膵炎――膵臓機能が低下し、栄養の吸収が上手くいかない病――を患った愛鳥だが、このところすこぶる元気だ。とはいえ、まだ標準体重の一歩手前でちょっと小柄な感は否めないのだけれど、ごく普通に食事をし、遊び、飛び回り、鳴きと、具合の悪さなど微塵も感じさせない日々が続いている。主治医の方も「あとはもっとたくさん食事をとらせて、標準体重を少し超える程度に太らせればいいでしょう」と仰っていて、以前よりずいぶん回復したことを実感する。一時期は本当に食事がそのまま流れ出たような形状の糞をしたり、体重がみるみる落ちて痩せ細ってしまったり、ひたすら体力が失われる一方で、最悪の事態を覚悟していたのだ。その頃、つがいで飼っていたもう一羽を亡くしたばかりだったので、私たち夫婦はより一層、何をしても報われないやりきれなさに気が滅入っていた。日々の通院や看病に疲れていたせいもあるかもしれない。
愛鳥の病がひたすら悪化していたある日、とうとう体重が60グラムをきってしまった。標準体重が80~100グラムであると言われている種(オカメインコ)であるというのに、60グラムをきるつまり50グラム代というのは相当痩せ細ってしまったわけで、1グラムの体重が病と闘う小鳥の生命を左右することを考えると、言ってみれば緊急事態だ。およそ二日おきに通院しては検査をし、自宅では愛鳥の腹の中が空にならぬよう数時間おきに薬入りの食事や水を与え、何かあった際には迅速な対応がとれるよう夜も昼も常に私か旦那のどちらかが愛鳥の傍らで見守るなど、ひたすら看病に心を砕いていたというのに――愛鳥の体重や体力は減少するばかりだった。それでも鳴き声や仕草がわりと元気で、「遊んで欲しい」と言わんばかりに熱心に鳴く姿がいじらしく、より私たちの心を締めつけた。
「60グラムをきってしまったら、定期的な強制給餌と抗生剤による治療をするため、絶対に入院させましょう」と主治医の方が仰っていたので、すぐに病院へ向う。それまで先生はあまり抗生剤や入院を薦めていなかった。
もともと小さな小鳥の身体に抗生剤は負担となるし、ただでさえ愛鳥は生後二ヶ月の“赤ちゃん”なのである。生き物として一番抵抗力の少ない敏感な時期に、抗生剤は両刃の剣となるだろう。また、小鳥は環境の変化に大きなストレスを覚えやすいため、入院によって食事をとらなくなってしまったり、食べても吐いてしまうことも稀ではないのだという。そうなると事態はより悪化しかねない。入院することによって自宅よりもより効果的な治療を集中して行えるのだけれど、それによるリスクも相当あるのだ。
こういった理由で、治療にあたる先生はなるべく愛鳥の負担にならぬよう考慮して下さっていたのだけれど、緊急事態となると話は別だ。愛鳥はその日、入院となった。
あれから一ヶ月ほど経過した今でも、その日の記憶は鮮明だ。私も旦那もとても心配で、胸が震える思いだった。お互いに「どうしよう」と言い交わしてばかりで、一体どうしたら愛鳥も、そして私たちも普段通りの平穏な生活と感情を取り戻せるのか、全くわからなかった。それに看病が報われない無力感、また一緒に暮らし始めて一ヶ月も経たぬうちにこんな状況にあるという当惑が極限に達してもいた。二羽を迎えたときは、もっと賑やかに育児を楽しむはずだったというのに、私たちはほんの数日しかその賑やかさを味わっていない。愛鳥たちが生命の危険と直面する事態はもっともっと先だと楽観視していたし、それは非常に身勝手で甘い考え方だということは理解していても、それでも「なぜ今なのか」という残念な問いかけが心の中でこだましていた。
と、同時に――不思議なものなのだけれど、私も旦那も、心のどこかで安堵を覚えていたのも事実だ。それは、神経どころか精神をもすり減らすような、自宅での看病やプレッシャーからの開放によるものではない。もっと単純なもので、「あの先生が集中的に診て下さるのだから、きっと大丈夫だ」という思いだった。主治医の先生への信頼感が、まるで地獄絵図の片隅に描かれた仏様のように、どうしてもやりきれない暗い心の中をひっそりと照らしていた。
その先生は、先に亡くした愛鳥が通ったところとは全く別の病院を運営している、小鳥専門の獣医さんだ。亡くなった愛鳥が通った病院での治療に疑問を抱いた私が、ネットで見つけた病院である。患者としてはとても安心して通える非常に優れた先生で、この先生に巡りあえたことを私はとても幸運に思っている。
飼育に関する様々な指摘はもちろん、病気や治療に関する内容も、獣医学に素人な私でも理解できるよう丁寧に説明してくれていた。膵炎がいかなる病気でどのような弊害を愛鳥にもたらすのか、そのために私が出来ることは何か、またどのような治療が必要なのか――どれも具体的な説明だった。検査一つするにあたっても、その検査が必要な理由まできちんと述べてくれていたし、検査結果が映されるモニターを共に眺めながら、これが白血球ですとか、澱粉質ですとか、映し出された全ての物体とその理由や意味について教えてくれた。お陰で、一体何が愛鳥の身体に起きているのかといった不安とは無縁だったし、やみくもな治療が行われている印象は皆無だった。私は「愛鳥の具合を理解している」という飼い主としての安心感を得られたのだ。
そして何よりも有難いのは、愛鳥が病院で緊張せぬよう上手くあやしてくれることだ。小鳥はとかく、移動や環境の変化など、人にとっては何気ないことでストレスを覚えてしまう。こと通院は、移動した上に検査で普段とらない姿勢を飼い主以外の慣れない人間にとらされるために、相当なストレスになるらしい。なるべくそのようなことがないよう検査中はもちろん、私と先生が会話している最中も愛鳥を優しく撫で回したり声をかけたりと、先生自ら愛鳥に覚えられるよう心を寄せてくれていることが伝わっていた。確かに愛鳥が先生に懐いてしまえば、通院そのもののストレスは減るわけで――先生の気遣いは、飼い主としてとても有難く嬉しいものだった。
そんなわけで、私はとても主治医である先生を信頼していたし、そんな私を見て旦那も安心していた。入院するほど悪化した病と、愛鳥と離れてしまうことへの不安、また自分達は何もできないという無力感に苦しみながらも、「きっとあの先生の傍にいれば」という希望が心のどこかに、ひそやかではあるけれども確実に存在していた。愛鳥が快方へ向うことを願える余地があるという希望や安堵を、先生のお陰で持つことができたとも言える。
愛鳥の入院は四日間の予定だった。その間、先生は暇を見つけ私に電話をしては、愛鳥の様子や治療の内容を説明し――もちろん、だからといって全ての不安が消え去ることはないのだけれど――飼い主である私たちを思いやってくれた。一度面会に行った際も同様に丁寧な説明をしてくれたし、なんと愛鳥のカゴの中にはオモチャを入れてくれていた。愛鳥は環境の変化にちょっと戸惑ったのか、何度か嘔吐していたようだけれど、糞の形状は通常のものとさして変わりがなくなっていたし、体重も数グラムではあるけれど増加していた。嬉しかったし、やはりこの先生にお任せしてよかったという安堵、また数々の心づくしに感謝した。
愛鳥の退院後、体調はガラリと変わった。退院の際、先生は「本当はもっと体重が増えている予定だったのに…」と、僅か数グラムしか体重が増加しなかったことを悔いていたのだけれど、入院による集中治療の効果はその後顕著となる。自宅では従来と変わらず、薬を混ぜた食事と水を与え、愛鳥が空腹とならぬよう気配りをしていたのだけれど、一週間でおよそ10グラム体重が増え――70グラムほどとなった。愛鳥自身も少しずつ健康に近づいていることを実感していたのか、以前よりも「遊んで」と呼び鳴きするようになったし、自ら餌をつつくなど食欲も安定してきた。また、それまでちょっと気だるそうに見開いていた瞳が、クリクリと明るい光を放つようになって、私も旦那もますます愛鳥に夢中になった。
先生もとても喜んでくれたし、私たちは本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。あれから週に一度のペースで通院し、弱めの投薬は続いているけれど、日に日に愛鳥が元気になっていく様子が目に見えて伝わってくる。もう少しで愛鳥に見合った理想体重に手が届きそうなところまで回復したし、冒頭で述べたように「あとは太らせるだけ」――つまり、栄養吸収不全の状態に怯えずともよい状況となっているのだ。膵炎とは完治しづらく、そのため上手くつきあっていく方法を見出さねばならないと先生に教えられたのだけれど、つい最近先生が言うには、完治した状態に非常に近いところにいるのだそうだ。あとは、今後どんな病が襲ってきてもそれなりの免疫力が保てるよう、体重を増やすことに尽力するのみで……一時期の絶望感が嘘のようである。
とは言え、ダイエット同様に健康的に体重を増減することはそれなりに難儀で、なかなか理想体重に達しないのではあるが――それでもやはり、十分な回復をしたと言えるだろう。まだまだ安心しきってはならないのだけれど、始終愛鳥の傍で見守る必要はもうないし、栄養が吸収できず体重が減り続ける状況にあるわけではない。普通に食べていれば消化吸収ができるわけで、生きていけるわけで――もう、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるわけではないのだ。重くのしかかっていた生死の瀬戸際への覚悟と不安が取り払われた私たちは、それはもう、ごく普通の喜怒哀楽を感じられる生活をまるで生き返ったかのように過ごしている。旦那の仕事によって生活は不規則になってしまうけれど、健全な精神状態はこのようにあるべきなのだな、としみじみしてしまう。
人間でも膵臓を痛めると治療が難しいというのに、愛鳥は小さな身体でよく闘ってくれたとその生命力に感嘆する一方で、やはり丁寧な治療を施してくれた主治医の先生への感謝は尽きない。例え他の小鳥専門の先生でも回復した可能性だって十分にあるのだけれど、この先生だからこそ愛鳥はここまで元気になったのだと思ってしまう。と同時に、先に亡くなってしまった、つがいであったもう一羽の愛鳥も、この先生に診せていれば……という後悔が募るばかりだ。
亡くなった愛鳥は「そのう炎」という、膵炎よりもずっと小鳥がかかりやすい、言ってみれば実にポピュラーな病で亡くなった。人間で言う風邪のような一般的な病である分、治療方法も十分にある病であった。むろん、治療にあたっては小鳥自身の体力がその後を左右するし、発見が遅れ病状がかなり進行してしまうとなかなか手の施しようもないので、必ず完治する病とは言い切れない。それでも、小鳥の十分な体力と早期発見、またしかるべき治療という条件が揃えば、かなりの確率で助かるものらしい。
亡くなった片割れへの後悔は尽きないし、飼い主として何もできなかったやりきれなさは未だ払拭できず、大きく責任を感じている(当然なのだけれど)。しかし、それでも、その頃通っていた病院での診察や治療を考えると、今でも疑問が残るし、そもそも片割れが病に侵されたのはペットショップにいる頃からなのだ。二羽を迎え入れて、すぐにその病院へ健康診断に行った際に「そのう炎のようです」と医者に言われていたのだから。
私たち夫婦が優良なペットショップと病院を見極められなかった責任は十分にあるのだけれど――今でも、どちらの施設にも疑問が残るし、怒りすら覚えてもいる。自分たちの責任を擦りつけたり、失った悲しみを晴らすためにみっともない行動を取りたくはないけれど、やはり優等生になれない私はそのペットショップでの飼育環境や、病院での治療について、ちょっと書いておきたい。パチンコとかパチスロとかギャンブルの話題が多いこのブログだけれど、中にはペット、とりわけ小鳥を飼育している方がいることを信じて、そんな方々へ何かしらのお役に立てれば、とも思う。というわけで、今しばらく愚痴に付き合ってくださいませ皆様。後日書きます…というわけで、失礼をば。