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2007年4月 6日 (金)

朝鮮籍の人間は拉致被害者だけど「拉致被害者」ではない

なんでも、新たな拉致被害者が浮上したそうで――1973年に失踪した当時32歳の女性、そして子供二人が北朝鮮に拉致された可能性が高いらしい。女性の夫は在日朝鮮人で、北朝鮮の工作員だったそうだ。工作員とわかった上での婚姻だったのか、あるいは夫婦生活を営んでいる間に工作員であることが判明したのか、その真相は藪の中なのだが、女性の姉妹によると、彼女は婚姻後「夫は北朝鮮の工作員なのだ」と姉妹に語ったという。

夫であった男性の名は、高大基。品川区五反田の、現TOCビルにあった「ユニバーストレーディング」という会社に勤めていた。この会社は総連の幹部によって設立された貿易会社で、その内実はスパイ工作であった。朝鮮籍の在日コリアン、また彼らを家族に持つ日本人が勤務しており、北朝鮮に渡航してスパイ教育を受けるなど――なかなかの隠れ蓑会社である。ちなみに、1978年に活動が停止しており、既に現存しない会社のようだ。TOCビルで勤める皆様、ご安心を。

彼女はこの夫と幼い子供二人、また夫の弟を名乗る男性と五人で暮らしていた。この男性は特に定職に就いているような素振りはなく、日々ラジオに聞き入っていたそうだが、果たしてラジオ番組の内容は如何なものであったか、それは分からない。彼女の姉妹によると、「ひょっとすると夫と同じ工作員なのかもしれない」と、彼女は漏らしていたそうだ。このような話し振りから察するに、彼女は夫とその男性に何かしらの疑問を抱いていたことには間違いないだろうが、しかしそれでも一緒に暮らしていた理由が見えてこない。果たしてどのような暮らしぶりだったのか。朗らかな団欒があったのか。それとも、暴力めいた恐怖があったのか、不明である。ただ彼女の姉妹は、彼女や子供たちが生活に恐怖を覚えていたような証言を今のところしていないようだ。親族ですらこのような姿勢なのだから、第三者には「ごく普通の家族」として見えたかもしれない。

そんな中、夫とこの男性が失踪し、女性も旦那を探すと言って家を出て――行方不明となる。二人の子供たちも消えてしまう。これが、1973年のことだ。

そして2003年、拉致許すまじの風潮が高まる中、女性の親族らはこの女性は工作員によって殺害され、二人の子供は北朝鮮へ拉致されたとして、殺人及び国外移送目的拐取の容疑で警視庁に告訴状を提出する。女性たちが失踪して30年、告訴状の提出がこれほど遅れたことについては――「やっぱり、旦那さんが朝鮮籍だったからね…引け目みたいなものが…」と、彼女の姉妹がインタビューに答えていた。

引け目。確かに、感じてしまうのは当然である。彼女が婚前に夫となる男性が工作員であったか知らなかった可能性もあれば、理解した上で婚姻に至った可能性もまたあるのだ。そして子供たち二人は朝鮮籍であったし、現在も北朝鮮にいるのであれば、たとえ工作員であったにせよ実の父親と暮らしているかもしれない。わかっていて結婚した、一種の自業自得であったかもしれない彼女。そして実の父親から引き離すことによって、プラスに働く何かがあるのかという疑問。あらゆる事情が、彼女の親族らにとっては引け目となってしまうだろう。

しかし、近年になって北朝鮮の貧窮ぶりが甚だしく報道されるようになった。地上の楽園と謳われた国家の実態がブラウン管に映し出され、血の繋がった孫あるいは甥たちへの心配が隠せなくなったかもしれないし、あの時、一体何があったのか――何者によって、何のために彼女は殺害され、子供たちは消えたのか、そして現状は如何なものなのか、とにかく確認したい気持ちが募ったのかもしれない。どれだけ引け目があっても、漠然と謎めいた雰囲気の中、彼女や子供たちが消えてしまったことへの苦衷を昇華させたいという願いは打ち消せなかったのだろう。

親族たちは、親族なのだから、彼女たちを案ずるのは当然であるし、堂々と国に助けを求めることを誰が責められるだろう。引け目なんて覚えなくてもいいのだ。邪な事情なしに、ただ彼女たちを想っているのなら、朝鮮籍の夫を持ったことも子供たちが朝鮮籍であることも関係ない。それに、たとえ夫や子供が朝鮮籍であったからといって、個人の生活が組織であれ人であれ、第三者によって暴力的に曲げられることは許されない。親族たちが納得できる状況を作り出すべく、捜査なり外交なり、日本政府にはこの問題を諦めて欲しくないと切に祈る。それは親族に対する同情からよりも、拉致という行為に対する私自身の恐怖や、そのような目に遭ってしまった国民を、外交の窓口となる政府が決して見捨てて欲しくないと願っているからだ。

それでも、拉致された朝鮮籍の子供二人を、現行の拉致被害者支援法の下に「拉致被害者」とすんなり認めてはならない。朝鮮籍だからだ。

法の下に拉致被害者と認定されるのは今のところ「日本国民」と決定付けられており、朝鮮籍どころか他国籍の人間は、「拉致をされた被害者」であっても、「法の下の拉致被害者」と認定されない。それが現行法である。法は遵守されるべき国民の「前提」であるが故に、決して情を交えてはならない。情は個々それぞれに宿っているものであるから、そんな情などを万人のための「法」に加えてしまえば、法としての存在意義は大きく失われる。さらに日本で生まれ、日本で施行され、そして日本国籍有する人々のための法であるのに、なぜ他国籍の人間までフォローしなければならないのだろうか。

かといってもちろん――前述したように、国籍を問わずどこの誰であろうと、第三者に自らの生活を暴力的に曲げられることは、決して許されるべきことではない。そして今回の場合、血の繋がった親族が日本人であるのだから、確かに何かしらの援護はするべきなのだが、だからといって「朝鮮籍でも拉致をされたのなら法の下の『拉致被害者』である」とするのは、おカドが違う。国籍を問わず拉致をされたという事情で、日本政府支援するところの拉致被害者となってしまうなんて、北朝鮮拉致顔負けの乱暴な論理である。

私は国籍に対する、ナァナァな姿勢は大嫌いだ。国籍とは個人の帰属先の一つで、その国に対し個人は、そして個人に対してその国は、何かしらの責任を負わねばならない。その責任の一つが、国内で施行されている憲法を始めとする法である。国は法を制定し、国民は遵守せねばならない。むろん、日本で生活する人々誰もが悲しむことのないような、常識などの一般化された精神を出来る限り盛り込むべきなのだが、それでもまずは、その国籍有する国民のための法である。酷な話ではあるが、拉致された子供たちは朝鮮籍で、朝鮮籍とは実質的に北朝鮮籍であることを表す以上、彼らに対して責任を負うのは他ならぬ北朝鮮国家にある――とも言える。

しかし、血族が日本にもいるわけで、今後もこういったケースは少なからず出現するだろう。日本人の親族に対するフォローは当然のことながら必要で、そういった際に法的にはどのような位置づけになるのか、決定するべきではある。

例えば親族が日本人であるならといった前提であるとか、新たに在日外国人拉致被害者というカテゴリを作成し個別の対策を練るとか――大雑把な例えを挙げてしまったが、実際には細やかな条件が付け加えられるべきだろう。日本で発生した拉致事件であるからといって、何もかもを日本政府バックアップの拉致被害者としてしまうのは、日本人拉致被害者が報われないところでもあるし、危険だ。

そう、例えば、妄想だけれど――「朝鮮籍でも拉致被害者として認める」なんてことが現実になれば、北朝鮮が崩壊した際、「自分は拉致被害者だ」と名乗りをあげる北朝鮮国民で日本は溢れかえるかもしれない。そしてそのような人物は日本に在住していなかった、と政府が対応したら、「捏造だ」と被害者を装い、「あのとき日本政府は守ってくれなかった」と高額な慰謝料を欲し、日本人の同情を誘っていつの間にか日本に在住し続ける、なんて、彼らならきっとやってのけるだろうと私は思わず考えてしまうのであって――いえいえ、ここまで妄想してしまう自分はきっとオカシイしアホなのだろう。むしろ、自分がアホであることを祈って、それではごきげんよう皆様。

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コメント

子供二人に関して詳しい事をまだ調べてなかっただけに、この詳細な話を読んで納得した部分と、正直う~んというところもある。
が、それは人ぞれぞれの部分もあり、確かに「朝鮮籍であれば拉致被害者」との認定はおかしいという理由がもっとも前提条件に必要な気がする。

ただ、当時子供であった二人が籍は選べないという点において、別途カテゴリを設けて対処する必要は同じ感覚です。

>北朝鮮が崩壊した際、「自分は拉致被害者だ」と名乗りをあげる北朝鮮国民で日本は溢れかえるかもしれない。
そうか・・・。これは考えもしなかったけど、十分にありえる事で、そこまで見越さないと確かに危険です。

朝鮮という国がなぜ今のような文化になったのかは、韓国人じたいが中国の影響を語ってる本を読んで、いたしかたかない部分があるのはわかりました。
しかし、そこから独自の文化で抜け出す努力はしなかったのか?
今の日本をみてれば無理だったとわかります(笑)。
アメリカと日本の関係以上に大陸でつながっていますからね^^;;。

それにしても北朝鮮や最近は中国(支那)や韓国の国を嫌うように仕向けるブログによく突き当たります。歴史問題を調べてれば嫌というほど・・・。
個人的には事実の羅列が欲しいだけなんですが・・・。
○日新聞の悪口書きたい気持ちはわかるけど、せめて品のある書き方できないのでしょうか?(笑)。

ま、個人的に朝○新聞はセールスの人の態度が非常にむかつくのでとることはないのですが^^;;。

投稿: じゅぁき | 2007年4月 6日 (金) 10時23分

携帯からこんにちは、です。モブログってヤツを設定致しまして…。

韓国や中国を強く嫌ったブログがはびこってしまうのも、ネット上なので致し方ないでしょうね。書いているのは、基本的に文章のプロでもありませんし、仮にプロが混じっていたにせよ立場を公にしていない、無責任な姿勢で書いているのですから…そこに、一定以上の品性を強く求めるのは、難しいでしょうね。

それに私は、ネット上で何かしらの知識は特に期待しません。ニュースサイトは目を通しますが、例えば素人のブログやホームページに書いてあることを「信用」するのは、むしろ怖いです。中には「共感」して楽しめるものもありますが。
知識を得たいのであれば、素人ではなくプロの言葉に耳を傾けるべきではないかな、と思います。ネット上に無数にある、素人の呟きをいちいち気にしてしまっては、身が持ちませんよ。

問題とされるのは、世に発言できるプロが、無責任な姿勢をとったときではないでしょうか? 柳沢大臣みたいに。

投稿: ちゅう太toじゅあきさん | 2007年4月 6日 (金) 14時34分

初めまして。
私も全く同じ事を考えておりました。
例え外国人であっても日本から拉致されれば日本国の主権を侵されたのですから日本政府が抗議し連れ戻すのは当然のことですが、その外国人に拉致被害者援護法を適用するなどということはあってはなりません。そこはきちんと分けて考えなければいけないと思います。

投稿: やえ | 2007年4月 7日 (土) 02時15分

>問題とされるのは、世に発言できるプロが、
>無責任な姿勢をとったときではないでしょうか?

同感です。
それが一番ひどいのはマスコミですね。
「あるある」だけが騒がれていますが、それ以外にも捏造、隠蔽の嵐です。

>知識を得たいのであれば、素人ではなく
>プロの言葉に耳を傾けるべきではない

その「プロ」がまた信用できませんからね。
素人と違って、お金をもらっている分「しがらみ」が強くて。
プロであれ素人であれ、どの情報も簡単に信用しない目を身につけることが必要だと思います。

マスコミの安倍叩きも「品性」がありません。
「権力だからいい」という声もありますが、国民が実際に逆らえないのは総理大臣ではなく、マスコミと中国・韓国です。だからブログなどでそれを批判する声が多くなってしまうのでしょう。

マスコミは中国・韓国に都合の悪い情報は隠蔽しますが、そうではなく、本来のマスコミの使命通りに、ちゃんと事実探求につとめれば、国民の表社会での言論の自由も確保され、自然と中国・韓国を批判するブログも減るはずですけどね。

投稿: Moto | 2007年4月 7日 (土) 09時30分

初めまして、やえさん。
共感して頂いたみたいで、どうもありがとうございます。

そうそう、日本の主権が侵害された点に関しては共通していて、日本政府として何かしらの対応をせねばならないのですが、外国籍の同じ法を適用してしまうのは…ちょっと、違いますよね。
今後も似たようなケースが出てくるでしょうから、細やかな条件を設定しておかねば、後々厄介なことになりかねませんよね、本当に…。

投稿: ちゅう太toやえさん | 2007年4月 8日 (日) 23時49分

こんばんは、初めまして。コメント欄まで目を通して下さって、どうもありがとうございます。

マスコミ、と一口に言ってしまうと、大きく不透明な漠然とした業界・団体なのでちょっと困ってしまうのですが、なんとなくMotoさんの仰りたいお気持ちは理解できる気がします。テレビ番組一つとっても、「本当の話なのかな」「必要な情報ってコレだけなのかな」と、私のようなボケっとただ観ている人間ですら首を傾げてしまうことは、決して少なくありません。

>>その「プロ」がまた信用できませんからね。

とても悲しい状況ですよね。情報や意見を発言・発信する人、その作業に携わることが職業となっている人、その方々の「番組」「雑誌」「新聞」など、何かしらの媒体を信用できない状況はただただ悲しいです。ある情報を享受して、自分なりに思考するにしても、どこかの情報を信用するところから始まりますから。

本来、モノを発言する人、あるいはその媒体の作成に携わっている人っていうのは、それなりのリスクを抱えていて…例えば顔がバレてしまうとか、本名を晒してしまうとか、給料や生活がかかっているとか、様々ですが…そういったリスクを抱えながらも「発言」したいとする人の言葉であれば、共感するか否かは別として、一つの情報として「信頼」したいと私は思っています。
だから余計に、プロの方々に懐疑的な視線を送らざるを得ない近頃の状況は、ひどく悲しいです。

>>プロであれ素人であれ…
ううむ、この辺は言葉のアヤかもしれませんし、あるいは本当に嗜好が異なっているのかもしれませんが、私は見知らぬ素人さんの情報は基本的に信用しません。あくまでも、見知らぬ、ですが。
もちろん、仰るとおり、発信地がプロであれ素人であれ、情報の享受に際してそれなりの姿勢で臨まねばならないことは当然ですし、共感もしているのですよ。

ただ「プロ」の発言、そして「素人」の発言、これらは同列に並べてはならないものだと思いますし、それほどにプロというものは重いものなのではないかな、と考えています。
だからこそ、プロを信用しづらい昨今が、残念です。厳密に言えばもちろん、プロだからといって全面的に正しい情報を発信しているとは限らないのですが、それにしても…ね。

ぐすん、です。。

投稿: ちゅう太toMotoさん | 2007年4月 9日 (月) 02時42分

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