてきた流れ――例えば文脈のようなもの――は必ず異なるし、感情は人の内側に生まれるもので、シアワセとはカタチではなく感情でまさに実感するものだから、――本当に多様なものなのだ。敢えてシアワセの定義を挙げようとするなら、例えば後悔のないこととか、常に自分と周囲を好きでいられることかもしれないけれど、それだって甚だ曖昧なものだし、やはり人によって感ずるものは異なるだろう。そんなわけで、ただ私ができることと言ったら、単純だけれどやっぱりお祈りするしかない。

パチンコ業界に対する規制は厳しくなるし、北朝鮮問題や拉致問題、共謀罪、教育基本法、被害者が泣き寝入りするような判決、税金や経済をめぐる色々にフセイン元大統領の死刑執行、給食費を一向に支払わない親、イジメによる相次ぐ自殺、三十年後には北極の氷が溶け出す可能性大、……単純にイヤなニュースほど心に残るから仕方がないのだけれど、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃと本当に面倒で厄介なニュースは耐えないし、なんとなく先の日々が暗いような、不安なイメージを払拭しづらい。まぁ、それでも、どうしたって生きていくというのは私たちの大前提ではあって――例え仕事がなかろうと失恋しようと受験に落ちようと、カネや住む場所がなかろうと、とにかく今泣きたいほど悲しい気持ちであったり、だるかったりしても――生き続ければ、世の中は続くわけで、この先の日々がなくなるなんてことはない。国や会社や社会の仕組にはなくなるものもあるだろうけれど、生き続ける限り、いわゆる未来という時間がなくなるなんてことは、どんなに厄介なニュースがあろうと今辛い状況にあろうと、ない。

その時間の中で、私の周囲にいてくれている方々や、このブログを読んで下さったりリンクして下さったりコメントを残してくれた方々が、少しでも多くのシアワセを感じられる機会に巡り合えることを願って――それでは皆様、よいお年を。来年も何卒、よろしくお願いします。

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2006年12月27日 (水)

死体のような女性

深夜に薄味でダシの効いた、讃岐うどんが無性に恋しくなってしまった。生憎家にうどんの買い置きはなかったし、関東育ちの私にはどうもあの味は再現しづらい。というより、作り方がわからない。インターネットで検索すればチョチョイノチョイなのだろうけれど、わざわざ深夜にそこまでのヤル気が湧かなかった。頑張り過ぎない勇気ってのはこういう場面でも必要だろう、というわけで深夜、讃岐うどんを求めて私たちは車に乗り込んだ。

「讃岐うどんなんて、久しぶりだねー」なんて助手席で私ははしゃぎつつ、それでいてちょっと深夜のドライブに胸を躍らせていた。讃岐うどんも久しぶりだけれど、深夜に二人で車に乗り込むのも随分久しぶりだった。もともと夜中のドライブが大好きだったので、ワクワクしてしまう。渋滞も人通りもない夜中に普段走れない道をのんびり進むなんて、とても楽しい。目を爛々とさせる私に「頼むから、無鉄砲にアッチ行きたい、コッチ行きたいと言うなよ」と旦那は忠告しつつ、ハンドルを握っていた。
なぜなら助手席で「あっ、ココの道走ってみたい」「今度はコッチに向おう」「山道行きたい」とやみくもに運転手を誘導し、自宅はおろか東京からいつの間にか離れてドコかの県にいる……というのは私の特技なのだ。今までも明け方、例えば富士五湖や五色沼や日光だとかで、旦那が「これからどうやって帰るんだ…」と呆然と頭を抱える姿を何度も見てきた。いやー、申し訳ない。

「いやいや、とりあえず腹ごしらえしなくちゃね」と私はニヤニヤしながら、これからの予定を考えていた。街にある深夜営業のうどん屋さんで食事して、それからとりあえず一番初めに目に入った青看板見て、右か左か決めて、最終的にはやっぱり山道だよねぇ、…なんてほくそ笑んでいたわけだけれども。

旦那が突然、車を止めた。急ブレーキだった。私の身体はガクンと前に揺さぶられる。

「もー、何? どしたの?」
突然の衝撃に驚いた私は旦那を睨んだ。
すると旦那は目を見開き、口を半開きにしていて――旦那も、何かに驚いているのだ。
「どうしたの?」
「……おい、アレ、見ろよ……」

旦那が声をひそめながら指差した方向は、横断歩道も信号もない、住宅街にありがちな狭い一本道が広がっていた。街灯がいくつか灯っていたけれど電球が暗闇の中に浮いているだけと言った風で、深夜の道を照らしきるには全く十分ではなかった。暗い。その中を車のライトがやたら白く、まぶしく前方を照らしていて――。


えっ。


私も言葉を失ってしまった。



道の中央に、女性が倒れているのだ。ゆるいパーマがかった長い髪が乱れ、手足はどれもまるで壊れた人形のようにあり得ない方向を向いていた。顔は美肌というわけでも厚化粧と言うわけでもない、ただただ血が通っていないような冷たい白さで、体温がひどく低いことが一目でわかった。申し訳ないけれど、とても不気味で――ホラー映画でよく使われる、女性の無機質な死体を思い出した――死体?


死体?


私と旦那はおもむろに「死体」という言葉を言い合い、それから慌てて車を降りる。旦那は携帯で119にダイヤルし、私は急いで女性の下に駆け寄る。肩をゆさぶると首がダランと落ちて、彼女の身体に力が入っていないことがわかった。唇は真っ青で、手を握ると氷のように冷たくて、こちらが痛みを感じるほどだった。ただ手首の脈をとってみると血管が上下しているような、ほのかな振動が伝わってきたので、どうやら最悪のパターンではないようだと旦那ともども胸を撫で下ろした。
それから私は彼女の手をさすりながら、旦那と二人でその場にしゃがみこんでいた。女性の顔を覗き込むと、なんとなく自分と同年代である印象を受けた。服装はシンプルなオフィスカジュアルといったスタイルだったので、おそらく仕事帰りなのだろう。それにきっと一人暮らしだ――この時間になっても帰ってこない彼女を心配する誰かがいるなら、彼女の携帯の着信音が聞こえてもおかしくない。普段は他人に冷たくて殆ど感情移入しない私も、一人暮らしが長かったのでなんだか心配になってしまった。私だって、同じ破目にあう可能性はあったのだから。



「救急車、遅いね」
「深夜だし…年末だし、しょうがないよ」
待ちかねた私に、旦那は意味不明な理由をつけて返す。
「深夜で年末で、救急車の台数減っちゃうわけ?」
「……たぶん」
なんじゃそりゃ、よくわからん。もっとマシな理由を想像できないのか、と旦那を心底アホだと思った。まぁ、旦那のアホは今始まったことではないのだけれど。
大きな溜息をつくと、旦那はちょっと言いにくそうに口を開いた。
「っていうかさ、オレさ、さっきから言おうと思ってたんだけど」
「何?」
「さっきから…」
「あーちょっと待って、動いたよ!」



彼女の手に力が入るのが、私の手のひらに伝わってきて――その瞬間、ガバッと彼女は起き上がった。
「起き上がれますか? 大丈夫?」
私たちの声が届いているのか、一瞬ぼんやりとした表情をこちらに向けたのだけれど、なんだか視点が定まらないようだった。立ち上がろうと、手足に力を込めたのだけれど上手くいかない。そのまま体育座りをして、膝に顔をうずめてしまった。
「今までここに倒れていたんですよ。救急車呼んだから、気分が悪ければもう一度横になってみたら…」
「救急車?」
ひどく気分の悪そうな声が返ってくる。それでも返事があったことに、ちょっと安心した私は続けた。
「そう、救急車。もうすぐ来ると思うんですけど」
「救急車?」
「はい、救急車。病院に行った方がいいかと思って…」


すると彼女は膝から顔を上げ、意志のある瞳でこちらを見た。
「救急車、呼んでくれたんですか!?」
先ほどとは打って変わって、ハリのある、大きな声だった。表情も少し笑っているような、驚いているような、とにかく血の通った顔をしていて、まるで死んだように倒れていたことが嘘のようだった。
大事なさそうでよかった、と内心ホッとしつつ私は答える。
「十分ぐらい前かな? 呼びましたよ。ひょっとしたらもう大丈夫かもしれませんけど…」
念のため、病院で何かしらの応急処置を取った方がいいのでは、と続けようとした私を遮って、素っ頓狂なカン高い声が返ってきた。



「スミマセン!! 今日、飲みすぎちゃって!!」




無事でよかったですね、と笑顔で戻っていった救急隊員の方々は、相当オトナだったのかあるいは同じ場数を何度も踏んできた賜物なのか、よくわからないけれど、優しい方々で本当によかった。もちろん、飲みすぎによる急性アルコール中毒だってバカにできない症状だから、彼女がこのまま病院に行ったっておかしくないのだけれど、既に血色もよくハキハキ話す彼女に応急処置が必要ないことは明らかだった。そもそも急性アルコール中毒であるならば、きっと今頃彼女の生命は危険な状況にあるわけで――単純に、酔っ払って道端で寝込んでしまったのだろう。


「だから、オレ、さっき『酒臭くない?』って言おうとしたんだよね」車の中で旦那が言う。「でもオマエは気づかなかったみたいだし、ちょうどあのコが起きたから…」
「早く言え。私は鼻が詰まってるんだ」
なんだか腑に落ちなかった私は、ちょっと苛立っていた。
だって、あの女性はこんな時間に道端で寝てしまうことに、何のリスクも感じなかったのだろうか? 酔っていたにせよ――いや、酔っていても持ち合わせなければならない、危機感なのではないだろうか。私だって酒は大好きだし、吐きながら街を歩いたこともあるし、偉そうなことは言えないけれど、唯一つ誇れることは記憶を失ったこともなければ、危険を招いたこともないことだ。むろん、誇れることと言うよりも当然なのだけれど。

誰だって飲みすぎて前後不覚になることがあるし、しょうもない失態を演じてしまうことがあるはずで、二十歳を超えたオトナとしてはみっともないことなのだけれど、まぁ酒を飲む人間としては一つの登竜門だったりする。自らの限度を知るいい機会だし、失態による反省もろもろを通して、周囲への気遣いができるようにもなったりする。場合によっては、さらに相手との仲が深まったりもする。もちろん、深酒しないにこしたことはないのだけれど、だからといってそれによる失態全般を全否定してしまうような思いはない。飲みすぎによる失態は、必要悪のようなものだと思う。

でも女性は――古い考え方かもしれないけれど、やっぱり身を守らなきゃならない。別に女性と一緒に飲んでいる男性の殆どが下心があるわけではないし、危険を呼ぶ相手でもないのだけれど、物騒な世間では一体何があるかわからない。それにどちらかと言えば、一緒に飲んでいる相手よりも、酒の入った女性は帰宅時に気を遣った方がいいかもしれない。こと夜中一人で帰宅するのであれば、少なからず酒を飲んだことを重々念頭に置いて、気持ちを引き締めた方がいいだろう。タクシーを利用するのも一つの手で、たとえ運転手さんがどれだけ帰り道に迷おうとおかまいなしに、入りこんだ住宅街の道を走ってもらい、自宅の目の前まで乗り付けてもいいと思う。それに女性の泥酔する姿は――私が言うのもナンなのだが――みっともないものだ。

まぁ、酒を飲もうと飲むまいと、女性は深夜の一人歩きそのものにある程度の注意が必要だし、できればしない方がいい。それでも残業や付き合い諸々でなかなかそうはいかないし、いつもコンビニが煌々と街を照らし、誰もが携帯電話を持っている昨今、深夜女性が危険な目にあうケースも少ないのかもしれないけれど――気を払っておいて、損は必ずないはずだ。
私などは田舎育ちの臆病者だから、残業で遅くなれば最寄り駅からタクシーで帰宅したり(運転手にイヤな顔をされてしまうけれど)、終電近くまで飲んでしまえばむしろ朝まで飲んだし(それもちょっと違うのかもしれないけれど)、今はあまり夜中の用事なんてないけれど、あればあったで旦那に送り迎えしてもらったりタクシーを利用したりと、なるべく夜は一人歩きしないようにしてしまう。
「夜」ってそこまで怖いものなのかと冷静になってみれば、そうでもない気もするし、ここまで臆病になる必要はないはずなのだけれど、自分でもどう折り合いをつけていいものやら判らなくなってしまった。それでも、今日無事であるのだから、なんとなくそれでもいいような気もしている。

――やれやれ、なんだか私、娘ができたらものすごく過保護に育ててしまうんじゃないだろうか。それはそれで、困ったな。

ちなみにその後、渋谷で旦那と讃岐うどんを食べて、首都高をひた走り、青看板を見てとりあえず海ほたるに行きたいと騒ぎ、さらに木更津まで行ったら――朝になっていた。旦那は頭を抱え込んでいた。ごめん。

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2006年12月26日 (火)

旦那までもがダウンしたわけで

このブログはなるべく毎日チェックして、できれば更新しよう…と思いながら続けているので、なんだか四日も五日も空いてしまうと、ひどくご無沙汰な気分になる。さすがに師走、年末年始シーズンというだけあって、近頃バタバタしてしまったのだ――といっても、大掃除は台所の水周りを残して終了しているし、お正月に向けて特別な家事なんてこれといってなかったのだけれど、旦那が風邪でダウンしてしまったのだ。

ちょっと睡眠時間が減るだけで肌が荒れたり、金属アレルギーや花粉症など、イッチョマエに現代人っぽい持病のある旦那なのだけれど、風邪やインフルエンザにはすこぶる強かった。季節の変わり目など風邪ウィルスが猛威を振るう時期には、喉が痛くなったり鼻をグズつかせたり、それなりの反応は見せるものの、全く熱は上がらない。幼少の頃からあらゆるスポーツを嗜んでいた賜物かもしれない。熱を出して寝込むなんて滅多になかったというし、本人も体力には相当の自信があるようだ。
自称・健康優良児(児、と言うのも妙だが)の私などは、去年までは喉や鼻の不調すらなかったのだけれど、今年に入って数回寝込んでしまった。そんな私を茶化しながら旦那は看病してくれて、「どうやら今年はオレの勝ちだな」なんて意味不明な優越感まで持っていたようなのだけれど――年の瀬になってとうとう、旦那も倒れた。

旦那が倒れたのは先週のことで、実に昨日まで寝込んでいた。およそ、更新をサボっていたこの四日~五日間ほどである。いやはや、本当に大変だった。彼が寝込むなんて、出会い以来なかったことだし、私も対応に困ってしまった。

先週のある晩――ちょうど旦那が風邪をひき始めた頃だ――旦那が帰宅し、そのまま寝室に向ったかと思うとベッドでぐったりしている。
「どうしたの? 風邪?」と聞くと、
「いや、大丈夫。メシ」と答えて普通に起き上がり、居間へ歩いていく。
それから白米に味噌汁、煮物などをもぐもぐといつも通りに食べ、「今日はオール1だったのに赤だったんだ…」とうんざりと憂鬱な様子で言うので、「まぁそういう日もあるさ」と私も適当に励ました。

その後旦那はシャワーを浴びて就寝し、翌日――なんだかだるそうにしていた。
手足を重そうに動かして着替えながら、「頭が痛いんだよねぇ」と漏らす旦那に、「やっぱり風邪なんじゃないの」と言ってみたけれど、「いや、多分疲れてるんだよオレ」と笑い、仕事へ出かけていく。
そして帰宅後、スタスタと寝室へ向かい、またベッドでぐったりと脱力し目を閉じている。
「もー、だから風邪でしょ?」としびれを切らして言うと、
「いや、身体のフシブシが痛いだけ」と薄目を開けて答える旦那。

オメェ、そりゃ、熱が出てきてる証拠だよ。

「風邪かどうかハッキリさせるために、熱を測ってみて」と体温計を差し出すと、「疲れてるだけなんだよー」と抵抗。


なんなんだ、オメェ。(←敵意)


無理ヤリ体温計をわきの下に突っ込み、測ってみたところ実に38度9分の熱が出ていることが判明した。
「立派な風邪だねこりゃ」
「…………」
勝ち誇ったような私の態度がいけ好かなかったのか、旦那はムッツリしていた。普段、健康であることを自負している人間は不調になると大概、こうなる。学校や会社で皆がバタバタと風邪ウィルスに倒れる中、ひとりピンピンしていた経験が多いため、「なんて自分がこんな病気にかかるんだ」と最初は信じられないのだ。例えば内臓などの何かしらの疾患で倒れることがあっても、風邪という、あまりにも一般的な病気に倒れるなんて無縁だと思ってしまう。私だって最初はそうだった。いや、ここまで強情ではなかったけれど。

「き、気力で治るはずだ…」
「いや、治らないから。寝ろ」
溜息をつくように足掻く旦那に最後通牒をつきつけ、ようやく寝かしつけたのだけれど、いやはや全く、後悔した。なんで前の日に熱を測らせなかったのだろう。そうしたら38度以上もの熱は出ていなかったかもしれないのに。主婦の責任をつくづく感じた夜だった。

そんな申し訳なさで私もちょっと気落ちして、温かい粥や胃に負担のかからないような煮物など、病床にある旦那が食べやすい食事をたくさん用意した。ビタミンCをたくさん取れるように緑茶を、あるいは水分補給のためにポカリスエットを彼の枕元に置いて、その額には冷えピタをしっかり貼り付けた。
さすがに風邪であることをしっかり受け止めたのか、旦那は神妙に食事をとったり解熱の薬を飲んでいた。
「明日、仕事どうする?」
さすがに39度近くもの熱が一晩で下がるとは思えなかったし、よしんば下がったとしても、明日は安静にしておいた方が無難かもしれない。それなら、今のうちに義母に連絡して、彼が明日動けないことを伝えておかないと仕事に支障をきたしてしまう。

すると、だ。
粥を口の中でもぐもぐさせていた旦那はハッと目を見開いて、言ったのだ。

「あー明日お母さんにハンコ貰わなきゃならん書類が…」

その一言がきっかけで、翌日から私が旦那に代わって雑務を手伝うことになった。ペーパードライバーの私はまさか煩雑した都内の道路を走り回ることは出来ず、電車で義母とウチと店と銀行を行ったり来たり、あろうことか義母に「ちゅう太ちゃん、パソコンできるよね~」と甘えられ、まるで小娘のようにはしゃぐ義母の注文を断ることも出来ず(いや、なんではしゃいでいたかよくわからないのだけれど、多分、何かが新鮮だったのだろう)、夜には義母のもとで事務仕事をしていた。
途中、「旦那の様子を見に行こうと思うんだけど…」と、おずおずと申し出てみると、「いやー、いいじゃないそんなの」と義母は満面の笑み。なんでじゃい、アンタの息子だろーが、と呆気にとられてしまったものの、楽しそうな義母のテンションを崩したくなかったし、心のどこかにこの状況を面白がっていた自分もいたので、断れなかった。
そうして数日過ごした後、ようやく旦那の熱が下がった。


そんなわけですっかりブログを放置してしまったわけだけれど、忘れられてませんよね、私? コメントを下さった方々、なんだか公開やお返事が遅れてしまいましたが…申し訳ありません、決して頂いたコメントに問題があったわけではなくて、単なる個人的な事情です。

しかし今年の風邪は――って毎年言われていることなのだろうけれど――少なくとも、健康であることに自信のあった、私たち夫婦がダウンするぐらいだから相当なもの。もちろん私たちは、以前書いたように生活がどうしても不規則になってしまうから、それによって体力が衰えてしまうのかもしれないけれど、とにかく風邪なんて無縁であることにこしたことはありません、というわけでお気をつけ下さい……全くオチが適当になってしまったけれど、この辺でごきげんよう皆様。

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2006年12月21日 (木)

TMはどっちを向いていたのか

その日の夕方、私はジャグラーTMを打っていた。

既にGOGOジャグラーVが撤去されてしまったその店にはファイナルジャグラーとジャグラーTMが導入されており、どちらも告知形式は豊かであるものの、GOGOランプは小さいし、リール幅も広くてなんだか間延びした感があって、一定の時間対峙するには心情的に厳しいため敬遠していた。他店に行けばGOGOジャグラーが設置されていて、GOGOランプのカタチもリール幅も"V"とは変わりがないのだけれど、ストップボタンは小さいし、何より先告知がないことが食指を引っ込めてしまう。GOGOジャグラーVの、リール回転と同時に光るあの先告知、そして先告知後は意味不明な連チャンが発生するという特典を愛していた私にとって、GOGOジャグラーは天才の親から生まれた秀才の子供、といった印象でやや物足りないものがあった。太字でしっかり「GOGO!」と書かれ存在感のあったランプ、程よいリール幅、透き通った金色の光が施された7図柄、紫色のブドウ、絶妙な告知タイミングと不可思議な連チャン……GOGOジャグラーVは全てにおいてまさに王様で、大好きだった。いや、連チャンはいわゆる"そういう仕様"ってやつかもしれないが。

……と、GOGOジャグラーVへの愛慕は尽きず、他のジャグラーへ浮気はしまいと貞節を貫き続けた私が、一体なぜその店のジャグラーTMなるものに腰掛けていたのか。

データを見ると夕方の時点でBIG14、REG10、総回転数は3200ゲームほどと、それはそれは設定6を期待させるボーナス確率であったためである。データカウンタのツブは、一粒での成立を描いているのもあれば、二粒、三粒のものもあるが、少なくともノーマルAにあるまじき大ハマリは確認できなかった。どうやら初当たりもなかなか良いらしい。ボーナス後180ゲームで空き台となっていたため、やむを得ず座ったのだ。

240ゲームほどで、REGが成立し、その後100ゲーム以内のBIGが2回、REGも2回と小気味よく連チャンしてくれた。
思わず、ひょっとしてこのTMにも"そういう仕様"があるのか、と勘繰ってしまう。いや、ジャグラーの名を冠する限り、きっとどこかに存在しているのだろうが……この台に対してそのような期待をしていなかったので、妙な気持ちになった。メダルが増えた喜びを感じているものの、高設定の予想をもって打っているのだから、"そういう仕様"による初当たりの良さよりも、予想がドンピシャであって欲しいのだ。TMの"そういう仕様"に対する私なりの免疫力は、全くないのだから。
困った。こういう当たり方をされると、何がなんだかわからなくなる。いやそもそも、"そういう仕様"のあったGOGOジャグラーVに馴染んでいた私が、ごく普通の、自然体のジャグラーの流れを知っていると言えるのだろうか?

再び200ゲームほどでREGが成立。その後80ゲームでBIG。

ううむ…どうなのだろう――いや、本当にメダルは増えているのだから、悩む必要はないのだけれど、このTMがドチラを向いているかによって、今後の展開を決めねばならないのだ。コチラ側を向いていれば、できるだけ長時間打ち続けるべきだろうし、アチラ側を向いているのであれば、自分なりのヤメ時を見計らわないと大変なことになる。データカウンタでは大きなハマリを確認できていないし、コチラ側を向いている可能性は高めであるものの、なんとなく、なんとなく連チャンの仕方が……アチラ側なのだ。

なぜかって、ボーナス終了後、「多分もうすぐ光るだろう」と思っていたら本当に光るのだから、アチラ側の可能性も否めない。いや、本当に、そういうモノなのだ、アチラ側は。


しかし、アチラ側であった場合のTMのヤメ時って、大体いつなんだろう。ヤメ時にあまり迷いたくない私は内心、本当に困っていた。こんなことなら、日々ここのTMをチェックしておけばよかった。とほほ……と困り果てていた頃、幾度かの初当たりと連チャンを経て、既にメダルは千五百枚ほどに達していた。

そんなとき一人の青年の視線に気づく。ベージュ色の分厚いジャケットを着込み、真っ黒なニット帽をかぶったその青年は、先ほどから何度も私の背後に来てはメダルとデータカウンタを見つめ、首を傾げたり、アゴをさすったり、そして何やら熱い視線を送っているのだ。


この台を狙っているのだ。


確かにこの台はシマ一番の優秀台で、REGはおろかボーナス総数も格段に多い。総回転数をチェックできなくとも、高設定の期待を持たせるには十分の雰囲気を持っている。しかも打っているのは、たまに第三ストップボタンをねじねじしてはいるものの、完全光速フリー打ちのオンナである。ある程度の出玉に満足してヤメるだろうと、期待されているのかもしれない。そして、あわよくば青年もこの台で……。

そう上手くいかないものなのだ、青年よ。

そのとき私はこの台を打ち切ってやろうと心に決めた。そうだ、考えてみればこの台でアチラ側にありがちの大きなハマリは確認できなかったし、初当たり確率はどう考えても高設定のそれなのだ。他のTMも初当たり状況は芳しくないものの、かといってノーマルAにあるまじき鬼のようなハマリは見受けられない。この台が自然体の高設定である可能性は十分にある。それならば、打ち続けるべきだ、人として。

決心した私はしっかり台を見つめ、完全なる光速フリー打ちを始めた。おそらく様子を伺いに来たのだろう、再びやってきた青年はなんとなく先ほどと違う雰囲気を見て取ったのか、その後シマへ来ることはなかった。




そしてその後、私は980ゲームハマった。

帰った。

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2006年12月19日 (火)

面倒で憂鬱な彼らと私たち

朝鮮総連のホームページを久しぶりに覗いてみたが、薬事法違反で朝鮮総連東京本部などに強制捜査が入った際のムービーが閲覧できるようになっていた。タイトルは「総連東京都本部に対する日本警察当局の不当な強制捜査」。また、真相レポートと銘打たれ(真相、と打ち込んだ際に真っ先に『新装』と変換されてしまったが)、いかに今回の強制捜査が不当で在日朝鮮人の”人権”を踏みにじったものであるか書かれた文書も公開されている。

自分たちの祖国は北朝鮮であるとした彼らは彼らなりに、その国民としての立場を日本でも保持したいのだろうし、もちろんその欲求は人間としてごく自然な、それでいて真っ当な願いだ。北朝鮮と日本がまともな友好関係を築いているのであれば、ごく普通の外国人として彼らの立場は守られるべきだろう。
ただ、過去も現在も日本と北朝鮮は決して友好状態にあるとは言えない状況であるし、そしてここは日本である。彼らは自分たちの祖国が、現在住まう日本とどういった関係にあるか考慮するという礼儀が必要であるし、日本の法律を遵守せねばならないことはしごく当然で、「正当」だとか「不当」だとかはその上で述べられるべき言葉であるし、「友好」もまた同様なのだ。一人の人間として、祖国を守りきれない悲しみや怒りに同情することはできるが、やはり私も日本人なので彼らのような振る舞いを目にすると、眉をひそめてしまう。

つまり、祖国を思う気持ちは誰もが同じだろうと心の中で同情はできても、そんな思いは人間社会で現実に通用しないし、通用してもならないのだ。どうしたって誰もがどこかの国に所属していて、大なり小なり人によって差はあれど、それなりの責任を負っている。またその所属先に、濃いも薄いもやはり個人差があれど、何かしらの思いを抱いている。だからこそ、私は彼らの祖国を思った活動を「起こるべくして起こる必然的なもの」と受け取ることもできるし、またその熱心さは「人間の根源的な本能」と見て、確かに彼らがこのような行為に出ることは人間として納得できる。ただし誤解されないように述べておくが、決して北朝鮮や在日朝鮮人によるこのような振る舞いを正当化するつもりは毛頭ないし、あくまでも国を思う気持ちはどんな国の人間でも、それなりに抱えるだろうという部分で理解できるという意味であって――日本人である私は、まるで要求されしていれば全て受諾されると日本が小馬鹿にされた扱いを受けることは、むろん納得がいかないし不快だ。勘弁して欲しい。

彼らを見ているとなんだか憂鬱になる。いかにも歴史と社会の弱者で被害者なのだ、という立場を厚顔にも貫いているけれど、これから先ずっとずっとこうなのだろうか。いつしか再び、「朝鮮人の悲しい歴史」として後にも伝えられていくのだろうか。いや、悲しいには悲しいのだろうけれど――彼らのこのような姿勢をまかり通らせてしまった責任は、戦後の日本政府と日本人にもある。いい加減、彼らには日本に在住する外国人としても、あるいは朝鮮人としても、自分たちの足で立つことを筋道を通して教えねばならない。いつまでも依存や寄生はできない。子供だって、いつか大人として立たなきゃならないのだ。まぁまずそのためには、日本人がオトナにならなきゃならないのだけれど。

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2006年12月17日 (日)

闘病の思い出とその記録

膵炎――膵臓機能が低下し、栄養の吸収が上手くいかない病――を患った愛鳥だが、このところすこぶる元気だ。とはいえ、まだ標準体重の一歩手前でちょっと小柄な感は否めないのだけれど、ごく普通に食事をし、遊び、飛び回り、鳴きと、具合の悪さなど微塵も感じさせない日々が続いている。主治医の方も「あとはもっとたくさん食事をとらせて、標準体重を少し超える程度に太らせればいいでしょう」と仰っていて、以前よりずいぶん回復したことを実感する。一時期は本当に食事がそのまま流れ出たような形状の糞をしたり、体重がみるみる落ちて痩せ細ってしまったり、ひたすら体力が失われる一方で、最悪の事態を覚悟していたのだ。その頃、つがいで飼っていたもう一羽を亡くしたばかりだったので、私たち夫婦はより一層、何をしても報われないやりきれなさに気が滅入っていた。日々の通院や看病に疲れていたせいもあるかもしれない。

愛鳥の病がひたすら悪化していたある日、とうとう体重が60グラムをきってしまった。標準体重が80~100グラムであると言われている種(オカメインコ)であるというのに、60グラムをきるつまり50グラム代というのは相当痩せ細ってしまったわけで、1グラムの体重が病と闘う小鳥の生命を左右することを考えると、言ってみれば緊急事態だ。およそ二日おきに通院しては検査をし、自宅では愛鳥の腹の中が空にならぬよう数時間おきに薬入りの食事や水を与え、何かあった際には迅速な対応がとれるよう夜も昼も常に私か旦那のどちらかが愛鳥の傍らで見守るなど、ひたすら看病に心を砕いていたというのに――愛鳥の体重や体力は減少するばかりだった。それでも鳴き声や仕草がわりと元気で、「遊んで欲しい」と言わんばかりに熱心に鳴く姿がいじらしく、より私たちの心を締めつけた。

「60グラムをきってしまったら、定期的な強制給餌と抗生剤による治療をするため、絶対に入院させましょう」と主治医の方が仰っていたので、すぐに病院へ向う。それまで先生はあまり抗生剤や入院を薦めていなかった。
もともと小さな小鳥の身体に抗生剤は負担となるし、ただでさえ愛鳥は生後二ヶ月の“赤ちゃん”なのである。生き物として一番抵抗力の少ない敏感な時期に、抗生剤は両刃の剣となるだろう。また、小鳥は環境の変化に大きなストレスを覚えやすいため、入院によって食事をとらなくなってしまったり、食べても吐いてしまうことも稀ではないのだという。そうなると事態はより悪化しかねない。入院することによって自宅よりもより効果的な治療を集中して行えるのだけれど、それによるリスクも相当あるのだ。
こういった理由で、治療にあたる先生はなるべく愛鳥の負担にならぬよう考慮して下さっていたのだけれど、緊急事態となると話は別だ。愛鳥はその日、入院となった。

あれから一ヶ月ほど経過した今でも、その日の記憶は鮮明だ。私も旦那もとても心配で、胸が震える思いだった。お互いに「どうしよう」と言い交わしてばかりで、一体どうしたら愛鳥も、そして私たちも普段通りの平穏な生活と感情を取り戻せるのか、全くわからなかった。それに看病が報われない無力感、また一緒に暮らし始めて一ヶ月も経たぬうちにこんな状況にあるという当惑が極限に達してもいた。二羽を迎えたときは、もっと賑やかに育児を楽しむはずだったというのに、私たちはほんの数日しかその賑やかさを味わっていない。愛鳥たちが生命の危険と直面する事態はもっともっと先だと楽観視していたし、それは非常に身勝手で甘い考え方だということは理解していても、それでも「なぜ今なのか」という残念な問いかけが心の中でこだましていた。

と、同時に――不思議なものなのだけれど、私も旦那も、心のどこかで安堵を覚えていたのも事実だ。それは、神経どころか精神をもすり減らすような、自宅での看病やプレッシャーからの開放によるものではない。もっと単純なもので、「あの先生が集中的に診て下さるのだから、きっと大丈夫だ」という思いだった。主治医の先生への信頼感が、まるで地獄絵図の片隅に描かれた仏様のように、どうしてもやりきれない暗い心の中をひっそりと照らしていた。

その先生は、先に亡くした愛鳥が通ったところとは全く別の病院を運営している、小鳥専門の獣医さんだ。亡くなった愛鳥が通った病院での治療に疑問を抱いた私が、ネットで見つけた病院である。患者としてはとても安心して通える非常に優れた先生で、この先生に巡りあえたことを私はとても幸運に思っている。
飼育に関する様々な指摘はもちろん、病気や治療に関する内容も、獣医学に素人な私でも理解できるよう丁寧に説明してくれていた。膵炎がいかなる病気でどのような弊害を愛鳥にもたらすのか、そのために私が出来ることは何か、またどのような治療が必要なのか――どれも具体的な説明だった。検査一つするにあたっても、その検査が必要な理由まできちんと述べてくれていたし、検査結果が映されるモニターを共に眺めながら、これが白血球ですとか、澱粉質ですとか、映し出された全ての物体とその理由や意味について教えてくれた。お陰で、一体何が愛鳥の身体に起きているのかといった不安とは無縁だったし、やみくもな治療が行われている印象は皆無だった。私は「愛鳥の具合を理解している」という飼い主としての安心感を得られたのだ。
そして何よりも有難いのは、愛鳥が病院で緊張せぬよう上手くあやしてくれることだ。小鳥はとかく、移動や環境の変化など、人にとっては何気ないことでストレスを覚えてしまう。こと通院は、移動した上に検査で普段とらない姿勢を飼い主以外の慣れない人間にとらされるために、相当なストレスになるらしい。なるべくそのようなことがないよう検査中はもちろん、私と先生が会話している最中も愛鳥を優しく撫で回したり声をかけたりと、先生自ら愛鳥に覚えられるよう心を寄せてくれていることが伝わっていた。確かに愛鳥が先生に懐いてしまえば、通院そのもののストレスは減るわけで――先生の気遣いは、飼い主としてとても有難く嬉しいものだった。

そんなわけで、私はとても主治医である先生を信頼していたし、そんな私を見て旦那も安心していた。入院するほど悪化した病と、愛鳥と離れてしまうことへの不安、また自分達は何もできないという無力感に苦しみながらも、「きっとあの先生の傍にいれば」という希望が心のどこかに、ひそやかではあるけれども確実に存在していた。愛鳥が快方へ向うことを願える余地があるという希望や安堵を、先生のお陰で持つことができたとも言える。

愛鳥の入院は四日間の予定だった。その間、先生は暇を見つけ私に電話をしては、愛鳥の様子や治療の内容を説明し――もちろん、だからといって全ての不安が消え去ることはないのだけれど――飼い主である私たちを思いやってくれた。一度面会に行った際も同様に丁寧な説明をしてくれたし、なんと愛鳥のカゴの中にはオモチャを入れてくれていた。愛鳥は環境の変化にちょっと戸惑ったのか、何度か嘔吐していたようだけれど、糞の形状は通常のものとさして変わりがなくなっていたし、体重も数グラムではあるけれど増加していた。嬉しかったし、やはりこの先生にお任せしてよかったという安堵、また数々の心づくしに感謝した。

愛鳥の退院後、体調はガラリと変わった。退院の際、先生は「本当はもっと体重が増えている予定だったのに…」と、僅か数グラムしか体重が増加しなかったことを悔いていたのだけれど、入院による集中治療の効果はその後顕著となる。自宅では従来と変わらず、薬を混ぜた食事と水を与え、愛鳥が空腹とならぬよう気配りをしていたのだけれど、一週間でおよそ10グラム体重が増え――70グラムほどとなった。愛鳥自身も少しずつ健康に近づいていることを実感していたのか、以前よりも「遊んで」と呼び鳴きするようになったし、自ら餌をつつくなど食欲も安定してきた。また、それまでちょっと気だるそうに見開いていた瞳が、クリクリと明るい光を放つようになって、私も旦那もますます愛鳥に夢中になった。

先生もとても喜んでくれたし、私たちは本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。あれから週に一度のペースで通院し、弱めの投薬は続いているけれど、日に日に愛鳥が元気になっていく様子が目に見えて伝わってくる。もう少しで愛鳥に見合った理想体重に手が届きそうなところまで回復したし、冒頭で述べたように「あとは太らせるだけ」――つまり、栄養吸収不全の状態に怯えずともよい状況となっているのだ。膵炎とは完治しづらく、そのため上手くつきあっていく方法を見出さねばならないと先生に教えられたのだけれど、つい最近先生が言うには、完治した状態に非常に近いところにいるのだそうだ。あとは、今後どんな病が襲ってきてもそれなりの免疫力が保てるよう、体重を増やすことに尽力するのみで……一時期の絶望感が嘘のようである。

とは言え、ダイエット同様に健康的に体重を増減することはそれなりに難儀で、なかなか理想体重に達しないのではあるが――それでもやはり、十分な回復をしたと言えるだろう。まだまだ安心しきってはならないのだけれど、始終愛鳥の傍で見守る必要はもうないし、栄養が吸収できず体重が減り続ける状況にあるわけではない。普通に食べていれば消化吸収ができるわけで、生きていけるわけで――もう、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるわけではないのだ。重くのしかかっていた生死の瀬戸際への覚悟と不安が取り払われた私たちは、それはもう、ごく普通の喜怒哀楽を感じられる生活をまるで生き返ったかのように過ごしている。旦那の仕事によって生活は不規則になってしまうけれど、健全な精神状態はこのようにあるべきなのだな、としみじみしてしまう。

人間でも膵臓を痛めると治療が難しいというのに、愛鳥は小さな身体でよく闘ってくれたとその生命力に感嘆する一方で、やはり丁寧な治療を施してくれた主治医の先生への感謝は尽きない。例え他の小鳥専門の先生でも回復した可能性だって十分にあるのだけれど、この先生だからこそ愛鳥はここまで元気になったのだと思ってしまう。と同時に、先に亡くなってしまった、つがいであったもう一羽の愛鳥も、この先生に診せていれば……という後悔が募るばかりだ。

亡くなった愛鳥は「そのう炎」という、膵炎よりもずっと小鳥がかかりやすい、言ってみれば実にポピュラーな病で亡くなった。人間で言う風邪のような一般的な病である分、治療方法も十分にある病であった。むろん、治療にあたっては小鳥自身の体力がその後を左右するし、発見が遅れ病状がかなり進行してしまうとなかなか手の施しようもないので、必ず完治する病とは言い切れない。それでも、小鳥の十分な体力と早期発見、またしかるべき治療という条件が揃えば、かなりの確率で助かるものらしい。
亡くなった片割れへの後悔は尽きないし、飼い主として何もできなかったやりきれなさは未だ払拭できず、大きく責任を感じている(当然なのだけれど)。しかし、それでも、その頃通っていた病院での診察や治療を考えると、今でも疑問が残るし、そもそも片割れが病に侵されたのはペットショップにいる頃からなのだ。二羽を迎え入れて、すぐにその病院へ健康診断に行った際に「そのう炎のようです」と医者に言われていたのだから。

私たち夫婦が優良なペットショップと病院を見極められなかった責任は十分にあるのだけれど――今でも、どちらの施設にも疑問が残るし、怒りすら覚えてもいる。自分たちの責任を擦りつけたり、失った悲しみを晴らすためにみっともない行動を取りたくはないけれど、やはり優等生になれない私はそのペットショップでの飼育環境や、病院での治療について、ちょっと書いておきたい。パチンコとかパチスロとかギャンブルの話題が多いこのブログだけれど、中にはペット、とりわけ小鳥を飼育している方がいることを信じて、そんな方々へ何かしらのお役に立てれば、とも思う。というわけで、今しばらく愚痴に付き合ってくださいませ皆様。後日書きます…というわけで、失礼をば。

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2006年12月15日 (金)

とほほ、な体調。

最近、いとも簡単に体調が崩れる。二週間ほど前には風邪をひいて寝込んでしまったし、その後はしばしば片頭痛やのどの痛み、腹痛など、寝込むほどではないのだけれど動きづらい程度の痛みに悩まされている。

法事などの特別な用事以外で学校や仕事を休むなんてことも滅多になかったし、花粉症や皮膚などのアレルギーも一切ない。寝込むなんて例えば風邪ぐらいなものなのだけれど、せいぜい年に一回ひくかひかないかといった程度で、毎年冬に流行するインフルエンザにも全く縁がなかった。つまるところ、私はすこぶる丈夫なのだ――と、自分では思っている。強いて身体の脆弱な部分を挙げるならば胃で、思春期の頃には胃下垂になっていたし、食後はたいていキリキリと胃が痛む。それでもこれといった胃の病に侵されているわけでもなければ、食後の胃痛など日常的に慣れてしまえば大したこともないし、油っこいモノを控えれば痛みが起こらないことだってあるし、晩酌だって余裕だ。チャンポンするとすぐに気持ち悪くなってしまうけれど、何か一種の酒のみ飲み続けていれば、悪酔いすることもそうそうない。

そんなわけで、片頭痛だの、腹痛――これは胃ではなく、漠然と腹部全体が痛むのだけれど――といった、様々な痛みに恒常的に悩まされる生活など、無縁だった。よく頭痛薬のテレビCMで片頭痛に参っている女性が描かれるけれど、「ううむ、大変だな」とお茶をすすりながらものすごく他人事な目で見ていたし(申し訳ないのだけれど)、こんなに丈夫に産んで育ててくれた親にはとても感謝していた。子供が親に感謝しなきゃならない物事なんて実にたくさんあるのだろうけれど、個人的には「丈夫に育ててくれた恩」がナンバーワンにランクインしている。

だから、ほとほと、近頃参っている。そもそも今年は既に二、三回も風邪で寝込んでいるので「なんだか、今までと違うなぁ」と体調の変化を感じていたのだけれど――体力が落ちてしまったのだろうか。

イヤだなぁ……。

確かに、社会人として生活するようになってからは出版社に就職していたから、規則正しい生活をしていたとも言い難いし(確かに社会人になってから、年に一度ぐらいのペースで風邪をひくようになった)、旦那と結婚してからは旦那にあわせた生活を送っているので――旦那の仕事は基本的に夜なのだけれど、朝だって昼だって仕事が入ることもしばしばで――起床する時間がイマイチ定まらない。就寝時間もごく普通に夜だったり、あるいは明け方だったり、朝だったり……とりあえず一日の時間で固定されているのは、午後の掃除の時間のみだ。

主婦って掃除や洗濯といった家事がメインだから、意外と家の中で動き回ることが多いし、ストレッチ体操は日課にしているので、過度の運動不足ということはないと信じたいのだけれど、どうなのだろう。それでもどのみち、寝る時間も起きる時間も定まらないような生活をしていれば、体力が落ちてしまうのは仕方がないのかもしれない。

しかしそれにしても、学生の頃は徹夜で酒を飲もうと麻雀をしようと、そのまま眠らずに大学へ行こうとパチンコ屋へ打ちに行こうと、ピンピンしていたのに……私よりも年齢が上でも元気な方はいらっしゃるはずなのであまり年のせいにしたくもないし、まだ二十代だし、年のことなんて考えたくないのだけれど……やっぱり年のせいもあるのかもしれない。

あーあ。

参っちゃうな。このまま、片頭痛持ちになってしまったらどうしよう。丈夫なことが取り柄だと自負していたのに、いやはや。まぁこんなことで頭を悩ませられるなんて、ある意味、贅沢なのだけれど、少しでも健康のアタマに「不」がつくような状況になっている現実を目の前にすると、ちょっと憂鬱になってしまう。とほほ。なんとか、この片頭痛だの腹痛だの、のどの痛みだのが一時的なものでありますように、と祈るばかりで……とりとめがなくなったところでごきげんよう皆様。

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2006年12月13日 (水)

熊の本気

Kuma_1ネットの新機種「熊酒場」のメインキャラクターとなる熊さん。居酒屋"熊酒場"の人情溢れる女将(メス)で、一目で見るものの心をとらえる不思議な魅力を持っている。

つぶらな茶色い瞳、鋭利に光る白い牙、どこからどう見てもこれは――「人、ウメェ」とご満悦な表情をしているとしか思えないことは、昨日お伝えした通りだ。

ところが、私は昨日大切なことを忘れていた。ボーナス確率? 機械割?――いや、そんな付録ではない。この熊さんが、熊さんである、非常に重要な要素をご紹介するのをすっかり忘れていたのだ。

ぜひ、コチラの画像をご覧になって頂きたい。

Kumazentai_1


































ご覧の通り、割烹着姿の熊さん全体像なのであるが――。

注目すべきは、ココである。

Kuma2


















すっげー手。

この熊、本気だ。

再販した「沖縄チェリー」も大して導入率が伸びず、ブラックジャックシリーズ以外どうにも販売台数が伸びないネットではあるが――。

大丈夫。











ウケることは確定した。

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2006年12月12日 (火)

科学忍者隊ガッチャマンとその他の新機種

Gakyotai_1タイヨーから高設定はしっかり出る5号機が発売される。機種名は「科学忍者隊ガッチャマン」――懐かし有名漫画とのタイアップマシンだ。

発売時期やボーナス確率の詳細は不明であるし、これから説明する内容もあくまでウワサであって、確定しているものではないのだけれど、なかなか期待感高まるウワサなので書いておきたい。

●天井機能…ある一定のゲーム数ハマると、RTあるいはATへ突入するらしい

●RT・ATの1ゲームあたりの純増枚数は約0.9枚

●ハイパービッグ後は500ゲーム、スーパービッグ後は150ゲームのRTへ突入する。お馴染みリプパンハズシによって、規定ゲーム数に達していない、RT終了を回避することができる(ボーナス成立時は不明)。

●機械割…設定1は95パーセント、設定6は117パーセント

●コイン単価…約3.0円

また、ボーナス中だかRT中だかよくわからないのだが(…おそらくボーナス中だと思うのだけれど)、液晶画面と連動したミニゲームがあり、それをクリアするたびにAT50ゲームが上乗せされるらしい。

……まだこれぐらいしか判らないし、そもそもこの内容だってあくまでもウワサなのでご注意頂きたいのだけれど、それにしてもわりとトキメキを覚えるようなウワサではないだろうか。もちろん肝心のボーナス確率が不明であるし、ハイパービッグ、スーパービッグその他のボーナス種類も、それぞれの振り分け率も具体的なところではないので、楽観視は禁物なのだが――500ゲームのRTで期待される純増枚数は約450枚、150ゲームなら約135枚。それぞれのBIG獲得枚数とあわせるならば、とりあえず下皿から溢れる程度の出玉を獲得できそうだ。

そして何より、設定6の機械割が117パーセントと高めであることにもそそられる。高設定の逆噴射は滅多にない5号機でこの機械割ならば――場合によっては、終日打てば万枚も夢ではないのではなかろうか。

Rio_1

また、ネットが新たに5号機を続々発表している。「Rioパラダイス」、「熊酒場」、「もえろ!ハーレムエース」、「カリビアンクィーン」の一挙、4機種である。

まぁ中でも目玉となるのはもちろん、マリリン・モンロー顔負けのナイスバディに童顔の美少女キャラクター、Rioちゃん活躍する「Rioパラダイス」だろう。何でも今回はわりとストーリー性のある演出がウリらしく、相手のディーラーを倒すごとに、何かこう、Rioちゃんの秘密だかナンだかが少しずつ明らかになるとか……私はどうでもいいんだけれど。とにかくカワイイよね、Rioちゃん。あの谷間に童顔ってあたりは犯罪だな、もう。

Kuma個人的に気になるのはむしろコチラ、「熊酒場」。何でどうしてって、もう意味がわからない。いや、熊はいいのだ、熊は。いいよね、熊。あったかそうだし、大きいし。

左の写真がメインキャラクターとなる熊さんだ。
割烹着を着ているのには理由があって、なんでもこの熊さんは酒場の女将らしい(つまりメス)。こじんまりとして居心地の良い、人情味溢れる酒場を切り盛りしている立派な方なのだ。

でも「今、人喰ってきました」という表情にしか、私には見えない…。
茶色い瞳に白い牙がもう、熊としてリアル過ぎる…。

しかも、ナンなのだろう、その胸まわりの膨らみは。ひょっとして人間の女性をちょっと意識したとか、そんなことはない…いや、きっと、ないだろう。ないはずだ。ないと信じたい。

――Rioちゃんというステキな萌えキャラを生み出したネットが、一体またどうしてこんなリアル熊に割烹着を着せてしまったのだろう。不思議だ。実は筐体画像も何もまだ見ていないのだけれど、キャラ一つでこれだけココロを奪われるとは我ながら不覚だったし、ある意味、さすがRioちゃんの産みの親・ネットと言うべきなのだろうか。何はともあれ、面白そうだからいいや、といったところである。

ちなみにこの熊さん、通常ゲーム中に何やらセリフを発するらしいのだけれど、この方言をユーザーが選択できるらしい――ちょっと待ってよ、この上、方言までしゃべるんですよこの熊さんは……

ネットに幸あれ。

ワケがわからなくなったところで、これからも楽しい5号機が発売されることを祈って、ごきげんよう皆様。

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ううん、泣いてないよ…

日曜日なので多少の混雑は予想していたけれど、まさかこれほどとは思わなかった。大したイベントも開催されていないのに、秘宝伝や北斗SE、番長といった大量設置機種はほぼ満席。その他、巨人の星Ⅲや銭形、ジャグラーにバラエティコーナーも大盛況で、全体的に空き台を見つけることが難しいくらいだった。ひょっとしたら皆ボーナスを貰う時期だったのかもしれない。確かに通常営業時でも高設定が期待できる店ではあるのだけれど、休日だからといって満席寸前になるほど人気がある店でもないし、特にこれといったイベントが開催されていないというのに大盛況な理由を考えると――それくらいしか思い浮かばなかった。

何はともあれ、空き台も殆どないくらい稼働率が高いとき、大概私は負ける。例え高設定があちこちに投入されているような大型イベントの際であろうと、稼働率が高ければ十中八九、私はいつも負けているのだ。空き台が少ないため台選びの選択肢も少なくなってしまうし、台移動もしづらい。また空いている台の殆どが、設定が低そうだったり、あるいは天井狙いもできないほどの回転数だったりする。そんなとき、ヒマだからと暴走して乱れ打ちしてしまったり、他の近隣店に足を運んで乱れ打ちしてしまったり……とにかく、原因は私にあるのだけれど、私の中では「人が多いと自分は負ける」という意味不明なジンクスが作り上げられている。

困った。

よくわからないが旦那は旦那なりに台選びをして打ち始めているし、私は「今日も負けそうだなぁ」と思いながらとりあえず店内をウロウロしていた。ウロウロしながら、美容院にでも行こうかな、とか、マッサージにでも行こうかな、とか店から出ることも考えていたのだけれど。

一台、気になる鬼浜を見つけた。鬼浜も他機種同様、空き台がその一台しかないほど大人気だった。やれやれ、どうせ空いてるっていうことは大ハマリ後、連チャンもせず128ゲームでヤメられているのだろうなぁ……と期待もせずデータをチェックしてみる。

すると――朝イチ、420ゲームほどでBIG放出後、3連。その後380ゲームほどでBIG、再び3連。またその後は250ゲームほどでREG放出、300ゲームほどでBIG放出。現在、320ゲームで放置されていた。ちなみにスイカ確率は1/200ほど。

鬼浜のスイカ確率は設定推測のポイントとしてはまぁ、大事な部分なのだろうけれど――これで散々負けてきた私は、とりあえず1/200でもいいか、という気分になっていた。そもそも前任者の方が取りこぼしていたのかもしれないし、それに何よりも現在のところ、この台は一度も深いハマリに達していないのだ。もちろんきちんと連チャンモードに移行してもいるのだから、まぁ、ひょっとしたらひょっとするかもしれない。何にせよ、「設定6かも」なんて安易に楽観視するのは危険だけれど、「設定1ではないかもしれない」という希望を捨てるのはちょっと早いだろう。というわけで、着席した。それに現在通常モードに滞在していたなら、一万円ほどでボーナスを引ける可能性も高い。

すると嬉しいことに、480ゲームほどでREGが放出される。

……320ゲームから480ゲームまで回して、その上REGでドコが嬉しいんじゃ、という疑問を感じられた方……どうかその、厳しいツッコミを飲み込んで頂きたい。三日で十万近く負けたあとは、打ちたいと思いつつも両替機と対峙することすら怖くなるのだ。「設定1ではないかもしれない」とか「一万円ほどで引けるかも」なんて希望を捨てずに台選びをしても、このとき頭のドコかに、「絶対天井だって。いつもこんな風に台を選んで天井いってたでしょ。絶対絶対何があろうと天井だって」という思いがこびりついて離れなかった。期待を込めて打っていたつもりではあったけれど、内心ではひどく悲観的な思いが強かったのだ。だからこそ、たとえREGであろうと480ゲームで初当たりが引けたこと、このラッキーに感謝なのである。誰に感謝かって……もちろん、前任者の方へだ。ありがとう。誰だかわからないけど。

なんて知らない誰かに感謝しながら、REGを消化していた頃――目がヒリヒリと乾くのを感じた。

久々に打ちに行くと、ほぼ必ずといっていいほど起こる目の乾きだ。裸眼視力が0.1もない私は普段、コンタクトを愛用しているのだけれど、久々にパチンコ屋へ足を踏み入れるとなぜかいつも目が乾き始め、泪目になる。店内の空気が暖房で乾燥しているせいかもしれないし、あるいは周囲から漂ってくるタバコの煙に過敏に反応してしまうのかもしれない。なんだか、とにかく、空気が目に染みるのだ。ヒリヒリと目に痛みを感じながら、目が充血していくことがわかった。痛い。アイラインやアイシャドーが崩れぬよう気を遣いながら、目を少し押さえる。
それでも久しぶりに打ちに行けば毎度のこと、対処に慣れているつもりでいた。ドライアイ用の目薬を点した後、放っておくのが一番いい。前回も数週間ぶりのスロットだったのでこのヒリヒリに見舞われたのだが、目薬を点して普段どおりに振舞っているうちに充血もすっかり引いていた。

REG消化後、1ゲームも回さずすぐ、目薬を点すためトイレに駆け込み――その後、通常通りに打ち始める。連チャンしてくれるといいなぁと心の中で祈りながら。

すると8ゲームでBIG放出、その消化中も「コウヘイ、タイマンだぁ」と主人公・リュウジは絶好調。仁義なき戦いもしっかりモノにして、再びBIGが揃った。一体誰がココに座っていたんだろうお礼を言いたいなぁとか、私でも連チャンできるんだなぁとか、心の中では様々な喜び、感謝の気持ちが湧いていたのだけれど。

私の頬は泪で濡れていた。

め、目が痛い……。

ハンカチで目を押さえながら、BIGを消化する。一体どうして目がこんなに痛むのだろう。目が熱っぽく真っ赤になって、泪がたくさん溢れてくるのがハンカチ越しにわかる。目薬を点せばいつも通りだったはずだというのに、なぜ、一体どうして、こんなに目がヒリついてしまうのだろう。こんなとき、みんな、不親切だ。隣でもくもくと打ち続けるお兄さん、あるいはボーナス消化中のおじさん、通りすがりの人、誰でもいいから――「どうしたの」と聞いて欲しい。そうしたら「目が突然ヒリヒリして痛くて泪が出ちゃったんです」と説明できるのに。悲しかったり嬉しかったり、とにかく感情が昂ぶって泣いているわけじゃないんだっていうことを、みんなに証明したい。でもできない。お願いだから誰か聞いてください、誰か、誰か……ってこれ何、パチンコ屋の中心で泪を叫ぶ、なんて何のパロディにもならないしつまらないし、もうとにかく恥ずかしい。

私はめちゃくちゃ動揺していた。それでも――ボーナスは連チャンし続ける。嬉しいのやら悲しいのやら、といった言葉がこれほど身に染みたことはない。ハンカチ片手に目を押さえながら、懸命に消化してようやく連チャンが終了した頃には――三千五百枚ほどメダルを獲得していた。

か、勝った。

一刻も早くそこを立ち去りたかった私はすぐに交換し、店を後にした。旦那には「ちょっと本屋に行ってくる」とメールをし、実際本屋に向ったのだけれど、道すがら全く情けない、と顔から火が出る思いを噛みしめて歩いているうちに――泪はひいた。瞳に冷たい空気があたって、気持ちよかった。それでもまだ、恥ずかしさの余り動悸はおさまらず、顔はちょっと火照っていた。

帰宅後、旦那に打ち明けると彼は大笑い。それは見たかった、様子を見に行きたかったとニヤニヤしていたのだけれど、本当にたまったものではない。せっかくあれだけ連チャンできたのに、全く楽しむことも、興奮に身をゆだねることもできなかった。ちょっと悔しいし、あの光景を思い出すと今でも恥ずかしくて体が小さくなる。まさか、ツッパリハイスクール・ロックンロールを泣きながら聴くことになるとは露ほども思わなんだ……とほほ。

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2006年12月10日 (日)

明日はいいことがありますように

師走、とはよく言ったもので、旦那もここのところ忙しい。もともと月末から翌月の第一週あたりまで雑務が増えて帰宅が遅くなるのだけれど、さすがに年末は財務整理もあるせいか、税理士と打ち合わせをしたり、社長である義母に押印を貰いに行ったり、銀行へ足を運ぶ回数が増えたりと――通常以上に雑務が多い。

まぁ、私が旦那とする仕事の話なんて、例えばどんな機種が売れているのかとか、買いの新機種はどれだとか、イベントは何がいいかとか、あの店のイベントパクっちゃおうかとか、しかしあの店はガセイベント多くてやんなっちゃうよなとか、もう絶対あの店に行くのヤメよーぜとか、次第にワケのわからない展開になってしまうので――実際のところ、旦那の詳しい仕事内容をよくわかっていない。私も私で、「今日はどんな仕事があるのか」とか「お店の具合どうよ」とか、自発的に訊ねないのだ。金勘定や商売がヘタだという自分の性分を弁えているのもあるけれど、なんというか、そもそも、興味がない。生活や貯蓄に困らない程度に稼いでくれているし、健康なようだし、それでまぁいっか、なんて――嫁としてはだらしがないのかもしれないけれど、とにかくそんな具合で、旦那に自ら仕事の話を持ちかけることはない。旦那が話したいときに話せばいいし、旦那が仕事の細かい内容を漏らし始めたとき――いかにも思慮深く、そして「普段は聞かないけれど、心配しているのよ」ってな温かい相槌をうむうむと打つことが、夫婦円満の秘訣だと思うのですがどうでしょう皆さん。

……まぁそれはともかく。

旦那の仕事事情に大して興味はない、なんて言っても、彼が多忙な時期にひとり遊びに行けるほどまだ心臓に毛が生えていないし、そもそも寒いので外出する元気もなく、この一週間はひたすら自宅で過ごしていた。もちろん必要最低限の買い物や、愛鳥の通院などに出かけたりはしたけれど、さすがに洋服や化粧品を物色したり、まさかスロットを打ちに行くなんて気分にはならなかった。体調を崩したのも原因の一つかもしれない。外は寒いのに、愛鳥はこんなに可愛いのに、なんで外出する必要があるだろうと――自宅でちょっと早めの大掃除に取り掛かったり、めずらしく手の込んだ料理にトライしてみたり、愛鳥に唄を覚えさせたり、ひたすら小説を読んだりと、家に籠り続けた。もともとちょっと引きこもりがちな性質も持つ私は、全くこの生活にストレスを覚えることもなく、「たまには遊んでくれば?」と気遣う旦那に首を振り、わりと楽しく過ごしていた。

……まぁそれでもやはり、だ。

つい先ほど、旦那が私に放った言葉――「明日、一緒に打ちに行こうか」。

何? とうとう雑務から開放されたの? マジで? 一緒に遊びに行けるの?
……やっぱり嬉しいものなのだな、どこかに出かけられるというのは。なぜか心の底から晴れやかな気分になって、「明日、何を打とうかなぁ~」とワクワクしている。まぁ久しぶりに出かける先がパチンコ屋なんて、みっともないかもしれないけれど、いいのだ。実にこれがまた数週間ぶりのスロットになるのだけれど、今回はせめて負けることがないように祈るばかりだ。どうか負けても数千円で、「よく遊べたなぁ」と笑える結果であるように。天井なんてモノと無縁であるように。黒い長方形ではなく、しっかり7が揃うように。あぁカミサマ、どうかどうかお願いします。

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2006年12月 8日 (金)

日本代表はいつも弱い

北朝鮮に敗退した若き日本代表だが、全くもってなっていない。いや、選手たちはそれなりに力を尽くしたのだろうし、そもそも私はフィールドでボールを蹴れるほど、あるいは選手顔負けの解説ができるほどサッカーに精通しているわけではないのだけれど、それでも負けたとなると気分が悪い。経済制裁政策や朝鮮総連への圧迫が進む状況の中、サッカーは負けましたではカッコ悪く、情けない。国際試合は決して高校生の試合とは異なり、国の威信を背負ったプロチームが力を競う場なのだから――選手にはもっと大人になってもらいたい。

ワールドカップで後ろ指をさされながら日本を去ったジーコだが、彼の残した言葉で印象深いものが二つある。一つは「サッカー選手はフィールドが”会社”なのだから、金髪やピアスといった風貌は慎むべき」といった内容のもので、Jリーグ開幕時、彼が鹿島アントラーズに在籍した際、選手へ伝えた言葉だ。金髪もダメ、ピアスもダメとは決して体育会系特有のそれではなく、ただ選手へサッカーを生業とする社会人としての自覚を促したかったのだと思われる。サッカー選手はサラリーマンのように堅苦しいスーツを着込んで出社しなければいけないわけでもないし、むしろオシャレな方がテレビや雑誌やらでチヤホヤされる。特に当時、Jリーガーといえばそこそこアイドル的な人気があった。ジーコはそこに釘を刺したい気持ちもあったのかもしれない。あくまでも仕事なのだから、社会人として真摯な態度でサッカーに挑むべきというわけだ。

もう一つはワールドカップの最中、彼が記者会見で放った言葉――「仲良しチームではやっていけない」である。余りに思わしくない結果が続く現状を記者たちに責められてのセリフだったが、ひどく納得してしまった。

今年のことなので記憶に新しい方もいるかもしれないが、日本代表はとにかくチームワークが悪かった。原因は様々なのだろうが、一部では中田選手がキャプテンと戦略も性格も折り合っていないとか、ひとり浮いているといった報道もあって、それらはまんざら嘘でもないのだろう。まぁ、他人が自分と異なる性格や思考を持っているのは当然のことで、あれだけ人数が集まればぶつかり合ってしまうこともあるだろうが――ジーコにとってはハテナな状況だったはずだ。自国チームがワールドカップ出場権を得、その代表となっているのに人間関係などにかまっているのだから。むろんそういった選手たちを招集したジーコにも監督としての責任はあるし、試合での采配ミスも決して否定できない。それでもさすがに人間関係のもつれが浮上するなんて国の代表が聞いてあきれる話であるし、そもそも責任者である監督が下した決断を全うするのもプロ選手としての勤めであるはずだ。プロであり代表であるならば、自らが気持ちよくプレイすることを目標にされては困るのである。結果を出すために、プロとして代表として大人としての責任とプライドをもって尽力するべきであるのに…、という言葉が「仲良しチームではやっていけない」であると思う。

カミサマにこんなセリフを吐かせた今回の日本代表は非常にみっともないし、失礼なのだが――とどのつまり、一体何が情けないかって――Jリーグが開幕した十数年前も今年も、ジーコは「自覚を持て」と言っているのだ。プロ選手である自覚や国の代表選手である自覚といった自らの立場を省みろと、もっと噛み砕くと早い話が「オトナになれ」というわけだ。Jリーグ元年と同様のことを今年、日本のサッカー選手は言われているのである。技術云々ではなくメンタル面の稚拙さを現在も指摘されているのだから、なんとも悲しく情けない話だ。

しかしこれは観客である私たちにも当てはまる内容であって、そうそうサッカー選手ばかりを責めてもいられない。いつもいつも「きっと勝てる」「必ず突破する」だの希望ばかりまくしたて、負ければ「善戦した」とチームを甘やかす報道もサポーターも改善されるべきだ。特にサポーターにいたっては、敗戦後、スタジアムを映すカメラに向ってピースサインを繰り出すあの姿勢――勘弁して欲しい。自らも12番目の選手と名乗り、真剣に応援しているのならば、敗戦直後にカメラに向って笑顔はおろかピースサインなどは出来ないはずだ。しかも全国どころか全世界に放映されてしまうわけで、日本人として非常に恥ずかしい。所詮、日本でサッカーワールドカップなどはただのお祭りで、それに乗じたヒマな人間が応援している――中にはそんな人間がいてもよいのだけれど、さすがに全世界に向ってそんな恥部を露呈する必要もあるまい。サポーターとして観戦した立場を考慮し、自粛するべきだ。ワールドカップ・ブラジル戦終了後さいたまスタジアムの様子が報道された際、ひどく苛立ちを覚えた。アナウンサーも「試合は明け方でしたが、サポーターはみんな元気です」……茶番である。よき代表を育てるためにも、そしてあらゆる試合観戦をさらに充実させるためにも、観客である私たちの意識もシビアに変えなければならない。まぁ愛国心がどうので揉めているような現状では、選手や観客どころか、ろくなオトナが育たないのだろうけれど。

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2006年12月 4日 (月)

確率1/99♪ 待望の甘スロ「マリーンギャング」

5号機はマッタリ、なんてイメージがある。RTが搭載され、比較的コイン持ちはよく、穏やかに出玉が増減するといった――従来のストック機よりは遊びやすいような、そんなイメージだ。

ところがこれでは刺激が足りない。スロット台の傍らには一箱、店によっては二箱のドル箱が用意されているというのに、交換する以外で箱を使う必要がないなんてつまらない。そもそもスロットって、目押しだとか連チャンをもっと楽しめるもので、もっと「出る」ものだったはずだ――というわけで、現在好評なのがサミー「スパイダーマン」だったりヤーマ「ジャックと豆の木」だったりする。これで5号機は「出ない」なんて一概には言えず、高設定を掴めば安定した収支が望める上に、場合によっては数千枚単位の出玉を築くことも可能となった……わけだが。

そもそも当初から5号機って遊べる、マッタリした仕様だったかという疑問が残る。サクラ大戦だってデビルマンだって、エヴァンゲリオンだって球児だって、連チャンモードはおろか天井など一切の特典もないのに、意味不明に700ゲームだとか、900ゲームだとか、アッサリハマりやがる。5号機でコレは大丈夫なのか、と冷や汗をかくハマリである。そんなこんなで投資はもちろん一万円以上になってしまい、「こんなことならナナカフェ打てばよかった」と泣きたくなった覚えはないだろうか。いやナナカフェは別としても、だ。
少なくとも5号機だからといって、いつも気軽に遊べるわけでもないし、決して安心できるマシンではないのである。当然ではあるものの、低設定メインの営業がアタリマエの昨今、せめて「遊ばせて欲しい」と願ったことはないだろうか。

その願いが、叶うのだ。

パイオニアより発売される「マリーンギャング」のボーナス確率をご覧になって欲しい。

マリーンギャング
設定 ボーナス確率 機械割
1 1/128 95%
2 1/122 97%
3 1/117 100%
4 1/112 102%
5 1/106 104%
6 1/99 107%

設定1でもボーナス確率1/128と、その辺のスイカ確率と同様の、あるいはもっと甘い確率で7が揃うわけである。しかも、千円あたりの平均ゲーム数はなんと37ゲーム。千円でボーナスなんてラッキーも射程圏内であるし、少なくとも三千円あれば初当たりに十分期待が持てる。これは嬉しい。

そこで気になるのはボーナス払い出し枚数なのだが――これがまた、何とも言えない。とりあえず下記の説明を読んで頂きたい。

●ボーナスは赤7揃いの一種類

●最大20ラウンド(JACゲームのようなもの)継続、最大純増枚数220枚

●ボーナス終了契機…20ラウンド消化、あるいはFINISH図柄成立FINISH図柄をハズして継続させることはできず、つまるところFINISH図柄当選で終了

現在、ボーナス終了契機となるFINISH図柄(0枚役)はおろか、小役確率の詳細が不明のため、平均獲得枚数を算出できないのだ。おそらく80~110枚ほどは獲得できるのではと予想されているが、あくまでも予想なので、断定は出来ない。申し訳ない。

また、もはや5号機の定番となったRTだが、これは搭載されていない。単純に初当たりを楽しむマシンなのだ。まぁ確率がこれだけ甘いのだから獲得枚数が少ないのも当然で、ガックリくる方もいらっしゃるだろうが――間違いなく遊べる、のではないだろうか。確か天井499ゲームほどの沖スロを発売したのもパイオニアだったと記憶しているが、5号機でも初当たりの喜びを追求してくれるとは有難い。これなら難しい手順もなく、両替をする必要もなく、手持ちの数千円でゆるりと遊べるだろう。

さて、どれほどのホールが導入してくれるだろうか。まぁ機械代回収が困難なので……残念ながら、馴染みのホールで見かけないこともあるかもしれない。それでもこういった試みがなされただけでも、個人的には「これからも似たような機種が出るかもしれないな」と、今後に期待が持てる。ギャンブルであるスロットで「遊びたい」などというのは、ある種ワガママであってそれは承知しているのだが――ぜひ今後もその願いが叶えられまいか、とさらにワガママになってしまうばかりだ。

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一撃千枚獲得も可能「嗚呼!我ら日本松柔道部」

Nihonmatsukyotai ものすごく久々に新機種の紹介をしてみよう。ちょっと気になる機種があるのだ。

来年1月上旬にラスター・ウィンネットより発売となる「嗚呼!我ら、日本松柔道部」である。左の筐体画像がそれなのだが、なんでも一撃1000枚のボーナスが搭載されているという。といっても、ある特定のボーナス後にプレミアム的な、超ロングRTに突入するためで、例えばジャックと豆の木などと似ていなくもないのだが――このように、獲得枚数が定められた5号機において、大量獲得という香ばしい雰囲気を再現させようとする試みは決して悪くないし、素敵だ。

また本機は二頭身のデフォルメキャラが大勢活躍し、選べる3タイプのBIG演出などなど、そのパターンも多数で打ち手を飽きさせぬよう配慮されているらしいが――気になるのは、まずゲーム性である。簡単にまとめておいたので(といっても長いのだけれど)、よろしければぜひ目を通して頂きたい。

Nihonmatsuhairetsu_3●ボーナス合成確率&機械割

設定①…1/274.2 95.4%
設定②…1/265.3 98.3%
設定③…1/237.4 101.1%
設定④…1/271.7 103.5%
設定⑤…1/194.4 106.3%
設定⑥…1/188.9 107.1%

●小役紹介

・ベル、バケツ…それぞれ9枚の払い出し
・チェリー…4枚の払い出し
・リプレイ(リプレイ・リプレイ・ベルもリプレイとなる)
・赤7チェリー赤7、青7チェリー青7…それぞれ1枚の払い出し

重複フラグはバケツ、チェリーと二種類の1枚役。本機ボーナスの約4割は、これらの小役と同時に成立するという。

リプレイ・リプレイ・ベル揃いのリプレイの変則型は、ボーナス後突入するチャンスゾーン中に重要な役割を果たすため、要注意。詳細は後のボーナス関連の説明を参照して頂きたい。

※また、ベルのV字型(左リール下段に赤7・青7が停止していないことが条件)、リプレイテンパイハズレ(中リール中段にリプレイが停止することが条件)などといったチャンス目も存在する。

●コイン単価…3円前後(最低でも2.5円)


●復活した6BBシステム

①赤7揃い
~平均312枚獲得・終了後777Gの超ロングRTへ突入~

通称「赤帯ボーナス」と呼ばれる赤7揃いボーナス。具体的な確率は不明だが、1日に1~2回ほど成立するかしないかのプレミアムボーナスである(全設定共通の確率かもしれない)。ボーナス中の獲得枚数は約312枚前後と、その辺の5号機と変わらないのだが、ボーナス終了後は777ゲームのロングRTに突入するのだ。

RT中は、1ゲームあたり約0.9枚の純増が見込めるため、一撃千枚ほどの大量獲得が可能となっている。また、途中でボーナスが成立しても終了することはなく、完走できるRTであることも嬉しい。
ただし、当選したボーナスを揃えてしまうと終了するのだが、RT中はリプレイが優先的に揃うのに加え、6BBという特性を考慮すると、一発でボーナスを間違って揃えてしまうことはまずないだろう。

この777ゲームのRT中にボーナスに当選する可能性は、約95パーセント。むろんRT終了後に消化できるため、さらなる出玉上乗せも可能となっている。非常に一撃性の高いボーナスで、低設定であろうと高設定であろうと、赤帯ボーナスが成立するか否かは収支に大きく影響するだろう。

②青7揃い
~平均312枚獲得・終了後はチャンスゾーンへ~

青7揃いであるのに「黒帯ボーナス」と呼ばれるらしい。柔道だから仕方がない。とりあえず、ボーナス単体の平均獲得枚数は312枚と、赤帯ボーナスと変わらない。しかしボーナス終了後はRT高確率ゾーンである、チャンスゾーンへ突入する。

チャンスゾーン

・突入契機…黒帯、茶帯、緑帯、黄帯、白帯ボーナス終了後(赤帯ボーナス以外の、全てのボーナス終了後)

・この間に、小役紹介の際に述べたリプレイの変則型「リプレイ・リプレイ・ベル」が成立すると、RT200ゲームへ突入。ちなみにRT200ゲーム以内に、ボーナス当選する可能性は約55パーセントだという。また、RT中は1ゲームあたり0.9枚の純増が見込めるため、180枚前後の獲得が可能

平均50ゲーム継続し、終了契機は不明。おそらく、特定の小役が成立することによって終了すると予想される。

チャンスゾーン50ゲーム以内に、RTへ突入する可能性はおよそ4割と、期待が持てるには持てるけれど運が悪ければアッサリスルーするだろう、微妙なゾーン。

③赤7・赤7・青7、青7・青7・赤7揃い
~平均180枚獲得・終了後はチャンスゾーンへ~

赤7・赤7・青7揃いは「茶帯ボーナス」、青7・青7・赤7揃いは「緑帯ボーナス」と呼ばれる。どちらも平均約180枚獲得、終了後は黒帯ボーナス同様、チャンスゾーンへ突入する。

④赤7・青7・青7、青7・赤7・赤7揃い
~平均36枚獲得・終了後はチャンスゾーンへ~

赤7・青7・青7揃いは「黄帯ボーナス」、青7・赤7・赤7揃いは「白帯ボーナス」と呼ばれる。どちらも平均36枚前後の獲得が可能、終了後はチャンスゾーンへ突入するミニボーナスとなっている。

前述した通り「赤帯ボーナス」はプレミアム的な扱いであることから、おそらく具体的な設定推測要素となるのは赤帯以外のボーナス、つまり「黒帯・茶帯・緑帯・黄帯・白帯ボーナス」出現率だろう。特に黒帯・茶帯・緑帯ボーナス当選が安定した出玉獲得のキモとなる。

●選べる3タイプのBIG演出●

赤・黒・茶・緑帯ボーナスでは演出とBGMが3種類存在し、打ち手が任意で選べる仕様となっている。

・体…「回胴戦隊○インレンジャー」という戦闘ヒーロー部隊による演出とBGM。

・技…瓦割り演出。BGMは「日本松高校校歌」。

・心…日本松高校柔道部のマネージャーがコンサート。歌は「Be With Me」。

※通常時の演出パターンも数十万通りあるらしく、演出面にも相当力が注がれているようである。

――と、まぁこのような仕様なのだが……。

一言、いいだろうか。






番長に似すぎだって。
マネージャーによるコンサート、って操BIGまんまじゃないの…そのほかのキャラの雰囲気もそっくりだし、リール配列も似ていなくもないし(中リールの柔道部図柄とか)、そもそも選べる3タイプのBIGってねぇ…。

まぁそれはさておき、本機の嬉しく有難い機能は「完走できるRT」である。前述した通り、当選したボーナス図柄を狙っては終了してしまうので要注意だが、6種類もの数あるボーナスを一発で揃えてしまうこともそうないだろうし、何よりリプレイが優先的に揃うのでまず安心してよいだろう。リプパンハズシなどもないので、むしろ目押しが苦手である方が気楽に打てるのかもしれない(そうでもないかな)。

ほぼ完走可能な上、まずまずの純増が見込めるRTに突入できるか否かが、勝敗の重要なポイントとなるだろう。言い換えれば、通常ボーナス終了後に突入するチャンスゾーンで、いかにリプレイ変則型を成立させられるか、である。リプレイ変則型出現率の設定差有無は不明ではあるものの、場合によっては通常ボーナス後RT当選しない高設定よりも、RTに当選した低設定の方が安定した出玉を獲得できる可能性もあり――僅かではあるが、通常時も”夢のある”仕様と言えるかもしれない。さすがに低設定域と高設定域では、ボーナス合成確率の分母差が高いので過度の期待はできないのだが、低設定域に期待が持てる余地があるだけ良いのではないだろうか。これまで何度も書いたが、5号機では低設定にどれだけ期待を持たせられるかが重要なのだ(むろん、終日勝負なら設定が高ければ高いほどよいのだが)。

そういった配慮が少しでもなされている本機、ちょっと気になる。発売は来年1月8日。コイン単価も3円前後なら、ホールも食指が動くかもしれない。

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2006年12月 2日 (土)

お返事でござります。

さてさて、今日は頂いたコメントへのお返事をしたいと思います。公開だけではなく、お返事まで延びてしまって申し訳ありません。
誹謗中傷や不躾なコメントなどは問答無用でお断りですし、こちらの趣旨を頭から否定するコメントと付き合えるような体力も気力もありませんが、基本的にコメントを頂くのは大好きです(笑)。記事を更新した翌日などは、「コメントついてたり、するかな…?」とちょっとワクワクしながらココログにログインしています。もしよろしければ、近頃スロットの話題もめっきり減ってしまいましたが(だって負けるし気力が失せてきたし)……今後も、どうぞお気軽にご来訪の足跡でも残してくださると嬉しいです。

●かじさんへ
いつも覗いて下さっているようで、どうもありがとうございます。
オバサン、キツい…ですよね。私もビックリしてしまいました。何が起こったのか判りませんでしたよ…。だって余りにも堂々と「私のよ」と仰るので(笑)……思わず「あっそうですかスミマセン」と言ってしまいました。いやー、毅然とした態度ってのはこういうのを言うのかな、と後になって思います。。。とほほ。

●じゅぁきさんへ
千円…別の形で帰ってくるかと思いきや、風邪をひきました(爆)。運命ってこういうもんでしょうか(笑)。しかも前回よりも厄介で、熱が下がったと言うのに起き上がれば頭はグラグラキリキリ痛みますし…(そりゃもうハンマーで叩かれたように)…。じゅぁきさんも一ヶ月ほど前、風邪だったようですが、こんな具合でしたか? だとすると今年の冬の風邪って本当に厄介ですよね。
まぁ、風邪は実家に帰省したせいかもしれません(笑)。前回も帰省した後でしたから。
この千円が、萬券になって帰ってくることを願います…スロットで(笑)。

●kakiさんへ
確かに強欲なオバサマですよね。でも何も言えなかった私も小心者です(涙)。言い訳がましいですが、なんだかね、堂々と「私のよ」と主張されると一瞬「あっそうだったの?」…と思ってしまうんですよ。それぐらい力のある主張だったのですよ、オバサマは。凄いです。後々思い返してみると、強欲だとも思うし、浅ましいとも思うのですが……そのときは「これぐらい、力強い性格にならなきゃいけないなぁ」なんて意味不明に尊敬の念すら湧いてしまったので不思議です。旦那もこの話を聞いて、しばらく唖然としていました(笑)。

●ROM君&reebok0079さんへ
最凶、ですよね…
負けた私はただのヘタレですけど。

●セイジョージさんへ
どうもです。お陰さまで、風邪も無事治りました。今年に入って二度目か三度目の風邪なのですが、昔はこんなに風邪なんてひかなかったのに、と我ながら驚いてます(年に一度、風邪をひくかひかないくらいでした。。)。やっぱりもう若くないんでしょうかね…。悲しいものです。しかも実家に帰省するたびに風邪をもらってきてます(涙)。ばーちゃんが長生きするために、こっそり病気を私に押し付けているとしか思えません(笑)。まったくもー…。。。
まぁでも、このオバサマも長生きするのでしょうね(爆)。でも本当に、びっくりするぐらいその時は何とも思わなかったんですよ。ただの小心者という話もありますけど。なんだか余りにオバサマが堂々としていて…ある種の強さを感じました。あんなオバサマに凄まれたら、役立たずなPTAも教育委員会も裸足で逃げ出すことウケあいです。そういうトコロにあのパワーを費やしてくださればよいのですけど(笑)。

●GPZさんへ
お久しぶりです、GPZさん。
うーん、残念ながら私は関東生まれの関東育ち、現在は東京在住です(今までのブログにもちょこちょこ書いていることなので、一応)。
でもひょっとすると、このオバサマは関西出身なのかもしれませんね。余り訛りがあるようには聞こえませんでしたが、関東に住んで長いのかもしれませんし。関西のオバサマが強欲だとは決して思っていませんが、わりと意志をハッキリサッパリ仰る方が多いようですから…。。。「私のよ」って主張されたときも、底意地の悪さを感じさせるような雰囲気はなくって、ごく普通に自然に堂々と「私のよ」って真正面から言われたので思わず「あっそうなのかな」って思っちゃいました。…いやホント、私が小心者なんですけどね…。

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2006年12月 1日 (金)

風邪です

情けないことに、またまた風邪をひきました。熱はみるみる上がっていくし、扁桃腺が腫れて痛いし、とても更新・コメントのお返事を普通にこなせる状態ではありません。特に昨日の記事には、初来訪の方などがコメントを残してくださったのに、すぐにお返事できなくて申し訳ありません。明日以降となりますので、よろしければお待ち下さいませ。

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