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2007年3月28日 (水)

大都技研「SHAKE」~最強の液晶と音楽~

大都技研、ウワサの新機種「SHAKE」の展示会へ行ってきた。少しは人が引いているであろう夕方に足を運んだのだけれど、高輪プリンスホテル・飛天の間は大賑わいで驚いた。会場を埋め尽くすように試打用の台が設置されているというのに、ピシッとスーツを着込んだホール関係者の方々でいわゆる”満席”状態。まるで若者向けのスロット専門店のように、暗がりの中をカラフルな光が動き回るただ広いホールを空き台を探してうろつき回る。

五分ほど歩きまわってようやく、一台空いた。

Shakekyotai_1筐体の両サイドがピンク色に光っていて、吉宗の姫パネルやラブリーパネルを思い出した。BETボタンやストップボタンの触り心地も吉宗とほとんど変わりなくて、ちょっと懐かしい気持ちになった。

リール図柄を見ても、例えば青7やナディア図柄は吉宗のそれを彷彿とさせたし(…といっても、吉宗が4号機シェイクの後継機にあたるので当然なのだけれど)、なんとなく、「シェイク」「吉宗」といった大都ヒットマシンの流れを5号機にも踏襲させていく意志が見受けられた。



もちろん、御馴染みのシャッターも搭載されていて、液晶画面が大きくなったのに合わせてさらに進化したようだ。黒い網掛けシャッターなのだが、従来の機種よりも、なんだか動きが素早くスピードアップした感がある。まぁそれが本来の進化にあたるのか、甚だ微妙なところではあるけれども、少なくとも秘宝伝よりはシャッターの存在感はあると思う。秘宝伝の演出は特にシャッターを絡めなくともよいものばかりで、言ってみれば吉宗の筐体をリサイクルしたいあまりに、ムリにシャッター演出を作ったイメージがどうしても拭えないのだけれど、本機には特にそういった印象を抱かなかった。

ストック機である吉宗とはゲーム性が異なるため、前兆を期待させるワクワクシャッター演出…というわけではないのだけれど、ステージ等が切り替わる際にシャッシャッと素早く動いて、なんだか小気味良い。吉宗同様のシャッター演出ではないものの、これはこれで楽しめた。

Boy1 そして何よりも驚いたのが、液晶画面の美しさだった。キャラクターが二頭身にデフォルメされているのも可愛らしかったが、液晶に透き通るようなツヤがあって、とてもクリアで視界は快適だった。アニメーションの動きも躍動感があったし、演出に絡んだ画面一つ一つはまるでどこかのポスターかのようなポップなオシャレ感があって、非常に丁寧に作りこまれている印象を受けた。演出種類の詳細は省くが、様々なパターンがあって多彩であった。

Na2また、BIGはお馴染み”3タイプの選べるボーナス”となっており、ボーイ・フランケン・ナディアそれぞれの歌が流れる。各キャラクターのイメージを崩さず、それでいてとてもリズミカルでノリのよい曲ばかりでカッコよかった。秘宝伝のような、間の抜けたBGMとは全く異なり、大都ヒットマシンの血を絶やすまいという気合がここにも感じられた。

そう、液晶と音楽は粗が見当たらないほど立派なもので、旦那などは「大都の液晶と音楽はホント、一流だなぁ…」としみじみ感心していたほどだ。

しかし、やはりスロットマシンであるから大切なのはゲーム性で――果たして、如何なものだろうか。BIGの純増枚数はおよそ400枚、REGは数十枚。さらに、RT非搭載である。非常にシンプルで分かりやすく、前知識なしに気軽に打つことができる。またBIG純増枚数が400枚前後というのは、現行5号機の中では多めと言ってもいいだろう。だが、ゲーム性の具体的な長所として挙げられるのは、コレぐらいなのだ。

未だボーナス確率・機械割が未発表のため断言は禁物ではあるものの、他機種より多めの獲得枚数であること、さらに敢えて今でも発表されていないことを考慮すると、ひょっとすると初当たり確率はあまりよろしくないのではないだろうか。

Fk1







近頃の5号機の殆どがRTを搭載し、初当たりの厳しさや、獲得枚数の少ないボーナスをフォローしたり、またコインロスを防ぎつつ抽選を受けられるといった特典があったりと、オトク感が盛り込まれたゲーム性が主流である。中には1ゲームあたりの純増枚数が比較的多めであったり、さらにはアストロ球団のように若干複雑なシステムでもって、出玉増加の期待が高まる仕様のものもある。ドル箱を使うまでに時間はかかるけれども、ボーナス以外でもコインが増えるよう心が砕かれたマシンが多く、人気である。

そのような中、シンプルなゲーム性、加えて美しい液晶演出と音楽でもって、どこまで本機はユーザーに受け入れられるか、気になるところだ。だからといって、導入しないと決断できるホールも少なかろう。人気マシンの後継機にして人気メーカー初の5号機という前評判、そして6月一杯でホールに設置された半分以上の4.7号機が撤去される状況。ホールは少しでもユーザー受けする機種を欲しているのだ。たとえ、ゲーム性が多少危なっかしいものであろうと、導入しないと今すぐに断言はできない。「これが一流メーカーのチカラってヤツなのかな」と旦那は苦笑していた。

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JPS「アストロ球団」のまとめ

先日書いたJPSより5月6日に発売される新機種、「アストロ球団」の詳細だけれど、我ながらやたらと読みづらいし、補足説明もあるのでもう一度まとめておこうと思う。やっぱり、酔っ払ってスロットの機種説明をするのはよろしくない。反省。

アストロ球団ボーナス確率&機械割

設定

BIG

CT

合成

機械割

1

1/425

1/1424

1/327

96.2~98.9%

2

1/409

1/1424

1/318

99.3~102.5%

3

1/339

1/819

1/240

102~105.7%

4

1/289

1/1092

1/229

105.9~109.7%

5

1/277

1/668

1/196

109.5~113.6%

6

1/277

1/668

1/196

110.1~112.6%

●BIG…純増枚数およそ260枚
●CT…純増枚数およそ51枚
●コイン単価…約2.6円
●重複フラグ…チェリー・5枚役
●5号機のクセに複雑な仕様(ムカつく)

<補足>

千円あたりの平均ゲーム数は約37ゲームと発表されているらしい。しかし、本機は「72ゲームごとにRTへ突入する」という特性があるため、それを加味した上での平均ゲーム数であることに注意。つまり、通常時の千円あたりの平均ゲーム数はこれよりもさらに低めである。

●CTについて…CT中は、左リールが即停止してしまうのだが、このとき左リールに「赤7」「A」「BAR」図柄いずれかを狙うと15枚獲得できる。

<通常時の打ち方など>

リールのどこを狙っても全ての小役をフォローできないので、基本的には左リールにいずれかのチェリーを狙いつつ打ち進めるのが無難のようだ。また、筐体上部の「パラメーター」がチェリー以外の小役をナビしてくれる。ただ、小役成立時にパラメーターナビが”必ず”発生するものなのかどうかは不明である。

●パラメーターナビ…オレンジ(心)・水色(速)・黄色(体)・赤(力)・緑(技)なる5種類のランプが、各小役に対応している。

オレンジ→5枚役。A・ユニフォーム・ユニフォーム

水色→リプレイ

黄色→赤7orAorBAR・ベル・ベル

赤→赤7・ユニフォーム・ユニフォーム

緑→BAR・ユニフォーム・ユニフォーム

さらに、点灯しているパラメーターランプに対応した小役を獲得すると、演出上ではアストロ球団の”ヒット”となる。例えば、水色のパラメーターランプが2つ点灯している際、リプレイが成立すると”2塁打”にカウントされるなど、ランプの点灯数によって何塁打か決定するようだ。こうして”ヒット”を打ち続け、アストロ球団が相手球団に10点差以上をつけると、チェリー以外の小役が完全ナビされるようになる。

さらに、35点差以上をつけると、激アツのロングRTであるアストロタイム突入が確定する。

72ゲームごとに突入する通常RT>

●1ゲームあたりの純増枚数…不明

●終了条件…チェリー停止時。ハズして継続させることも可能。しかし、本機のチェリーは「緑・オレンジ・赤」の三種類が存在し、成立したチェリーを当てるには超能力が必須と思われる。

さらに、この「通常RT」には①低確RT、②高確RTの二種類が存在する。どちらも終了条件はチェリー停止時らしい。

②の高確RTにのみアストロタイム突入チャンスである、「アストロチャンス」が発動する。つまり、アストロチャンス発動=高確RT確定となる。

※補足アストロチャンス発動頻度(≒高確RT突入頻度?)の具体的な数値は未確認だが、「終日打って10回突入するか否か」程度だとウワサされている。また、この発動頻度に設定差があるのかどうかも未確認。

<アストロチャンス>

高確RT中にのみ発動する演出。このとき三種類ある5枚役(「赤7orAorBAR・ユニフォーム・ユニフォーム」)のうち、いずれかが成立しているので、左リールに停止する図柄を当てると「アストロタイム」突入が確定する。アストロタイムは最低でも500枚、最高で一撃5000枚を純増させるロングRTで、今後の出玉展開を大きく左右する機能であるため、その突入抽選である「アストロチャンス」はまさに手に汗を握る瞬間だろう。

<アストロタイム>

前述したように、ロングRT。1ゲームあたりの純増枚数は不明。

●突入契機…「アストロチャンス」クリア時・小役ヒットによる相手球団との点差35点

●終了条件…チェリー停止時、規定差枚数到達時

●通常RTとは異なり、完全アシストナビが発動するため、3種類あるチェリー・5枚役の取りこぼしは基本的に防げる。また、チェリーハズシもこれによって可能となる。

他機種のRTとは異なり、サブ基板で「規定差枚数」なるものを管理している。振り分けられた規定差枚数(ボーナスによる払い出し枚数も含む)に達しない限り、アストロタイムは継続する。

つまり、チェリーが停止しようとボーナスが成立しようと、規定差枚数が払い出しされていなければアストロタイムそのものは継続し続けるのだが、これらが成立した際、一旦通常画面に戻るので注意。通常画面に戻り、72ゲーム消化後に再びアストロタイムに突入する流れとなっている。チェリー停止あるいはボーナス成立によるアストロタイム終了時は、即ヤメNGであるといってもよいだろう。

規定差枚数は500枚から振り分けられるため、アストロタイム突入で最低でも500枚獲得が可能。また、平均規定差枚数は2000枚、最大5000枚となっているため、大量獲得にかなりの期待が持てる。この規定差枚数振り分けに設定差が存在するか否かは未確認。

…少なくとも、前回のモノよりは読みやすくなっていると思う。現役スロッターの方へ、何かしらのご参考にでもなることを願う。どうしても吉宗が忘れられない私は、もう当分の間スロットに触れることはないだろうけれども、スロットそのものの話題は興味もあるし好きでもあるし、そういったモノをアップして現役スロッターの方へ何かしらのお役に立てれば本当に嬉しい。

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2007年3月27日 (火)

ホントに一撃5000枚イケる・JPS「アストロ球団」

アストロ球団 ボーナス確率&機械割

設定 BIG CT 合成 機械割
1 1/425 1/1424 1/327 96.2~98.9%
2 1/409 1/1424 1/318 99.3~102.5%
3 1/339 1/819 1/240 102~105.7%
4 1/289 1/1092 1/229 105.9~109.7%
5 1/277 1/668 1/196 109.5~113.6%
6 1/277 1/668 1/196 110.1~112.6%

●BIG…純増枚数およそ260枚
●CT…純増枚数およそ51枚
●コイン単価…約2.6円
●重複フラグ…チェリー・5枚役
●5号機のクセに複雑な仕様(ムカつく)

※「アストロ球団」についての詳細は、コチラにまとめなおしてあります。補足情報もありますので、どうぞご覧下さい。

いつものダラダラした前置きはナシだ。いきなり機種説明に入ろう。JPSより5月上旬発売予定「アストロ球団」の詳細である。興味のある方、ぜひ目を通して頂きたい。興味のない方も、上記の機械割をご覧になると――思わず、「ん?」と気になってしまうのではないかなぁ、なんて思うのだけれど、どうだろうか。設定6のMAX機械割が112パーセントって別に大したことないじゃん、"悲報伝"と似たようなモンじゃん、と思われるかもしれないが、いやいやちょいとお待ち頂きたい。本機は、5号機だ。モードだとかREG連だとか、しょうもない展開に左右されて追加投資がかさんでいつの間にか閉店時間で大負けこいてしまうような、4.7号機とはワケが違うのだ。もちろん4.7号機には低設定でもソコソコ夢が見られるといった長所があるけれど、高設定ですら展開次第で負けることも決して少なくない。しかし、5号機であれば――高設定を奪取した際の勝率は、4.7号機のそれを大きく上回る。加えて、この機械割だ。

そう、本機の高設定は、極めて勝率が高い。

しかし、5号機のクセにムカつくぐらいゲーム性が複雑で、一体何からどのように説明したらよいものか…とりあえず、本機のウリとなる「アストロチャンス」「アストロタイム」からいこうか。

●72ゲームごとに必ずRTへ突入…するらしい

普通、RTと言えばボーナス終了後の付録としてついてくるか、レバー操作時に当選した際に発動するものだが、本機のRTは従来と異なる仕様となっている。そう、小見出し通り、72ゲームごとに必ずRTに突入する(通常RT)のだ。いやいやウソだろ、と思われるかもしれないが、ウソではないらしい。文字通りリプレイが揃い続けるリプレイタイムに、72ゲームごとに突入するのである。ちなみに終了条件はチェリー入賞となっており、ハズすことも可能だ。しかしこの通常RT中にアシストナビは発生しないため、ハズすためにはかなりの超能力が必要とされる。

しかし、この通常RTの平均継続ゲーム数だが、未だ小役確率の詳細がわからないため、残念ながら今のところは具体的に予測できない。まぁそれでも、きっと大丈夫だ、超能力さえあれば。さっきはダメだったとか今度こそきっととか、あれこれいくら考えていたってしょうがない。リールをただ見るのだ。そう、考えるな、見よ!――二十世紀最大の哲学者、ルードヴィッヒ・ウィトゲンシュタインはまさにこの瞬間のために、かの名言を残したのだろう。

余談が過ぎた。もっと大切なことにさらに言及していかねばならない。

この通常RT、むろんRTはRTなのだけれど――なんとただのRTではないのだ。通常、なんて命名しておいて申し訳ないのだが。

●通常RTには高確・低確の二種類が存在

72ゲームごとに必ず突入する通常RTだが、その内部は「高確RT」「低確RT」の二つにわけられる。どちらもRTで、先ほど書いたように「チェリー入賞で終了」「アシストナビは発生しない」といった特徴そのものは同じなのだが、「アストロチャンス」突入の有無が異なるのだ。

・「アストロタイム」突入の扉、それが「アストロチャンス」

「アストロチャンス」とは、RT中の液晶画面に突如現れる演出で、このとき成立している5枚役の種類を当てる趣向となっている。
5枚役は、「赤7・ユニフォーム・ユニフォーム」、「・ユニフォーム・ユニフォーム」、「BAR・ユニフォーム・ユニフォーム」の三種類が存在するわけで――つまり、左リールに停止するいずれかの図柄を当てることができれば、夢の「アストロタイム」――アシストナビ付き、しかも最低でも約500枚ほど獲得できる激アツRT突入が確定するのだ。

そう、ここでも超能力が必要とされるのである。

そしてこの「アストロチャンス」は高確RT中でなければ発生しない。仮に低確RT中に5枚役が成立しても、「アストロチャンス」は非発生、つまりアストロタイム突入抽選は受けられない。高確RT中のアストロチャンスクリア、がロングRT――アストロタイムの鍵となるのだ。


●最低でも500枚GETのロングRT「アストロタイム」

なんだかさっきから、アストロ、アストロと書いてばかりで疲れたのだけれど、これが正式名称なのだから仕方がない。せめてアストロチャンスとアストロタイムの名称を明確にわけて、どちらかの"アストロ"を取り去って欲しいのだけれど、もう実機が出来上がっているのだからムリだ。まぁ仕方がない。とにもかくにも、いよいよ本機のキモ、アストロタイムについてだ。

タイトルにある"一撃5000枚イケる"…という文句の発生源はむろん、このアストロタイムにある。前述したように、通常RTとは異なり小役アシストナビが発生し、さらに突入すると最低でもおよそ500枚は獲得できるという大いなる出玉ポテンシャルを秘めた機能だ。

しかし、一体どういうわけで「最低500枚」が保障できるのか――これがまた、私もビックリの仕様なのだ。5号機ってこんなこともデキちゃうのかと、なんてスゴいんだと、驚き桃の木山椒の木、夢夢ちゃんもビックリのシステムとなっている。

このアストロタイムの終了条件は二つ、だ。まずチェリー成立。こちらは通常RT終了条件と同様ではあるが、アストロタイム中はアシストナビが発生しているため、目押しのできる方にとって継続はお茶の子さいさい、ちょちょいのちょいだろう。つまり、目押しミスさえなければ、アストロタイムがチェリー成立によって終了することはひとまずないと言えるだろう。

さらにもう一つの終了条件が――規定差枚数の払い出し、である。なんでもサブ基板で差枚数を管理している仕組になっているとかで、あらかじめ振り分けられた差枚数に達した際、アストロタイムは終了するのだ。この規定差枚数の振り分けが、なんと最低でも500枚、平均2000枚、最高5000枚となっているために、「突入すれば最低でも500枚GET」と言い表せるのである。ただ、アストロタイムに突入後からの"規定差枚数"であるので、この間に成立したボーナスによる純増枚数も含まれることに注意したい。アストロタイムのみの"規定差枚数"ではないのだ。例えばアストロタイム消化中にボーナスが当選し、それによって規定差枚数に達した場合は終了するというわけである。

なんだかヤヤコシイが、つまるところ、要するに、ぶっちゃけると、アストロタイム突入後のボーナスも含めて、規定差枚数に達すればアストロタイムは終了するわけで、裏を返せば、規定差枚数に達しない限りボーナスを引こうとチェリーが成立しようとアストロタイムは継続するのだ。

ただし、だ。

規定差枚数に達していなくても、チェリーもしくはボーナスが成立すると、ひとまずアストロタイムは終了し、液晶は通常画面に戻るのだが、その72ゲーム後に再突入する仕組となっていることにもご注意頂きたい。まぁ、言ってみれば、アストロタイム突入後にボーナスやらチェリーやらが成立してしまったからといって、即ヤメはNGと、まぁそういうわけだ。なんだかこの「即ヤメはNG」っていう響き、まるでストック機を相手にしているかのような懐かしいものがある。しかも再突入する可能性も決して低くないわけで、いやいやこれはホントに本気の「即ヤメはNG」なのだ。逆にアストロタイム中にボーナスをひいて、即ヤメした方がいたら…これは、チャンスだ。

いやはやしかし、5号機のクセに本当に説明するのに手間がかかる、複雑な機種だ。書きながら自分でもワケがわからなくなりつつあったのは、私がバカだからだろうか。それは決して否めないし、なんだか悲しくなってきたので自分のオツムに関してはあまり触れないでおきたいのだけれど――それにしたって、目の覚めるような機種だ。72ゲームごとに必ずRTに突入するなんて、つまり数千円に一度はちょっとした、それでいて具体的なチャンスを味わえるわけで、そんな5号機今まであっただろうか。そりゃ、本機と対峙していくためにはどうしたって超能力が必須となるわけで、決して低いハードルとは言えないけれど、見返りもそれなりにあると言ってもいいだろう。そして最高5000枚の夢もあるわけで、まぁただの夢で終わってしまうかもしれないにせよ、アストロタイムの平均規定差枚数は2000枚。吉宗でキーンと鳴らすよりも多いメダルが獲得できるかもしれないわけで、これはなかなか期待の持てる機種かもしれない。

ただどうしたって、「吉宗でキーンと鳴らす」方が時間効率は良い。こちとらRTと純増枚数の少ないボーナスで、せっせと出玉を増やさねばならないわけで、平均規定差枚数である2000枚を奪取するためにどれだけの時間を費やすことか――かったるくってやってられない方もいるだろうし、私だってどうしても吉宗が忘れられない。だからきっと、この先もスロットを打つことはないだろう。それでも厳しいと言われる規制の中で、大量獲得をちょっぴり可能にしたこのシステムはステキだ。サブ基板で規定差枚数を管理するなんて、全くもう誰が考えたのさ、ニクいなコイツめ、ってな具合である。

まぁ、私は新機種が出ると「うわーすごーい」と口を開けて魅入ってしまうタイプ、つまりミーハーだから何でも褒めてしまう傾向が強い。ステキなマシンだと本当に思っているけれど、ひょっとしたら思いもかけない粗も存在する可能性もあるわけで――皆様、そこんとこどうぞ宜しくお願いします。ついでに申し上げますと、アストロタイム突入契機は他にも存在する可能性があるので、ソチラはまた後日改めてということで――それでは、ごきげんよう。

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2007年3月25日 (日)

鬱な彼女への処方箋

二週間ほど前に女友達がひどく落ち込んでいるという話を書いた。以前勤めていた会社(出版社)の同僚なのだけれど、担当する仕事量が増えたのに比例して、拘束時間つまり日々の残業がかさんでしまい、なかなか休みづらい状況で精神的に参っている。この業界で身を立てたいとどんなに自ら望んだ仕事であっても、気楽に休める時間がなければ息がつまってしまうだろうし、モノ作りに携わるという仕事上、自由に本を読んだり映画を観たりすることができないと、感性がブレてしまってどうしても仕事に行き詰まりを覚えてしまうだろう。頑張りたい仕事だけに、ベストを尽くせない彼女は――もともと神経質な性格も手伝って、ひどく疲れて落ち込んでいるのだ。

あれからも度々電話がかかってきては「もう疲れたよ」だとか、メールで「会社行きたくないよ」なんて愚痴をこぼしていて、状況は相変わらずのようだった。私は彼女が参っている理由も、彼女自身の考え方もある程度は理解しているつもりだから、共感する姿勢でそれらに耳を傾けていた。そりゃ疲れるよね、休みたいよね…といった、相槌を打つような会話をずっと繰り返していた。

既に彼女は頑張っているのだから、「頑張れ」なんて言うのは励ましにもならないと思ったし、いくら自分が以前勤めていた会社であっても、現在の仕事状況をリアルに知っているわけではないので、仕事の流れに関するアドバイスなんておこがましくて口が裂けても言えない。「うだうだ言わずに休んじゃえ」と、他の方には言うこともあるかもしれないが、彼女は生真面目な部分もあるので、そんなセリフはいよいよ追い込んでしまいかねない。「休めたら、とっくに休んでるよ」とより頭を抱えてしまいそうだ。

それに、まぁ、「これが私だったら…」なんて、安易ではあるけれど、他者の悩みを聞くにあたって基本的な見地に立って考えてみたところ、きっと私であれば何も言わずにただ話を聞いて欲しいと願うだろう。どうせ目の前の現実から逃れることはできないのだから、いくら辛くても乗り越えなくてはならないのだ。いや、逃げることは不可能ではないのだけれど、それは決して自分の望むところではないだろう。どんなに参っていても、こなさなくてはならないと自覚しているだけに、辛いのであるから――他人の、「頑張れ」だとか「休んでみたら」なんてセリフは、有難くないわけではないがどこかで白々しく聞こえてしまうに違いない。ワガママかもしれないが、こんなときは、ただ黙って自分を肯定して欲しいと願うだろう。こんなときは、自信がないのだから。

それが私が選んだ彼女に対する姿勢で、特に何も言わず、聞かず、彼女が言ったことに頷くばかりだった。これが完全に正しい姿勢だとは思っていないけれど、例えば彼女に対するアドバイスなどは、彼女よりももっと経験のある方々が言う方がよほど効果的だし、私は友達なのだから彼女をただただ甘やかすような、全肯定の相槌を打つことに決めた。これはこれで、友人としての一つの姿勢としてあってもいいものだと自負している。それに、彼女は両親との仲がイマイチだし、今はオトコもいない。甘やかしてやらないと、なんてオバサンくさい気持ちになってしまうところもある。

そんなわけで度々彼女からの連絡を受けては、しんみりとした会話に相槌を打ち続けてきた。彼女も彼女で、私が旦那の生活時間帯に合わせて、勤めていた頃よりもずっと不規則な生活をしていることを知っているからか、深夜だろうと早朝だろうと、気兼ねなしに連絡をくれた。"くれた"、というのは――私は悩んでいることを我慢されてしまうとむしろ困ってしまうので、参っているときはストレートに連絡をくれた方が聞き手として有難いのだ。もちろん対応できないときは、鳴り続ける携帯を放置してしまうことになるのだけれど、その分せめて、相手が連絡したい際に連絡してもよいのだという、安心感めいたものは失わせたくない。まぁ、完全にはムリなのだけれど。

そう、そして、一昨日――木曜日のことだ。

深夜も彼女から電話があった。深夜、といっても午前四時という早朝とも言うべき時間で、「眠りたいけど眠れない」といった内容だった。彼女は終電で帰宅したのでクタクタに疲れているはずなのだけれど、寝付けないという。まぁ、精神的に不安定だろうとそうでなかろうと、遅くに帰宅したからといって、疲れているからといって、すぐに布団に潜れるわけではないのだけれど――これまでの彼女の状況から察するに、もしかすると朝起きることがプレッシャーになっていて、寝付けないのかもしれない。

「眠れないんだ、しょうがないね」なんて、適当に聞こえるかもしれないが、いやその通り、適当に私も答えてしまう。「ムリに眠ることもなかろうよ」

「でも、明日も仕事だし…今、校了前だし」
校了というのは、雑誌を作っていく上での用語で、聞きなれている方もたくさんいらっしゃるだろうが、大雑把に言ってしまえば全ての原稿が出揃って印刷所に放り込める状態になることだ。つまり、この校了を迎えた際、その雑誌の制作はひと段落――出版社側で行う作業はなくなり、あとは印刷所の仕事となる。

「そっか、今校了前か。そりゃ忙しいね」

「うん、でもね、日曜は休めると思うんだ」

「よかったじゃん」心なしか彼女の声が明るかったので、私の気持ちもちょっと浮いた。

「だけど…すぐ四月になるし、ゴールデンウィーク進行に入るかも。ゴールデンウィークを全部休めるなんて最初から思っていないけど、四月中に五月の仕事をある程度進めておかないと…そんなこと、できるのかな…もうどうしよう…」

日曜祝日は基本的に印刷所も会社も休みだし、外部の方へ発注する仕事やそれに関する打ち合わせもろもろを、その前に済ませなくてはならないわけで、そうなると、さらに前に企画そのものを立てたり様々な準備をしてなくてはならないわけで――大型連休前はとにかく時間に追われがちだ。世間では、四月下旬からゴールデンウィークに入るのだけれど、つまるところ、四月中に四月分の仕事を進めると同時に、五月分の仕事もある程度手をつけなくてはならない。どの業界でも大型連休前は多忙となるだろうが、編集者もその例外ではない。ゴールデンウィーク、お盆、年末年始――パチンコ屋の三大回収期として挙げられるこれらだが、その前後は誰もが皆忙しい。

「あぁ、そんな時期だね…確かに忙しそうだね」

「疲れた。もう最近、何をしてても楽しくないの。いつも時間ばっかり気にしてるし。なんだか、いつも、悲しいの。先のこと考えると、憂鬱になる。暗いことしか考えられない。そんな自分がイヤだ。こんなことしか考えられないなんて、イヤだ」

自分の時間を自ら、楽しいとか有意義であるとか、とにかく魅力あるものとして考えることもできず、そのように過ごすこともできない。仕事をしていようと、帰宅してからであろうと、自分自身の時間であるというのに――自分で何もできないなんて、なんて自分はダメで無力なヤツなんだろうと、そう言いたいのかもしれない。

「わかる気がするよ。きっと私も同じ状況だったら、イヤだって思うだろうね」

「そう、もうなんだか情けなくて…楽しいことって何だろ?」

「何だろう」……いや、決して適当に答えたつもりはないのだが(心の声)。

「笑いたいなぁ…どうしたらいいのかなぁ…ねぇ、どうしたらいい?」

むむむ。どうしたらよいのか問われてしまうと、困ってしまう。これまで彼女の自信が回復することを願って、なるべく彼女を全肯定する姿勢をとってきたので――どうしよう。

一瞬、迷ったが、そのとき私が出した答えは――。







行け!稲中卓球部 (1) Book 行け!稲中卓球部 (1)

著者:古谷 実
販売元:講談社
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……を薦めた。「笑えるよ」と。電子書籍でも購入できるから、何なら今すぐにでも読めると思うよ、と。

彼女は「えっ、ちょっと待って、何それ」と何度か聞き返し、私は「いや、とにかく面白いから」と何度も答えた。「読めばきっとわかるよ」とも言った。読む時間なんて、新しい書籍を手にとってめくる時間なんて、そんな余裕なんて今ないのよ、と返されてしまうことを内心恐れていたのだけれど――彼女は、「有名な漫画だしね…」と言って、ひとしきり口をつぐんだ。

「何も今すぐに読んで欲しいわけじゃなくて、時間があったら思い出してみて」

「うん、わかったよ」






それから間もなく電話が切れて、三日経とうとしているのだけれど――毎日か、二日に一度はあった彼女からの連絡が途絶えているのは一体どういうわけだろう。やっぱり、そういうわけなんだろうか。いや、校了前だから忙しくて電話をする体力も残されていないのかもしれない。ひょっとしたら、これを読んで思い切り笑って少しは気持ちが晴れたのかもしれないし――どうなのだろう。気になって仕方がない。

ちなみに私も、これまで情けなくて無力な自分を責めたことや、自分ではどうにもならない状況に苦しんだこと、切なくてやりきれなくなったこと――あれこれと人並みに落ち込んた経験はそれなりにあるのだけれど、元の性格が小心者でクヨクヨしがちなものだから、ひとたび落ち込むとそれはそれはなかなか浮上してこない。何をしていても、その悲しみや情けなさの原因が胸の奥をツツいていて、辛くて、いつも困惑してしまう。そんなとき、私はいつの間にか本棚にある「行け!稲中卓球部」を手に取っているのだ。

ウハハハ、なんて笑って、いかに自分が笑うことを忘れていたか自覚すると同時に、「まぁなんとかなるさ」といった前向きな力も戻ってくる。祖父が亡くなった際、遠くに住む従兄弟が持ってきたのがきっかけだったのだけれど(なんだそりゃ、とツッコまないで下され)、以来何かで落ち込む度にこの本をめくるようになった。一度、笑いを取り戻すことはとても重要だと私は思う。ムリに笑顔を作るんじゃなくて、ムリにでも笑える状況を作るのだ。そうすることによって、少しは回復できるんじゃないかと――そう思ったから、彼女に薦めたのだけれど、ダメだったんだろうか。

とても不安だ。今度は私が稲中を読む番になってしまうかもしれない。

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2007年3月22日 (木)

スロットが消えた。

最後にスロットを打ってから、今日で一体どれぐらい経つのだろう。かれこれ一ヶ月以上はパチンコ屋に足を運んでいない気がする。データカウンタをチェックしては好みの回転数で空いた台がないかウロウロしていたこと、番長だの秘宝伝だの鬼浜だのを打って一喜一憂していたこと、隣りの台がやたら噴いている中バケ単な自分が情けなくなったこと、色々なことを思い出せるけれど、もうリアルな気持ちでそれらを言葉にできない。吉宗やGOGOジャグラーVをいかに大好きだったか、どんな魅力があるのか、それはもちろん語れるつもりではあるけれど、現役のスロット好きとしての見地に立てない。

いよいよ本当に、生活からスロットが消えてしまったようだ。通っていた店から会員向けのメールは日々届いていて、以前は打たなくてもどんなイベントが開催されているかチェックしていたのに、今となっては開封すらしない。P-WORLDを覗くこともない。旦那から新台情報を聞いて、気になる機種が全くないわけではないけれど、例えばブログに書いてみるほどの興味や好奇心は以前ほど旺盛なわけでもない。4号機のジャグラーが未だ設置されていることが唯一ココロに引っかかっているのだけれど、大好きなGOGOジャグラーVが現存しているわけではないし、いくらジャグラーが好きだとは言っても今も尚、以前のような気持ちをもって対峙できるとは思えない。悲しいことに、ジャグラーが大好きだったという記憶は今でも鮮明であるものの、既に私は心変わりしてしまっているのだ。

悲しい。人の気持ちというのは、本当に移っていくものなのだ。

「オレやオマエみたいなのが打たないぐらいだから、スロット人口はかなり減るんじゃないの?」

なんてことを旦那は言う。確かに私たちは、理由を上手く説明できないにせよとにかくスロットが大好きで、よく連れ立って打っていた。休みのたびに打っていたわけではないけれど、月に何度かは必ず一緒に打っていたし、私などは一人でも週に一度はパチンコ屋へ足を運んでいた。勝ち負けに一喜一憂して、互いの立ち回りを不毛にも語り合い、好きな機種の思い出や、これからどんな機種が出て欲しいか、そんな話題に花を咲かせることはしばしばだった。

特に旦那は"アステカ大学"出身を自称するほど――いや、コンドル大学だのビーマックス大学だの色々あるようだけれど――私よりもスロット歴そのものは長いし、深く熱中していた。学生時代には徹夜でイベントに並んだり、学校をサボって打ちに行くことも稀ではなかったようだし、AT機全盛期にはスロットのために借金を作ったこともあるほど、のめり込んでいた。それに結婚してからだって、仕事の事情で打てない日々が数週間も続くと「ちきしょ、打ちてー」などとイライラが募るという禁断症状が出るくらいだった。いわゆるギャンブル依存症、スロット中毒というヤツで、曲がりなりにもパチンコ屋を経営する身であるというのに恥ずかしい話かもしれないが、とにかく旦那はそれほどスロットが大好きだった。

ところがその旦那ですら、今やパタリと打たなくなってしまったのである。私も旦那も、休日には家でゴロゴロしたりハンゲームをしたり、愛鳥と遊んだり、酒を飲んだり、買い物したり外食したり、スロットとは全く無縁の時間を過ごしている。もちろん、旦那は「ちきしょ、打ちてー」などと苛立つことはない。

「なんでだろうねぇ」……なんて互いに首を傾げてしまう。私も旦那も、自分たちがどれほどスロットに気持ちを駆り立ててきたか、そしてスロットに限らずギャンブルに一度手を染めた人間が、それを払拭しきることはどれだけ難しいか――自覚していただけに、不思議でならないのだ。例えばハイエナっぽい立ち回りが利かなくなったとか、リスクとリターンが余りに合わなくなってきたとか、私たちにとって様々な不都合が色々出てきたにせよ、そう簡単に熱が冷めてしまうとは全く思っていなかった。あれこれと不満を漏らしながらも、そのうちまた自分なりに立ち回るようになって、スロットを打ち続けていくだろうと予想していたというのに。

「多分、あと何ヵ月後かには相当な数の客が離れるだろうね」――まるで他人事のように旦那は言うのだけれど、内心はかなり不安を抱えているのだと思う。都内ではいくつかのスロット専門店が閉店するようだし、そんな話を耳にすると胸中穏やかではいられないだろう。幸い、旦那の店はパチンコも営業しているし、スロットにしても今のところは変わらぬ客足のようだから、閉店どころかシマ封鎖もリアルな話題ではないのだけれど、果たして半年後、一年後はどうなっているのだろう。どんな現実と向き合っているのだろう。私は全く商売のノウハウなんて分かっていないし、何もできないので口をつぐんでしまう。それに、それでも尚、どこの駅前にもパチンコ屋が乱立している現状への疑問はどうしても拭えない。旦那も時折似たような疑問を抱くようなので、なんだか二人とも複雑な気持ちになる。

まぁ、しょうがないな。とりあえず、来週は大都技研「シェイク」の展示会があるのでそこでテンションをあげよう。旦那は「絶対クソ台」と断言していたけれど。

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2007年3月17日 (土)

花より男子が終わりました。

ちょいと照れくさくってみっともない話を書くが、ウチの旦那はああ見えて――図体は人一倍デカくて大食いで、頭はアステカと食いタンドラ1でしかできていない、つまり腕っ節だけよさそうなアホなんだけれど、甘えん坊である。未だにオーストリアとオーストラリアの区別もおぼつかず、「新陳代謝」が「●ん●ん男爵」(一部自粛)に聞こえてタマラナイという、涙が出るぐらいのアホなのだけれど――甘ったれで、素直で可愛いヤツなのである。

昼も夜もいつも不定期な時間に働いて、社長である義母にどやされることもあれば、仕事のデキそうな若手社員に「な、何やってんスか」とツっ込まれ、愉しみの設定打ちも低設定が噴いたり高設定が不発だったりとマシンの気まぐれに頭を抱え、オーナー同士のお付き合いに参加してみれば"在日話"でウンザリし、コンビニでちょっとタバコを買おうと車を止めたら一瞬で駐禁をくらい……それはそれは、日々お疲れで帰宅する。

とは言え、旦那はあまり仕事の多くを私に話さない。仕事に関して話すことは、今日は赤だったよとか、営業が来たよとか、そんな大まかな出来事ぐらいで、例えば「ナニがどうしてとってもダルい」といった愚痴を具体的に言うことはない。この辺、私とは全く違う。私たちがまだ彼氏彼女の関係であった頃、当然私は働いていたわけだけれど――「ったくもー、タナカ(当時の上司)が下ネタばっか言ってウザいの!!」なんて生ビールを飲みながら、私はよく旦那にこぼしていた。その頃から旦那は、会社や人物に焦点を絞って、いかに自分がイヤな思いをしたかこと細かく相手に説明することはなく、愚痴らしい愚痴を口にすることはなかった。せいぜい「昨日は入替が朝まで長引いてダルい」ってなぐらいだった。

今でもそうなのだけれど、まぁ旦那が一体どういったモノが嫌いで疲れるか、今日はイヤなことがあったのかぐらいは、なんとなく顔色だとか表情だとか口調で想像がつく。それに私も言われないことは特に聞かない性質でもあるし、むしろ私が旦那に自身の今日一日を話したくなってしまうので、自分から旦那のそれを訊ねることはない。

旦那は疲れたり憂鬱な気分を味わったりすることが日々色々あるのだろうけれど、決してそれらを言葉にすることなく自分の中に留めて――こう書いてみると、いかに頭が悪かろうと殊勝な男のようだし、まぁ実際そうでもあると言えなくもないかな、なんて我ながら思うのだけれど――それでもやっぱり、甘ったれの小僧なのだ。

「ねぇねぇ」帰宅して一息つくと、毎日必ず、絶対に旦那は言う。「頭ナデナデして」

毎日必ず、昼夜問わず、帰宅して靴下を脱いでお茶かビールを飲んだら絶対に、じっと小動物のようなひたむきな視線でもって「頭ナデナデ」をせがむのだ。

「あんたの頭、重いからヤダ」なんつっても、日々働いてくれている旦那に労わりの気持ちがないわけじゃない。ソファーにもたれた私の膝に置かれた、重いくせにカラッポの頭を撫でる。パチンコ屋の澱んだ空気を浴びてきた旦那の髪は、整髪料と入り混じってとてもベタベタしているし、ただでさえ彼は脂性なのだ。額の生え際のあたりなんて、妙にしっとりテカっていてとても触れたモノじゃないのだけれど――まぁしょうがない。実家の愛犬の毛づくろいをするように掻いたり撫でたりしながら、私はボケっと視線をテレビに向けてビールを飲む。時折、「また人が殺されちゃったよ」とか「深夜放送って最近つまんないね」なんて話しかけると、「そだね」「ホント、そだね」とぽつぽつ返事が返ってきて――しばらくすると返事はなくなり、下を向けば寝息を立てている旦那がいるわけで――本当に甘えん坊だ。

毎日のことなので、つまるところ、日課だった。

ところが、もうなんだか、ここ何日間はどうしても、どうしても、私ってば――思うところがあって、「頭ナデナデ」をする気分になれなかった。別に旦那と喧嘩をしたとか、気に入らないことがあったとか、もちろん彼に対する有難い思いがなくなったわけではなくて、その辺はいつも通りなのだけれど、どうしてもこみ上げてくる新たな思いが、「頭ナデナデ」を拒否してしまうのだ。

「頭ナデナデして」――旦那はいつものように、おねだりしてくるのだけれど。

「ねぇ」

「ん?」

「頭ナデナデをしたくないわけじゃないんだけどさ」

「うん?」

「アンタの頭ナデながら、この間、ふと思っちゃったんだよね。『このまま撫で続けたら松本潤くんか、小栗旬になればいいのに』って」

「えっ…」何それ、と言わんばかりに旦那は目を丸くする。

「土曜日に花より男子の総集編みたいなのやってたでしょ? あれ観てたら、もう、たまんなくなっちゃったよ。あの二人、やっぱ良いわ。『ごくせん』の頃もよかったけど、花より男子でも眩しすぎる。っていうか、カッコよすぎ。やばい。しかもカワイイ」

「………」絶句する旦那。

「ねぇ、なんでアンタは松本潤じゃないの? 小栗旬じゃないの?」

「……そ、そう言われても……その……」

「あたしゃ悲しいよ」

私は本当にこのとき、それはそれはもう深々と溜息をついた。以前にもブログで、松本潤・小栗旬の両者がなんだかとても可愛らしくってしょうがない、若い人たちが恋愛にひたむきになる姿っていいもんだなぁ、と書いたけれども、総集編を観てどっぷり浸かってしまった今、"いいもんだなぁ"から"カッコいい"に気持ちが豹変してしまったのだ。

「この脂っこい頭を撫でてるうちに、松本潤に変わればいいのに…」――私はしみじみと、そんな気持ちになっていた。

「え、でもさ、その…」旦那は申し訳なさそうに言う。「俺だって、よく見れば、松本潤とまでは言わないけど、小栗旬ぐらいには似てるように見えてくるんじゃないかな…」

「小栗旬、ぐらい? はぁ? ぐらい、ってナニよ。アンタ、ナニ言っちゃってるの?」

「いや、その」

「小栗旬ぐらいって言うならね、さっさと小栗旬になりなさいよ! バカ!!」

最後の「バカ!!」が効いたのか、旦那は必死に言い返す。

「なんなんだよぉ。そりゃ俺も小栗旬好きだよ。『ごくせん』の小栗旬は特にサイコーだったよ。カッコいいと思ったよ。でも花より男子の小栗旬なんて、ただの、ヨン様ルックしてるだけじゃん!!」

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……そうかも。

い、いや、それでも。

「そんなの関係ないの、どうでもいいの!! とにかく私は悲しいんだから、放っておいて!!」

「ナニが悲しいんだよ…」

「アンタの全て!!」

……なんて入れ込んじゃって、旦那は二日ほど「頭ナデナデ」のおあずけをくらったのだ。いやー、申し訳ない。その後はどうしてもナデて欲しいのか、一個千円もするスィートポテトや長蛇の列ができる鯛焼きであるとか、手土産を携えて帰宅するようになった。

「なんか、近頃、ハードル高いよ…」ポツリと旦那は呟いていた。

そんな花より男子も最終回を迎え、これまでドラマを逐一チェックしていなかった私も夜十時にはテレビに噛りついていた。ヒーロー・道明寺司くんの野性的なガキ臭さを見事に体現している松本潤くんがステキだったのはもちろん、なんだかこう、心の一番キレイで純なところをやたら刺激してくるストーリー展開で、気持ちがやたらと上向きに、明るくなる。こういうのを若返った気分になる、というのかもしれない。原作とは異なる展開に、「あれれ?」と首を傾げてしまうこともあったけれど、それはそれでハラハラドキドキできた。そして何より、このドラマって――出演されている方々を始め、製作者側の楽しさが伝わってくるのだ。もちろん実際の現場を見ているわけでもなんでもないのでただの想像なのだけれど、なんとなく製作者側のチームワークの良さを彷彿とさせるし、ドラマのホームページを覗いても丁寧に作りこまれていて、作品への愛情や愛着を感じさせられてよかった。製作者側のテンションって、意外と視聴者にも伝わるものなんだろう。

あぁ、終わっちゃったな。もう観られないんだな――とほほ。ちょっと寂しいけれど、現実に戻って、また旦那の頭でもナデるか…。

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2007年3月16日 (金)

ロト6日和

ロト6の発表を見たら、なんということだろう。

数字が全て六つとも一致しているのだ。

驚いた。一体どういうわけだ。なんで同じなんだ。コレ先週の発表じゃないだろうな。何度も何度も、目をギョロつかせて、当選番号案内ホームページ画面と、自分のくじを見比べる。ちょっと手が震える。

合っている、抽選日も当たり数字も、自分のくじと全て同じだ。

なんだか信じられず、もう一度、当選番号案内ホームページを読み込んでみる。そしてもう一度、見比べてみる。

同じだ。

ひょっとして、これってもしかして一等に当選したということだろうか――いや、待て。

もしかすると、何かワナがあるのかもしれない。ワナってナンなのか自分でもよくわからないけれど、例えば、この数字六つだけじゃなくて、もっと別に発表されている沢山の数字と合ってなきゃならないとか、くじを買った日だとか、数字にマークした順番だとか、色々な条件をくぐって乗り越えないと、一等ってヤツは手に入らないんじゃないか――そう思い直し、再び「みずほ銀行宝くじコーナー」トップページへ戻る。

困った。特にロト6のルールが明記されておらず、一体何が当たりとされるのかわからない。やっぱり何かあるんだ――Googleの検索ボックスに「ロト6」と打ち込み、検索してみる。実に様々なページがヒットするが、チキショ、一体何を持って当たりとするのか、どこにも簡潔に説明されていない。困った。どうしよう。ロト6なんて普段買わないくせに、思いつきで手を出すからこんなに混乱してしまうんだ。買わなきゃよかった。

「ナニ、どうしたの?」

パソコンの前であたふた動揺している私に、旦那が声をかけた。

「あ、あのね、これ、数字、全部、一緒」

「は?」

「これ、全部、一緒」

フィリピンパブのオネーサン真っ青の日本語で旦那に言うと、彼はマウスを握り再び当選番号案内ページを読み込んで、私のくじと画面を見比べてしばらく黙って――やがてクチを開いた。

「これ、当たってる」

「当たってる?」

「そう、一等、当たってる」

「当たり? オカネ?」

「そう、オカネ、モラエル」

「…………」

「…………」



ええええええええええええええええええええええええっ…











目が覚めた。夢だった。

でもこれが、何かのお告げってこともあるかもしれないし、いわゆる吉夢ってやつかもしれないので、念のためにロト6買ったのだけれど、カスリもしなかった。

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2007年3月13日 (火)

鬱な彼女

友人が深刻な状況に立たされている。彼女の身の回りで実際、どれほどのことが起きているのか、今現在、傍にいるわけでもないし当然目の当たりにしていないので、私はよくわかっていない。それでも本人は、「もう、会社に行きたくない」と、受話器の向こうで悲しげな声を漏らす。溜息をつくことはない。小さくていつもよりちょっと低い声で、淡々とただキツいのだと話す。時折、鼻をすする音がして、あぁ涙を流しているのだなということがわかる。

昔、同じ会社で働いていた編集業の同僚で、同い年の――二十代後半の女性だ。私が退職してからはしばしば連絡を取り合って、今では親密な友人関係にある。同じ部署で、同じ仕事を一緒に担当して、互いに相談したり首を傾げたり、愚痴を言ったりしながら働いていた。モノづくりに携わる仕事を担当していた背景もあってか、よく好みの創作物の話をしたのだけれど、わりとその辺の相性もよく、次第にプライベートな話題も交わすようになった。だから例えば、彼女が地方出身で現在一人暮らしを続けていることはもちろん、実家のご両親とはあまり上手くいっていないこととその理由、オトコと付き合うと大体数ヶ月でフラれること、あるいは二番目になりがちなこと……彼女にある大体の背景を、私は知っているつもりだ。

だから、という接続詞が続くことが正しいのかわからないが、私は彼女が根本的に楽観的な思考をすること、それでいてどんな話題でも――例えば仕事の愚痴であろうと――なんだか楽しげに話をすること、また、すぐに「だりぃ」と背中を掻いてデスクを離れる私とは違って責任感の強いことなど、大体の彼女の性質もわかっているつもりだ。一緒に仕事をしていた頃だって、周囲に迷惑をかけるほどのミスをした私が、「もうダメだ私バカだ」なんつって隣りでどんよりしていると、「まぁ今始まったことじゃないじゃん」と慰めなんだかよくわからないが、とりあえず肩を叩いてくれた。彼女自身がミスをすることも稀にあったが、落ち込みがちですぐにマイナス思考に走る小心者な私とは対照的に、彼女は感情的になることなく、現状を受け入れた上で前向きな姿勢を崩さないタイプだった。それでいて、仕事が好きだった。彼女がどこまでこの会社を気に入っているのかは微妙だったけれども、仕事に関わるあらゆる物事に勤勉だったし、センスもあった。

そんな彼女を見て、「あぁこういう方が働き続けることに向いているのかもしれないな」なんてことを思った。そりゃオトコ関係では二番目になりがちで、私はよく「アンタもっと自分を大事にしなさいよ」なんてたしなめていたけれど、これからこの仕事を続けていけば、少なくともこの部署では一番になれるんじゃないかな、とまで思っていた。

またこの仕事を絶対に一生続けてやるといった覚悟もあった。働く女性がとりわけ悩みがちなのは、結婚した際の身の処し方だ。学生の頃は「結婚したって仕事は続けたい」と意気込んでいても(実は私もこのようなタイプだった)、いざ社会人となり年を経てみると、さらにリアルに結婚を捉えるようになる――いや、結婚という言葉は語弊があるかもしれない。正確に言うと、出産や子育てを含んでいる。友人の結婚式に出席したり、出産を経験した友人の話を聞いたり、少しずつ老いを隠せなくなってきている両親を見ているうちに、いつの間にか結婚や出産を、切実に考えるようになってくる。その時、一体自分はどんな行動をとるのだろう? 子育てって、働きながらもできるという話を聞くし現にそんな方もいるけれど、果たして自分にできるだろうか? どれだけ思い切れるだろう?

私も働きながらぼんやりと、時には悶々とそういったことを考えていて、ふと「生きてて自分が一番やりたいことってナンだろうなぁ」なんてちょっと青いことを思ったとき、自分自身の家庭が欲しいという強い願いに気づいた。自分の帰る家庭を、これからずっと生きていくと決めた東京で作りたいこと、できることなら子供を産んでステキな母になれるといいな、なんてことを願っていること。もちろん仕事も好きだったし、この仕事で身を立てることができたらいいなぁなんて希望もあったけれど、何が一番必要で欲しくって、それでいて"真ん中"にある望みなのかといったら――家庭だった。専業主婦になるといった具体的なことまで考えていたわけじゃなく、仕事を続け働いていくにせよ、自分自身の家庭がなければこの先きっと私は折れるだろうとも思った。そして何らかの事情で家庭に入らねばならないとき、仮に順調で充実した仕事を放り出してでも、自分はきっと迷わずその家庭に入るだろうなんてことも思った。それほど、"真ん中"の部分で欲していて、手に入れることができたら大切にしたいものだった。

ちなみにこのときは別の男性と付き合っていたのだけれど、だからといって一緒に家庭を作りたいと思わなかったし、当然結婚したくなかった。自分が望んでいるものに気づいた私は、家庭を作りたいという夢に向うべくさっさと別れ、その後旦那と出会って今に至るわけで――余談ではあるが。

彼女にそんなことを話すと、「私の"真ん中"にあるのは、やっぱり仕事だなぁ」と言っていて、私が「でも何か守りたいとか、生み出したいとか、よくわからん欲求ってない?」と聞いたら、「そりゃ子供を産むことだとかに無関心なわけじゃないし、オンナだからねぇ。特に何かを生みたいってな気持ちになることあるけど」――と、彼女は続けるのだ。「でも、この仕事も一応クリエイティブ業ってわけで、何かを生み出す仕事でしょ? 何かを消費し続けるわけじゃないもの。いいモノ作って行きたいな。んで、作ったモノを守っていきたいねぇ」

カッコいいなぁオマエ。なんでオマエみたいなオンナが、二番目の女になりがちなんだろ。

同じ年齢で同じ会社で、似たような嗜好をしている女性がこれだけカッコいいと、ほとほと私って何なんだろうと恥じ入ってしまう。

そんな彼女が、仕事に対して疑問や辛さを漏らし始めたのは、ちょうど去年の今頃だ。最初は、たわいもない愚痴だった。ある程度の仕事の流れを私も覚えていたので、「そりゃメンドくせぇなぁ」なんつって相槌をうっていた。それが次第に、本当に少しずつ、「仕事キツイな」から「すごくダルい」に変わっていって、今では「会社に行くのも憂鬱」になっている。

例えばひどく大きなミスをしたとか、彼女の自尊心が傷つく形で企画倒れがあったとか、あるいは近頃流行である会社でのイジメにあっているとか、特に一大事があったわけでもないようだ。彼女もそういったことはないと言っているし、彼女の他に、私は仲の良い先輩とも連絡をとっているけれど、そんな話は聞かない。

ただひどく、「忙しい」――と言う。そういえば、一年前も「残業が増えてきた」と言っていたし、確かに彼女から聞く湿っぽい話は、オトコの話題でも会社の誰かに関するものでもなくて、「帰る時間がもう遅くて遅くて…」とか「代休とれないよ…」といったものだった。何かあったのではなく、何もないのだ。もっと言えば、彼女自身の時間がないのだ。むろん、一ヶ月も働き通しなわけではなく、最低でも週に一日は休みをとっているようなのだけれど、それにしたって自由にできない時間が余りにも多いようだ。朝十時に出社、月の半分以上は夜十時以降に退社となれば、誰だってきっと愚痴をこぼしたくなるだろう。仕事に意気込んでいた彼女もすっかり、「何で仕事しているんだろう」「私、ホントにこの仕事向いてるのかな」、そして「もう全部がイヤだよ」「何もしたくない、できないよ、ムリだよ」と弱音を吐いていて――かつての前向きな彼女を知っているだけに、胸が痛む。

特にクリエイティブ業っていうのはアウトプットのバランスが重要な職業なので、アウト作業――モノ作りをして生産するばかりになってしまうと、自身の感性を磨くための知識や情報を取り入れるプット作業がしづらくなり、最終的に行き詰まりを覚えてしまうことも稀ではない。例えば映画を観たり、本を読んだり、街を歩いてどんなデザインの販促物が流行しているか考えてみたり――何気ない娯楽や散策が、この仕事には意外と大きく影響するのだ。いい仕事をしたいと勤勉な彼女であるだけに、プット作業であると自覚しているいないに関わらず、そんな時間を大切にしていただろう。このような時間を作り難い状況にあった彼女が、現在の仕事や自身の能力に悲観的になってもおかしくない。

それにやはり、一人の時間とでも言うのだろうか、個を磨く時間というのはどんな人間にも必要だ。読書や園芸などの趣味にせよ、家庭でのゆとりあるやりとりにせよ、あるいはパチンコであろうとパチスロであろうと、飲酒や睡眠であろうと――自らをリフレッシュさせる時間というのは、働くモチベーションのうちの重要な一つなんじゃないだろうか。

好きなことを仕事にする、なんてコトバがあるけれど、好きなものを仕事にした途端、それは好きなことではなく仕事、あるいは興味のあることになる。「仕事が好きだ」と胸を張れる方もおいでだろうし、「仕事をしている自分が好きだ」というケースがあっても、逆に「好きなことは仕事です」と言える方はどれだけおいでだろう。仕事をするようになって、好きなこと好きな時間は何かと問われると、仕事以外の何かを挙げる方は決して少なくないだろう。仕事にどれだけ熱心で、この仕事で身を立てたいと切磋琢磨していても、好きというコトバはもっと違うところで使用するような――そんな気がするのは、まぁ私がオンナで、主婦で、今現在働いていないからかもしれないが――どうだろうか。好きな何かは常に会社の外にあって、それを味わったり守ったりするために働く方が多いんじゃないかと私は思うし、逆に好きな何かが仕事を支えたりするケースもあるんじゃないだろうか。

彼女は好きな時間を過ごしづらい状況が続いた余り、一体どうして自分が働いているのか朦朧としてしまっているのかもしれない。加えて、センスを磨き引き出しの数を増やすための時間もないのだから、何かしらの閉塞感を仕事で覚えているだろうし、この先自分に何ができるのだろうと自信も喪失してしまっているのだろう。一生続けたいと気合が入っていただけに、彼女にとって今の彼女自身はひどく厳しい現実で、前向きにもなれずどうしたらいいのか分からない自分が、嫌いでたまらないのかもしれない。自分を嫌いになってしまうなんて何てキツいことだろう――それでも、何があっても、生きて生活していく以上目の前の壁というのは、きっと誰もが乗り越えなきゃならないのだろうし、彼女なら乗り越えられると思うのだけれど、今の彼女に「頑張って」とは言えない。彼女は頑張りたいのに、頑張れない自分が腹立たしくて、ひどく憂鬱になっているんじゃないかと思うからだ。

悲しい。私も一体、どうしたら、何と言ったらいいのか、言葉に詰まる。ただ頷いたり、時々、休みなよと声をかけてみたりするだけだ。本当は、サボれとか辞めちゃえとか、有休使って海外に飛べとか、じゃぁちょっとスロットでも覚えてみるかとか、弾けたことを言ってみたいのだけれど――以前は何か相談を持ち込まれたら、こんな風に答えていただけに、より一層切なくなる。

……悩みを打ち明けているっていうのに、「じゃぁちょっとスロットでも覚えてみるか」と答えるってどうなの、というツッコミはどうか飲み込んで消化して忘れて欲しい。

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2007年3月11日 (日)

バブルってそんなによかった?

えらく直裁的な物言いになるけれど、どうしてこうもバブルを経験した方々っていうのはとかくセレブに憧れがちなのだろう。バブルという、なんだかとっても好景気で明るくってカネ回りがよかった時期がまさに青春時代で、特に都心で過ごした方々というのは、未だにあの頃への憧れが払拭できないでいる印象がある。「当時なんてタクシーの運転手にお釣りあげなかったわ」という話題から始まり、六本木のナンとかというところでどれだけ踊ったとか、アッシー君にしていた男性がBMWだったとか、週に幾度かは高級寿司を食べていたとか、あるいは就職なんて困らなかったとか……当時を懐古する話題から始まり、人によっては当時さながらの生活を保ち営んでいることを誇りに思い、人によってはそれを羨み、最終的には身の回りのモノ全てを高級品で取り揃え、そして高級な食事を続けても火の車にならぬ家計に誰もが憧れているような、そんな印象がある。

またモノの見方や、いわゆるアイデンティティの置き所も実に率直でわかりやすくて、それでいて少し下世話だ。どんな服を着て何を身に着けているか、どこで食事をとったか、旦那や自分の年収はいくらか……などなど、内面的な性質よりも、外面の装飾部分に重きを置いている感がある。

もちろん誰だって、どんな生活をしても火の車にならぬ家計は憧れるところだし、年収だってあればあるだけよいのであって、つまるところカネがあるにこしたことはないわけで、こういった願望は須らくどの年代も心に抱くところだろうが――なんとなく、バブル時代に青春を謳歌した方々とは、意味合いが異なるような気がする。大概の方が、「カネのある生活っていいよね、まぁムリなんだけど」といった風に、現実と未来に必要以上の期待を抱くことなくほんのりと憧れるのに対し、彼らは本気で、痛切にそんな生活を欲し、あるいはそんな生活を保つことに切実な意義を覚えているようだ。

別に誰も彼もがこうではないだろうが、私がこれまで出会った「青春期がバブルであった方々」っていうのは、そんな印象を抱かせる話題展開が総じて多い。

そりゃ、羨ましくないわけじゃない――だって私は一度だって、バブルとやらを味わったことがないのだから。父は公務員だったので、不景気の煽りをこれといって受けることもなければ、好景気の恩恵に授かることもなく、当然バブルの頃だって特に家計が潤ったこともなかった。それに私が上京し、大学に入学する頃にはとうの昔にバブルなんてものはハジけてしまっていたし、むしろ不景気だとか言われて、就職難が危ぶまれていた。熱心に就職活動をしようが、たとえ知名度の高い大学を無事卒業しようが、好きな会社・仕事に就ける保障なんてどこにもなかったし、職業に対する安心感なんてまるでなかった。学生生活だって、そりゃもちろん誰もが四畳半に住まうほど貧しかったわけじゃないけれど、高級店に足繁く通えるほど生活費に余裕があるわけでもなかった。

だから「あの頃はね…」なんて文句から始まる様々な事柄を耳にすると、単純に「いいなぁ」と思う。だってやっぱり、若いうちにカネのかかることをアレコレ経験できるって、ステキなことだ。ギャンブルでもそうだろうけれど、カネっていうのはまさに切り札であり可能性であり、チャンスであるから、自らの視野を広げたり経験値を上げる有益なツールなわけで、絶対にあるにこしたことはない。美味しいワインや料理で自らの舌を肥やしたり、高級店でのテーブルマナーを取得したり、留学して語学を学んだり外国の空気に触れてみたり――枚挙に暇がないけれども、カネと自らのチャンスは常に比例の関係にあると思う。この「自らのチャンス」っていうのが本当に十人十色で、実に多様なケースがあるだろうけれど、傍目でどんな下らない内容に見えようとトライできることがステキだし、個人にとって大切な経験になるだろう。

そんなわけで、私もカネがあってユトリのある生活ってのはいいもんだな、と思うし、実現しきれるものならばしてみたいし、実現した方々っていうのは確かに誇りにしてもいいだろう。そんな生活を我が物にするのは、どれだけしんどいか私だって少しはわかるつもりだし、だからこそ私のような人間にはムリだとわかっているので、一角の財を築き上げた方々は自慢したっていい。たとえどんな年代の方であろうと結果を出した方々であれば、年収がウン千万であるとか、何を食べて何に乗ったかとか、ちょいと聞き疲れしてしまうかもしれないけれど――語りたいのであれば語ってもいい。特に嫌味とは感じないし、成功した方のみに許される行為だろう。もちろん、自慢の仕方によっては品性を損なってしまうかもしれないが、仕事で成功した方というのは基本的に相手が不快になるような物言いをしないものだと私は思っているし、これまで出会った方もそうだった。

つい、私が眉をひそめて疲れてしまうのは――主に、そんなサクセスストーリーを羨む人々だ。"あの頃"であれば、自分も似たような生活を送っていたのにと、当時の武勇伝に花を咲かせ、あるいは最近ちょっとあった美味しい経験を自慢気に語り――ひどく、みっともない。中には「今でも自分は当時の生活水準を保っている」とでも言いたげに、ドコでご飯を食べてナニを買ったとか、ドコに住んでいるとか、懸命に熱心に現在の立場がどれだけ恵まれているか周囲に伝える者もいるが、どんな仕事で成功したのかは決して触れないし、もちろん真に成功した方とは異なる物言いで語るので、おそらくやましい何かがあるのだろう。それでもなお、語る。そして誰がどんな職業の人間と結婚したであるとか、何を着ていたか身に着けていたかとか、やっぱりどこに住んで何に乗っているのかとか――ウワサ話が尽きることはない。

本人たちもそれらを余興話と思ってはいないようで、真剣に楽しく、生き生きとそういった話題で盛り上がる。なんだか、自らがどのようなポジションにあるのか、懸命に探っているようである。そのポジションを測るにあたっての価値観が、どこか拝金的で、不思議で奇妙で、溜息が出る。疲れる。

何度も言うようだが、もちろんカネがあるにこしたことはないし、それでいて稼いだ収入というのはまさに自らの仕事の結果であるから、多ければ多いほど誇りにしてもよいと思う。しかしだからといって、忘れちゃならない姿勢があるはずだし、そもそも上記のような方々というのは自らのポジションを把握したり慰めたりするのに熱心なあまり、さほどカネの価値も理解していないようにも見える。

それって、どうなんだ――たまたま先週、昔の会社がらみの大きな飲み会に参加した際、強く感じた。社会人の頃、バブルが青春だった年代の方々の話題を聞くにつけ、疲労を覚えていた記憶が蘇ってしまったのだ。むろんバブル期に青春を謳歌した方々全てがこうだとは思ってもいないし、私と同じ年代やそれ以下の年代にだって、わりと拝金的なタイプっていうのは少なくないだろう。しかしそれにしたって、あの頃が青春だった方々には本当に多いのだ。参ってしまう。

それに、近頃セレブなんて単語が流行していて、女性誌にも「セレブ風にキメる」だとか、通販のホームページをあさっても「セレブっぽい仕上がり」であるとか、適当につけておいたテレビからも「セレブ」なんて単語がさくさく流れていて、気持ち悪い。セレブっていうのは決してお金持ちのことをさす訳じゃないし、高価なものに身を纏える生活を送る人々のことじゃない。

飲み会には不動産業で身を立てた四十代後半の男性がいて、「オレは金持ちだけどセレブじゃない。セレブってのはもっと違うもんなんだ。最近ホンット、おかしいよな」と仰っていて、思わず意気投合して深酒してしまった。聞けば不動産業ひと筋でバブルも不景気も乗り越えてきたらしく、見るからにアタマのキレそうな、瞳にしっかりと光りの宿った方で、その辺のチョイ悪オヤジなんかよりもカッコよかった。そう、自らの仕事に自信のある方っていうのはカッコいいものなんだ。決していい服に身を包んでいるからとか、高価な時計をしているとか、あるいは遊びなれているとか、カッコよさってのはそんなものではかれない。

一人のオンナとして、やっぱり旦那にもそんな風に年をとって欲しいけれど――まず、若ハゲなおそうな。リアップつけて、ワカメを毎日食べるところから始めよう。

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2007年3月 6日 (火)

今更だけれどGTOの話

おそらく来週あたりだろうか、もうすぐパチスロ「GTO」がいよいよ発売される。バーチャルリールなので小役取りこぼしはナシ、つまるところこれといって小難しい技術介入性は全くナシ、それでいて高設定の初当たり確率も機械割もまぁまぁ…なんてわけで、それなりにホール側のウケはいい。まぁ、どちらかと言えば、あの展示会で発表された数機種のうち――魁!男塾や名探偵ホームズ、Dynamite!!など――の中で、どれを導入するか消去法で考えてみるとGTOと男塾が残る、といった消極的な見地でウケがいい。

もちろんだからといって、つまらない不出来なマシンでは決してないし、RTも技術介入もないシンプルなゲーム性はやっぱり判りやすくて単純でいい、という方もおられるだろうし――それに、スロットそのものに対して消極的な言い方になってしまうのだけれど、それでも敢えて言ってみると、5号機なのだから仕方がない。例えば出玉性能もゲーム性も演出も出目も、全ての出来がよろしくって大多数のユーザーに受け入れられる……なんてマシンはそうそう出現するものでもないし、その上で5号機規制はやっぱり厳しいものだから、どうしたって「何かが欠けた」仕様になってしまうだろう。

それにあれこれ新機種情報をチェックして省みたのだけれど、よくよく考えてみればここ最近、ムダな機種は滅多に発表されていない感がある。単純にタイアップの版権のみに力を注いだものだとか(個人的にDynamite!はコレに属すると思うのだけれど)、パチンコの時短のようにRTがただのオマケのようになっている機種だとか、あまり目につかない。どの機種も初当たり確率を甘くしてみたり、あるいはRTに連チャン性を持たせてみたりとそれなりの工夫が見られる。果たしてユーザーにどれほど受け入れられるか結果が分からない、ないしは微妙だとしても、明らかに以前よりはユーザーのウケが考慮されたマシンが輩出されているような気がする。これって、とっても良いことなんじゃないだろうか。

とはいえ、私自身はかれこれ一ヶ月ほどパチンコ屋へ足を運んでいないのだけれど――まぁそれでもどんな機種が発表されるのかやっぱり気になるし、スロット・GTOが発売されるということで原作を読んでしまうぐらいだ。

……って、こりゃちょっと話の進め方が強引だし、漫画・GTOを読んだのも二週間以上も前のことでとりわけフレッシュな話題ではないのだけれども、つらつらと感じたところを書いておきたいなぁと、まぁそんなわけだ。

当時の少年マガジンを盛り上げた、言わずと知れた人気漫画ということであらすじの説明はいらないだろう。元暴走族の鬼塚さんが教師になって、担任クラスの問題児たちとすったもんだするお話である。

確かに漫画として画が上手であるとか、コマ割が絶妙であるとか、そういったテクニックは大変甚だ微妙で、例えば女生徒の顔の書き分けであるとか、とある1コマに注目させようとしてやたらめったら「!?」という"記号"に頼る描き方であるとか――本来、漫画は画そのものが記号の筈であるというのに――そういった部分で苛立たないわけではない。それでも、先生も生徒もどのキャラもきちんと存在感があって、普通であれば必ず一人は嫌いなキャラが出てくるところなのだけれど、なんだか誰もニクめないし、一つの話題が終結に向うと共に、もう一つの話題で読者をソソるストーリー展開は週刊誌漫画としてよく出来ていると思う。それに鬼塚くんがクサいセリフを吐いても、必要以上に鬱陶しくないあたりは、周囲に散りばめられたギャグや笑い話がきちんと効いているからだろう。

ブックオフで全巻まとめて購入後、スラスラ一気に読んでしまった。やっぱり面白かった。

個人的に感情移入してしまったのは、ストーリーではかなり後半に登場する、常盤さんという女生徒だった。前の学校でお付き合いをしていた男子生徒に騙され、集団レイプにあったために男性が信じられず、それがエスカレートして周囲のオトナ達までをも嫌うようになった……という設定の女の子である。彼女が冬月先生という女性教師に、あるイジメを行いながら言うのだ。

「先生って、文字通り先に生まれただけじゃん」

まぁちょいとウロ覚えなのだけれど――フツーの家庭に育ってフツーに学校行ってフツーに大学を出た人に、一体何を教わるっていうの? 先生っていったって、先に生まれただけでしょ、あんたに教わることなんてナニもないよ――といった内容をぶつけるのだ。

私も似たような思いを抱きながら、学校に通っていた。だからといって教師に対して反抗的になった経験は一度もないけれど、それにしたって今にして思えばやっぱりガキだったなぁ、と恥ずかしくもなる。それでもあの頃本当に私は、教師――正確に言うと出会った教師が信用できなくって、仕方なかった。ストレートで大学に入学、卒業後すぐに赴任して…なんて、「学校」っていう枠組でしか自分を試したことのないような人に、社会とは何ぞやとかいった、説教染みたことを教室で話して欲しくなかった。受験に対応した勉強さえしっかり教えてくれればいいし、そういった環境は申し分なかったのだけれど、かといって、偏差値の低い大学出身の教師に受験のノウハウであるとか、あるいはイイ大学目指して頑張ろうとか、言われたくなかった。それでいて私はマセガキだったので、異性にモテなさそうな、異性とぶつかりあったこともないような教師は嫌いだった。異性との様々な経験って、ごく普通の親子、友人関係では味わえない、またそれらとは別種の人間臭さであるとかドロ臭さを体感する大切なものだと思うし、それを知らない人なんて不完全なんじゃないかと思っていたし――今でもこの点に関しては、以前ほどではないにせよ、心のどこかで拘っているところはある。オトコでもオンナでも、さすがに三十までにはマトモで本気の恋愛してみなさいよ、なんてね。

社会人として会社で働くようになってから、このガキ臭さはある程度(本当はきちんと、と言いたいところなのだけれど)矯正されたけれど、この部分を読んだ際になんだかあの頃の気持ちがちょっとリアルに蘇って、ひどく懐かしくなった。まぁ懐かしむべき思い出とは言い難いのだけれど、思春期時代の気持ちって普段はめっきり忘れているものだし、思い出すこともないので、良いきっかけだったな、と思っている。思い出したって今子供がいるわけではないので、すぐに役立つなんてことはないのだけれど、いつかいい意味で活かすことができたら理想的だ。

ちなみにおそらく、私が教師に対してあのような気持ちを抱いたのは、今にして思うと極度のファザコンであったせいだろう。甘やかされていたわけではない、と自負したいが、とりあえず私は父にべったりで育った。父が読んだ本を手に取り、父の好きな分野を学ぼうと懸命だったし、大学は父と同じところを第一志望にして進んだ。さすがに中学生や高校生になっても父が一番で他に好きな男子も出来ない、なんてことはなかったけれど、何かを選択するにつけて「お父さんとどういう話をしようかな」「お父さんだったら何て返事するかな」……なんて、父と楽しく会話をすることが目的でもあったし、それが心底の願いだったのだ。父はいつも私の視点がガラリと変わる新しいエッセンスを提供してくれたし、時折厳しいことを言われて泣いたりもしたけれど、大好きだった。

父以外の師なんていらない、そんな気持ちが根強いことに気づいたのは、なんと社会人になってからで――上司と父を比べている自分に気づいたのだ。「父であれば他人にこんな物言いはしないだろう」とか、「父だったらもっと神経質に取り掛かるのに」とか、もう全く笑ってしまうでしょう皆様。つまるところ二十三歳になるまで、私は極度のファザコンで、どっぷり父のお皿の中にハマっていたわけで――あぁ恥ずかしい。

まぁそんな私であったから、思春期に出会ったオトナである教師を無意識のうちに父と比べて――「一体アンタたちナンなのさ」ってな気持ちになってしまうのは、当然な流れであると同時に、そのナンだ、やっぱり子供だったのだなぁと社会人になってしみじみしたわけである。やっぱり社会に足を踏み入れないと見えないモノってのが絶対にあるものだな、と恥ずかしくなってしまう。

それでもまぁ、相変わらずファザコンはファザコンで、今でもメールのやり取りは頻繁にするし、数ヶ月に一度は帰省して一緒にお酒を飲むしであるのだけれど――あぁ、本当に照れくさくなってきたので、この辺で。おかしいな、暴露バトンは終わったはずなのだけれど、一体ナニを書いちゃってるんだろうというところで、ごきげんよう皆様。

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2007年3月 3日 (土)

暴露バトン~実は…なのだ!~

もうかれこれ、一週間以上も前のことになるのだけれど、相互リンク頂いているでざーもさんのブログ、「パチスロ吉宗でなんとかしよう」から"暴露バトン"なるものを頂戴していた。ええと、言い訳をさせて頂くと…別に忙しいわけでもなんでもなく、バトンの内容を考えてみると実に私ってばこれといってネタのない生活を送っていて、一体何を書いたらいいのかとモヤモヤしているうちに、やたらと肩に力が入ってしまって、……はい、申し訳ございません。遅ればせながら、って本当に遅くなってしまったのだけれど、只今より使命を全うさせて頂きまする……というわけで、大した内容ではないけれどもお付き合い下さいませ、皆様。

①実は…がいる

実は、よくスロットを打ちに通っているお店に、元カレってヤツがいる。私や旦那がその店に通うようになって早三年が経つのだけれど、ここ一年ぐらいでよく出没するようになって、いやー、大変申し訳ないのだけれど、なんだか鬱陶しかった。

というのは、別に打っているだけなら問題ないし、私たち夫婦が通っているんだからアンタは来ちゃダメ、なんてさすがにそこまで横柄なことは思わないのだけれど、やたらと親しげに話しかけられていたので、かったるかったのだ。

彼と付き合っていたのは、私が大学生の頃から社会人なりたての春までで、同い年の彼は同じ大学を卒業後、公認会計士の資格を取るとかなんつって専門学校に通っていた。なんのかんのと言って二年半以上も一緒にいた。そりゃもちろん好きだから彼氏彼女の関係になったわけだけれど、やっぱり一緒に時間を過ごしてみなきゃわからないことも沢山ある。付き合い始めから、ひょっとしたらソリが合わないかもな、なんてことを私は感じていた。それでも二年半彼氏彼女の関係であったのは、情も移ってしまったし、二人で会う機会をあまり作らなかったのでさしてストレスを感じなかったからだ。

あの頃、私は友達との麻雀やお酒、あるいは一人旅、大学を卒業するにあたってのもろもろの準備の方が大切で、カレとの時間なんてものは特に重要視していなかった。もちろん別れることも何度も考えたけれど、そこまで会っているわけでもないし、一緒にいて全く楽しくないわけでもないし、そもそも別れ話をするのってひどく疲れる。そんなわけで、ダラダラと二年半も一緒にいた。

ようやく別れるきっかけができたのは、今も問題となっているあのイラク戦争だ。ちょうどイラク戦争が開戦されるにあたって、日本がどういった立場をとるのか、有事立法とは何ぞや、といった報道が度々されていた。そんなニュースをテレビで一緒に観ていた際、おもむろに彼は言ったのだ。

「ねぇねぇ、オレが戦争に行くことになっちゃったらどうする?」

多分「ヤダよそんなの」なんつって、私に地団駄踏んで欲しかったんだろうけれど、もうこの一言がなんだか本当にカンに触って、私は無言だった。その後、カレはゲームでもやろうと、一緒に桃太郎電鉄をやり始めたのだけれど、私の列車にキングボンビーが擦りつけられたのをきっかけについキレてしまった。

「悪いけど、もう会わない」

本当にそれ以来会っていなかったのだけれど、まさか私の結婚後にパチンコ屋で再会しようとは――しかも「元気?」とか「最近どう?」とか、やたら親しげ。別に自分の立ち回りを語らなくていいから、さっさと目の前から消えてくれないかなぁ、と思うのだけれど、さすがにそんなことを言うのは大人気ないので、かれこれ十ヶ月ほど無視していた。私は別れた男と友情を育むような性質を持っていないのだ。

まぁ、無視の効果があってか、たまたま会ってもペコっとアタマを下げられるぐらいにはなったけれど、正直そんなものもいらない。旦那は苦笑して、「まぁそれぐらいいいじゃん」なんて言っているけれど、こちらとしては挨拶される理由と意味が未だにわからない。既にアカの他人なんじゃないだろうか。

ちなみにその元カレが公認会計士試験に受かったのかどうか、私は知らないし、また近頃全くスロットを打っていないのは、別にこういった事情とは無関係だ。

②実は…やらかした

やらかした失敗なんて数え切れないほどあって、一体何を取り上げたらいいのか見当もつかないのだけれど、近頃の失態を一つ挙げてみよう。

旦那の仕事に絡んだ、様々な方が時折、ウチに訪れる。例えば業者の方であるとか、仲の良い他店のオーナーさんであるとか、仕事の話し合いなり世間話なりで皆様いらっしゃるわけだけれど、中には税理士さんもいる。特に年度末が近づいてきた昨今、確定申告の話し合いで、いつもお世話になっている税理士さんがウチにいらした。

数々の書類を見ながら旦那とお話しする税理士さん。私は全くワケがわからないので、同席しながらもとりあえずウンウンと頷くばかり。

そんなこんなで話がついたのか、税理士さんがお帰りになることになった。旦那とともに玄関までお見送りをする。税理士さんが靴を履き、さて最後のご挨拶をしようとしたそのとき。

「どうも、いちいちありがとうございます」

!!

あわわわ、すみません、「いつもありがとうございます」と言いたかったのだけれど、あわわわわ…(めちゃくちゃ動揺)。

謝ると税理士さん、大変お優しい笑顔で「面白かったです」と仰って下さいました。以後気をつけます…。

③実は…知ってる

実は知っていること、と言っても大した内容でもないのだけれど、ウチの旦那は靴下を脱いだ際、必ずその靴下の匂いを嗅いでいる。本人は気づいていないらしいし、脱いだ靴下の匂いを嗅ぐことによって、自分の一日の何かを確認しているのであれば仕方のないことなのかもしれないと、私は口を挟まないでいるのだが――正直、ヤメて欲しい。汚いとか不潔とかそういった不快感を通り越して、なんだか物悲しくなる。

④実は…でした

…でした、も何も現在進行形のことではあるのだけれど、さすがに過去よりはマシになったということで挙げてみると――実は料理が苦手、ぶっちゃけるとものすごくヘタだった。

一人暮らし歴はわりと長いので、ほぼ毎日家でご飯を炊いて味噌汁を作って……ということはよくやっていたのだけれど、マトモな料理を滅多に作ることはなかった。そりゃもちろん、肉じゃがなどの煮物、しょうが焼きなどの焼き物などはまぁ、まぁまぁ普通に作れるのだけれど、ハンバーグであるとか、天ぷらだとか、やたらと手の込んだものは本当に苦手だ。ハンバーグにいたっては、トライしてみたことすらない。

煮物なんて、基本的に醤油だとか味噌だとか、みりんだとか砂糖だとか、あるいはダシがあれば何とかなってしまうものだけれど、何ぶんハンバーグは…そう、洋風の料理は本当に苦手で、これらが食べたくなったら外食すりゃいいや、ともう匙を投げてしまっている。

ちなみになぜ天ぷらができないのかって、油が怖いから、ただそれだけで――ダメだこりゃ。そんなわけで、ウチの食卓はほぼ煮物が占めている。

⑤実は…が好き

前もチラリと書いたことがあるので、実はも何もなくなっちゃうかもしれないけれど、私と旦那は大のハンゲーム好き。特にハマっているのは麻雀で、私と旦那、別々のパソコンからログインして同卓して打ったり、別卓でもくもくと打ち続けたり……せっかくの休日に一緒にいるっていうのに、そんな過ごし方をするのもしばしばなのだ。ソレってどうなの、引き篭もりなんじゃないの、というお言葉はどうか飲み込んで欲しい…。

⑥実は…が苦手

実は苦手なモノ――例えば確率だとか可能性だとかといった、数学的な思考がものすごく苦手だということは皆さんご存知だろうけれど、きっとコレは知るまい。コレが私はどうしても苦手でどうしようもないのだけれど、これまで言及する機会もなかったのでぜひここに書いておきたい。

生野菜がものすごく、苦手だ。

キャベツや大根など、定食に盛り付けられているような御馴染みの千切り野菜は問題ないのだけれど、それ以外は基本的にどういうわけか、食べられない。中でもトマトとセロリとキュウリが大の苦手で、どうしてもあの匂いと食感と味に耐えられないのだ。

かといって野菜嫌いというわけでもなく、煮込みモノなど火の通った野菜はむしろ大好きで、ふろふき大根だとか肉じゃが、かぼちゃの煮つけだとかはウチの定番メニューである。ほうれん草だってニンジンだって、里芋だって味噌汁の具としてよく活躍する。トマトにしたって、火が通っていれば食べられるし、トマトジュースを始めもろもろの野菜ジュースは抵抗なく飲める。

ただ、どうしても生野菜は苦手で――そんなわけで、サラダは滅多に食べることがないし、居酒屋で注文するサラダも決まって「大根サラダ」なのだ。

⑦実は…したことがある

自慢になるかどうか微妙な話題なのだけれど、せっかくなので書いておきたいことは――実は、JR線を完乗したことがある。大学時代、私は一人旅が大好きで、青春18きっぷや、おもに連休中に発行されるトクトクきっぷなどを利用して、北は北海道、南は九州までJR線というJR線を、ひたすら乗っていた。もちろん時折、第三セクター線であるとか私鉄なども利用したし、JR線以外の電車も乗らねば鉄道オタクは名乗れないなんていう方もいらしたのだけれど――ま、まぁ私は鉄道オタクではないと自負していた(したかった)し、いいかと思って、とりあえずJR線完乗に目標を定めていた。

まぁ、乗ったからナンだ、と言われてしまえばそれまでなのだけれど、とても懐かしくて大切な思い出。

⑧実は…が欲しい

欲しいもの、非常にたくさんあって書ききれないのだけれど、敢えて挙げるなら故・漫画家、永島慎二さんのコミックス「フーテン」が欲しい。こちら既に絶版で、オンラインコミックスでしか読めないのだけれど、なんだか泣ける作品で、自分の本棚に何としてでも置いておきたい。

いや実は、もともとファンであった実家の父が持っているのだけれど、どうしても譲ってくれないのだ。父は大学生の頃、阿佐ヶ谷で一人暮らしをしていたのだけれど、その理由は単純に「永島慎二さんが住んでいたから」――それだけ。もちろん大学に近かったのも理由の一つなのだろうけれど、本当に本当に大好きなようで――譲ってくれない。さすがに私も好きな漫画なので、できれば新品か、中古であれば父の書棚から手に入れたいことだし――頼むよ、お父さん。

⑨実は…持っている

今日持っていることが判明したのだけれど、虫歯がある。とても痛い。どうしよう。歯医者はお休みだし……少なくとも月曜日まで、持ってなきゃならんらしい。

⑩暴露させたい人を7人指名する

ひょえええ。7人はとてもムリだし、どうしたらよいのだろう。とりあえず、受け取ってくださりそうな、お優しい方々のブログをご紹介。

「じゅぁきのディープゾーン」

いつもコメントを残して下さる、じゅぁきさんのブログ。スロットの話題から政治的な、ちょいと難しい話題まで、サクサク読みやすくまとめておいでです。一読すると「う~ん…」と考えさせられることが多くって、現在話題になっている問題や、私たちの生活から切り離せない事由において、新しい視点を提示してくださっています。相互リンク中でもありますので、ぜひ皆様一度覗いて見てくださいね。
……そんなわけで、じゅぁきさん、いかがでしょう、いっちょ気楽にこのバトン、受け取って下さりませんか……?

「楽しく、そして勝つために」

こちらはしげやんさんのブログ。タイトル通り、パチンコでの釘の見方であるとか、スロットのわかり易い解析データや有効な立ち回り方など――パチンコ屋で打つにあたって、有益な情報がきちんとまとめられています。また2月にアップされた、期待値計算シート(エクセルファイル)なんてもう、スロットファンには嬉しいツールが自由にダウンロードできるわけで……って、しげやんさん、これ無料でいいんでしょうか?(笑)
そんなわけで、しげやんさん、こちらのバトンを受け取って頂きたいんですけど…お時間のあるときに宜しくお願いします。

「パチンコ パチスロ愛と哀とI」

セイジョージさんのブログです。日々の立ち回り、また実戦データが細かく書かれています。特にスパイダーマンや仮面ライダーの情報が多いので、これから5号機を攻めたい方はぜひご一読あれ。近頃お忙しいらしいのですが、セイジョージさん、できればこのバトンを受け取って頂きたいなぁ、と……私も随分書くのが遅れてしまったし、いつでもよろしいので、気が向いたときにでも宜しくお願いします。

お題はこんな具合です。

①実は…がいる  
②実は…やらかした
③実は…知ってる
④実は…でした
⑤実は…が好き
⑥実は…が苦手
⑦実は…したことがある
⑧実は…が欲しい
⑨実は…持っている
⑩暴露させたい人を7人指名する

それでは、宜しくお願いします、ということで――ごきげんよう皆様。

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2007年3月 2日 (金)

サミー「ゴジラ」のもろもろ。

来週、サミーの新機種「ゴジラ」の展示会があるらしい。なんでもこの「ゴジラ」、えらく前評判がよろしくって旦那も楽しみにしている。BIGはおよそ310枚、REGならおよそ48枚獲得と、両ボーナスの獲得枚数の差は他機種に比べ随分激しく、ボーナス後の特典も大きく異なっており、言ってしまえばBIGをヒカなければこの機種の醍醐味は味わえない。

BIG終了後は数ゲーム間、RT突入のチャンスゾーンに必ず突入するのだけれど、REGは一切突入しない。つまり、REG終了後は全くRTに突入することはないわけで、しかも獲得枚数は50枚に満たないほどなので……まぁそれでもコインは増えるのであるから喜ばないわけにはいかないのだけれど、なんだかイマイチ、「さぁこれから頑張るぞ」ってな気分になれないものがある。

まぁそれはさておき。

BIG終了後、数ゲーム間のチャンスゾーン中にある特定役が成立すると――まず100ゲーム間のRTが発動する。RT1ゲームあたりの平均純増枚数は約0.9枚と、なかなかの数値だ。単純に計算してみるとRT100ゲームで90枚獲得できるわけで、1回のREGよりもコインが増える。

ただ、本機の醍醐味はここから先にある。このRT100ゲーム消化後、再びRT突入チャンスゾーンが発動するのだ。そしてその際、特定役が成立すると再びRT100ゲームへ……と、延々とRTが継続するような仕様となっている。

かといってもちろん、RT終了契機というものも存在するわけで、全くもって「エンドレス状態」と言えるわけではない。RT終了契機はチェリー成立で、目押しを失敗しようと何であろうと、成立すると終了してしまう。この辺がボンバーマン、その他のリプパンハズシタイプとは異なるところで、例えばチェリーが左リールに停止せぬよう"ハズ"しても……問答無用で終了してしまうのだ。

また念のため、誤解がないよう書いておくが、ボーナス後100ゲーム間のRTであろうと、その後突入したRTであろうと、RT中であれば、チェリー成立で必ずRTは終了してしまうらしい。まだ未確認の点が多いので断言はできないのだが、現段階ではこのように伝わっている。

つまり、ヒキ次第によっては、RTが数ゲームや数十ゲームそこらで終了してしまう残念な結果もあるわけで、むろん過度の期待は禁物なのだけれど――とりあえずこのチェリー確率には設定差が存在する可能性もあるが(未確認)、かといってそこまで甘い確率ではないので、必要以上に危惧することもないようだ。そうつまり、何分のイチとか、ウン十分のイチとかの確率ではないようなので――きっと、RT100ゲームぐらいであれば順調に消化できるのではないか、と言われている。ちなみに旦那の予想するチェリー確率は、180分の1ぐらいで、「北斗の2枚チェリーよりちょっと甘いくらいじゃないの?」……ということなのだけれど、いやー、ウチの旦那はアタマがコンドルとディスクアップとアステカとビールで出来ていて、確率だとか期待度だとかの数字に弱い人間なので……まぁ、本気にしない方がよろしいかと思われる。

まぁそんなこんなで、ボンバーマンやスパイダーマンもろもろとは異なる、新しいタイプのRT継続性マシンをサミーが輩出するわけで、なかなか期待されている。RT継続タイプの5号機はこれまでもあれこれ発売されているけれど、リプパンハズシ仕様を初めて世に送り出し、その後も5号機という厳しい枠組の中でユーザーに期待を持たせるマシンを生み出したサミーの新機種なのだから、注目しないわけにもいかないし、ホール側としても十分期待を抱いてしまう。当然、本機のRT継続仕様もこれまでとは異なる面白味がありそうだし、おそらく導入するホールは多いのではないかな、と予想している。

それでいて、サミーはなんでも売り方が上手なのだそうだ。というのは、営業マンの宣伝が上手いとか、優秀な営業マンばかりを抱えているとか、そういったことではなく(いやきっとステキな営業マンさんが沢山おいでなのだろうけれど)、分割払いの仕組だとかキャッシュバックの仕組だとか、なんでもホールにはちょいとお得な支払方法があるようで――旦那には「オマエにカネの話してもわからんからなぁ」と、詳細は教えてもらえなかったけれど、とにかく5号機の機械代に悩むホールにとっては、それなりに有難い料金システムをとってくれているようだ。そんなお得感もあってか、ホールとしては「じゃぁ買ってみようかな」なんてちょいと食指が動いてしまったりもするらしい。

ちなみにサミーからは、5月に「デスクアップ・オルタナティブ」、7月には「北斗の拳」、そして年末にはなんでも大型機種が発売される、なんてウワサがたっていて――この他にも「獣王」の後継機などがあるようなのだけれど――今年中に懐かしい機種の後継機がたくさん発売されるのかもしれない、なんて言われている。初代北斗の拳以降、これといって刮目するような機種を発売していなかったサミーだったけれど、ボンバーマンのRT継続システムなんて絶妙だったし、その遺伝子を受け継ぐスパイダーマンや仮面ライダーも好評稼動中だ。ひょっとしたら、5号機には相当力を入れているかもしれないわけで、そうなると今後発売されるであろう機種にもやっぱり期待が持てるわけで――これは、なかなか、楽しみだ。まぁその頃私がスロットを打っているかどうかは、やっぱりわからないのだけれど。

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