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2006年12月27日 (水)

死体のような女性

深夜に薄味でダシの効いた、讃岐うどんが無性に恋しくなってしまった。生憎家にうどんの買い置きはなかったし、関東育ちの私にはどうもあの味は再現しづらい。というより、作り方がわからない。インターネットで検索すればチョチョイノチョイなのだろうけれど、わざわざ深夜にそこまでのヤル気が湧かなかった。頑張り過ぎない勇気ってのはこういう場面でも必要だろう、というわけで深夜、讃岐うどんを求めて私たちは車に乗り込んだ。

「讃岐うどんなんて、久しぶりだねー」なんて助手席で私ははしゃぎつつ、それでいてちょっと深夜のドライブに胸を躍らせていた。讃岐うどんも久しぶりだけれど、深夜に二人で車に乗り込むのも随分久しぶりだった。もともと夜中のドライブが大好きだったので、ワクワクしてしまう。渋滞も人通りもない夜中に普段走れない道をのんびり進むなんて、とても楽しい。目を爛々とさせる私に「頼むから、無鉄砲にアッチ行きたい、コッチ行きたいと言うなよ」と旦那は忠告しつつ、ハンドルを握っていた。
なぜなら助手席で「あっ、ココの道走ってみたい」「今度はコッチに向おう」「山道行きたい」とやみくもに運転手を誘導し、自宅はおろか東京からいつの間にか離れてドコかの県にいる……というのは私の特技なのだ。今までも明け方、例えば富士五湖や五色沼や日光だとかで、旦那が「これからどうやって帰るんだ…」と呆然と頭を抱える姿を何度も見てきた。いやー、申し訳ない。

「いやいや、とりあえず腹ごしらえしなくちゃね」と私はニヤニヤしながら、これからの予定を考えていた。街にある深夜営業のうどん屋さんで食事して、それからとりあえず一番初めに目に入った青看板見て、右か左か決めて、最終的にはやっぱり山道だよねぇ、…なんてほくそ笑んでいたわけだけれども。

旦那が突然、車を止めた。急ブレーキだった。私の身体はガクンと前に揺さぶられる。

「もー、何? どしたの?」
突然の衝撃に驚いた私は旦那を睨んだ。
すると旦那は目を見開き、口を半開きにしていて――旦那も、何かに驚いているのだ。
「どうしたの?」
「……おい、アレ、見ろよ……」

旦那が声をひそめながら指差した方向は、横断歩道も信号もない、住宅街にありがちな狭い一本道が広がっていた。街灯がいくつか灯っていたけれど電球が暗闇の中に浮いているだけと言った風で、深夜の道を照らしきるには全く十分ではなかった。暗い。その中を車のライトがやたら白く、まぶしく前方を照らしていて――。


えっ。


私も言葉を失ってしまった。



道の中央に、女性が倒れているのだ。ゆるいパーマがかった長い髪が乱れ、手足はどれもまるで壊れた人形のようにあり得ない方向を向いていた。顔は美肌というわけでも厚化粧と言うわけでもない、ただただ血が通っていないような冷たい白さで、体温がひどく低いことが一目でわかった。申し訳ないけれど、とても不気味で――ホラー映画でよく使われる、女性の無機質な死体を思い出した――死体?


死体?


私と旦那はおもむろに「死体」という言葉を言い合い、それから慌てて車を降りる。旦那は携帯で119にダイヤルし、私は急いで女性の下に駆け寄る。肩をゆさぶると首がダランと落ちて、彼女の身体に力が入っていないことがわかった。唇は真っ青で、手を握ると氷のように冷たくて、こちらが痛みを感じるほどだった。ただ手首の脈をとってみると血管が上下しているような、ほのかな振動が伝わってきたので、どうやら最悪のパターンではないようだと旦那ともども胸を撫で下ろした。
それから私は彼女の手をさすりながら、旦那と二人でその場にしゃがみこんでいた。女性の顔を覗き込むと、なんとなく自分と同年代である印象を受けた。服装はシンプルなオフィスカジュアルといったスタイルだったので、おそらく仕事帰りなのだろう。それにきっと一人暮らしだ――この時間になっても帰ってこない彼女を心配する誰かがいるなら、彼女の携帯の着信音が聞こえてもおかしくない。普段は他人に冷たくて殆ど感情移入しない私も、一人暮らしが長かったのでなんだか心配になってしまった。私だって、同じ破目にあう可能性はあったのだから。



「救急車、遅いね」
「深夜だし…年末だし、しょうがないよ」
待ちかねた私に、旦那は意味不明な理由をつけて返す。
「深夜で年末で、救急車の台数減っちゃうわけ?」
「……たぶん」
なんじゃそりゃ、よくわからん。もっとマシな理由を想像できないのか、と旦那を心底アホだと思った。まぁ、旦那のアホは今始まったことではないのだけれど。
大きな溜息をつくと、旦那はちょっと言いにくそうに口を開いた。
「っていうかさ、オレさ、さっきから言おうと思ってたんだけど」
「何?」
「さっきから…」
「あーちょっと待って、動いたよ!」



彼女の手に力が入るのが、私の手のひらに伝わってきて――その瞬間、ガバッと彼女は起き上がった。
「起き上がれますか? 大丈夫?」
私たちの声が届いているのか、一瞬ぼんやりとした表情をこちらに向けたのだけれど、なんだか視点が定まらないようだった。立ち上がろうと、手足に力を込めたのだけれど上手くいかない。そのまま体育座りをして、膝に顔をうずめてしまった。
「今までここに倒れていたんですよ。救急車呼んだから、気分が悪ければもう一度横になってみたら…」
「救急車?」
ひどく気分の悪そうな声が返ってくる。それでも返事があったことに、ちょっと安心した私は続けた。
「そう、救急車。もうすぐ来ると思うんですけど」
「救急車?」
「はい、救急車。病院に行った方がいいかと思って…」


すると彼女は膝から顔を上げ、意志のある瞳でこちらを見た。
「救急車、呼んでくれたんですか!?」
先ほどとは打って変わって、ハリのある、大きな声だった。表情も少し笑っているような、驚いているような、とにかく血の通った顔をしていて、まるで死んだように倒れていたことが嘘のようだった。
大事なさそうでよかった、と内心ホッとしつつ私は答える。
「十分ぐらい前かな? 呼びましたよ。ひょっとしたらもう大丈夫かもしれませんけど…」
念のため、病院で何かしらの応急処置を取った方がいいのでは、と続けようとした私を遮って、素っ頓狂なカン高い声が返ってきた。



「スミマセン!! 今日、飲みすぎちゃって!!」




無事でよかったですね、と笑顔で戻っていった救急隊員の方々は、相当オトナだったのかあるいは同じ場数を何度も踏んできた賜物なのか、よくわからないけれど、優しい方々で本当によかった。もちろん、飲みすぎによる急性アルコール中毒だってバカにできない症状だから、彼女がこのまま病院に行ったっておかしくないのだけれど、既に血色もよくハキハキ話す彼女に応急処置が必要ないことは明らかだった。そもそも急性アルコール中毒であるならば、きっと今頃彼女の生命は危険な状況にあるわけで――単純に、酔っ払って道端で寝込んでしまったのだろう。


「だから、オレ、さっき『酒臭くない?』って言おうとしたんだよね」車の中で旦那が言う。「でもオマエは気づかなかったみたいだし、ちょうどあのコが起きたから…」
「早く言え。私は鼻が詰まってるんだ」
なんだか腑に落ちなかった私は、ちょっと苛立っていた。
だって、あの女性はこんな時間に道端で寝てしまうことに、何のリスクも感じなかったのだろうか? 酔っていたにせよ――いや、酔っていても持ち合わせなければならない、危機感なのではないだろうか。私だって酒は大好きだし、吐きながら街を歩いたこともあるし、偉そうなことは言えないけれど、唯一つ誇れることは記憶を失ったこともなければ、危険を招いたこともないことだ。むろん、誇れることと言うよりも当然なのだけれど。

誰だって飲みすぎて前後不覚になることがあるし、しょうもない失態を演じてしまうことがあるはずで、二十歳を超えたオトナとしてはみっともないことなのだけれど、まぁ酒を飲む人間としては一つの登竜門だったりする。自らの限度を知るいい機会だし、失態による反省もろもろを通して、周囲への気遣いができるようにもなったりする。場合によっては、さらに相手との仲が深まったりもする。もちろん、深酒しないにこしたことはないのだけれど、だからといってそれによる失態全般を全否定してしまうような思いはない。飲みすぎによる失態は、必要悪のようなものだと思う。

でも女性は――古い考え方かもしれないけれど、やっぱり身を守らなきゃならない。別に女性と一緒に飲んでいる男性の殆どが下心があるわけではないし、危険を呼ぶ相手でもないのだけれど、物騒な世間では一体何があるかわからない。それにどちらかと言えば、一緒に飲んでいる相手よりも、酒の入った女性は帰宅時に気を遣った方がいいかもしれない。こと夜中一人で帰宅するのであれば、少なからず酒を飲んだことを重々念頭に置いて、気持ちを引き締めた方がいいだろう。タクシーを利用するのも一つの手で、たとえ運転手さんがどれだけ帰り道に迷おうとおかまいなしに、入りこんだ住宅街の道を走ってもらい、自宅の目の前まで乗り付けてもいいと思う。それに女性の泥酔する姿は――私が言うのもナンなのだが――みっともないものだ。

まぁ、酒を飲もうと飲むまいと、女性は深夜の一人歩きそのものにある程度の注意が必要だし、できればしない方がいい。それでも残業や付き合い諸々でなかなかそうはいかないし、いつもコンビニが煌々と街を照らし、誰もが携帯電話を持っている昨今、深夜女性が危険な目にあうケースも少ないのかもしれないけれど――気を払っておいて、損は必ずないはずだ。
私などは田舎育ちの臆病者だから、残業で遅くなれば最寄り駅からタクシーで帰宅したり(運転手にイヤな顔をされてしまうけれど)、終電近くまで飲んでしまえばむしろ朝まで飲んだし(それもちょっと違うのかもしれないけれど)、今はあまり夜中の用事なんてないけれど、あればあったで旦那に送り迎えしてもらったりタクシーを利用したりと、なるべく夜は一人歩きしないようにしてしまう。
「夜」ってそこまで怖いものなのかと冷静になってみれば、そうでもない気もするし、ここまで臆病になる必要はないはずなのだけれど、自分でもどう折り合いをつけていいものやら判らなくなってしまった。それでも、今日無事であるのだから、なんとなくそれでもいいような気もしている。

――やれやれ、なんだか私、娘ができたらものすごく過保護に育ててしまうんじゃないだろうか。それはそれで、困ったな。

ちなみにその後、渋谷で旦那と讃岐うどんを食べて、首都高をひた走り、青看板を見てとりあえず海ほたるに行きたいと騒ぎ、さらに木更津まで行ったら――朝になっていた。旦那は頭を抱え込んでいた。ごめん。

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コメント

昨年の記事に、あけましておめでとうございます^^;;。

この女性ラッキーですよ!
下手したら凍死もありえる状況ですよ。
それが意識が回復した事で助かったと思います。

お酒はほとんど飲めないのでしかたないですが、ここまで飲めるのはある意味うらやましい限りです。
だいたい飲むと、頭がズキズキして眼が充血して、痛みに耐えながらを超えないと陽気になれない^^;;。
ので羨ましい(笑)。

それにしても、こんな事ってあるんですねぇ・・・。
自分にはない出来事です^^;;。

投稿: じゅぁき | 2007年1月 5日 (金) 12時43分

じゅぁきさん、今年もよろしくお願いします。
そしてお久しぶりです♪ お元気ですか~?

>>下手したら凍死もありえる…
た、確かにそうですよね(笑)。
さすがに夜は「氷点下!?」っていうくらい、冷え込みますし…。

でも最初、本当に、怖かったですよ。。。
もうアチラ側へ逝かれてしまった方かと…。
怖い、っていうのも失礼かもしれませんけど、ゾクっとしました。
無事でよかったです。救急車に乗ることなく、その後歩いて帰宅できたようですし…。
ただ、もうちょっと自分を大切にして…と老婆心ながら思いましたよ(笑)。なんだか同い年ぐらいの女性だったので。
まぁ、私も酒飲みなので…、え、えぇ…人のこと言えないんですけど。

じゅぁきさんはお酒を飲むと、そうでしたか…痛みを感じてしまうのですね。厄介でしょうね。
こうしてコメントを交わしていると、きっとじゅぁきさんはお酒に対する嫌悪感はなくって、単純に身体に合わないだけなんだろうな、なんて思っていたんですけど、……身体が痛くなってしまうまでとは、うぅ、思いませんでした。
でも飲めなくても、周囲が盛り上がっていればなんだか自分も楽しくなってきますしね♪ 私の友達にも飲めない男性がいるんですけど、そんな風に言ってました。「オレはウーロン茶でも酔える!」と(笑)。

>>こんな事ってあるんですねぇ…
わりと…男性が酔っ払って、道端で大の字になって寝ているのはよく見かけるんですけど(笑。一応声をかけますけど)、さすがに女性は初めてでビックリしました。
忘れられません…(笑)。

投稿: ちゅう太toじゅぁきさん | 2007年1月 5日 (金) 13時52分

>「オレはウーロン茶でも酔える!」
あれ? 同じこと言ってますねぇ、私と(笑)。
たぶん、この人もお酒はダメでも雰囲気に酔える人なんじゃないですか?
お酒飲むとホント暗くて、無口になるので、むしろその場所の雰囲気に酔える方がいいと思ってます(笑)。

投稿: じゅぁき | 2007年1月 9日 (火) 13時26分

そうなんですよ、ヤツはですね(笑)…
周囲が盛り上がるともう、酔っ払ったようなテンションをみせますよ~。むしろ、誰よりも元気(笑)。
最初はお酒を飲んでいないと気づかなかったぐらいです。
二回目だか三回目に飲みに行ったとき、「あれ?ウーロン…茶?」と気がついて、みんなで驚きました。誰もがウーロンハイだと思っていたようで(笑)。

>>お酒飲むとホント暗くて、無口になるので…
具合が悪くなってしまうというお話ですし、当然ですし仕方がないですよ。逆に、そんな風になっちゃうのに、飲まなきゃいけない状況だったりすると…お辛いでしょうね…。

それに、色々な酔い方があると思いますが、
酒乱が一番最悪ですよー(涙)。
一度、酒乱のゴタゴタに巻き込まれたことがあるんですけど、
本当にもう気分が悪くなります。。。
酒乱の方こそ、お酒は遠慮して欲しいです…。。

投稿: ちゅう太toじゅぁきさん | 2007年1月10日 (水) 04時00分

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