2007年10月 4日 (木)

なんて久しぶりの更新

特に名のついた病気というわけでもないものの、とにかく体調を崩してばかりの毎日が続きました。

ちょっと重い頭痛だの腹痛だの、腰痛だの、目眩だのに毎日苛まれていると、ロクなことを考えないものです。

なので、黙々と時間を過ごすためのパソコンにはなるべく向わないように過ごしていました。

まだ覗いていて下さっている方がいらしたら、ごめんなさい。申し訳ありません。でも、まだ覗いていて下さって、どうもありがとうございます。

お陰様で、ここ一、二週間ほど体調が良く、ブログを更新していた頃のように食事したり飲酒したりと過ごしているので(飲酒は…もちろん、ほどほどにしていますよホドホドに…)、そろそろ復活してみようかな、なんて考えております、、…

……ので、まずはご挨拶です。

更新したら、またよろしくお願いします。

そして――全く更新していないというのに、コメントを寄せて下さった方々、本当にどうもありがとうございました。未だ表示していませんが、次回更新する際にお返事と合わせてアップします。何気に、励まされました。どうもありがとうございました。

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2007年6月16日 (土)

空を見上げりゃ空にあり

なんだか世の中は年金問題で騒がしいし、朝鮮総連本部の土地が元公安の人間に売却されていたことも気になる。何かのアンケートでは世の大半の方々がこれから物価が上がることを懸念しているらしいし、実際私もそう思ってどんよりしているし、それでいて例年より梅雨入りが遅いとかやっぱり地球温暖化だとかで、漠然と「この先どうなっちゃうのかなぁ」とまるで自分が霧の中にいるような、そんな気分になる。

あぁ全く、近頃つくづく思うのだが私ってば主にテレビで、つまらない情報ばっかり相手にしている。いつの間にかフジテレビ「トリビアの泉」は終了していたけれど、テレビを観ていても「へぇ~」「ふぅ~ん」どころか、「あぁー」と首を垂れてしまうような、ガックリきちゃうような、そんな話題ばっかりで、何となく気分は萎れてしまう。旦那はバラエティー番組が大好きで彼が居間にいる際は、お笑い芸人や司会者の発言がやたら賑やかに響いているのだけれど、テレビ局っていう躁うつ病の患者の躁状態を見せつけられているだけのようで、いまいち笑えない。「ぐふふふ」という旦那の不気味な笑い声に吹き出すことはあるものの、まぁとにかく、腰を痛めてからテレビと向かい合うことが多くて私もその生活に慣れきっていたけれど、私にテレビは向いていない。改めて、なるべく観るのはヤメようと思う今日この頃だ。

――なんて、どんよりムードな書き出しになってしまったけれど、特に気分が沈んでいるわけでもない。いや、疲れてはいるのだ。五月はやたらと気分を害する出来事が多かったし、ネチっこい自分は未だにそれらを引きずっているし、そんな自分に参っちゃうこともある。愛鳥はお陰さまですこぶる元気だけれど、陽気が取り得な旦那も5号機問題で塞ぎ込む日もあったし、心配だけれど私には何の力もないし、これまた参っちゃうわけだ。極めつけはギックリ腰に、今日に至ってはお茶を入れる際、左手の中指と薬指に軽く火傷を負ってしまった。あぁ全くどれだけツいていないのだろう。

ツいてない?――これもまた、特にツいていないわけではないのだ。五月にパチンコを打って以来、週に二度ほどピンクレディーを打ちにパチンコ屋へ足を運んでいるわけだが、二千円や三千円でスルスルと当たってアホみたいに連チャンしてくれるという、これがまた気持ちのいいくらい快勝で、まるで遠隔でもされてるんじゃないかと苦笑してしまうほどだ。ひょっとしたら、参っていた私をパチンコ屋が歓迎してくれているのかもしれない。

五月はつくづく、やんなっちゃうことが続いた。精神的にモヤモヤしてしまった出来事を一つ、挙げてみよう…なんて偉そうなクチを利いているけれど、とどのつまり愚痴である。

大学時代に在籍していたサークルのOB会なんてものがあったわけだが――コレは毎年のことで、とりあえず歴史だけは古いことがウリのサークルだから、定年も近い自分の父親ほどの年齢の人間から、今年入学したての一年生まで幅広く集まって、親睦を深める…という和気藹々とした会である。しかし実質的には、現在大学三年生ぐらいのこれから就職活動に入りつつある学生たちが、様々な業界に散らばっているOB連中に顔を売るという役割の方が強い。まぁ、既に結婚して主婦となった私には場違いなモノなのかもしれないが、それでも同じ時間を過ごした同期や先輩後輩、仲良くしてもらったOBたちと親しく話せる数少ない機会であるから参加するわけで、やっぱり親睦会は親睦会なわけである。

ちなみにウチの大学は、そこそこ名の知れた大学で、自分は入学するために受験勉強に励んだし、合格したことは実に嬉しく、それでいてどっぷり受験勉強に浸かれる環境を作ってくれた両親にとても感謝している(むろん両親には授業料などを支払ってくれたことにも感謝しているし、学問的には如何に何を学んだかがひどく重要なのだけれど、今のところ国内の大学は入学するために頑張らねばならないのでこういう表現が妥当だと思っている)。そんなわけで、と言ってもそれだけの理由ではないのだけれど、こんな背景も手伝って、その大学で時間を過ごせたことを私は嬉しく思っているし、おそらく同期の友人たちも似たような気持ちだろう。

いや、「それだけの理由」ではないどころか、「それ以外の理由」の方がより大きいからこそ、入学してよかったなぁと今でもしみじみできるわけで、今更どれだけ勉強したかに言及するなんて品の無い話で申し訳ない――のだが、ソレに触れておかねば、ちょいと話が続かないのだ。

OB会で初めて出会った大学三年生だか四年生だかの女性と、ビールを片手に世間話をした。長い黒髪にフワリとゆるいパーマがかかっていて、肌は褐色色、真っ黒な瞳がパッチリと開いた細身の、オリエンタルな雰囲気のあるキレイな方だった。現在の大学の様子であるとか学生時代にしたアルバイトなど、たわいもない話をしていたのだけれど、言葉遣いも丁寧だったし、一つ一つの表現を選ぶ際にどこか慎重になっているようで、生真面目な印象があった。そういう方の前でヘロヘロと酔っ払えないのでつい肩に力が入ってしまうけれど、嫌いじゃない。和やかに話しているつもりだった。

「現在は何をされているんですか?」――ふと、彼女から、私の近況に対する質問が出た。結婚して主婦をやっているよ、と答える。彼女は失礼ですが旦那様はどのような…と言うので、あぁパチンコ屋だよと何気なく答える。

「えっ!信じられない。何か理由があるんですか?だって私たちって、エリート教育を受けたエリートじゃないですか。結婚して主婦になって、しかも旦那さんパチンコ屋って…」

でっかい目をもっとでっかくして驚く彼女に、とりあえずビールをぶっかけるべきだったのか、今でも悶々とする。つくづく、喧嘩ってのは先に売るものだと思う。タイミングを逃すと苛立ちを晴らすこともできず、トイレに行くふりをして席を替えるのが関の山で、あぁ全く我ながら情けない。今となっては、彼女にというよりは、あの時何も答えずにその場を去った自分がひどくみっともなく、情けなく、チキショウってな気分なのだ。

ちなみに私も同期の友人も先輩後輩も、自分たちがエリートだなんて一度も考えたことも無ければ、エリートという言葉を念頭に置いたことすらなかったのではないだろうか。エリートというものは、例えば森進一が唄っているように「世の中の傘」となっている方のことであって、社会で大人として生きている人間がまずなり得るものであるから、少なくとも学生は異なる。それでいて自ら言わずとも、多くの方が「あの方は『世の中の傘だね』」なんて評価してくれるような存在であって、それはそれはステキな仕事を全うされている方のことを指すのだと思っていて、大学や会社の知名度で決定づけられるものではないのだ絶対に。だから官僚の方々、アナタ方は本来エリートと呼ばれるだけの仕事は沢山背負っているわけで、頑張って世の中の傘になって年金貰えるようにしてください、と強引なオチをつけたところでお休みなさい、皆様。

ホント、強引だな。

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2007年6月10日 (日)

腰痛の果て。

風邪でもないのに寝込んだのは全く初めてのことかもしれない。熱で視界が歪んでしまうわけでもなく、頭や腹が痛んでヘタりこんでしまうわけでもない。ただ、腰が痛い。腰が痛いというのも、常時痛みを覚えているわけでもなく、例えば歩くとき、立ち上がるとき、寝返りを打つとき、あるいはちょっと腕を伸ばして何かを取ろうとしたとき…「何か」をするときに、背骨本体をムチで打たれたかのような、やってられない激痛が走るわけで、文字通り何もやってられない。台所に立つことも、掃除機をかけることも、むろん外出することも出来なかった。

とはいえ、全く料理をしないわけにはいかないわけで、台所にイスを置いて、そのイスに腰掛けて、米を研いだり大根や人参の皮を剥いたり切ったり、鍋の様子を伺ったりと、いつもより品数は少ないものの、それなりのモノは作らねばならないわけで――しかし、不便だった。流しからコンロまでの、ほんの1、2メートルの距離ですら歩くのも厳しいので、移動の際は旦那を呼んで、イスを移動したりイスまで肩を借りたりと、それはもう介護されているおばぁちゃんそのもの。「何十年もしたら、どちらかがこんな風になるのよねぇ」…なんて、互いにしみじみ老後を思い浮かべて一見、ステキな光景ではあるのかもしれないけれど、料理も含めて家事は通常、旦那の仕事中に行っていたわけで、それが途端に旦那が帰宅した後にスタートするものになったものだから、我が家の生活時間帯は再び大幅にズレてしまった。深夜に私が起きていることも度々なわけで――そう、夜十時ごろには就寝するという、個人的な健康法はストップしてしまったのだ。

だから、というのかどうかわからないけれど、それがまた腰に響いた気がする。半袖で過ごすことも決して少なくなくなったとは言え、夜はまだまだ寒い。なんだか冷えるのだ。旦那が仕事に出かけている間、私はベッドに寝たきりで、布団を被ったり腰には温湿布を張ったりと冷えを防いでいるつもりなのだけれど、なかなか身体が温まらない。眠ってしまえばよいのだろうけれど、冷えが辛いし、旦那の帰宅後にやらねばならぬことを思うと、どっぷりと眠ってしまうことはできなかった。仕方がないので本を読んだり、ニンテンドーDSでヨッシーアイランドにトライしてみたりと、夜更かしに現を抜かして冷えを紛らわせていた。

そんなわけで、この時間、起きている。

医者によると、二十代後半や三十代といった、まだまだ若く身体も丈夫な年代の女性がギックリ腰になるケースが増えているということだ。骨粗しょう症、なんてコトバをよく耳にするが、何でもカルシウム不足だとかでホネが弱っている女性は本当に少なくないらしい。身体を支える大黒柱である腰骨が弱っている余りに、何らかの拍子でギックリ腰になってしまいやすいのだという。自分は牛乳が好きで一日にコップ一杯は飲んでいたし、二日に一度はサカナを食べていたので大丈夫だと思っていたのだけれど、医者からは「コップ一杯ぐらいじゃねぇ。三杯いかなきゃ」と新勧コンパの切り込み隊長的な先輩さながらの答えが返ってきた。まぁ、これは、単純に私が長いこと不規則な生活を繰り返してきたからであって、通常は一日コップ一杯の牛乳でそれなりのカルシウムは摂取できるのだそうだけれど、睡眠を取る時間帯が安定しない人間はそうでない方よりも体力を消耗するのだから、ヒトの倍は優良な栄養を摂りなさいよ、ということらしい。

サカナにしても、同じサカナでもカルシウムの量は違うし、サカナの部分一つ一つに含まれている栄養は異なるのだから、主婦なんだから勉強しなさいと非常に手厳しいことを言われた。ちなみに、「どんなサカナを食べてるの?」と聞かれ、「サバです」と即答したわけだが――理由はお判りですな、皆様? 目押しができなくて隣の兄ちゃんに譲った酸っぱい思い出はあるけど、サバは好きだ。

サバ…。




大昔、長嶋元巨人軍監督が、「サバと言う字はね、サカナ偏にブルーと書くのだよね」とニッコリ笑っておられた。




はい、どうでもいいことですな。

というわけで、およそ一週間、ほとんど寝たきり家事も風呂もトイレも旦那に手伝ってもらいながら過ごした末に、お陰さまですっかり良くなった。自分で歩ける、歩いたってドコも痛くない快適さが有難い。なんてステキなんだろう。

それでは打ちに行こうか、と旦那ともども早速パチンコ屋へ。おめでとうと言わんばかりに、ピンクレディーで10箱、必殺仕事人で4箱サクッと出た。投資は合計五千円、3.3円交換。なんだよぅこれじゃまだまだピンクレディー2の悪口書けないじゃん、なんてホクホクしながら旦那を探しにスロットシマへ行ってみると…

旦那は真っ白に燃え尽きていた。

殴って帰った。



というわけで、皆様これからもどうぞよろしくお願いします。

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2007年6月 3日 (日)

初体験

情けないと言われても、構わない。

朝のことだった。目覚めていつも通り、歯ブラシや洗顔をするためにフラフラと洗面所に向った。深夜なのか早朝なのか、なんとも言い難い時間に帰宅した旦那は腹を上下させて、まだぐっすり眠っている。今までは私も一緒に寝ていた時間だったのだけれど、四月から始めた「規則正しい生活」――夜十時頃には寝て遅くても朝六時には起きる、といったスタイルを習慣づけてから妙に身体の調子がいい私は、特にするべき家事がなくともとりあえず早起きを心がけていた。

その日もこれといって早朝から始めねばならない家事はなかった。ゴミの日は昨日だったし、旦那が寝ているというのに掃除機をかけるわけにもいかない。朝食だって用意すべきは自分の分だけ、つまり一人分なので大した手間にもならない。ご飯と、昨晩残ったお味噌汁と、納豆と塩辛があれば十分だ。ほぼ毎日こんな具合で、近頃は旦那が起きる昼頃までの時間が、本を読んだりネットサーフィンしてみたり、愛鳥と遊んだりと一人でマッタリ過ごす時間になっていた。今まで深夜に在ったこの時間が朝になるだけで、なんとなく一日がゆっくり始まる気がして、心地よかった。睡眠大好き、できることなら何時までもぐぅぐぅ眠っていたい私が、早起きを続けられる理由はこんなところかもしれない。

まぁ、そんなことは、どうだっていいのだ。

とにかくいつも通りの、ゆっくりとした一日を過ごすために、まず洗面所に向うのだ。寝る前にどれだけ磨いたって、起きれば何故かネットリしたものが歯にまとわりついていて気持ちが悪いし、顔だって脂でテカっている。とにかく、歯を磨いて顔も洗って、キレイにしなければ気持ちよく一日は始まらない。歯を磨こう。

歯ブラシに歯磨き粉をのせる。見れば歯ブラシの毛が左右に広がりきっていて、「うーん、こりゃ夜には新しいものに換えなきゃなぁ」なんてぼんやり思いながら、口に入れた。

そのとき。

ウゲゴボウヘッ、ゴボッゴボゴホゴホッ…




酔いどれのオッサン顔負けの、腹のソコからこみ上げてくる大きな咳。いや、別に昨晩飲み過ぎたわけでも何でもなく、単純に、歯ブラシをぐいと突っ込んでしまって歯磨き粉が喉の奥を刺激しただけだ。なんだか妙に口の中が辛くって、喉の粘膜がヒリヒリするのを感じた。ヒリヒリ。ちょっと痛い。

ゲホッゲホッとまだまだ大きな咳は続く。早くうがいをしようと、コップに水を入れるためにちょっとかがんで体勢が崩れた瞬間。



ゲホッゴホッ




ゴキッ










……ゴキッ?





かがんだ際にも大きな咳が出て、なんだか身体をよじってしまって…
…ゴキッ?








そんなわけで、初めてギックリ腰になった。

痛い。

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2007年5月 1日 (火)

ムリな話。

読んでくださっている方々、すっかりご無沙汰してしまって――お元気でしょうか、皆様。

しばらく体調を崩していて、といっても大病を患っていたわけでも風邪で寝込んでいたわけでもなく、単純に慢性的な頭痛と気だるさに悩まされていただけで、医者も「特に悪いところは見当たりませんが」なんて苦笑してしまうほどの健康体だったのだけれど、「まぁストレスか何かでバランスを崩しているんでしょう。規則正しい生活を心がけてください」なんてアドバイスをされていたわけで――これまで以上に『健康』ってヤツを気にして過ごしていたのだ。

なんでも人間の新陳代謝の都合上、夜の十時から朝の二時の間に睡眠をとることが理想的らしく、お肌にも良いらしい。確かにそんな話は女性誌か何かで読んだことはあるけれど、学生時代ならまだしも、社会人になってからというもの少なくとも続けられる生活ではない。結婚してからだって、旦那は昼には雑用で出かけなきゃならないし、夜は閉店作業を見にいかなくてはならないわけで、それに合わせていれば睡眠時間帯はゴチャゴチャしていくわけで、旦那共々どうしても不規則な生活になってしまう。それでいて、この場合ドチラが体力を消耗しているかと問われればもちろん、働いている旦那の方が疲労が溜まっているのだけれど。

「まぁ今はオマエが身体を壊しているんだから」――というわけで、お疲れの旦那をヨソに始めてみた、”規則正しい生活”。

早ければ夜の九時、遅くても十時までにはベッドに潜り込んで、朝の四時から五時にかけて起きる。私が寝ている間に帰宅して、テレビを観てゴロゴロしていた旦那と一緒に朝ごはんをとって(…旦那にとっては晩御飯)、洗濯などを始める。旦那はそのまま寝てしまったり、お風呂に入ったり、日によってマチマチなのだけれど、たまにお酒を飲むこともあって、まぁそんなときはちょっとだけ付き合う。朝からお酒、って妙なモノだけれど、「朝なのだ」という自覚があれば深酒することもなく、酔っ払ってしまうこともない。

午前中、旦那が寝ている間に掃除など片付けをして、午後には買い物がてら――あるいは何も買うものがなくても、近所を散策してちょっとした運動をしているつもりだ。旦那が一緒のときもあるけれど、まぁ基本的にお仕事で出かけてしまうし、疲れているときは夕方まで寝ているので、大体一人で歩いている。

帰宅したら、ひたすら愛鳥と遊んで、お風呂に入ったり旦那にご飯を作ったりと――こんな具合のローテーションを続けること、二週間。

いやいや、自分でもビックリするぐらいの身体の軽さ。学生時代から悩まされている肩こりや冷え性が改善されることはないけれど、頭痛や腰痛、身体全体に漠然とのしかかっていた気だるさが払拭されたし、心なしかお肌がフックラスベスベした感がある。「あぁもう消しゴムで消えればいいのにな」と悩んでいたクマも薄くなったし、顔全体の血色もよくなった。それに、まぁ、ナンというか、精神を落ち着かせる効果もあったのか、以前よりもずっと気分がいい。いや、以前は気分が悪かったのかと言われれば決してそうではないのだけれど、他人様と話をするにも何をするにも心のどこかにあった「だりぃなぁ…」という感情がモノの見事に消えてしまった。また生理前後になると、私はイライラしたりちょっとしたことで落ち込んだり、と不安定になってしまうのだけれど、今回はそれがなかった。さすがに腹の痛みは治らなかったが、生理前後には旦那に八つ当たりしまくるという我が家の習慣が、ひとまずおさまった。

"規則正しい生活"の威力、これほとどは。

我ながらビックリで、ぜひぜひ皆様にもオススメしたい。

――ところなのだけれど、フツーに考えて、そりゃムリな話だ。

私だってたった数年ではあるけれど、社会人として働いていたわけだから、少しはわかる。残業なんて当たり前のようにあるし、よしんばなくとも、お仕事が終わってからお付き合いで飲みに行ったり、あるいは自分の趣味を充足させるために何かをしていたら、夜の十時に就寝できるはずもない。通勤時間が長ければ、仕事が早く終わっても、理想的な時間帯に帰宅しづらいだろうし、そもそも疲れているので朝早くに起きることも、きっと難しいわけで、自分たちの生活を守るために、自らがいかに不健康な生活をしていることか。

切ないな…。

と、いうわけでゴールデンウィーク。休める方は、ゆっくり身体を休めてください。

中には休めない方もいるでしょう。ムリしないで下さい、としか言いようがありませんが、出来ることならムリにでもいつか休んで下さい。

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2007年4月16日 (月)

妹の就活を聞いて思ったどうでもいい話

二十三歳の女性に「私、結構トシ、いってるんですよ」とニッコリ笑顔で言われてから、やる気のない日々を送っているわけで…って、そりゃもちろん本当はどうだっていいのだけれど。

実は私には大学生の妹がいて、彼女も東京で暮らしている。とはいえ、ウチとは随分離れた地域で暮らしているし、彼女は私と違ってパチンコどころか麻雀牌さえ握ったことのない、それはそれは真面目な性分なので、一緒に遊びに行くこともこれといってなかった。別にパチンコも麻雀もしなくたって会えるじゃない、と思われた方――どうか同情してくだされ。四年前、彼女の上京が決まった頃、「じゃあ東京で一緒に遊ぼうか」とお誘いのメールを入れたら、「お姉ちゃんと一緒にいたらお金ばっかり使うハメになるから絶対にイヤだ」と、きっぱり断られたわけで――"絶対にイヤ"ですよ、"絶対に"……しかも、なんだかアレですな、断り文句というのを字面でマジマジ読んでみると、なんだか物悲しくなるもので……トホホ、だ。一度、高校生だった彼女が東京に遊びに来たとき、「今日は高松宮記念だから」と新宿のウィンズへ連れて行ったのが大きく影響しているようで、あぁ悲しい。競馬新聞の見方から馬券の買い方まで懇切丁寧に教えてあげたというのに、はぁ…、溜息だ。

そんなわけで、妹とは同じ東京にいるというのに、大して連絡を取らない四年間が続いた。新年や誕生日に「おめでとう」メールが届くぐらいで、彼女の具体的な近況を直接聞く機会はなかったし、まれに実家の両親から「大学楽しいみたいよ」とか「元気みたいよ」といった漠然とした様子を耳にするぐらいだった。

まぁ、そんなものかもしれない。私には新しい家庭があるわけで、しかも嫁という立場なわけで、生真面目な妹はその辺を気遣ってくれているかもしれない――なんて楽観的ではあるけれど、そんな理由も考えられるし、私と彼女が都合を合わせて実家に帰省することも、お互いに仕事を持たない主婦あるいは学生という立場ではあるものの、意外と難しい。だからまぁ、ちょいと寂しいけれども仕方がない。

しかし、つい先日、彼女が就職活動に励んでいると聞いた。

先週、私は実家に帰省したのだけれどその時、たまたま彼女から家に電話が入ったのだ。

「あ、お姉ちゃん? 久しぶり。最近、就職活動してるんだ、私」

「あらそう。そういや、そんな年だね」

溌剌とした声を聞いて、ひょっとしたらいい報告なのかもしれないなと私は思った。

「うん、まだ内定は出ていないんだけど、ムズかしそうな会社の書類審査が通ったの、すごく嬉しい。私、大した大学行ってるわけじゃないのに」

「相当ヌルい会社受けてるんじゃないの?」

「そんなことないよ、銀行とか、生命保険会社だもん」

「銀行とか生命保険会社の内定とるのって、ムズかしいの?」

私が就職希望した業界とは全く異なるので、よくわからないのだ。

「…ムズかしいもんだよ。お姉ちゃんは氷河期世代のくせに、何もわかっていないんだね。もういいや、私が銀行に入ったらソコの口座作ってね。生命保険会社に入ったら、加入してね。それじゃ」

ガチャ。

……。

まぁ、そんなもんか。

しかし、何でも2007年問題を抱える企業が多いため、求人そのものも多いのだそうで、少なくとも就職氷河期と謳われた数年前よりは、学生は内定を貰いやすいのだそうだ。いいなぁ――といっても、当時マトモに就職活動しなかった私が今新卒扱いの学生であるからといって、熱心に活動するハズもないのだけれど、就職活動という言葉に対して少しでも明るいイメージが持てる、妹にというか、昨今というか――が何となく、羨ましい。私が学生の頃なんて、真っ暗で何の期待もない重い扉を懸命にコジあけなくてはならないような、骨の折れる作業に思えた。自殺者だって出たぐらいで、妹の明るい声を聞くと「あの頃って一体何だったんだろうな」と感じる。とはいえ、今の世代の学生たちが全く苦労せずにいられる筈もなく、やはり彼らにとって重い扉はいくつも存在しているのだろうから、きっと大変なのだろうけれど。

まぁ、なるようになるさ、って何のオチもないところで、それではまた皆様。

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2007年4月12日 (木)

ディスクアップ・オルタナティブ…はあまり関係ない

ここのところ、私、何をしていたんだろう…。特に忙しいわけでもなかったのだけれど、すっかりブログを放置してしまった。

そうそう、何日か前に、一人の女性と話す機会があった。初対面だ。ひょんなことで話すきっかけに恵まれたのだけれど、とても落ち着いた雰囲気の漂う、黒いスーツに長めのコートが似合うようなオトナっぽい方だった。暗めの茶髪は背中の半分ぐらいまで伸びていて、緩やかなパーマがかかっているところがまた、絵に描いたようなキレイなお姉さん。それでも話し振りはとても明るくって、気さくで、しょうもない冗談にはケラケラ笑う様子がちょっと子供っぽくて可愛かった。

んで。

「そういえば、その、年はいくつなんですか? 同年代なんでしょうけど」

…と、私は聞いた。語尾にデスマスをつけているのは、初対面だし、失礼なのか何なのかよくわからないけれども雰囲気を見る限り、私よりやや年上なのかなと思っていたのだ。もうすぐ三十にさしかかるぐらいかな、と。

すると彼女は照れたように笑う。

「ええ、実は、結構トシ、いっちゃってるんですけど…」

「え、そうなんですか?」

「実は、その…23才です」




ぷちーん…。(←何かがキレた音)




マイブームは若作りとなってきた二十代後半の、あと二年ぐらいで三十を迎えるっていう、節目がそろそろ近づいてきて子供どうしようとかアレコレ考えているオンナに向って、ナンですかアナタ。

はぁ。

まぁいいや。

いいんだ。

とりあえず、ディスクアップ・オルタナティブの筐体画像。とても評判がよろしいようで、こりゃー売れますな、きっと。

DiscDiscreel_2
肩こりがひどいので、今日はこの辺で。

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2007年4月 1日 (日)

ここ何日かのこと。

ここ何日か、ずっと頭と肩と背中と左胸、つまり心臓の近くがずっとズキズキ痛んで身動きがとれなかった。歩いているとき寝転んでいるとき、包丁を握っているとき雑誌をめくっているとき、いつもいつも後頭部に重い鉛がのしかかっているような気だるさと、左半身の痛みがとれない。振り返ったり首を傾げたりなどの何気ない動作もままならないどころか、ちょっと手を動かすだけで左半身に激痛が走る。本当に困ってしまったし、いよいよこれは病院で検査を受けねばならないと覚悟を決めていた。

月末で旦那も忙しそうにしているので、病院へ行くのは来週。それまで、いつも愛用していたフェルビナク入りの湿布を首を包み込むようにぐるりと、それから両肩や背中、左胸にベタベタと貼って、痛みをごまかしていた。そのとき私は自分にどんな不調が起きているのか、怖くて大した予想もできなかったのだけれど、後頭部と心臓周辺が痛いことから、漠然と何か重い病気なのではないかと考えていた。

あぁ、いやだなぁ。

死に至るほどの酷い病が、一体どれほど遺伝するものなのかあまりよくわかっていないのだけれど、実家の親戚一同は基本的に脳梗塞や脳溢血といった――プチン、と一瞬で逝ってしまうような病に命を奪われている。癌にかかった人間は父方の祖母しかいないし、それもかれこれ十五年ほど前の話で、現在は完治して(と言ってもいいだろう)のびのびと暮らしている。糖尿病の人間にいたっては誰一人としていない。まぁ、気楽でつつましい田舎暮らしの中で、糖が漏れてくるような食生活はなかなかできるものではない。そういった背景も糖尿知らずの"家系"となる所以なのだろう。

ただ、酒だけは飲む。親戚一同、男女問わず誰もが日々の晩酌を怠らないし、正月や盆や何かで集まればひたすら酒、酒、酒。特に高価なものや銘柄に拘るわけでもなく、アルコールが入っていればとにかく飲む。理由はわからない。頬を紅潮させ嗅げたものではない息を吐きながら、賑やかに飲んでいる。しまいには親戚だけではなく、近所の方々もやってきて、皆で頬を赤らめる。その雰囲気は、祭りに参加してはしゃいで皆でハメをハズしているような、なんとなくそれに近い。

とにかく私が知る故郷の人々は、同級生などを除けば誰もが皆酒好きだ。そんな中で育ったものだから、いつの間にか私も晩酌のクセがついている。もちろんアルコール依存症になってしまうほど、えげつない飲み方は滅多にしないが、例えば風呂上りのビール一本など――慢性的一定量以上の飲酒習慣にならぬ程度に、ほどほどに日々たしなんでいるつもりなのだが。

しかし、飲酒習慣が脳梗塞や脳溢血など、脳に何かしらの弊害をもたらす重い病の原因となることは様々なメディアで謳われていることだし、私もそう思う。私の親戚がこういった病で逝ってしまっているのは、ほぼ間違いなく飲酒習慣にあるだろう。ただ、こう言ってしまうのもなんだが、彼らはそれはそれはもう、私などとは比べ物にならないぐらいの酒量を日々体内に取り込んでいたわけで、「そりゃ脳もぶっ壊れちゃうよ」と納得せざるを得ない生活を送っていた。

例えば私の祖父は、毎朝を焼酎の緑茶割で向かえていた。そうして食事を摂り、昼ごろには様々な人たちが訪れるので、その人たちを相手にしながら日本酒を飲んで、夕方には酔いつぶれて一時眠る。数時間後に目覚め、食事を摂りながら家族や、まだ家に残っている仕事絡みの人々とともに焼酎やら日本酒を飲んで、宴もたけなわというところで風呂に入る。その後また何か飲んで、ようやく眠る。祖父の仕事の詳細はここでは省くが、少なくとも私が物心つくころにはこのような生活ぶりだったし、脳梗塞で倒れるまでの十数年間はこうだったので――そりゃ、脳どころか身体も参るだろう。ちなみにウチの父も結構な酒飲みではあるのだが、私の教育上祖父との同居はよろしくないと家を出たそうだ。

別に祖父の飲み方を恥じ入るわけではないが(むしろ尊敬している)、健康面での反面教師にしているので、父も私もさすがにこのような飲み方をしない。むろん、仕事をしたり通学していたりすればこんな生活を送れないので心配するまでもないのだけれど。

そんなわけで、注意を払いつつ晩酌を続けてきたつもりなのだけれど、それでも後頭部や心臓周囲が痛いとなると――ふっと、それらの病が頭をよぎる。いや、医学に関してズブの素人が何を想定したところで信憑性のカケラもないことはわかっているのだけれど、無知なだけにアレコレと不安になってしまうのだ。

「そのうち、頭がプチンときちゃうんじゃないかな」なんて不安に思ったり、それならすぐに病院に行くべきなのに足がすくんでしまったり、「私は一応まだ若いんだし」といったちょっと楽観的な期待でもって不安を一瞬打ち消したり……悶々と考え込みながら、「来週は病院だ」と決心し、湿布で痛みをごまかしていた。

しかし、今日になって、驚くほど身体が軽い。

「……寝違えたんじゃね?」と旦那。「ずっと言おうと思ってたんだけど、お前、寝相悪くてな、信じられない体勢でいつも寝てるんだよ。スジの一本や二本、簡単に痛めると思うぞ」

そうかも。そうかもしれない。よくよく考えてみれば、胸が痛いというのも、心臓そのものが痛いわけではなくて、心臓周囲の、そういわゆる胸筋ってヤツが痛かった。後頭部の痛みも、首の付け根とその周囲のスジが痛かっただけだ。風邪をひいたときのように、頭部全体がズキズキ、あるいはガンガン痛んでいるわけではなかった。

そっか。寝違えたのか。きっと、一度にいろんなスジを痛めちゃったから、何をしても激痛が走ったのだろうなぁ…。

何はともあれ、よかった。ほっ。「ついでにお前、歯軋り酷い」と言った旦那にも存分にキックを食らわせられる。

しかし、そんなに後から不安になるぐらいならお酒ヤメればいいじゃん、と思われる方もおいでだろうけれども――なかなかそう、上手くはいかないものでして。はい。

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2007年3月25日 (日)

鬱な彼女への処方箋

二週間ほど前に女友達がひどく落ち込んでいるという話を書いた。以前勤めていた会社(出版社)の同僚なのだけれど、担当する仕事量が増えたのに比例して、拘束時間つまり日々の残業がかさんでしまい、なかなか休みづらい状況で精神的に参っている。この業界で身を立てたいとどんなに自ら望んだ仕事であっても、気楽に休める時間がなければ息がつまってしまうだろうし、モノ作りに携わるという仕事上、自由に本を読んだり映画を観たりすることができないと、感性がブレてしまってどうしても仕事に行き詰まりを覚えてしまうだろう。頑張りたい仕事だけに、ベストを尽くせない彼女は――もともと神経質な性格も手伝って、ひどく疲れて落ち込んでいるのだ。

あれからも度々電話がかかってきては「もう疲れたよ」だとか、メールで「会社行きたくないよ」なんて愚痴をこぼしていて、状況は相変わらずのようだった。私は彼女が参っている理由も、彼女自身の考え方もある程度は理解しているつもりだから、共感する姿勢でそれらに耳を傾けていた。そりゃ疲れるよね、休みたいよね…といった、相槌を打つような会話をずっと繰り返していた。

既に彼女は頑張っているのだから、「頑張れ」なんて言うのは励ましにもならないと思ったし、いくら自分が以前勤めていた会社であっても、現在の仕事状況をリアルに知っているわけではないので、仕事の流れに関するアドバイスなんておこがましくて口が裂けても言えない。「うだうだ言わずに休んじゃえ」と、他の方には言うこともあるかもしれないが、彼女は生真面目な部分もあるので、そんなセリフはいよいよ追い込んでしまいかねない。「休めたら、とっくに休んでるよ」とより頭を抱えてしまいそうだ。

それに、まぁ、「これが私だったら…」なんて、安易ではあるけれど、他者の悩みを聞くにあたって基本的な見地に立って考えてみたところ、きっと私であれば何も言わずにただ話を聞いて欲しいと願うだろう。どうせ目の前の現実から逃れることはできないのだから、いくら辛くても乗り越えなくてはならないのだ。いや、逃げることは不可能ではないのだけれど、それは決して自分の望むところではないだろう。どんなに参っていても、こなさなくてはならないと自覚しているだけに、辛いのであるから――他人の、「頑張れ」だとか「休んでみたら」なんてセリフは、有難くないわけではないがどこかで白々しく聞こえてしまうに違いない。ワガママかもしれないが、こんなときは、ただ黙って自分を肯定して欲しいと願うだろう。こんなときは、自信がないのだから。

それが私が選んだ彼女に対する姿勢で、特に何も言わず、聞かず、彼女が言ったことに頷くばかりだった。これが完全に正しい姿勢だとは思っていないけれど、例えば彼女に対するアドバイスなどは、彼女よりももっと経験のある方々が言う方がよほど効果的だし、私は友達なのだから彼女をただただ甘やかすような、全肯定の相槌を打つことに決めた。これはこれで、友人としての一つの姿勢としてあってもいいものだと自負している。それに、彼女は両親との仲がイマイチだし、今はオトコもいない。甘やかしてやらないと、なんてオバサンくさい気持ちになってしまうところもある。

そんなわけで度々彼女からの連絡を受けては、しんみりとした会話に相槌を打ち続けてきた。彼女も彼女で、私が旦那の生活時間帯に合わせて、勤めていた頃よりもずっと不規則な生活をしていることを知っているからか、深夜だろうと早朝だろうと、気兼ねなしに連絡をくれた。"くれた"、というのは――私は悩んでいることを我慢されてしまうとむしろ困ってしまうので、参っているときはストレートに連絡をくれた方が聞き手として有難いのだ。もちろん対応できないときは、鳴り続ける携帯を放置してしまうことになるのだけれど、その分せめて、相手が連絡したい際に連絡してもよいのだという、安心感めいたものは失わせたくない。まぁ、完全にはムリなのだけれど。

そう、そして、一昨日――木曜日のことだ。

深夜も彼女から電話があった。深夜、といっても午前四時という早朝とも言うべき時間で、「眠りたいけど眠れない」といった内容だった。彼女は終電で帰宅したのでクタクタに疲れているはずなのだけれど、寝付けないという。まぁ、精神的に不安定だろうとそうでなかろうと、遅くに帰宅したからといって、疲れているからといって、すぐに布団に潜れるわけではないのだけれど――これまでの彼女の状況から察するに、もしかすると朝起きることがプレッシャーになっていて、寝付けないのかもしれない。

「眠れないんだ、しょうがないね」なんて、適当に聞こえるかもしれないが、いやその通り、適当に私も答えてしまう。「ムリに眠ることもなかろうよ」

「でも、明日も仕事だし…今、校了前だし」
校了というのは、雑誌を作っていく上での用語で、聞きなれている方もたくさんいらっしゃるだろうが、大雑把に言ってしまえば全ての原稿が出揃って印刷所に放り込める状態になることだ。つまり、この校了を迎えた際、その雑誌の制作はひと段落――出版社側で行う作業はなくなり、あとは印刷所の仕事となる。

「そっか、今校了前か。そりゃ忙しいね」

「うん、でもね、日曜は休めると思うんだ」

「よかったじゃん」心なしか彼女の声が明るかったので、私の気持ちもちょっと浮いた。

「だけど…すぐ四月になるし、ゴールデンウィーク進行に入るかも。ゴールデンウィークを全部休めるなんて最初から思っていないけど、四月中に五月の仕事をある程度進めておかないと…そんなこと、できるのかな…もうどうしよう…」

日曜祝日は基本的に印刷所も会社も休みだし、外部の方へ発注する仕事やそれに関する打ち合わせもろもろを、その前に済ませなくてはならないわけで、そうなると、さらに前に企画そのものを立てたり様々な準備をしてなくてはならないわけで――大型連休前はとにかく時間に追われがちだ。世間では、四月下旬からゴールデンウィークに入るのだけれど、つまるところ、四月中に四月分の仕事を進めると同時に、五月分の仕事もある程度手をつけなくてはならない。どの業界でも大型連休前は多忙となるだろうが、編集者もその例外ではない。ゴールデンウィーク、お盆、年末年始――パチンコ屋の三大回収期として挙げられるこれらだが、その前後は誰もが皆忙しい。

「あぁ、そんな時期だね…確かに忙しそうだね」

「疲れた。もう最近、何をしてても楽しくないの。いつも時間ばっかり気にしてるし。なんだか、いつも、悲しいの。先のこと考えると、憂鬱になる。暗いことしか考えられない。そんな自分がイヤだ。こんなことしか考えられないなんて、イヤだ」

自分の時間を自ら、楽しいとか有意義であるとか、とにかく魅力あるものとして考えることもできず、そのように過ごすこともできない。仕事をしていようと、帰宅してからであろうと、自分自身の時間であるというのに――自分で何もできないなんて、なんて自分はダメで無力なヤツなんだろうと、そう言いたいのかもしれない。

「わかる気がするよ。きっと私も同じ状況だったら、イヤだって思うだろうね」

「そう、もうなんだか情けなくて…楽しいことって何だろ?」

「何だろう」……いや、決して適当に答えたつもりはないのだが(心の声)。

「笑いたいなぁ…どうしたらいいのかなぁ…ねぇ、どうしたらいい?」

むむむ。どうしたらよいのか問われてしまうと、困ってしまう。これまで彼女の自信が回復することを願って、なるべく彼女を全肯定する姿勢をとってきたので――どうしよう。

一瞬、迷ったが、そのとき私が出した答えは――。







行け!稲中卓球部 (1) Book 行け!稲中卓球部 (1)

著者:古谷 実
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……を薦めた。「笑えるよ」と。電子書籍でも購入できるから、何なら今すぐにでも読めると思うよ、と。

彼女は「えっ、ちょっと待って、何それ」と何度か聞き返し、私は「いや、とにかく面白いから」と何度も答えた。「読めばきっとわかるよ」とも言った。読む時間なんて、新しい書籍を手にとってめくる時間なんて、そんな余裕なんて今ないのよ、と返されてしまうことを内心恐れていたのだけれど――彼女は、「有名な漫画だしね…」と言って、ひとしきり口をつぐんだ。

「何も今すぐに読んで欲しいわけじゃなくて、時間があったら思い出してみて」

「うん、わかったよ」






それから間もなく電話が切れて、三日経とうとしているのだけれど――毎日か、二日に一度はあった彼女からの連絡が途絶えているのは一体どういうわけだろう。やっぱり、そういうわけなんだろうか。いや、校了前だから忙しくて電話をする体力も残されていないのかもしれない。ひょっとしたら、これを読んで思い切り笑って少しは気持ちが晴れたのかもしれないし――どうなのだろう。気になって仕方がない。

ちなみに私も、これまで情けなくて無力な自分を責めたことや、自分ではどうにもならない状況に苦しんだこと、切なくてやりきれなくなったこと――あれこれと人並みに落ち込んた経験はそれなりにあるのだけれど、元の性格が小心者でクヨクヨしがちなものだから、ひとたび落ち込むとそれはそれはなかなか浮上してこない。何をしていても、その悲しみや情けなさの原因が胸の奥をツツいていて、辛くて、いつも困惑してしまう。そんなとき、私はいつの間にか本棚にある「行け!稲中卓球部」を手に取っているのだ。

ウハハハ、なんて笑って、いかに自分が笑うことを忘れていたか自覚すると同時に、「まぁなんとかなるさ」といった前向きな力も戻ってくる。祖父が亡くなった際、遠くに住む従兄弟が持ってきたのがきっかけだったのだけれど(なんだそりゃ、とツッコまないで下され)、以来何かで落ち込む度にこの本をめくるようになった。一度、笑いを取り戻すことはとても重要だと私は思う。ムリに笑顔を作るんじゃなくて、ムリにでも笑える状況を作るのだ。そうすることによって、少しは回復できるんじゃないかと――そう思ったから、彼女に薦めたのだけれど、ダメだったんだろうか。

とても不安だ。今度は私が稲中を読む番になってしまうかもしれない。

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2007年3月22日 (木)

スロットが消えた。

最後にスロットを打ってから、今日で一体どれぐらい経つのだろう。かれこれ一ヶ月以上はパチンコ屋に足を運んでいない気がする。データカウンタをチェックしては好みの回転数で空いた台がないかウロウロしていたこと、番長だの秘宝伝だの鬼浜だのを打って一喜一憂していたこと、隣りの台がやたら噴いている中バケ単な自分が情けなくなったこと、色々なことを思い出せるけれど、もうリアルな気持ちでそれらを言葉にできない。吉宗やGOGOジャグラーVをいかに大好きだったか、どんな魅力があるのか、それはもちろん語れるつもりではあるけれど、現役のスロット好きとしての見地に立てない。

いよいよ本当に、生活からスロットが消えてしまったようだ。通っていた店から会員向けのメールは日々届いていて、以前は打たなくてもどんなイベントが開催されているかチェックしていたのに、今となっては開封すらしない。P-WORLDを覗くこともない。旦那から新台情報を聞いて、気になる機種が全くないわけではないけれど、例えばブログに書いてみるほどの興味や好奇心は以前ほど旺盛なわけでもない。4号機のジャグラーが未だ設置されていることが唯一ココロに引っかかっているのだけれど、大好きなGOGOジャグラーVが現存しているわけではないし、いくらジャグラーが好きだとは言っても今も尚、以前のような気持ちをもって対峙できるとは思えない。悲しいことに、ジャグラーが大好きだったという記憶は今でも鮮明であるものの、既に私は心変わりしてしまっているのだ。

悲しい。人の気持ちというのは、本当に移っていくものなのだ。

「オレやオマエみたいなのが打たないぐらいだから、スロット人口はかなり減るんじゃないの?」

なんてことを旦那は言う。確かに私たちは、理由を上手く説明できないにせよとにかくスロットが大好きで、よく連れ立って打っていた。休みのたびに打っていたわけではないけれど、月に何度かは必ず一緒に打っていたし、私などは一人でも週に一度はパチンコ屋へ足を運んでいた。勝ち負けに一喜一憂して、互いの立ち回りを不毛にも語り合い、好きな機種の思い出や、これからどんな機種が出て欲しいか、そんな話題に花を咲かせることはしばしばだった。

特に旦那は"アステカ大学"出身を自称するほど――いや、コンドル大学だのビーマックス大学だの色々あるようだけれど――私よりもスロット歴そのものは長いし、深く熱中していた。学生時代には徹夜でイベントに並んだり、学校をサボって打ちに行くことも稀ではなかったようだし、AT機全盛期にはスロットのために借金を作ったこともあるほど、のめり込んでいた。それに結婚してからだって、仕事の事情で打てない日々が数週間も続くと「ちきしょ、打ちてー」などとイライラが募るという禁断症状が出るくらいだった。いわゆるギャンブル依存症、スロット中毒というヤツで、曲がりなりにもパチンコ屋を経営する身であるというのに恥ずかしい話かもしれないが、とにかく旦那はそれほどスロットが大好きだった。

ところがその旦那ですら、今やパタリと打たなくなってしまったのである。私も旦那も、休日には家でゴロゴロしたりハンゲームをしたり、愛鳥と遊んだり、酒を飲んだり、買い物したり外食したり、スロットとは全く無縁の時間を過ごしている。もちろん、旦那は「ちきしょ、打ちてー」などと苛立つことはない。

「なんでだろうねぇ」……なんて互いに首を傾げてしまう。私も旦那も、自分たちがどれほどスロットに気持ちを駆り立ててきたか、そしてスロットに限らずギャンブルに一度手を染めた人間が、それを払拭しきることはどれだけ難しいか――自覚していただけに、不思議でならないのだ。例えばハイエナっぽい立ち回りが利かなくなったとか、リスクとリターンが余りに合わなくなってきたとか、私たちにとって様々な不都合が色々出てきたにせよ、そう簡単に熱が冷めてしまうとは全く思っていなかった。あれこれと不満を漏らしながらも、そのうちまた自分なりに立ち回るようになって、スロットを打ち続けていくだろうと予想していたというのに。

「多分、あと何ヵ月後かには相当な数の客が離れるだろうね」――まるで他人事のように旦那は言うのだけれど、内心はかなり不安を抱えているのだと思う。都内ではいくつかのスロット専門店が閉店するようだし、そんな話を耳にすると胸中穏やかではいられないだろう。幸い、旦那の店はパチンコも営業しているし、スロットにしても今のところは変わらぬ客足のようだから、閉店どころかシマ封鎖もリアルな話題ではないのだけれど、果たして半年後、一年後はどうなっているのだろう。どんな現実と向き合っているのだろう。私は全く商売のノウハウなんて分かっていないし、何もできないので口をつぐんでしまう。それに、それでも尚、どこの駅前にもパチンコ屋が乱立している現状への疑問はどうしても拭えない。旦那も時折似たような疑問を抱くようなので、なんだか二人とも複雑な気持ちになる。

まぁ、しょうがないな。とりあえず、来週は大都技研「シェイク」の展示会があるのでそこでテンションをあげよう。旦那は「絶対クソ台」と断言していたけれど。

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2007年3月16日 (金)

ロト6日和

ロト6の発表を見たら、なんということだろう。

数字が全て六つとも一致しているのだ。

驚いた。一体どういうわけだ。なんで同じなんだ。コレ先週の発表じゃないだろうな。何度も何度も、目をギョロつかせて、当選番号案内ホームページ画面と、自分のくじを見比べる。ちょっと手が震える。

合っている、抽選日も当たり数字も、自分のくじと全て同じだ。

なんだか信じられず、もう一度、当選番号案内ホームページを読み込んでみる。そしてもう一度、見比べてみる。

同じだ。

ひょっとして、これってもしかして一等に当選したということだろうか――いや、待て。

もしかすると、何かワナがあるのかもしれない。ワナってナンなのか自分でもよくわからないけれど、例えば、この数字六つだけじゃなくて、もっと別に発表されている沢山の数字と合ってなきゃならないとか、くじを買った日だとか、数字にマークした順番だとか、色々な条件をくぐって乗り越えないと、一等ってヤツは手に入らないんじゃないか――そう思い直し、再び「みずほ銀行宝くじコーナー」トップページへ戻る。

困った。特にロト6のルールが明記されておらず、一体何が当たりとされるのかわからない。やっぱり何かあるんだ――Googleの検索ボックスに「ロト6」と打ち込み、検索してみる。実に様々なページがヒットするが、チキショ、一体何を持って当たりとするのか、どこにも簡潔に説明されていない。困った。どうしよう。ロト6なんて普段買わないくせに、思いつきで手を出すからこんなに混乱してしまうんだ。買わなきゃよかった。

「ナニ、どうしたの?」

パソコンの前であたふた動揺している私に、旦那が声をかけた。

「あ、あのね、これ、数字、全部、一緒」

「は?」

「これ、全部、一緒」

フィリピンパブのオネーサン真っ青の日本語で旦那に言うと、彼はマウスを握り再び当選番号案内ページを読み込んで、私のくじと画面を見比べてしばらく黙って――やがてクチを開いた。

「これ、当たってる」

「当たってる?」

「そう、一等、当たってる」

「当たり? オカネ?」

「そう、オカネ、モラエル」

「…………」

「…………」



ええええええええええええええええええええええええっ…











目が覚めた。夢だった。

でもこれが、何かのお告げってこともあるかもしれないし、いわゆる吉夢ってやつかもしれないので、念のためにロト6買ったのだけれど、カスリもしなかった。

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2007年3月13日 (火)

鬱な彼女

友人が深刻な状況に立たされている。彼女の身の回りで実際、どれほどのことが起きているのか、今現在、傍にいるわけでもないし当然目の当たりにしていないので、私はよくわかっていない。それでも本人は、「もう、会社に行きたくない」と、受話器の向こうで悲しげな声を漏らす。溜息をつくことはない。小さくていつもよりちょっと低い声で、淡々とただキツいのだと話す。時折、鼻をすする音がして、あぁ涙を流しているのだなということがわかる。

昔、同じ会社で働いていた編集業の同僚で、同い年の――二十代後半の女性だ。私が退職してからはしばしば連絡を取り合って、今では親密な友人関係にある。同じ部署で、同じ仕事を一緒に担当して、互いに相談したり首を傾げたり、愚痴を言ったりしながら働いていた。モノづくりに携わる仕事を担当していた背景もあってか、よく好みの創作物の話をしたのだけれど、わりとその辺の相性もよく、次第にプライベートな話題も交わすようになった。だから例えば、彼女が地方出身で現在一人暮らしを続けていることはもちろん、実家のご両親とはあまり上手くいっていないこととその理由、オトコと付き合うと大体数ヶ月でフラれること、あるいは二番目になりがちなこと……彼女にある大体の背景を、私は知っているつもりだ。

だから、という接続詞が続くことが正しいのかわからないが、私は彼女が根本的に楽観的な思考をすること、それでいてどんな話題でも――例えば仕事の愚痴であろうと――なんだか楽しげに話をすること、また、すぐに「だりぃ」と背中を掻いてデスクを離れる私とは違って責任感の強いことなど、大体の彼女の性質もわかっているつもりだ。一緒に仕事をしていた頃だって、周囲に迷惑をかけるほどのミスをした私が、「もうダメだ私バカだ」なんつって隣りでどんよりしていると、「まぁ今始まったことじゃないじゃん」と慰めなんだかよくわからないが、とりあえず肩を叩いてくれた。彼女自身がミスをすることも稀にあったが、落ち込みがちですぐにマイナス思考に走る小心者な私とは対照的に、彼女は感情的になることなく、現状を受け入れた上で前向きな姿勢を崩さないタイプだった。それでいて、仕事が好きだった。彼女がどこまでこの会社を気に入っているのかは微妙だったけれども、仕事に関わるあらゆる物事に勤勉だったし、センスもあった。

そんな彼女を見て、「あぁこういう方が働き続けることに向いているのかもしれないな」なんてことを思った。そりゃオトコ関係では二番目になりがちで、私はよく「アンタもっと自分を大事にしなさいよ」なんてたしなめていたけれど、これからこの仕事を続けていけば、少なくともこの部署では一番になれるんじゃないかな、とまで思っていた。

またこの仕事を絶対に一生続けてやるといった覚悟もあった。働く女性がとりわけ悩みがちなのは、結婚した際の身の処し方だ。学生の頃は「結婚したって仕事は続けたい」と意気込んでいても(実は私もこのようなタイプだった)、いざ社会人となり年を経てみると、さらにリアルに結婚を捉えるようになる――いや、結婚という言葉は語弊があるかもしれない。正確に言うと、出産や子育てを含んでいる。友人の結婚式に出席したり、出産を経験した友人の話を聞いたり、少しずつ老いを隠せなくなってきている両親を見ているうちに、いつの間にか結婚や出産を、切実に考えるようになってくる。その時、一体自分はどんな行動をとるのだろう? 子育てって、働きながらもできるという話を聞くし現にそんな方もいるけれど、果たして自分にできるだろうか? どれだけ思い切れるだろう?

私も働きながらぼんやりと、時には悶々とそういったことを考えていて、ふと「生きてて自分が一番やりたいことってナンだろうなぁ」なんてちょっと青いことを思ったとき、自分自身の家庭が欲しいという強い願いに気づいた。自分の帰る家庭を、これからずっと生きていくと決めた東京で作りたいこと、できることなら子供を産んでステキな母になれるといいな、なんてことを願っていること。もちろん仕事も好きだったし、この仕事で身を立てることができたらいいなぁなんて希望もあったけれど、何が一番必要で欲しくって、それでいて"真ん中"にある望みなのかといったら――家庭だった。専業主婦になるといった具体的なことまで考えていたわけじゃなく、仕事を続け働いていくにせよ、自分自身の家庭がなければこの先きっと私は折れるだろうとも思った。そして何らかの事情で家庭に入らねばならないとき、仮に順調で充実した仕事を放り出してでも、自分はきっと迷わずその家庭に入るだろうなんてことも思った。それほど、"真ん中"の部分で欲していて、手に入れることができたら大切にしたいものだった。

ちなみにこのときは別の男性と付き合っていたのだけれど、だからといって一緒に家庭を作りたいと思わなかったし、当然結婚したくなかった。自分が望んでいるものに気づいた私は、家庭を作りたいという夢に向うべくさっさと別れ、その後旦那と出会って今に至るわけで――余談ではあるが。

彼女にそんなことを話すと、「私の"真ん中"にあるのは、やっぱり仕事だなぁ」と言っていて、私が「でも何か守りたいとか、生み出したいとか、よくわからん欲求ってない?」と聞いたら、「そりゃ子供を産むことだとかに無関心なわけじゃないし、オンナだからねぇ。特に何かを生みたいってな気持ちになることあるけど」――と、彼女は続けるのだ。「でも、この仕事も一応クリエイティブ業ってわけで、何かを生み出す仕事でしょ? 何かを消費し続けるわけじゃないもの。いいモノ作って行きたいな。んで、作ったモノを守っていきたいねぇ」

カッコいいなぁオマエ。なんでオマエみたいなオンナが、二番目の女になりがちなんだろ。

同じ年齢で同じ会社で、似たような嗜好をしている女性がこれだけカッコいいと、ほとほと私って何なんだろうと恥じ入ってしまう。

そんな彼女が、仕事に対して疑問や辛さを漏らし始めたのは、ちょうど去年の今頃だ。最初は、たわいもない愚痴だった。ある程度の仕事の流れを私も覚えていたので、「そりゃメンドくせぇなぁ」なんつって相槌をうっていた。それが次第に、本当に少しずつ、「仕事キツイな」から「すごくダルい」に変わっていって、今では「会社に行くのも憂鬱」になっている。

例えばひどく大きなミスをしたとか、彼女の自尊心が傷つく形で企画倒れがあったとか、あるいは近頃流行である会社でのイジメにあっているとか、特に一大事があったわけでもないようだ。彼女もそういったことはないと言っているし、彼女の他に、私は仲の良い先輩とも連絡をとっているけれど、そんな話は聞かない。

ただひどく、「忙しい」――と言う。そういえば、一年前も「残業が増えてきた」と言っていたし、確かに彼女から聞く湿っぽい話は、オトコの話題でも会社の誰かに関するものでもなくて、「帰る時間がもう遅くて遅くて…」とか「代休とれないよ…」といったものだった。何かあったのではなく、何もないのだ。もっと言えば、彼女自身の時間がないのだ。むろん、一ヶ月も働き通しなわけではなく、最低でも週に一日は休みをとっているようなのだけれど、それにしたって自由にできない時間が余りにも多いようだ。朝十時に出社、月の半分以上は夜十時以降に退社となれば、誰だってきっと愚痴をこぼしたくなるだろう。仕事に意気込んでいた彼女もすっかり、「何で仕事しているんだろう」「私、ホントにこの仕事向いてるのかな」、そして「もう全部がイヤだよ」「何もしたくない、できないよ、ムリだよ」と弱音を吐いていて――かつての前向きな彼女を知っているだけに、胸が痛む。

特にクリエイティブ業っていうのはアウトプットのバランスが重要な職業なので、アウト作業――モノ作りをして生産するばかりになってしまうと、自身の感性を磨くための知識や情報を取り入れるプット作業がしづらくなり、最終的に行き詰まりを覚えてしまうことも稀ではない。例えば映画を観たり、本を読んだり、街を歩いてどんなデザインの販促物が流行しているか考えてみたり――何気ない娯楽や散策が、この仕事には意外と大きく影響するのだ。いい仕事をしたいと勤勉な彼女であるだけに、プット作業であると自覚しているいないに関わらず、そんな時間を大切にしていただろう。このような時間を作り難い状況にあった彼女が、現在の仕事や自身の能力に悲観的になってもおかしくない。

それにやはり、一人の時間とでも言うのだろうか、個を磨く時間というのはどんな人間にも必要だ。読書や園芸などの趣味にせよ、家庭でのゆとりあるやりとりにせよ、あるいはパチンコであろうとパチスロであろうと、飲酒や睡眠であろうと――自らをリフレッシュさせる時間というのは、働くモチベーションのうちの重要な一つなんじゃないだろうか。

好きなことを仕事にする、なんてコトバがあるけれど、好きなものを仕事にした途端、それは好きなことではなく仕事、あるいは興味のあることになる。「仕事が好きだ」と胸を張れる方もおいでだろうし、「仕事をしている自分が好きだ」というケースがあっても、逆に「好きなことは仕事です」と言える方はどれだけおいでだろう。仕事をするようになって、好きなこと好きな時間は何かと問われると、仕事以外の何かを挙げる方は決して少なくないだろう。仕事にどれだけ熱心で、この仕事で身を立てたいと切磋琢磨していても、好きというコトバはもっと違うところで使用するような――そんな気がするのは、まぁ私がオンナで、主婦で、今現在働いていないからかもしれないが――どうだろうか。好きな何かは常に会社の外にあって、それを味わったり守ったりするために働く方が多いんじゃないかと私は思うし、逆に好きな何かが仕事を支えたりするケースもあるんじゃないだろうか。

彼女は好きな時間を過ごしづらい状況が続いた余り、一体どうして自分が働いているのか朦朧としてしまっているのかもしれない。加えて、センスを磨き引き出しの数を増やすための時間もないのだから、何かしらの閉塞感を仕事で覚えているだろうし、この先自分に何ができるのだろうと自信も喪失してしまっているのだろう。一生続けたいと気合が入っていただけに、彼女にとって今の彼女自身はひどく厳しい現実で、前向きにもなれずどうしたらいいのか分からない自分が、嫌いでたまらないのかもしれない。自分を嫌いになってしまうなんて何てキツいことだろう――それでも、何があっても、生きて生活していく以上目の前の壁というのは、きっと誰もが乗り越えなきゃならないのだろうし、彼女なら乗り越えられると思うのだけれど、今の彼女に「頑張って」とは言えない。彼女は頑張りたいのに、頑張れない自分が腹立たしくて、ひどく憂鬱になっているんじゃないかと思うからだ。

悲しい。私も一体、どうしたら、何と言ったらいいのか、言葉に詰まる。ただ頷いたり、時々、休みなよと声をかけてみたりするだけだ。本当は、サボれとか辞めちゃえとか、有休使って海外に飛べとか、じゃぁちょっとスロットでも覚えてみるかとか、弾けたことを言ってみたいのだけれど――以前は何か相談を持ち込まれたら、こんな風に答えていただけに、より一層切なくなる。

……悩みを打ち明けているっていうのに、「じゃぁちょっとスロットでも覚えてみるか」と答えるってどうなの、というツッコミはどうか飲み込んで消化して忘れて欲しい。

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2007年3月11日 (日)

バブルってそんなによかった?

えらく直裁的な物言いになるけれど、どうしてこうもバブルを経験した方々っていうのはとかくセレブに憧れがちなのだろう。バブルという、なんだかとっても好景気で明るくってカネ回りがよかった時期がまさに青春時代で、特に都心で過ごした方々というのは、未だにあの頃への憧れが払拭できないでいる印象がある。「当時なんてタクシーの運転手にお釣りあげなかったわ」という話題から始まり、六本木のナンとかというところでどれだけ踊ったとか、アッシー君にしていた男性がBMWだったとか、週に幾度かは高級寿司を食べていたとか、あるいは就職なんて困らなかったとか……当時を懐古する話題から始まり、人によっては当時さながらの生活を保ち営んでいることを誇りに思い、人によってはそれを羨み、最終的には身の回りのモノ全てを高級品で取り揃え、そして高級な食事を続けても火の車にならぬ家計に誰もが憧れているような、そんな印象がある。

またモノの見方や、いわゆるアイデンティティの置き所も実に率直でわかりやすくて、それでいて少し下世話だ。どんな服を着て何を身に着けているか、どこで食事をとったか、旦那や自分の年収はいくらか……などなど、内面的な性質よりも、外面の装飾部分に重きを置いている感がある。

もちろん誰だって、どんな生活をしても火の車にならぬ家計は憧れるところだし、年収だってあればあるだけよいのであって、つまるところカネがあるにこしたことはないわけで、こういった願望は須らくどの年代も心に抱くところだろうが――なんとなく、バブル時代に青春を謳歌した方々とは、意味合いが異なるような気がする。大概の方が、「カネのある生活っていいよね、まぁムリなんだけど」といった風に、現実と未来に必要以上の期待を抱くことなくほんのりと憧れるのに対し、彼らは本気で、痛切にそんな生活を欲し、あるいはそんな生活を保つことに切実な意義を覚えているようだ。

別に誰も彼もがこうではないだろうが、私がこれまで出会った「青春期がバブルであった方々」っていうのは、そんな印象を抱かせる話題展開が総じて多い。

そりゃ、羨ましくないわけじゃない――だって私は一度だって、バブルとやらを味わったことがないのだから。父は公務員だったので、不景気の煽りをこれといって受けることもなければ、好景気の恩恵に授かることもなく、当然バブルの頃だって特に家計が潤ったこともなかった。それに私が上京し、大学に入学する頃にはとうの昔にバブルなんてものはハジけてしまっていたし、むしろ不景気だとか言われて、就職難が危ぶまれていた。熱心に就職活動をしようが、たとえ知名度の高い大学を無事卒業しようが、好きな会社・仕事に就ける保障なんてどこにもなかったし、職業に対する安心感なんてまるでなかった。学生生活だって、そりゃもちろん誰もが四畳半に住まうほど貧しかったわけじゃないけれど、高級店に足繁く通えるほど生活費に余裕があるわけでもなかった。

だから「あの頃はね…」なんて文句から始まる様々な事柄を耳にすると、単純に「いいなぁ」と思う。だってやっぱり、若いうちにカネのかかることをアレコレ経験できるって、ステキなことだ。ギャンブルでもそうだろうけれど、カネっていうのはまさに切り札であり可能性であり、チャンスであるから、自らの視野を広げたり経験値を上げる有益なツールなわけで、絶対にあるにこしたことはない。美味しいワインや料理で自らの舌を肥やしたり、高級店でのテーブルマナーを取得したり、留学して語学を学んだり外国の空気に触れてみたり――枚挙に暇がないけれども、カネと自らのチャンスは常に比例の関係にあると思う。この「自らのチャンス」っていうのが本当に十人十色で、実に多様なケースがあるだろうけれど、傍目でどんな下らない内容に見えようとトライできることがステキだし、個人にとって大切な経験になるだろう。

そんなわけで、私もカネがあってユトリのある生活ってのはいいもんだな、と思うし、実現しきれるものならばしてみたいし、実現した方々っていうのは確かに誇りにしてもいいだろう。そんな生活を我が物にするのは、どれだけしんどいか私だって少しはわかるつもりだし、だからこそ私のような人間にはムリだとわかっているので、一角の財を築き上げた方々は自慢したっていい。たとえどんな年代の方であろうと結果を出した方々であれば、年収がウン千万であるとか、何を食べて何に乗ったかとか、ちょいと聞き疲れしてしまうかもしれないけれど――語りたいのであれば語ってもいい。特に嫌味とは感じないし、成功した方のみに許される行為だろう。もちろん、自慢の仕方によっては品性を損なってしまうかもしれないが、仕事で成功した方というのは基本的に相手が不快になるような物言いをしないものだと私は思っているし、これまで出会った方もそうだった。

つい、私が眉をひそめて疲れてしまうのは――主に、そんなサクセスストーリーを羨む人々だ。"あの頃"であれば、自分も似たような生活を送っていたのにと、当時の武勇伝に花を咲かせ、あるいは最近ちょっとあった美味しい経験を自慢気に語り――ひどく、みっともない。中には「今でも自分は当時の生活水準を保っている」とでも言いたげに、ドコでご飯を食べてナニを買ったとか、ドコに住んでいるとか、懸命に熱心に現在の立場がどれだけ恵まれているか周囲に伝える者もいるが、どんな仕事で成功したのかは決して触れないし、もちろん真に成功した方とは異なる物言いで語るので、おそらくやましい何かがあるのだろう。それでもなお、語る。そして誰がどんな職業の人間と結婚したであるとか、何を着ていたか身に着けていたかとか、やっぱりどこに住んで何に乗っているのかとか――ウワサ話が尽きることはない。

本人たちもそれらを余興話と思ってはいないようで、真剣に楽しく、生き生きとそういった話題で盛り上がる。なんだか、自らがどのようなポジションにあるのか、懸命に探っているようである。そのポジションを測るにあたっての価値観が、どこか拝金的で、不思議で奇妙で、溜息が出る。疲れる。

何度も言うようだが、もちろんカネがあるにこしたことはないし、それでいて稼いだ収入というのはまさに自らの仕事の結果であるから、多ければ多いほど誇りにしてもよいと思う。しかしだからといって、忘れちゃならない姿勢があるはずだし、そもそも上記のような方々というのは自らのポジションを把握したり慰めたりするのに熱心なあまり、さほどカネの価値も理解していないようにも見える。

それって、どうなんだ――たまたま先週、昔の会社がらみの大きな飲み会に参加した際、強く感じた。社会人の頃、バブルが青春だった年代の方々の話題を聞くにつけ、疲労を覚えていた記憶が蘇ってしまったのだ。むろんバブル期に青春を謳歌した方々全てがこうだとは思ってもいないし、私と同じ年代やそれ以下の年代にだって、わりと拝金的なタイプっていうのは少なくないだろう。しかしそれにしたって、あの頃が青春だった方々には本当に多いのだ。参ってしまう。

それに、近頃セレブなんて単語が流行していて、女性誌にも「セレブ風にキメる」だとか、通販のホームページをあさっても「セレブっぽい仕上がり」であるとか、適当につけておいたテレビからも「セレブ」なんて単語がさくさく流れていて、気持ち悪い。セレブっていうのは決してお金持ちのことをさす訳じゃないし、高価なものに身を纏える生活を送る人々のことじゃない。

飲み会には不動産業で身を立てた四十代後半の男性がいて、「オレは金持ちだけどセレブじゃない。セレブってのはもっと違うもんなんだ。最近ホンット、おかしいよな」と仰っていて、思わず意気投合して深酒してしまった。聞けば不動産業ひと筋でバブルも不景気も乗り越えてきたらしく、見るからにアタマのキレそうな、瞳にしっかりと光りの宿った方で、その辺のチョイ悪オヤジなんかよりもカッコよかった。そう、自らの仕事に自信のある方っていうのはカッコいいものなんだ。決していい服に身を包んでいるからとか、高価な時計をしているとか、あるいは遊びなれているとか、カッコよさってのはそんなものではかれない。

一人のオンナとして、やっぱり旦那にもそんな風に年をとって欲しいけれど――まず、若ハゲなおそうな。リアップつけて、ワカメを毎日食べるところから始めよう。

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2007年3月 3日 (土)

暴露バトン~実は…なのだ!~

もうかれこれ、一週間以上も前のことになるのだけれど、相互リンク頂いているでざーもさんのブログ、「パチスロ吉宗でなんとかしよう」から"暴露バトン"なるものを頂戴していた。ええと、言い訳をさせて頂くと…別に忙しいわけでもなんでもなく、バトンの内容を考えてみると実に私ってばこれといってネタのない生活を送っていて、一体何を書いたらいいのかとモヤモヤしているうちに、やたらと肩に力が入ってしまって、……はい、申し訳ございません。遅ればせながら、って本当に遅くなってしまったのだけれど、只今より使命を全うさせて頂きまする……というわけで、大した内容ではないけれどもお付き合い下さいませ、皆様。

①実は…がいる

実は、よくスロットを打ちに通っているお店に、元カレってヤツがいる。私や旦那がその店に通うようになって早三年が経つのだけれど、ここ一年ぐらいでよく出没するようになって、いやー、大変申し訳ないのだけれど、なんだか鬱陶しかった。

というのは、別に打っているだけなら問題ないし、私たち夫婦が通っているんだからアンタは来ちゃダメ、なんてさすがにそこまで横柄なことは思わないのだけれど、やたらと親しげに話しかけられていたので、かったるかったのだ。

彼と付き合っていたのは、私が大学生の頃から社会人なりたての春までで、同い年の彼は同じ大学を卒業後、公認会計士の資格を取るとかなんつって専門学校に通っていた。なんのかんのと言って二年半以上も一緒にいた。そりゃもちろん好きだから彼氏彼女の関係になったわけだけれど、やっぱり一緒に時間を過ごしてみなきゃわからないことも沢山ある。付き合い始めから、ひょっとしたらソリが合わないかもな、なんてことを私は感じていた。それでも二年半彼氏彼女の関係であったのは、情も移ってしまったし、二人で会う機会をあまり作らなかったのでさしてストレスを感じなかったからだ。

あの頃、私は友達との麻雀やお酒、あるいは一人旅、大学を卒業するにあたってのもろもろの準備の方が大切で、カレとの時間なんてものは特に重要視していなかった。もちろん別れることも何度も考えたけれど、そこまで会っているわけでもないし、一緒にいて全く楽しくないわけでもないし、そもそも別れ話をするのってひどく疲れる。そんなわけで、ダラダラと二年半も一緒にいた。

ようやく別れるきっかけができたのは、今も問題となっているあのイラク戦争だ。ちょうどイラク戦争が開戦されるにあたって、日本がどういった立場をとるのか、有事立法とは何ぞや、といった報道が度々されていた。そんなニュースをテレビで一緒に観ていた際、おもむろに彼は言ったのだ。

「ねぇねぇ、オレが戦争に行くことになっちゃったらどうする?」

多分「ヤダよそんなの」なんつって、私に地団駄踏んで欲しかったんだろうけれど、もうこの一言がなんだか本当にカンに触って、私は無言だった。その後、カレはゲームでもやろうと、一緒に桃太郎電鉄をやり始めたのだけれど、私の列車にキングボンビーが擦りつけられたのをきっかけについキレてしまった。

「悪いけど、もう会わない」

本当にそれ以来会っていなかったのだけれど、まさか私の結婚後にパチンコ屋で再会しようとは――しかも「元気?」とか「最近どう?」とか、やたら親しげ。別に自分の立ち回りを語らなくていいから、さっさと目の前から消えてくれないかなぁ、と思うのだけれど、さすがにそんなことを言うのは大人気ないので、かれこれ十ヶ月ほど無視していた。私は別れた男と友情を育むような性質を持っていないのだ。

まぁ、無視の効果があってか、たまたま会ってもペコっとアタマを下げられるぐらいにはなったけれど、正直そんなものもいらない。旦那は苦笑して、「まぁそれぐらいいいじゃん」なんて言っているけれど、こちらとしては挨拶される理由と意味が未だにわからない。既にアカの他人なんじゃないだろうか。

ちなみにその元カレが公認会計士試験に受かったのかどうか、私は知らないし、また近頃全くスロットを打っていないのは、別にこういった事情とは無関係だ。

②実は…やらかした

やらかした失敗なんて数え切れないほどあって、一体何を取り上げたらいいのか見当もつかないのだけれど、近頃の失態を一つ挙げてみよう。

旦那の仕事に絡んだ、様々な方が時折、ウチに訪れる。例えば業者の方であるとか、仲の良い他店のオーナーさんであるとか、仕事の話し合いなり世間話なりで皆様いらっしゃるわけだけれど、中には税理士さんもいる。特に年度末が近づいてきた昨今、確定申告の話し合いで、いつもお世話になっている税理士さんがウチにいらした。

数々の書類を見ながら旦那とお話しする税理士さん。私は全くワケがわからないので、同席しながらもとりあえずウンウンと頷くばかり。

そんなこんなで話がついたのか、税理士さんがお帰りになることになった。旦那とともに玄関までお見送りをする。税理士さんが靴を履き、さて最後のご挨拶をしようとしたそのとき。

「どうも、いちいちありがとうございます」

!!

あわわわ、すみません、「いつもありがとうございます」と言いたかったのだけれど、あわわわわ…(めちゃくちゃ動揺)。

謝ると税理士さん、大変お優しい笑顔で「面白かったです」と仰って下さいました。以後気をつけます…。

③実は…知ってる

実は知っていること、と言っても大した内容でもないのだけれど、ウチの旦那は靴下を脱いだ際、必ずその靴下の匂いを嗅いでいる。本人は気づいていないらしいし、脱いだ靴下の匂いを嗅ぐことによって、自分の一日の何かを確認しているのであれば仕方のないことなのかもしれないと、私は口を挟まないでいるのだが――正直、ヤメて欲しい。汚いとか不潔とかそういった不快感を通り越して、なんだか物悲しくなる。

④実は…でした

…でした、も何も現在進行形のことではあるのだけれど、さすがに過去よりはマシになったということで挙げてみると――実は料理が苦手、ぶっちゃけるとものすごくヘタだった。

一人暮らし歴はわりと長いので、ほぼ毎日家でご飯を炊いて味噌汁を作って……ということはよくやっていたのだけれど、マトモな料理を滅多に作ることはなかった。そりゃもちろん、肉じゃがなどの煮物、しょうが焼きなどの焼き物などはまぁ、まぁまぁ普通に作れるのだけれど、ハンバーグであるとか、天ぷらだとか、やたらと手の込んだものは本当に苦手だ。ハンバーグにいたっては、トライしてみたことすらない。

煮物なんて、基本的に醤油だとか味噌だとか、みりんだとか砂糖だとか、あるいはダシがあれば何とかなってしまうものだけれど、何ぶんハンバーグは…そう、洋風の料理は本当に苦手で、これらが食べたくなったら外食すりゃいいや、ともう匙を投げてしまっている。

ちなみになぜ天ぷらができないのかって、油が怖いから、ただそれだけで――ダメだこりゃ。そんなわけで、ウチの食卓はほぼ煮物が占めている。

⑤実は…が好き

前もチラリと書いたことがあるので、実はも何もなくなっちゃうかもしれないけれど、私と旦那は大のハンゲーム好き。特にハマっているのは麻雀で、私と旦那、別々のパソコンからログインして同卓して打ったり、別卓でもくもくと打ち続けたり……せっかくの休日に一緒にいるっていうのに、そんな過ごし方をするのもしばしばなのだ。ソレってどうなの、引き篭もりなんじゃないの、というお言葉はどうか飲み込んで欲しい…。

⑥実は…が苦手

実は苦手なモノ――例えば確率だとか可能性だとかといった、数学的な思考がものすごく苦手だということは皆さんご存知だろうけれど、きっとコレは知るまい。コレが私はどうしても苦手でどうしようもないのだけれど、これまで言及する機会もなかったのでぜひここに書いておきたい。

生野菜がものすごく、苦手だ。

キャベツや大根など、定食に盛り付けられているような御馴染みの千切り野菜は問題ないのだけれど、それ以外は基本的にどういうわけか、食べられない。中でもトマトとセロリとキュウリが大の苦手で、どうしてもあの匂いと食感と味に耐えられないのだ。

かといって野菜嫌いというわけでもなく、煮込みモノなど火の通った野菜はむしろ大好きで、ふろふき大根だとか肉じゃが、かぼちゃの煮つけだとかはウチの定番メニューである。ほうれん草だってニンジンだって、里芋だって味噌汁の具としてよく活躍する。トマトにしたって、火が通っていれば食べられるし、トマトジュースを始めもろもろの野菜ジュースは抵抗なく飲める。

ただ、どうしても生野菜は苦手で――そんなわけで、サラダは滅多に食べることがないし、居酒屋で注文するサラダも決まって「大根サラダ」なのだ。

⑦実は…したことがある

自慢になるかどうか微妙な話題なのだけれど、せっかくなので書いておきたいことは――実は、JR線を完乗したことがある。大学時代、私は一人旅が大好きで、青春18きっぷや、おもに連休中に発行されるトクトクきっぷなどを利用して、北は北海道、南は九州までJR線というJR線を、ひたすら乗っていた。もちろん時折、第三セクター線であるとか私鉄なども利用したし、JR線以外の電車も乗らねば鉄道オタクは名乗れないなんていう方もいらしたのだけれど――ま、まぁ私は鉄道オタクではないと自負していた(したかった)し、いいかと思って、とりあえずJR線完乗に目標を定めていた。

まぁ、乗ったからナンだ、と言われてしまえばそれまでなのだけれど、とても懐かしくて大切な思い出。

⑧実は…が欲しい

欲しいもの、非常にたくさんあって書ききれないのだけれど、敢えて挙げるなら故・漫画家、永島慎二さんのコミックス「フーテン」が欲しい。こちら既に絶版で、オンラインコミックスでしか読めないのだけれど、なんだか泣ける作品で、自分の本棚に何としてでも置いておきたい。

いや実は、もともとファンであった実家の父が持っているのだけれど、どうしても譲ってくれないのだ。父は大学生の頃、阿佐ヶ谷で一人暮らしをしていたのだけれど、その理由は単純に「永島慎二さんが住んでいたから」――それだけ。もちろん大学に近かったのも理由の一つなのだろうけれど、本当に本当に大好きなようで――譲ってくれない。さすがに私も好きな漫画なので、できれば新品か、中古であれば父の書棚から手に入れたいことだし――頼むよ、お父さん。

⑨実は…持っている

今日持っていることが判明したのだけれど、虫歯がある。とても痛い。どうしよう。歯医者はお休みだし……少なくとも月曜日まで、持ってなきゃならんらしい。

⑩暴露させたい人を7人指名する

ひょえええ。7人はとてもムリだし、どうしたらよいのだろう。とりあえず、受け取ってくださりそうな、お優しい方々のブログをご紹介。

「じゅぁきのディープゾーン」

いつもコメントを残して下さる、じゅぁきさんのブログ。スロットの話題から政治的な、ちょいと難しい話題まで、サクサク読みやすくまとめておいでです。一読すると「う~ん…」と考えさせられることが多くって、現在話題になっている問題や、私たちの生活から切り離せない事由において、新しい視点を提示してくださっています。相互リンク中でもありますので、ぜひ皆様一度覗いて見てくださいね。
……そんなわけで、じゅぁきさん、いかがでしょう、いっちょ気楽にこのバトン、受け取って下さりませんか……?

「楽しく、そして勝つために」

こちらはしげやんさんのブログ。タイトル通り、パチンコでの釘の見方であるとか、スロットのわかり易い解析データや有効な立ち回り方など――パチンコ屋で打つにあたって、有益な情報がきちんとまとめられています。また2月にアップされた、期待値計算シート(エクセルファイル)なんてもう、スロットファンには嬉しいツールが自由にダウンロードできるわけで……って、しげやんさん、これ無料でいいんでしょうか?(笑)
そんなわけで、しげやんさん、こちらのバトンを受け取って頂きたいんですけど…お時間のあるときに宜しくお願いします