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2007年1月31日 (水)

近況。

近頃ブログを放置していることが多くなり、えらい怠慢ぶりですが――頂いたコメントの公開もお返事も何もかも遅れていますが……申し訳ありません。ここ数日、ちょっとバタバタしておりまして、パソコンの前でゆるりとした時間を持つことができない状況です。

更新やお返事が遅れてしまうことも、もはや日常茶飯事となってしまった昨今ですので、こうして言い訳めいたことをつらつら書くのも恐縮なのですが、読んで下さっている方、未だに覗いてくださっている方、いらっしゃいましたら、いましばらくお待ちくださいませ。

数日後か、まぁ遅くても週末には更新なりお返事なりまとめて書ける予定です。

今後とも何卒よろしくお願いします。

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2007年1月26日 (金)

友人の結婚

どういうわけか、いつの間にか、パチンコ店で勤める友人が何人かいる。まぁ基本的に学生時代に通っていたいくつかの雀荘でよく同卓した常連さんだったり、あるいはその頃よく通ったパチンコ店で勤めていた従業員だったりで、ちょっと会話を交わしたら意気投合して飲みに行って仲良くなった…という流れで「友人」となったわけで、かれこれその付き合いは意外と長いものだ。

気軽に飲みに行ったほどなので、当然年齢も私と近い。出会った頃は二十代前半、今は後半で、あの頃はホール従業員、サラリーマン風に言ってみればいわゆるヒラ社員だった皆も今、男性は店長だの主任だの班長だの、あるいは設定師だのと立派な肩書きを背負っている。女性の何人かは既に退職して他の仕事に就いたのだけれど、中には続けている方もいて、残念ながら肩書きとは無縁ではあるものの(女性が出世をしづらい環境だからかもしれない)、店内では頼りにされる古株さんとなっている。

現在私が暮らす場所も打ちに通っている地域も、学生時代を過ごしたりその頃遊び回った街とはいささか距離があるので、実際に顔をあわせる機会は殆どない。飲みに行くことも、私が結婚してからは随分減ってしまった。それでも折々の連絡は互いに絶えることもなく、仲良し関係は保たれていた――携帯のメール機能って、本当に便利だ。

まぁそんな友人関係にある一人の男性から昨日電話があったわけで、聞けば隣町の駅まで来ているという。昼下がりに飲みに行くわけにもいかず、「じゃぁちょっとお茶でもしようか」ということになった。

彼を待たせること三十分ちょっと、駅前のドトールに行ってみると、なんと初めて見るスーツ姿だった。上下黒のスーツに、クリーニング店できちんとプレスしてもらったのだろう、襟の整った白いワイシャツ、淡い黄色のネクタイを締めている。

「なに? アンタ、就職活動でもすんの?」

笑いながら言ったそれが、私の第一声だった。

「いや…その…」彼は口をモゴモゴさせて、照れたような視線を私に向けて、言った。「結婚しようと思ってさ」

「はぁ?」
結婚を決意した人間に「はぁ?」というのは冷たく失礼なセリフかもしれないが、本当に驚いたのだ。彼に付き合って二年ほどのカワイイ彼女がいることは知っていたけれど、結婚を想定した深い間柄まで育っているとは、よもや思わなんだ――が、まぁ私が彼らに会ったのは実に一年以上も前のことで、その間に彼らの関係が熟していたって決しておかしくはない。

「それで、今日の夕方に彼女の実家に挨拶に行くことになってるんだ」
「なのにこんなところで油売ってていいの?」
「うん、実家はこの辺だし。せっかくここまで来るんだし、久々にオマエとお茶でもしようと思って早めに出たから時間はあるよ」
「あっそう」

彼は今、都内のスロット専門店で主任という役職に就いている。出会った頃はその店のホール従業員だったのだけれど、その頃からテキパキとしていて、接客態度は適度な優しさと丁寧さを持っていて、いわゆる仕事のデキそうな雰囲気があった。当時は「お客様」だの「ちゅう太様」だの、名前の下に必ず「様」をつけて呼ばれていたのだけれど、飲む回数を重ねるごとにいつしか「オマエ」となり、彼のセリフから敬語が消えていった。それでも、彼の人に対し誠実であろうとする丁寧な姿勢はいつまでも消えないので――元来、そういう性格なのだろう。

「しかしなんでまた、唐突に結婚することになったの?」
「いやー、それがね。デキちゃってさ」
彼は破顔して言った。とても喜んでいる様子で、女性としては内心ホッとする。私は妊娠したことも出産したこともないけれど、彼氏彼女関係の段階で子供ができると、相手の男性が果たしてどんな対応をするか、きっと女性は少なからず不安になるだろう。もし困り顔でもされたら、困ってしまうことは男性としては当然で仕方のないことだと判っていても、とても悲しいものだ――と思う。

「よかったね。結婚も決まって子供もいて、なんて盆と正月が一緒にやってくるみたいじゃん」
「まだ相手の両親からOKされていないけどね」
「まぁ、タイプによっては激怒されちゃうかもしれないけど…最終的にはOKするしかないでしょ。大丈夫だよ」
言って私はカフェオレをすすった。温かい。
「うーん、でも不安だよ、いろいろ」
「まぁ大丈夫だって。ウチの旦那だってあんなにバカだけれど、お父さんにもお母さんにも気に入られたし」
「いや、まぁ…今日いきなりご両親が納得してくれるとは思わないけど、いつか何とかできると信じてるよ。単純に、子供を食べさせていけるか不安で…」
彼は眉を寄せながら、視線を落とした。

きっと彼の仕事や店のことが心配なのだろう。彼の勤める店は都内に数店舗あるチェーン店なのだけれど、近頃従業員のリストラが相次いでいることは、彼からメールで聞いていた。リストラされると言っても、対象となっているのは学生や二十歳前後の若いアルバイトで、いきなり食べることに困窮してしまう立場にありそうな人々ではない。それでもそういった流れを目にするにつけて、彼が不安になってしまうのは当然で――なぜなら、今年7月からのスロット事情がリストラの背景にあることは、紛れもない事実だからだ。

あと半年も経たないうちに、5号機だらけの営業となる。今まで書いたように5号機は機械代回収が困難で、ホールにとっては頭の痛い規制だ。近頃は従来に比べ格安な値段で発売したり、あるいは分割払いの最大回数が多くなったりと、機械代に悩むホールを気遣った販売が目立ってきたけれども、それでもやはりホールにとって厳しい現状は変わらない。まだ、5号機の魅力がしっかりとユーザーに伝わっていないからだ。

吉宗の撤去を皮切りに、初代北斗、そして南国育ち――これら三つの機種が消えたと同時に、おそらくどこのホールも稼動が伸び悩んでいるだろう。旦那の店だって例外ではない。赤字覚悟の大きなイベント時ならともかく、常日頃の通常営業でそれらの機種があった頃と同じくらいの売り上げは、なかなか達成しづらい。ただでさえ稼動率アップに悩む状況の中、未だ万人ウケする、言ってみればどの店の看板にでもなれるような人気機種が5号機で出現していないというのは、ホール側にとってはとても悩ましいことで、先行き不安になってしまうのだ。

特に彼が勤めているのはスロット専門店で、心配になってしまうのはしごく当然だ。

「まぁ…そりゃ、不安になるよね…」――としか、私には言えない。
すると言葉につまる私を助けるかのように、彼は口を開いた。
「一応、役職に就いているから、すぐにリストラなんてことはないだろうけど」
「まぁね」
「でも子供が成人するまで二十年か。大学まで通うとなったら…アリコのCMでやってるじゃん。『お子様が社会人になるまでかかる費用は約一千万!』って。アレねぇ…胸に刺さるんだよなぁ…」

生命保険に入っておきなよ、なんて冗談は言えなかった。万が一、営業不振となってホールが閉店したり、規模縮小するなんていう最悪の展開を迎えれば、一番困るのは彼のような役職なのだ。
アルバイトや一般社員といったホール従業員は、比較的若い人間が多いし、店の状況がいよいよヤバいと――あるいは今からだって危機感を持ったら、すぐに退職を選択できる環境にある。そして再就職も比較的しやすいだろう。ところが、彼のような役職の立場にあればどうしたって責任がアルバイトとは異なるため、店がヤバい状況にあるからといってアッサリ退職できるような環境でもなければ、心情でもないだろう。再就職せざるをえなくなった場合、年齢的に何かしらのキャリアを問われる頃でもあるし、パチンコ屋という大きいけれども狭い業界で身を立ててきたことを、一体どこの会社がどこまで理解してくれるだろう。プレッシャーを感じるのは当然だ。

「でも、すぐに閉店を選ぶオーナーも少ないと思うよ。そんなリスクの高い選択肢を簡単にとれるオーナーも少ないんじゃないかな」
「そういうもん?」
「そういうもん…だと思う」
経済学科に在籍していたくせに、金銭的、それでいて経済・経営的な見地はえらく苦手な私が言うことなので、大した根拠はない。それでも旦那がそんなコトを言った記憶もあるし、自分でもなんとなくそう思った。
「まぁ、シマ封鎖はあるだろうけど。特にスロット専門店でしょ? 台数とか状況によっては…シマ封鎖されるかもしれない。でも、だからといって、せっかく育てた役職を切るなんてことも、ないんじゃないかな」
「でも給料が下がるかもしれないし…」
そこでまた、彼は視線を落とした。

私は彼を励ますためにちょっと楽観的なことを言ってみたのだけれど、あまり効果はなかったようだった。現場の人間にとって、それでいてこれから家族を抱えようという身であれば、当たり前だろう。

「パチンコパチスロを打たない人にとったら、パチンコ業界が今どんな状況にあるか全く知らないと思うし、興味もないと思うんだよね。だから、余計に彼女の両親に仕事のコトを話すのが辛いよ。何て言ったらいいのか…ご両親は、パチンコ屋での仕事をバカにするタイプではないみたいだから、その辺は安心しているんだけど、収入や今後の展望を聞かれると、本当に辛い」
彼は時折コーヒーをすすりながら、つらつらとその胸中を語った。

私も黙って、何を言ったらいいのか、頭の中でゴチャゴチャと考えていた。旦那はこれからの営業のことを、どう思っているのかな、とあれこれ想像してみた。旦那はまれに「不安になるよ」なんて漏らしていたけれど、滅多にそういった弱音はもちろん、仕事絡みの湿っぽい話はしない。私も旦那が言わないのなら、聞かない。本当は旦那だってものすごく不安なのかもしれないけれど、ただ黙って一緒にいるしかない。
ただ、ウチの旦那だって不安がっているよ――なんて彼の共感を誘うセリフは言いたくなかったし、共感されるとも思えなかった。借金を抱えるオーナー、借金のないオーナー、土地を借りて営業しているオーナー、そうでないオーナー……色々いるだろうけれど、閉店や休業などの憂き目にあっても、なんとかなってしまうケースの方が多い気がする。借金を抱えていても、持っている土地などの財産で賄えたり、あるいは副業があったり、逆にパチンコ店が副業であったり、それまでに十分な収入と貯蓄があったり――あくまでも印象であって、そうではないトコロもあるかもしれないけれど、少なくともウチの旦那や義母がパチンコ業から手を引いたからといって(そんな選択肢をとるとも思えないけれど)、明日食べるのに困ってしまう状況ではない。
それは彼も知っていることなので、旦那が不安に思っているのだというセリフは本当に意味がない。それに共感を誘ったところで、全く何の解決にもならない。

かといって、彼の不安を取り除くマネは私には絶対にできっこない。彼の不安を払拭するためには、5号機時代も店にとって明るいものだという状況を作り出すことであって――そんなことできるハズもないし、私の仕事ではない。

……などとアレコレ考えていたら、だんだん、プツリと何かがキレ始めてしまった。

「あのねぇ」
「ん?」

口火を切ると、彼が顔を上げる。私は彼の目をしっかり見据えて言った。

「収入だとか、これからのコトだとか、何にも考えずに、挨拶に行こうと思ったの? アンタ、バカじゃないの? 普通そこまでしっかり考えて、あるいは彼女と話し合って、両親には挨拶するもんでしょ。何の準備もないわけ? ほんと、バカ。彼女が一番気の毒だよ。子供もできて、結婚することになって、母親になろうって腹が据わってんだよ。アンタがそんなんでどーすんの?」
「う、うん…」
「ナンにせよ、一緒に暮らして子供育てていきたいんでしょ。どういう状況になろうが、やってくしかないでしょ。それは彼女もわかってるんでしょ? そういうことも話し合わずに、子供ができたからって簡単に結婚を決めてたら、子供がカワイソウだね」
「うん…」
「両親に何を言ったらいいのかもわからないほど、悩んでるんだったら、彼女にそのこと言ってもうちょっと待ってもらうしかないじゃん。でも子供がいて、しかもアンタが父親なんだから、だらしないことばっかり言ってるんじゃないよ、全く」
「ああぁ…」
「第一なぁ、こんなコトで悩むぐらいだったら、最初から避妊しろ、バーカ」

私ってば、本当にこういう、こらえ性のない性格なのだ。ただもう、ウジウジ悩んでいるのは大嫌いで――そのくせ、自分は小心者でウジウジすることが多々あるのだけれど、それを棚に上げて他人、こと仲の良い関係にある相手に向ってはズケズケと踏み込んでモノを言ってしまう。申し訳ないし、決して反省しないわけじゃないし、ここまでハッキリ言う前にそれなりの道筋を辿って躊躇もしているのだけれど、特に今回は母親となった彼の彼女を思うと、同じオンナとして彼を頼りなく思い苛立ってしまった。

……まぁそれでも、最後の「バーカ」は、我ながら、やっぱり、余計だったと思う。

「そうだよなぁ」彼はしみじみと、深く頷いた。「本当にその通りだよなぁ…オレ、一応父親だし」
「一応、じゃないでしょ。れっきとした父親だよ。それでいて、結婚して、一生彼女と子供と一緒にいるって決めたんだよね? 迷いはあるの?」
「一緒にいることに関して迷いはないよ。居心地のいい相手だから、いつか結婚も考えなくちゃならないな、と思ってたし」
先ほどまでの暗い、口ごもった悲観的な表情はいつの間にか消えて、彼は普段通りのしっかりした口調に戻っていた。
「じゃあ、いいじゃん。そりゃ、経済的なことは不安になるかもしれないけど」
「不安だよ、今でも」
「不安なら、ある程度先のこと考えて、その答えを準備してから相手の両親に会うのが普通だと思うけど」
「でも、オレは…やっぱりこの業界で、それでできればあの店で、働いていきたいと思っているし」
「じゃあそう言えばいいでしょ」それから、キレてしまった後ろめたさから、マトモに彼を励まそうとちょっと優しい言葉をかけてみた。「大きい会社だって突然ブツれちゃう今、パチンコ店の不況ぐらい、きちんと受け止めてくれるよ、きっと」

そういうもんかな?――と言って、彼は笑った。そうだそうだ、と私は頷いて、彼の気分が少し浮上したのをなんとなく感じて安心した。
それから、ドトールでたわいもないおしゃべりをして――女性の"安全日"は本当に信用ならないと、彼が困惑気味で話す姿に大笑いしたり――彼女と約束の時間が来るのを待った。

一時間ほどすると、彼女が現れた。ジーンズを穿いていて、妊娠してるのに大丈夫なの、と尋ねると、「まだデキたばっかりだから、大丈夫なんですよぉ~」なんて明るい返事が返ってきた。血色も良く目もキラキラしていて、元気そうで、母親となり彼との結婚も決まった喜びが体中から溢れているようで、きっと彼は彼女に対して誠実で、不安にさせぬようきちんと気遣っていたのだな、と思った。

その分、さっき彼にズケズケ言ってしまったことをもっと後悔したのだけれど、ひょっとしたら彼も彼女に不安を漏らしづらかったのかもしれないし、かといって誰かに聞いて欲しかったのかもしれないし、それでいて彼も元気が出たようだしもちろん怒ってもいないので――まぁいいや、ととりあえず考えないことにした。彼とは短い付き合いではないから、私の性格も知っているだろうし問題ないだろう、と楽観的に処理しないと、逆に私も小心者なので夜眠れなくなってしまうのだ(言い訳)。

「じゃぁ、ご挨拶、頑張ってね」
「うん、多分大丈夫だよ。きっと、うん」

ちょっと表情を硬くしている彼を見て、「こうは言ってるけど、内心ビクビクしてるんですよ」なんて彼女が明るく笑った。彼女はいつもいつも笑って、大きな目をクリクリさせながらはしゃぐように話し、オンナの私にすら甘えるのが上手で、それでいて礼儀も忘れない、ちょっとやんちゃな子犬のような可愛らしい女のコで、きっとご両親に大切にされたのだろうという印象を持たせる。いやぁ、こんなコをお父さんから貰っていくのは大変だぞ、きっと。

彼は仕事の話云々の前に、両親を前に固まってしまうに違いない――なんてほくそ笑みながら、家路についた。まぁ彼の誠実そうな性格は年配の方にも十分伝わるだろうし、彼女の両親だって理解するだろう。きっと大丈夫だ。

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2007年1月24日 (水)

爺サマーの行く末。

Jisamakyotai 大都技研、期待の5号機「爺夏(爺サマー)」、覚えておいでだろうか。昨年十月に開催された「手軽に安く遊べるパチンコパチスロキャンペーン」展示会で実機が公開され、その後検定も通過していた。業界内では、今年の夏には発売されるのではないかと予想もされていた。

展示会の段階での仕様としては、RTなどは一切搭載されておらず、初当たりのみが出玉増加のカギを握るシンプルなマシンであったようだ。

演出面を見ても、本機の魅力は初当たり時に集約されているといってもいいかもしれない。大当たりが成立すると、「キーン」という懐かしい音と共に、リール両サイドにある「ババンバ・チキチキ」ランプがオレンジ色に点灯する。吉宗ファンにとってはたまらない垂涎モノの演出であるのはもちろん、沖スロやジャグラーガールなどの告知音とはまた異なった心揺さぶる音であるため、吉宗にあまり馴染みのない方もきっと楽しめるだろう。通常時はこれといった演出も存在しないことであるし、まさに「キーン」を聞ける初当たり時が、本機を打った充実感を存分に味わえる瞬間なのだ。

BIGは345枚以上の払い出しで終了するため、実質的には300枚程度の純増しか見込めない。通常時の小役確率や初当たり確率が一体どれほどなのか、全くわからないのだけれど、「手軽に遊べる」キャンペーンの展示会に出展されたのだから、まぁおそらく、ガンガン当てて箱を使ってしっかり勝つというよりは、マッタリ打って出たりノマれたりを繰り返しながら遊ぶことを目的として制作された機種かもしれない。

吉宗にどっぷり浸かったスロット生活を送っていた私にとって、たとえどんな仕様であろうと、ホールでもう一度「キーン」が聞けるのなら……と、発売を心待ちにしていた。

心待ちにしていたのだけれど。

気になるウワサを耳にした。聞いてしまうとどうにも気になってしまう。ただ、ご注意して頂きたいのだけれど、あくまでもウワサであってメーカーが発表した真実でもなんでもない。

この「爺サマー」の発売が中止になるかもしれない、というウワサだ。

代わりに「新・吉宗」なる機種が準備されているとかナンとか、という話なのだけれど、もちろんどんな仕様なのか全くわからない。ただ「吉宗」という名前を使用しているからには、あの機種の5号機版・後継機なのだろうし、きっと登場するキャラクターも爺様だけではないだろう。リール配列や図柄も似ているかもしれないし、ひょっとしたらRTなども搭載されているかもしれない。

本当に「爺サマー」が発売中止となってしまうのであれば、打てなかったことに後悔は残るけれども――ウワサが本当かガセか、どちらにせよ、ホールであのキャラクター達や演出に出会えるなら喜ばしい限りであるし、早く発売されるといいな、と願っている。それでも、万が一「新・吉宗」が発売になるのであれば、あるいは製作中であるのならば、どうかどうかヤル気を駆り立てられるような仕様でありますように。

近頃、どうにもスロットへのモチベーションが低下気味で、なんだか寂しい。打たなきゃ打たないで楽しい日々は送れるだろうし、まぁ一応ギャンブルなのだから打たないにこしたことはないのだけれど、生活からどんどんスロットが消えていくのは、愛好者としてやっぱりちょっと寂しいのだ。

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2007年1月23日 (火)

秘宝伝だの北斗SEだの

ここのところほぼ毎日、真面目にスロットを打ちに行っていたのだけれど、真面目に打ってみた分やたらと疲れた。閉店時にデータをチェックしたり、開店時に並んでみたり、データを取りながら打ってみたり……「勝つためにはそんなのアタリマエじゃん」と溜息をつかれる方もいるかもしれないけれど、普段プラプラとホールをうろついて、コレはと思う回転数の台に着席するような、いわゆるハイエナちっくな立ち回りをしていた私にとっては、えらく骨の折れることなのだ。

一体どうしてこんなことを始めたかって、単純に、今までのハイエナちっくな立ち回りがいよいよしづらくなってしまったからだ。
ハイエナと一口に言っても色々種類があるのだけれど、基本的に私はRTテーブル方式の機種を当たるまで打って、その後の連チャンに望みをかけるような立ち回りを好んでいた。設定が高いにこしたことはないのだけれど、低設定でも期待収支がプラスになるようなゲーム数で捨てられた台を探して、あとはひたすら当たるまでツッパり続けるのだ。そんなわけで、1G連システム搭載の機種、連チャン期待度の高い機種――例えば吉宗、巨人の星、鬼浜爆走愚連隊、キングパルサー、銭形、気分次第ではサブちゃんなど――をメインに立ち回っていた。もちろん、夢夢ワールドDXも約30~50パーセントの確率で連チャンが期待できるので天井に近ければ打つし、おそ松くんなんて800ゲーム以上のハマリ台があったら迷わず着席するので、一概にRTテーブル方式の機種を好んでいるとも言えないのだけれど、つまるところ「高設定を掴んで勝つ」ことを理想としながらも、現実的には「低設定でも勝つ」ことを目標に立ち回っていたわけだ。

負けたことも多々あったし、REG単発という万人が涙する災難に見舞われたことも決して少なくなかった。まぁ、それでも、自分で言うのもナンだが、月トータルでマイナスになったことは殆どなかったし、ほぼプラスで月末を迎えることができていた。大きなプラスというラッキーに恵まれたことも、そこそこある。

ところが。

ところが、というのも妙な話で、吉宗が撤去された頃からこの流れをひしひしと感じていたのだけれど、さすがにRTテーブル方式の、連チャン期待度の望めるような機種メインで立ち回ることが困難になってきた。吉宗を始め、先ほど挙げた私好みの機種は、軒並み撤去されているのだ。

巨人の星Ⅲやサブちゃんなどはバラエティコーナーに設置されているのだけれど、1台か2台しかないわけで、しかも大して稼動していないわけで、私好みの機種ではあるけれども放置された回転数が好みじゃない。キングパルサー(キンキンパル)はとっくに撤去されてしまったし、代わりに導入されたジャイアントパルサーなんて不味すぎるし、もちろんこちらも大して稼動していない。銭形はまだ現役稼動中だけれど、イベント時以外では設定も期待できなければ、嬉しいゲーム数で捨てられるなんてことはそうそうない。
唯一、鬼浜が残っていて、人気もあるし良さげなゲーム数で空くこともあるのだけれど、なんせ私と似たような立ち回りを好むライバルも多い上に、立ち回りのメインとなる機種が一つしかないと……選択肢が少ないために非常に辛い。

素直に日々イベント対象機種となっている秘宝伝や北斗SE、番長を打てばいいのだろうけれど、もともとモード方式の機種は安定感のない印象があって敬遠していたし、番長なんて特定役解除に恵まれなければ設定1も6も同じ厳しい機種なわけで、RTテーブル方式の1G連システム搭載マシンであっても、頑張る気持ちにはなれなかった。番長はあくまでもゆとりのある際の、運試しの機種だった。

――それでもまぁ、この際、こうも言ってられないなぁと、昼間の家事を放り出して「朝から高設定を探す」立ち回りというものを、ちょっと齧ってみようと決心してみたわけで。

この数日間、正確には三日間、私が通っていた地域では高設定投入イベントを開催する店が多かったことも手伝って、データ取りだの閉店時のチェックだの、開店並びだのとアレコレと、ぐうたらな私も汗水たらしてみたのだ。おもに秘宝伝や北斗SEをメインに立ち回り、努力が功をなしたのか設定5・6を奪取することができた(メールなどで発表される)。おかげさまで収支も合計で十万ほどプラスだったし、やっぱり高設定を打つことには意味があるのだな、とスロットの基本を改めて味わった。

とはいえ、なんだかとても疲れてしまった。データ取り云々の一連の作業にくたびれる…というのももちろんあるのだけれど、精神的にハラハラさせられる展開が多くて、帰宅する頃には何回化粧直しをしようと、ムンクの叫びさながらのゲッソリ顔になってしまう。

高設定であろうと出玉増加のハードルが高くって、気が滅入ってしまうのだ。秘宝伝なんて伝説モード、こと伝説ロングに突入しなければ、それでいてBIGをきっちり放出させなければ箱を使うまでに時間がかかるし、北斗SEにいたっては前作よりも初当たり率がどうも悪くなっているようだし、コイン持ちはすこぶる悪いし、1回のBBの獲得枚数は百枚にも満たないし、ガッツリ出玉を獲得するためにはただひたすら連チャンさせるために己の指に祈りを込めるしかない。

それでもプラス収支という結果が出ているのだから、高設定を打つ意味は絶対にあるし、私もしみじみそれを体感したけれども――もうちょっと安心感が欲しいというのはワガママなんだろうか。ほとほと疲れてしまって、ある日帰宅したときは旦那に「…オマエ、犬の匂いがするぞ」と意味不明なツッコミをされてしまった。

なんだか、またスロットへのモチベーションが下がりそうだなぁ…と、ちょっと寂しくなった今日この頃。なんて言いながら、また打ちに行くのだけれど、さすがにもう秘宝伝と北斗SEはお腹一杯だ。ちなみに、秘宝伝と北斗SEの設定5・6を三日間打っておいて、十万しかプラスじゃないってそれってヒキ弱くね?…というお言葉はどうか飲み込んでくだされ。実は結構心の中で泣いていることだったりする。

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2007年1月19日 (金)

旦那の友達。

この数日間――例によってブログを放置してしまったわけで、コメントの公開が遅れてしまったじゅぁきさん、セイジョージさんには本当に申し訳ない限りで冷や汗をかいているのだけれど――ちょいと、忙しかった。忙しいって、子供もいない主婦に、一体何の用事があるんじゃいとツッコミが入りそうだけれど、珍しく私たち夫婦の家にお客がいたのだ。

お客と畏まって言うほど距離のある方ではない。旦那の、古い友人の男性だった。旦那と中学まで同じ学校に通い、その後ご両親の都合で関西へ移り住むことになり高校時代はそちらで過ごした。大学は東京の学校を受験しめでたく合格したので、その五年間(一年留年したらしい)は再び東京で過ごし、専門学校生の旦那とは麻雀、パチンコパチスロなど――随分遊び歩いたという。卒業後はご両親の暮らす関西に戻り、そちらで仕事を続けているのだけれど、今回なんでも東京での仕事があるということで、この間の土曜日からウチに泊まることになったのだ。

私も彼とは初対面ではない。旦那がまだ私の"彼氏"だった頃、何度か一緒に食事をしたことがある。一口に言えばとても頭の良い方で――日本では一番のエリート大学に入学したという経歴もあるのだけれど、そんなことよりも、目の前にいる相手を不快にさせないどころか十分に楽しませるテクニックを持っている方だった。何気ないことだと思われる方もいらっしゃるだろうが、これって、本当に難しいことなのだ。相手を不快な気分にさせぬよう、配慮しきることだってなかなかできるものじゃない。ささいな言い回しやニュアンス、その時の視線や仕草によって、ちょっと疑問の残る状況はどうしても生まれてしまうもので――親しい間柄であれば特別気にかけないものでも、まだ友達とは呼べない微妙な距離のある関係だと気にしてしまうような、本当にささいなモノなのだけれど――そういった小さな"ズレ"を相手に覚えさせない方だった。

細かいとか神経質だとか思われてしまうかもしれないが、意外と私ってば人見知りで、その上その場では楽しそうにはしゃいでしまう厄介なタイプなので、内心では相手のニュアンスや言葉の選択、仕草がどうしても気になってしまう。単純にその場が恙無いものになっていればよいだけなのだけれど、そのためにどうしても神経質に、そして緊張してしまうのだ。後から「あの時こんなこと言わなきゃよかった」とか「もっと違うニュアンスで言えばよかった」とウジウジすることなんて星の数ほどたくさんあるし、あるいは「あの人がこういう言い回しをしたってことは…」とやっぱり考え込んでしまうケースなんてザラにある。

だから彼のように、楽しい時間を作り出すことが柔軟にできる方はとても有難く、嬉しい存在だった。まぁ私が「あの時こう言えばよかったかな」なんて後から悩むことはたくさんあるけれど、彼の態度で私が悩んだことは一度も無い。その上、気を遣って無難にやり過ごすだけではなく、こちらを笑わせてくれるのだ。付き合いの浅い私も腹のソコからケラケラ笑ってしまうような――とても優しい方だ。それでいて、例えば昨今のニュースやパチンコ業界、あるいは趣味の話題もろもろにくっついてくる、彼なりのエッセンスは聞き手を引き込む面白さがあった。難しい話題でも決して退屈になることなく、こちらはフムフム頷いたり、時々笑ったりしながら、彼の口から流れる内容にノってしまう力があって――こういう方は本当に頭がいいんだな、としみじみする。

ちなみにウチの旦那はバカだ。旦那がする話なんていつも的を得ないし、要点が全くわからなくって、私はいつも「だから?」「それで?」「なんで?」と聞き返してしまう。5W1Hっていうのは文章だけではなく会話でも重要なのだけれど、旦那は全くそれを解していないのだ。まぁ、だから気楽に一緒にいられるのだけれど、それにしたって一体どうして旦那と彼が未だに親しい友人関係なのか……謎だ。
まぁとにかく、前置きが長くなってしまったけれど、私は彼の宿泊を歓迎していた。

……そう、歓迎していたのだけれど。

彼が宿泊することを旦那に聞いたときのことだ。

「お前がアイツと一緒にいて楽しいことはわかってるんだけどさ」
「うん」
「お前にしてみれば、心のどこかで嫌いになっちゃうんじゃないの? ああいうタイプ」

旦那は本当に泊まらせていいのか、ということを確認したいのだろう。それは、彼が今こそ韓国籍ではあるけれども、心は北朝鮮にある在日コリアンだからだ。もちろん旦那同様、日本の学校で教育を受けて日本人の友達も多い環境で育ってきたのだけれど、ご両親の影響なのか先祖への思いなのか、色々あるのだろうとにかく、心は北朝鮮にあった。だからといってキム・ジョンイルを支持しているわけではない。それでも、北朝鮮に対する自らのルーツとして打ち消せない強い思い入れがあることは確かだ。

もちろんそれだけで私が彼を全面的に嫌ってしまう理由にはならない。旦那は、「気持ちは北朝鮮にあるのに、日本で暮らしやすいからといって国籍を韓国にしたタイプを、オマエは嫌いじゃないのか」と聞きたいのだ。

「確かに……軟弱だと思うし、そういう姿勢は基本的に好きじゃないよ」私は言った。
そう、本当に好きじゃない。これまでブログでも似たような話題を何度も書いてきたけれど、国籍は決して、安楽に暮らすためあるいは"隠れ蓑"のツールじゃない。もっと、強い決心や覚悟や、あるいは愛着があって、そして素直な気持ちで選択するべきものだ。

旦那の古い友人である彼は、もとは在日"朝鮮"人で、彼のご両親などは――送金もしている。もちろん韓国籍になってからも、だ。その話は旦那から聞いたことがあるし、そんな話題になるたび、日本人である私はちょっと憂鬱になる。そして憂鬱になる気分を、私もたびたび旦那に漏らしていた。

「でも、アンタはどうなの?」私も旦那に聞き返す。
「オレも…心のどこかでは苦手だよ。まぁ国籍選択の姿勢まで、強く苛立つことはないけれど――アイツは、オレと同じ年齢で、似たような環境で育ってきたのに、どういうわけか朝鮮好きだし」
「それは……どこの国を好きかなんて、それはヒトの自由ってやつよ。私がイヤなのは、どこの国を好きかとか、ナニ人かってことじゃなくて、言ってみれば日本のシステムを理不尽に利用することだね、自分たちのために」
「まぁ、それもムカつくんだけど、アイツも、たまに、在日ってコトを押しつけてくるから」

旦那は国籍が韓国であることを除けば、政治や経済やもろもろのニュースに対する考え方も、会話のニュアンスも好みも、まるで日本人だった。この国籍が韓国であるのに心は日本人という立場も曖昧で、私は好きじゃない。でも義母と国籍が違ってしまうなんて、一体義母はどれだけ寂しいことだろう――だから、私たちに子供ができたら必ず日本籍を取得することを条件に、結婚した。
そんな旦那は、「在日ってコトを押しつけてくる」――つまり、在日であるという連帯感を持って接されるのが苦手だったし、むしろ大嫌いだった。まぁパチンコ屋なんてものをやっているとそういうタイプの人間に会うこともしばしばだし、旦那も対処に慣れているのだけれど、「オレはどうしたって北朝鮮にも韓国にも愛着が湧かないし、自分の育った日本が好きなんだ」という強い気持ちがあるのに、それを声を大にして言えないジレンマがあるのだろう。

「でも…友達なんでしょ?」面倒そうな表情をしている旦那に確認する。
「まぁね。確かに、友達だよ。一緒にいて楽しいから」
「私も一緒にいて、楽しい相手だよ。たとえ、軟弱な理由で国籍を選択する人であっても」
「……うん」

難しい。

アカの他人であれば、一体ナニをしているんだと簡単に苛立てる事由であるというのに、親しいとどうしても、気持ちがグラついてしまう。こんな私も、軟弱なのかもしれない。

「じゃあ、アイツが、オマエの前で、北朝鮮がどうだとか在日の力がどうだという話題をしたら、どうする?」
「それは絶対にないでしょ」私は笑った。彼は、"とても頭のいい"人なのだ。決して目の前にいる相手を不快にさせない人なのだ。今までも一度だって、彼の口から朝鮮半島の絡んだ話題を耳にしたことがない。きっと彼が私を気遣っているのだ。そのことは私も解っていたし、私だってそんな話題を仕掛けたことがない。

「まぁ、そうだよな、アイツは絶対にそういう話をしないよなぁ。オマエの前で」
「いや、でも、万が一だよ」しみじみする旦那に私は言った。「万が一、そういう話題になって、私が不快になるようなことがあれば、キッチリお相手するよ――アンタに在日の連帯感を求めていてもそうするね」
それを聞いた旦那はそうか、と頷き、クククと笑っていた。全く何が楽しみなのだろう、本当にバカ……と私は溜息をついた。

旦那の友人である彼が、例えばどんな出自で、どんな思想を抱いていて、そこからどういった行動を選択するのか――殆どが私個人に関わりのない話なのだけれど、中には私が知ると苛立つ内容もある。その苛立つ内容を旦那から聞いて、面倒で憂鬱で、一体どうしてそんなことするんだという気持ちが芽生えるのだけれど、彼自身の口からその内容が流れてこないその気遣いを大切にしたい気持ちもあった。相手から売られているわけでもないのに、こちらからいちいち口論をふっかけるのもむろん大人気ない行動だし、なんといっても彼は一緒に会話をしてとても楽しく、優しい相手なのだ。そんな相手との関係を、簡単に失いたくない気持ちが強かった。
ただ、私のこういった姿勢はやはり軟弱なのかもしれない――微妙な迷いが、「不快になるようなことがあればお相手する」というセリフに繋がった。

もちろん、彼が宿泊している間、一度たりともそんな話題になることはなく、とりとめのない日常の話、仕事やニュースの話、色々とおしゃべりをして酒を飲んで、とても楽しい時間を過ごした。旦那も私も「まるで新しい家族ができたみたい」と新鮮な気持ちを味わっていた。まるで親戚のおじさんやお兄さんができたような慕わしさがあって、彼が東京を離れるときは二人揃って「もっと泊まっていけばいいのに」「週末までいれば?」と、本気で引き止めてしまうほどだった。

北朝鮮も韓国も朝鮮半島も、在日コリアンも、そんな話題も上がらなければ、そんな話題をしたいという感情すら湧かなかった。色々お話をして、笑った――こうしてみると、やっぱり私もだらしない姿勢を持つ人間の一人なのかもしれない。それでも、仕方がないのだ。楽しさには、勝てない。

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2007年1月13日 (土)

新年一発目の風邪。

実は――というほど、隠していたわけでもなければ皆が驚く意外な話題というわけでも何でもないのだけれど、六日からの三連休は実家に帰省していた。七日を過ぎる前には両親や親戚に新年の挨拶がしたかったし、むしろ都合のつく限りそのようにすることが礼儀かなとも思っているし、みんなで酒が飲みたかったというのもある。

ただ残念なことに、旦那は東京に残り帰省は私一人ですることになった。私たち二人で家を空けてしまうと、体重も徐々に増え始め黒い瞳をクリクリキラキラさせている、愛鳥が独りぼっちになってしまうからだ。一泊二日どころか二泊三日、酔い方によっては三泊四日にまでなりかねない帰省なので、さすがに一人(一羽)で留守番させるわけにはいかない。かといって連れて行くこともできない。何でも小鳥はなかなかデリケートで、環境が変わると急にご飯を食べなくなってしまうケースも決して稀ではないという。体重増加が目標の今、ご飯を受け付けなくなってしまっては元も子もないわけで――。

そんなわけで、私一人で帰省したのだけれど、いやこれがなかなか、楽しかった。親戚とのおしゃべりに笑い転げてもいたけれど、久しぶりに父と二人きりで、しこたま気兼ねなく飲む時間が持てた。世紀のお父さんっ子、言い換えればファザコンを自負する私にとってみればこれはとても大切なことで、どれだけ吐こうと翌日二日酔いに悩まされようと、有意義な時間だった。よかった。

ちなみに帰省していた間もブログが更新されるよう、書き溜めた(というよりもつらつら書いて溜まってしまった)ものをセットしておいてみた。それで六日から八日の間は毎日更新されていたのだけれど、ココログ機能をいじることはできなかったので、頂いたコメントの公開やお返事などが大幅に遅れてしまった。申し訳ありませんと同時に、どうもありがとうございました。仮にコメントが届かなくなってしまってもブログは続けられるし、続けていく気持ちはあるのだけれど、やっぱり読んで下さった方の感想なり、笑いなり、報告なり、何かしらのレスポンスがあるとなんだかとても嬉しいわけで(そりゃ失礼な方は例外ですが)――わざわざ書き残して下さったことそのものがとてもありがたいし、そもそも読んで下さっていることに感謝の気持ちが湧き上がる。そりゃ、検索やら何やらでひっかかってこのブログにたどり着くことはそう難しくないのだろうけれど、それにしたってインターネット上にはホームページやらブログが星の数ほどあるわけで、その中でこのサイトを見つけてくれたり、読んで下さっている方がいるなんて、私にとってみれば奇跡なのだ。そんなわけで、不束者ですが、読んで下さっている方もいつもコメントを残して下さる方も皆様、今後ともよろしくお願いします。




……という内容を、三日前にはアップする予定だったのだけれど。




また風邪をひいて寝込んでいた。実家からこちらに戻った翌日だか翌々日だかに、「うーん目がショボショボするなぁ、肩が痛いなぁ」とちょっとした不調を覚えていたのだけれど、飲みすぎたのかなとタカを括っていたのだ。実家でたらふく飲んで食べてエネルギー満タンとなった私は、東京に戻ってからも「なんだか調子がいいんだよねぇ」と言いながら無茶な晩酌をしていた(旦那もそれに便乗して吐いていたのは内緒だ)。腹が痛くなろうと、頭が痛くなろうと、それはただの二日酔いで胃薬を飲んで愛鳥と遊んで半日も経てば、スッキリするだろうと――勘違いしていたわけで。

熱を測ればしっかり38度を超えており、「朝鮮戦争かよ!」という無駄なボケをかました後ひたすら眠り続け、本日、お陰さまで完治した(そういうわけで、SRさん、本当にごめんなさい…)。

昨年末も体調の優れない日々が続いたし、風邪もしばしばひいて、「もう若くないのかな」なんて落ち込んだものだ。健康な身体がただ一つの取り柄だと信じている私にとって、病に、それも日常的にかかりやすいとされる病である風邪で寝込んでばかりいるなんて、情けなくて仕方がなかった。むろん重い病気なんて一生涯無縁でありたいのだけれど、寒暖の差が激しい時節であろうと、クーラーにあたりすぎてしまった日であろうと周囲が風邪やインフルエンザで参っていようと、ケロリと過ごしてきたあの時間と身体はもう戻ってこないのかな、と悲しくもなった。

どうか今年は健康でありますように、と新年を迎えたこの矢先に――風邪。

まぁ、飲みすぎれば誰だって体調を崩すものだし、免疫力だって少なからず低下するだろう。その上、私は、まぁ、詳細は省くけれど、いつになく、どうしようもなく、何日も、アホみたいに、わりと、結構、飲んでいた。飲んでいて身体が温まっていることをいいことに、薄着でコンビニに行ったこともあるし、家の中でいつも履いている冷え性対策の厚手靴下を脱いでいた。食事も――二日酔いで朝食がマトモに喉を通らなかったり(喉を通らないという表現は元来こんな文脈のためにあるのではないのだが)、実家での晩御飯はビール、東京での晩御飯もビールといった具合で――。

そりゃ、風邪もひきますわ。

まぁ、どんなに不摂生な生活をしていても体調を崩さないのがスマートだし、むしろオトナの常識だろう。公のお勤めに出ているわけではないけれど、主婦だって一応家事というお仕事を抱えているわけで、これが滞ると本当に家の中は薄汚れてしまうし、食事だって外食しなきゃならなくなるし、洗濯物は溜まっていくし……で、こうして書き連ねていくと「でも金を稼いだり増やすお仕事じゃないしなぁ」と一体何が重要なのかハテナな気持ちになってしまったけれど、とりあえず私の心の中では大切な、与えられた役割なのだ。オトナとして主婦として、しょうもない理由で風邪をひいて寝込んでいては、ダメだ。

なんてちょっと反省した、ここ数日なのだ。

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2007年1月 8日 (月)

やり直しがきかないのは何事も同じなわけで

その日、旦那は秘宝伝を打っていた。

新年の三が日も過ぎ、通常営業へと戻ったその店ではいつになくアツいイベントが開催されていた。確かに十二月から「鼻クソも出ない」(旦那談)ほどの回収営業であったから、少しゆるめたのかもしれない。加えて、カレンダー上のその日は平日で、世の中では仕事始めと呼ばれる日だった。それなりのイベントを開催せねば集客は難しいだろうし、「屁も出ない」(旦那談)ほど回収したのだから、多少の赤字を叩いても店にとっては痛くもないだろう。

そんなわけで二人で打ちに行ったのだが、私は番長で苦しんでいた。データから高設定を期待して380ゲームから追いかけたものの、あっさり千ゲームを超え、ようやくのチェリー解除もREG単発で終了してしまい…肩を落としてホール内をへろへろと歩いていた。

すると旦那は秘宝伝を打っていて、未だに現金投資をしている。

「なんで秘宝伝打ってるの?」
「なんとなく」
「……あっそう。番長負けた」
「番長なんか打つんじゃねーよ、あんなもの設定関係ないだろ」
「うるさい」

好みの機種も立ち回りも異なる私たちは、大概ホールでこんな口を叩きあう。まぁ、ごく普通に考えると、今回のように高設定が期待できるイベントでは設定推測のしやすい秘宝伝に着席するのが最善なのだろう。判ってはいるけれど、その店の秘宝伝には激しく怪しいウワサがあって、むしろ設定推測なんて意味がないんじゃないかと思ってしまう私は敬遠していた。旦那はアチラ側であれナンであれ伝説に入ってしまえばいいのだと、えらく楽観的なタイプなのでこうして着席しているわけだ。

番長でモチベーションの下がった私は、しばらく旦那の傍で見ていたのだが。

旦那の左隣に座っているオバサマがボーナス確定したのだけれど、どうにも上手く揃えられない。ベージュ色の上品な染髪にゆるやかなパーマ、細い金具のメガネに薄化粧のそのオバサマは、たまにこの店で見かける常連さんだった。なんとなく素振りがつつましくて上品で、印象に残る方だ。
いつもは旦那さんと思われる、初老の男性と並んで打っているのだけれど、今日は別行動らしい。きっと目押しを頼む方がいなくて、困っているのだろう。

言うことをきいてくれぬリールに困惑したオバサマは、旦那をじぃ…っと見つめた。

進んで目押しをすることはない旦那だけれど、頼まれればもちろん引き受ける。ちょいちょいとBIGを揃えて、オバサマがお辞儀をした。

こんなことを言うのもナンだけれど、旦那は目押しだけは上手だ。コンドルだのビーマックスだの、あの頃から打っているので当然なのだけれど、大花火のリプレイハズシも躊躇することなく即座にBARを停止させていたし、ボーナス図柄を揃えるときもリールを一回転しかさせない。ポンポンポン、と滑らかに図柄が揃う瞬間はなんだか気持ちがよくて、私もいつか真似てみたいものだと思う。無理だろうけど。

その後、オバサマは伝説ロングに突入したらしく、ボーナスが確定すると旦那を見つめ、旦那が揃えるという流れが出来上がっていた。そんな行動がラッキーを呼んだのか、旦那も幾度かのBIGの後、伝説ロングへ入ったらしい(なんでも伝説ロング確定演出が出現したらしいのだけれど、私はよく判っていない)。

「BIG中に5回はハズレあるし…店が店だからよくわからんけど、設定6ではないだろうから、連チャンするんでない?」
意気揚々と旦那は箱を使い始める。

私はちょっと前に出た。

「ねぇ、この台、私が打つ」
「えっ」振り返る旦那。
「ヒマだし、負けてるし、私が打つ」
「マジで?」
「うん」
「………」

じゃぁ、オレは他の台を打ってくると旦那は席を立った。負け分を取り戻したい私はそれはもうヤル気まんまんで、高確やボーナスを楽しく消化していた。

すると程なくして、オバサマがこちらを覗きこんでくる。

目押しの合図だ。

一瞬、引き受けるべきか躊躇した。確かに目押しがいくら苦手だとはいっても、ボーナス図柄ぐらいは揃えられる。ただ他人様のものとなると……きちんと全うすることができるのか、不安だった。妙な迷惑や不快感を与えたくはないし、そんな可能性があるのなら断った方が無難だろう。「私はちょっとヘタなので…」と言えばよい話だ。
しかし、オバサマは私が自分のボーナスを揃えているところを見ているわけで、「自分のはできるのに、私のはやってくれないの?」とガッカリしてしまう可能性だってないわけじゃない。常連さんと特別会話をするわけでもないけれど、わりと顔を合わせる機会の多い方と気まずくなりたくもない。

どうしよう。

……やってみてもいいんじゃん?(←心の声)

ええい。

リール上でやたら光沢を放っている、あの7を狙った。

ハズした。

……やべっ。(←心の声)

「すみません、もういっか…」私は、もう一回、と言おうとした。




「もういいわ、ふぅ(溜息)」



へっ。

オバサマはポチっとコールボタンを押し、小走りでやってきた若い男性店員に目押しをしてもらい、こちらには一瞥もくれなかった。

チャンスは一回だけなのだ。やり直しなんて、きかないのだ。



それから間もなく、台までもが「オマエは用済みだ」と言わんばかりにアッサリ伝説から転落し、私は一箱抱えてヤメた。この一箱のうち半分ぐらいは旦那の出玉なのだけれど、もちろんネコババした。ちょっと切ない気持ちを埋めるには、そうするしかなかったのだ。
厳しすぎるよ、オバサマ…。

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2007年1月 7日 (日)

フセイン元大統領の死刑執行動画、流出

昨年末、あまりにも急にフセイン元大統領の死刑が執行された。既に裁判は終了してしまったので当然なのだけれど、まるで、イヤなことは2006年に押し込めてサッパリと新年を迎えたいという、かの国の焦りが見えるようで少しの切なさを覚えた。私はイラク国民でもないし、ましてやイスラム教徒ではない。ただ、自由だの平等だの漠然とした、それでいてその内容は甚だ欺瞞的な正義感を押しつけるあの国――さながら、求められてもいないのに「オマエはオレと結婚すりゃ幸せなんだ」と言い続ける勘違い男のような、あの国に――敗れた国家の元大統領に、似たような歴史を持つ国の人間として、少なからずの同情を覚えてしまうのだ。

彼の行った政治が全て正しいものであったかと問われると、もちろんひどく懐疑的になってしまう自分もいる。かといって、全てが間違っていたとは思わない。どちらにせよ、「文化が異なるのでよくわからないけれど」という前文句がどうしても必要になる。文化も風土も価値観も異なる場合、私の正しさや美意識は決して全ての彼らに当て嵌まることはないだろう。だからこそ尊重したいし、傲慢なアノ国にまるでレイプでもされてしまったような現状を切なく思うし、本来国民によってのみ倒されるべき政権がそうでなかったことに、同情してしまうのだ。

ただ、いくら同情していても、だ。

敗戦し、国民が追い込まれる事態となってしまった責任は確かにその国家の元首にある。たとえ、どれだけ懐疑的なシステムで行われていた裁判であったにせよ、あるいは彼のこれまでの政治に関わらず、敗戦はどこまでも追求されるべき指導者責任だろう。敗戦を喫した指導者は、退位や解散を求められるものだし、内政事情によっては追放されたり革命の風が吹き荒れたり――それでも、死刑というものはどうだろう。別に私は死刑反対論者でもないし、死刑に順じた罪を犯した人間にはきっちり引導を渡すべきだと考えているが――フセイン元大統領への死刑判決とその理由(反対勢力の「虐殺」)というのは、いまだにこじつけ感が否めない。きっと、アノ頃反対勢力が政権を握ってたら同じことしたハズだろ、なんて思ってしまう。根性が悪いな、と突っ込まれればそれまでなのだけれど。

まぁイラク国民でもない、完全なる第三者である私がアレコレ言っても仕方がない。同情を禁じえないかつての指導者の成仏と(果たしてイスラム教徒の方に成仏と言ってよいものか悩むけれど)、今後イラクで暮らしていく方々がどうか平穏でありますようにと、心の片隅で祈るしかない。

それでもコレだけはどうしても、おかしい。

フセイン元大統領の死刑執行の様子が、なんと動画で、実に様々なサイトにアップされているのだ。インターネット上にやたら流出しているのである。死刑執行の際、立会人のいずれかが携帯電話で撮影したものが、堂々とネット上に流れているというのだ。

あまりに、惨い。

中には死刑執行後の彼の表情が映し出されているものもあるらしい。らしい、というのは、サイトは発見したものの、どうしてもどうしても私はそこまで見ることができなかったのだけれど、その動画を説明している方が表情まで語っていたので、おそらくそうなのだろう。不思議なもので、ホラー映画はいくら観ても問題ないのに、ほんの数分間の死刑執行動画が見られない。対象がフセイン元大統領であるから、というよりは、ひとりの人間の死を目の当たりに出来ないのだ。見るのが怖いような、見てはいけないような――恐怖か、あるいは畏敬なのか、ただの臆病なのか――何にせよ思わず身体が固まってしまう。

見てしまう、あるいは最後まで目を反らすことなく見ることの出来る方々に、私はこれといって下品であるとか責められるべき何かを感じない。私だって、心の奥底にヤジ馬根性や好奇心というものがあって、評判になっていれば気になるものだし、もっと心臓が強ければひょっとしたら見てしまうかもしれない。どうしても見ることが出来なかったといくら言っていても、全く興味がなかったというわけではない。そんなに美徳があるわけじゃない。

それでも撮影し、ネット上に流した張本人に対する苛立ちは隠せない。無神経だ。撮影もどうかと思うが、何よりもネット上に流した行為が非常識で、情報を扱う人間としての品性が問われる事件なのではないかと思う。流出し、それが興味のあるモノであれば誰もがクリックしてしまうものなのだから(それは半ば人間の本能なのだから)、だからこそ情報を扱う人間は、理性をもって対処せねばならないのではないだろうか。

死刑囚に対する人権的配慮が必要か否か、という見地もある。死刑に値するような重い罪を犯した人間に、果たして人権的保護や配慮をする必要があるのだろうか、と。仮に私が被害者、あるいはその関係者であれば、「そんなものは必要ない」とサラリと言ってしまうだろうし、いつまでも人権思想によって保護される死刑囚とそんな世の中を恨めしく思ってしまうかもしれない。
それでも、その人権とやらが法によって認められているならば、全うせねばならない。それが法なのだ。既に刑罰が確定しており、たとえ被害者であろうと法に物申すには――筋を正すなら、例えば議員になるとか、法制定に関する職務に就いているなど、それなりの資格が要る。また判決や刑の執行は、被害者のためのみに行われるものではなく、後に生きていく残された人々のためにも決定され、行われるべきものなのだ(現在日本では、被害者のためのみならず、後に生きていく方々のためにもならない判決が繰り返されているために問題となっているわけだ)。まさに法は、万人のために存在しており、だからこそ遵守されなければならない。
しかし被害者に法に対する理性を求めるのはあまりに無慈悲で、その犯罪に対するどっぷりとした悲しみを唯一訴えることのできる存在なのだから――周囲が法の理性を守るしかないし、法の執行人はより一層の覚悟を持って職務にあたらねばならないだろう。

この――死刑執行の際、周囲にいた役人たちは、法に対する覚悟を持っていたのだろうか。法の理性を伝える行動を取ったと言えるだろうか。むろん、フセイン元大統領と敵対した人々がこの場にいたのだろうし、何度も繰り返し述べると私の抱える理性や文化、美意識とは違うものを持っているだろう。しかし、どうしてもこの行動が、後のためになるとは到底思えないのだ。

死んでなお、サラシモノとなってしまったフセイン元大統領のご冥福をお祈りしたい。

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2007年1月 6日 (土)

下品な渋谷の自警団

何日か前、テレビ朝日のワイドショー(ワイドショーのくせに、いっぱしの報道ぶった昼間の番組)で観たのだけれど、なんでも渋谷には自警団の方々がいらっしゃるのだそうだ。男性数人で渋谷の街を練り歩き、路上駐車や喫煙、各店舗敷地外での呼び込み、下品にはしゃぐ若者といった、様々な迷惑行為に対し注意をしていく。平均年齢はちょっとわからないが、見たところ、中年にさしかかったか、あるいはそれを超えたほどの男性が多いようだ。

学生時代の遊び場がもっぱら新宿であった私は、どうにも渋谷は馴染みが薄い。大学から近い繁華街が新宿だった、という理由も大きいが、上京したての頃はこんな田舎モノが渋谷を歩いたらカッコ悪いだろうなぁと気後れしていたし、東京での生活に馴れた頃は、渋谷は女子高生(高校生)の街だというイメージがやたら強くって、やっぱり気後れしていた。とにかく渋谷ってオシャレな街なのだ、という先入観がどうにも払拭できず、多少は歩くようになった今でもいまだに自分が落ち着ける店(雀荘も含めて)を見つけていない。せいぜい、24時間営業し続ける居酒屋「やまが」ぐらいである。新宿はその点、オシャレスポットもありつつ小汚い居酒屋、雀荘、ひいては二丁目という世界もある。別に小汚い居酒屋に進んで入ろうとはビタ一文思わないし、だからといってナンなのだけれど、やたらと歩きやすい。新宿を歩いている人々はあからさまに多種多様で、一般化され難いからかもしれない……まぁ、そんなの、渋谷だって同じなのだけれど。

だから東京に住んでいるくせに、渋谷の街を見るのは殆どブラウン管越しだった。サッカーの国際試合があれば大暴れする若者、深夜とりあえず座り込む若者、それらを叱責してはヤメさせようとする警察などのオトナ達――渋谷が映し出される一つのパターンだ。かといって、渋谷の街を歩く若者全てがイカれてしまっているなんて思わないし、きっとその傍には、ごく普通の生活を保つ人々が歩いているのだろう。まぁでも確かに、何かに暴走してはしゃぎまわったり、帰るアテもなくうろつく若者が多い街ではある。新宿にはあまりこういった光景は見られないし(せいぜい早慶戦後のコマ劇前ぐらいで、集まる人間は大学生である)、若者よりはオトナのちょっとダークな厄介事の方が目につくかもしれない。

これからの世の中を形作る若者が道を踏み外しているのならば引導を渡さねばならないし、若者にダメな大人の姿を見せぬためにも、オトナの迷惑行為にはきっちり注意する――渋谷の自警団の方々のモチベーションは、そんなところだろうか。もちろん、渋谷を美しい街にすることも目標の一つなのだろうけれど。何にせよ、ご立派な志だ。

そんなわけで、渋谷の自警団の方々が街を闊歩するVTRを観ていたのだけれど。



……酷い。



例えば違法駐車やキャッチセールス、路上喫煙に対して、しっかり注意するその行動は立派なのだけれど――最初から最後まで言葉遣いが酷い。「ヤメろ、コラ」だの「かかってこいや、コノヤロー」だの、これでは違法者と同じ土俵にいるのと何ら変わりがない。品性が、全くない。
あろうことか、「死ね!」と発言しているメンバーもいた。あるキャッチセールスに携わる若者が、自警団の姿を見て颯爽と逃げていく。その際、若者は「死ね!」とメンバーに捨て台詞を残した。それに対しメンバーもひるまず、「死ね!」である。
……なんじゃそりゃ。脱力してしまった。

確かにふてぶてしい人間も多いため、それなりの腕っぷしを感じさせられるような迫力は必要だろう。ただでさえ、他人を省みることができないからこそ迷惑行為に手を染めるのであって、そういった人間が他者へ粗暴な態度をとることもまた珍しくない。自警団である以上、そんな輩に負けるわけにもいかないわけで、相手を威圧する空気を作り出すことも有益だろう――が、だからといって、初っ端から喧嘩腰ではオトナとは言えないし、私が若者であればそんな奴らの言うことには耳を貸したくない。全く品性がなく、尊敬も信用もできないからだ。

また、こんなシーンもあった。路上喫煙を注意された若者が、「なんでオマエラ最初からタメ口なんだよ!」と食って掛かる。むろん悪いのは若者で、喫煙者としてのマナーを持つべきなのだけれど、その時既にこの自警団に懐疑的だった私は思わず、「おぉ、果敢だなぁ」とその元気に笑顔を作ってしまった。タメ口をきいていい場合とそうでない場合を彼は知っていて、だからこそその疑問を初対面の自警団にぶつけている。オトナとコドモが相対する、その場面で――自警団のメンバーは、はっきりとした答えをそこで提示しなかった。
逃げたんだな、と視聴者である私は感じた。その答えは別に論理的でなくともいいのだ。「アナタはコドモでオレ達はオトナ」といった、感情論であってもいい。彼らなりの、自分たちの行動に対する理由を明言するだけでもよかった。逃げることが一番タチが悪い。自らの行動を説明できず、目を反らし言葉を濁す人間に、一体他人の何を注意できるだろう。まぁ、念のため繰り返し言うと、明らかに迷惑行為をしていたのはその若者なのだけれど。

彼らの自警団は私設で、警察などの公的機関とこれといった関係はないらしいが、なるほどそれだけあって甚だみっともなかった。例えるなら――そう、出来の悪い体育教師のような面々だった。志は悪くないのだけれど、それを体現するべき知性と品性に大幅に欠けるあまりに、説得力がない。人の振り見て我が振りなおせ、とは言うものだが、彼らにも「我が振り」は抜けているようだ。ひたすら、責めるのみ――荒唐無稽である。

他人様に注意をするためには、それなりの資格が要る。公的機関の人間としてそれを全うするには試験が必要だし、私的な場面であれば例えば相手との関係性――教師であるとか(まぁコレも公的機関で行われるものだけれど)――も重要な要素であるし、オトナであるとかコドモであるとか、目上か目下か、そういった立場も大切だ。けれどもしかし、最も重要な資格は、相手に対して模範となれる人間か否か、である。説得力のない人間が他人を説得するほど無駄な行為もないだろう。

自警団とは響きも立派だし、街を美化したい、若者を更正させたいといったお題目も決して悪くない。こういった団体が存在することは無意味ではないが、メンバーがこれでは無駄なのだ。彼らはある程度の「恐れ」を相手に与えることはできるかもしれないが、「畏れ」を全く感じさせない。それでは、問題の解決にならないのだ。父親の重みある言葉に頷くことはできても、竹刀を無駄に振り回す体育教師の言うことを一体誰が聞きたいと思うだろう。
必要以上に粗暴なセリフを吐くことなく、知性と品性とちょっとした腕っぷしを感じさせるような態度で、相手を大人しく信用させられるオトナはいないものだろうか。大雑把にまとめてしまえば、威厳が必要とされているのだ。たかが街の私設自警団に威厳なんてね、と思う方もいらっしゃるだろうが、それがなければ他人の是非を正すなんてマネはできない。

みっともないオトナの姿が、これまた情けないカタチで全国放映されたわけだ。

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2007年1月 5日 (金)

今年の初打ち

さて、私の平成十九年の初打ちは――早々と、一月二日に旦那と一緒に行ってきた。一日には正月らしく、義母やら親戚やらと挨拶交わして過ごしたのだけれど、二日には何も予定はなかった。久々に旦那も昼間の自由な時間ができて、よし早速、というわけだ。

大晦日や正月の三が日は多くのホールが営業時間を短縮していて、中には閉店時間をお客にお知らせしないところもある。私や旦那が通うホールもそんな処置をとっていて、開店時間こそ通常通りであるものの、閉店時間に対しては「随時お知らせします」なんて張り紙があって――ちょっとイヤな気分になった。パチンコはもとより、まだまだストック機が営業の主軸であるこの時期に、お客に与えられた時間が曖昧だなんて、酷すぎる。旦那は「きっとおそ松で六人見つけた客がいたら、その場で閉店だな」なんて苦笑していたけれど、とにかくホールは抜く気マンマンだったに違いない。それでも私たちが打つと決めたのは、単純にそれが昼の十二時だったからで――いくら閉店を早めてもおそらく午後六時ぐらいだろうし、六時間もあればそれなりの勝負ができると思ったからだ。

閉店時間も曖昧にするホールであれば、オール1はほぼ間違いないだろう。ひょっとしたら中間設定はあるのかもしれないけれど、設定5・6が投入されているなんて、正月早々オメデタイ状況はまずこのホールにはあり得ない。いやひょっとすると、全国ほぼ殆どのホールが高設定なんてこの時期に使わない可能性も十分に高い。5号機であれば機械代を回収する絶好の機会だし、ストック機であればいくら厳しくとも万が一の連チャンがあるわけで、わざわざ高設定なんて利用するメリットがホールにないのだ。そう、正月休みで打ちにくる客が多ければ見せ台を作る必要もないし、休みで閑散としているのであれば無駄な赤字を招きかねない。

「でも、オール1でガンバレ、ってな状況も久しぶりだよね」と私も旦那も、意味不明にワクワクしていた。確かにこれまで設定6を推測しながら立ち回ることが多くて、ようやく掴んだ設定6チックな台で負けたり、設定6という単語に振り回されながらワケのわからないドツボにハマることも決して少なくなかった。

そんなわけで、私はとにかく天井まで近い機種を探して打った。初当たりまでできれば一万、いっても二万の台、あるいはゾーンとやらにより近い台、今まさにゾーン中の台を探した。

最初に見つけたのは番長で、ノーボーナス700をちょっと超えた台だった。前日の履歴を見ると総回転数780ゲームほどで、ツブを見ても600ゲーム台でREGを放出した後、120ゲームあたりのゾーンが消化されたままのようだ。わざわざこんな台を再びリセットするとはなんとなく思えず、据え置きであればモード1・900ゲーム代のゾーンに手が届く程度の回転数だろう。よしんばリセットされていたとしても、初当たりまで二万程度だから、まぁ射程圏内というわけで、着席した。

すると970ゲームに突入したとき――いよいよ、ちっくしょーやっぱり天井かよ、とゲンナリした頃――に純ハズレ解除。青7には当選できなかったものの、赤7BIGを揃えて消化すると天国モードへ。再び赤7、その後REGと……1G連はできなかったけれども、投資分よりちょっと浮いて席を離れることができた。

持ちコインでうろうろしていると、バラエティコーナーのカイジがボーナス後400ゲームで空いていた。モードB滞在中であれば580ゲームぐらいまで回してもいいだろうし、そこまでなら持ちコインで十分足りるので着席した。程なくして運良く3枚役解除、そのBIGで巨大ざわが5回……嬉しいな、とホクホクしながらBIG7連した。

正月早々、本当に運がよくってビックリしたし、ニンマリと笑顔になってしまう。私の立ち回りが正しかったというよりも、純ハズレや小役解除によってボーナスが放出されているのだから、運以外の何物でもないだろう。うーん、今年は良い年になりそうだと三千枚流し、旦那を探してみる、と……。

と……。

ヤツは、なぜか、一体どういうわけか、秘宝伝を打っていた。
もちろん箱どころか、下皿にメダルはなく、あるのはただ千円札のみである。

「……どうして、正月早々、秘宝伝なのかなぁ?」
首を傾げながら私は尋ねた。なぜならって、オール1だねきっと、なんて言いながら私たちは入店したわけで、設定1の秘宝伝なんて誰が手を出したいと思うだろう。伝説モードに突入してしまえば一撃に期待できるけれども、そこまで到達するには一体どれほど投資しなきゃならないのかって、そんなコト考えればもう敬遠したい機種なんじゃないだろうか。鬼浜の天井狙いの方がよほど現実味があると思うのだけれど、それは好みの問題なのだろうか。
しかも、この店の秘宝伝はそれはそれは激しく裏モノっぽい挙動を示すのだ。チャンス目出現率は1/40とやたら高いくせに全く高確率ゾーンに突入しなかったり、BIG中のハズレが5回も出たのにチャンス目確率と高確突入率がやたら高かったり……通常営業でも「あまり打ちたくないね」と二人で頷きあうシマなのである。いや、勝率が全くないわけではないし、どちらにせよ勝ってしまえばよいのだから、決して打たないことが良策とも限らないのだけれど、私たちはよく判らないモノにあまり手を出したくないのだ。

「いや、その…打つ台がなかったから…」おずおずと答える旦那。
「なんでこの台なの?」
「……空いていたから……」
「この台以外に何か打った?」
「スパイダーマンと、夢夢ワールドをちょっと…」
「…………いくら負けた?」

出された指は、四本。



「四千円ってことはないよねぇ…」
「そうだね…」



………即座に強制終了させ、帰った。私もズブズブに負けるときがあって、そんなときは旦那に助けを求めたり、より一層の乱れ打ちを始めたりとしょうもないのだけれど、自分に甘く、他人に厳しくだ。そうしてしっかりヤメさせることが家計円満の秘訣となるし、新年早々二人の合計収支がマイナスだなんて、そんな幸先悪いスタートは切りたくない。自分に甘く、他人に厳しく――いいね、いいぞ、今年はコレでいってみようかなぁなんて、ちょっとほくそ笑んでしまった。うしし。

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2007年1月 4日 (木)

ホール立ち入り検査、可能へ

三が日も終えて遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願いします……すっかり、パチンコパチスロネタは減ってしまいましたが。打つ機会が減ると、新台情報やら何やらのチェックをするモチベーションも落ち込んでしまうので、ついギャンブルを離れた話題をつらつら書いてしまうわけで、まぁ、申し訳ないのですけど、今後とも宜しくお付き合い下さいませ。

そんなわけで今年初の更新は、久々にパチンコ店に関わる話題を書いておこうと思うのだけれど、昨年末に決定されたことだから既にご存知の方が多いかもしれない。
そう今年から、遊技産業健全化推進機構のホール立ち入り検査が可能となったのだ。もちろん、無通知で、つまり予告ナシに営業中あるいは開店前、閉店後のホールに立ち入って、不正なコトをやっていないかどうかチェックできるようになったというわけだ。具体的な開始時期は、今年の4月2日からだという。

遊技産業健全化推進機構とは、昨年夏に設立されたいわゆる「パチンコ屋の不正営業を撲滅し、お客様が安心して遊技できる環境を作る」ことを目的とした、官僚様や検事様もろもろの再就職もとい天下り先である。夏に設立され、今年の春からようやく仕事ができた、というわけだ。

規定では「無通知で立ち入り検査を了承する誓約書を提出したホール」が対象となっていて、つまり全国全てのホールが問答無用で立ち入り検査されてしまうわけではないのだけれど、こんなものはオタメゴカシってヤツだ。誓約書を提出しなかったら、東京ならば都遊連だの都遊協だのにゴチャゴチャ言われてしまうだろうし、それによって同じ組合のホールや近隣店舗に迷惑をかけてしまうわけで、必然的にどうしたって誓約書を提出しなきゃならない構図は既に出来上がっている。殆どのホールが立ち入り検査に了承せざるを得ない状況であると言ってもいい。

ただ、私は地方の状況をよくわかっていないので――例えば組合同士がどのような付き合いをしているのか、各都道府県の遊連・遊協への加盟を半ば義務づけられているような雰囲気なのか、など――ひょっとしたら誓約書を無視しても問題のない地域や店はあるかもしれない。なので、「都内殆どのホールが誓約書を書くだろう」と言うのが現在のところ最も正確な表現なのだろうが、少なくともこの”立ち入り検査のお触書”は全国規模のものであるから地方の方も決して無関係ではないということで、この先読んで下さると有難い。

この立ち入り検査の目的は様々だろうが、主なものを挙げるのであれば、何よりも「裏モノの摘発」だろう。今年7月からいよいよ5号機メインとなるスロット市場だけれど、それに伴って裏モノの礼賛も招きかねない……と誰もが予想することだ。ウチの旦那も、「きっと今年は裏モノがいっぱい出回るんじゃないかな」と言っていたことだし、それこそ昔から嗜まれていた方なら、5号機規制を耳にしたと同時に予想されたかもしれない。
5号機のラインナップもいよいよ充実してきて、中にはとても面白いものもあるのだけれど、お客に出玉感を味わってもらうためにはどうしたって設定を上げるしかない。ただしそれでは、終日安定した稼動を保つのは難しいし、機械代回収だって困難なわけで――そこで裏モノが登場して、出玉感も利益もしっかり出しちゃう魔法の杖となってくれれば、というホールの望みをしっかり断ち切ってしまおうということだ。

不正営業、という点では遠隔操作も挙げられる。遠隔操作の方法は実に多様なのだけれど、簡単に言ってしまえば、事務所のホールコンピューターで何回転目で当たるとか、何連チャンするのか、とか一連の遊技の流れを全て決定してしまう、非常に嬉しくない不正行為である。主にパチンコで利用されるのだけれど、余りにも設備費用と発覚した際のリスクが高いので敬遠するホールも多い。
それでも都内では毎年数店舗が摘発されているし(昨年は上野やその他の地域で摘発されている)、あくまでもウワサではあるけれど、地方にはやたら多い不正なのだと聞く(その理由はおそらく、不正行為に目を光らせる団体の多くが都内に集まっていることかもしれない)。一体どれだけのホールが遠隔操作をしているかと問われると、決して多くはないと言っていい状況ではあるけれども、もちろんゼロではないのだ。

今回の決定でさらに理由があるのなら、あとは北朝鮮問題だ。私の旦那は韓国籍で、もちろんホールオーナーの親戚・知人も韓国籍だから、一体朝鮮籍の方々がどのような営業をしているのかは判らない。それに朝鮮籍の方だからといって不正営業をしているなんて、そんな簡単な方程式はむろん成り立たないし、私自身はそんなこと信じたくない。しかしそれでも、ひょっとしたら中には、日本と北朝鮮の関係に非常に支障をきたす、何かしらの厄介なモノに関わっている店もあるのかもしれない。
ちなみに特別大きなニュースにはならなかったが、昨年、北朝鮮に対する送金が停止された後、送金を試みた、あるいは送金したパチンコ店オーナーには行政処分が下されている。共謀罪法案も廃案になってしまった今、そしてアメリカに「パチンコマネーのせいで経済制裁が全く効いてねーだろ」と叱られている昨今、パチンコ店を隠れ蓑に北朝鮮を補助するオーナーに対し、警察は遊技産業健全化推進機構を隠れ蓑に捜査するつもりなのかもしれない。邪推ではあるけれど、全く無関係とは言いづらい雰囲気は否めない。

そんなわけで、4月から立ち入り検査――言い換えれば、パチンコ店に対する強制捜査が可能となるわけだけれど、そのお題目を見る限り私はとてもいいことだと思う。旦那などは「ちきしょー、めんどくせぇ」とボヤいているけれども、これまで様々な厳しい規制を敷いてきたわりに、大して現実化されていない感があった。昨年5月に施行された風営法によって、例えば札差し、ポスターの貼付、イベントの集客文句、設定発表もろもろ――営業形態にひどく規制が入ったものの、全てを遵守するホールは甚だ少ないし、違反のボーダーラインにはなぜか地域差が混在し、全国に適用された法律であるのにひどく曖昧なものに見えた。私が通っているホールでは未だに設定発表を行っているし、しっかり設定6の札も刺さっているほどだ。

また地元管轄の警察も警察で、ひどく現実味のない「不正」に対し声高になるばかりだった。未だに暴力団追放を叫んでいて、ホールオーナーや景品会社の人間にそれだけを通達してヨシ、とするような――全くワケがわからない。

厳しい法を施行し、パチンコ屋の不正を本気で撲滅したいのであれば、とことんヤルべきなのだ。不正に全く関わりのないホールオーナーにしてみれば、また面倒な手続きが増えたと溜息をつきたいところだろうが、カタチばかり厳しくなってその実何も変わっちゃいないでは、法の意味もなければ、警察始め各団体の存在意義は皆無で、いよいよただの天下り先となってしまう。誰が見たって理不尽な構図だ。決定事項を役人たちが無下にしているなんて、みっともない。ホールが法律を遵守するのと同様に彼らも、決定された自らの責務から目を反らしてはならないのだ。

ただ――裏モノ、遠隔、その他の器具もろもろ、ホールの不正営業の手段はたくさんあるけれども、中でも最も多いものはサクラである。店長ないしは釘師・設定師など、その日の優秀台を知る人間が、知人などにその情報を漏らし、勝ち金を分ける――サクラ、と書いたけれど、サクラとはホールに利益を与える立場にある。つまりサクラの勝ち金は、ホールの金庫に入れられるのだ。むろん不正行為だが、どちらかと言えば勝ち金がホールの金庫ではなく、優秀台を教えた人間の懐に入るケースもやたらと耳にするし、むしろコチラの方が多いのではないかとすら私は思う。つまるところ、設定状況を知る人間の私利を満足させるためだけの、プチサクラ行為だ。

このケースの場合、大概ホールオーナーには知らされない。ホールに利益を与えないのだから当然だし、むろん不正摘発に怯えるオーナーはサクラ行為に快諾するはずもない。店にバレても警察に突き出されることはないが――ホールオーナーの監督不行き届きを責められるばかりなので――それでも即解雇だし、その後この業界で身を立てることは難しくなる。パチンコ業界に勤める一個の人間としては非常にリスクの高い行為なのだが、いかんせん立証しづらいため、なかなかバレない。オーナーにとっては不正というリスクを背負わされた上に不当な利益を従業員に与えているのだから、非常に苛立ちを隠せない行為なのだ。

まぁ、お客にしてみればドコに利益が流れているにせよ、台選びの選択肢が平等でないことに憤りを覚えてしまう。怪しいと思ったら、PSIO都遊連健全化センターのホームページにアクセスすると、匿名で相談・通報ができるのだけれど(情報の信憑性を高めるために個人情報の書き込みをオススメするが)、その効果の程は甚だ不透明だ。もちろん今回の立ち入り検査にしたって、サクラ・プチサクラ行為まであげられるかといったらなかなか難しいところだろう。それほど証拠の残らない、厄介な不正行為なのだ。結局、これらに対しては、ホールオーナーや善良な従業員が目を光らせるしかないし、お客は自衛のためにちょっと周囲を気にかけてみるしかない。むろん、お客には営業の監督責任なんてものはないので、肩に力を入れず自由に遊技する権利はあるのだけれど、どうしたって気分のいい話ではない。

現金で現金を得るようなギャンブル場には不正はつきものではあるけれど、パチンコ屋はとりわけ全国どこにでもある、一般化された賭博場だ。そして現行法では、賭博ではなく、娯楽として浸透するべき「遊技」であるのだから――その名に順じた立場や雰囲気を保つべきなのだ。また遊技として残るよう、規制が進められているこの流れに乗ることが、今後のパチンコ屋を支えるのではないだろうか。5号機だの立ち入り検査だの、あるいは風営法だのともろもろ厳しくなってきているけれど、厳しくする立場もされる立場も、しっかりその責務を遂行して欲しいものだと思いつつ――今年はよりよい年でありますように、なんて願ってみる。

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