日常の話

2008年11月 1日 (土)

一年ぶりの更新

うわーい、一年ぶりの更新、皆様お元気でしたでしょうか、

って…
これだけ放置していれば忘れられているに決まっていますね…。

ログインそのものも一年ぶりに行ったので、ココログの使い方も微妙に忘れている始末。
悲しいものです。



とりあえず、ぼちぼち更新していこうと思っておりますので、よろしくお願いします。

| | コメント (0)

2007年10月 4日 (木)

なんて久しぶりの更新

特に名のついた病気というわけでもないものの、とにかく体調を崩してばかりの毎日が続きました。

ちょっと重い頭痛だの腹痛だの、腰痛だの、目眩だのに毎日苛まれていると、ロクなことを考えないものです。

なので、黙々と時間を過ごすためのパソコンにはなるべく向わないように過ごしていました。

まだ覗いていて下さっている方がいらしたら、ごめんなさい。申し訳ありません。でも、まだ覗いていて下さって、どうもありがとうございます。

お陰様で、ここ一、二週間ほど体調が良く、ブログを更新していた頃のように食事したり飲酒したりと過ごしているので(飲酒は…もちろん、ほどほどにしていますよホドホドに…)、そろそろ復活してみようかな、なんて考えております、、…

……ので、まずはご挨拶です。

更新したら、またよろしくお願いします。

そして――全く更新していないというのに、コメントを寄せて下さった方々、本当にどうもありがとうございました。未だ表示していませんが、次回更新する際にお返事と合わせてアップします。何気に、励まされました。どうもありがとうございました。

| | コメント (0)

2007年6月16日 (土)

空を見上げりゃ空にあり

なんだか世の中は年金問題で騒がしいし、朝鮮総連本部の土地が元公安の人間に売却されていたことも気になる。何かのアンケートでは世の大半の方々がこれから物価が上がることを懸念しているらしいし、実際私もそう思ってどんよりしているし、それでいて例年より梅雨入りが遅いとかやっぱり地球温暖化だとかで、漠然と「この先どうなっちゃうのかなぁ」とまるで自分が霧の中にいるような、そんな気分になる。

あぁ全く、近頃つくづく思うのだが私ってば主にテレビで、つまらない情報ばっかり相手にしている。いつの間にかフジテレビ「トリビアの泉」は終了していたけれど、テレビを観ていても「へぇ~」「ふぅ~ん」どころか、「あぁー」と首を垂れてしまうような、ガックリきちゃうような、そんな話題ばっかりで、何となく気分は萎れてしまう。旦那はバラエティー番組が大好きで彼が居間にいる際は、お笑い芸人や司会者の発言がやたら賑やかに響いているのだけれど、テレビ局っていう躁うつ病の患者の躁状態を見せつけられているだけのようで、いまいち笑えない。「ぐふふふ」という旦那の不気味な笑い声に吹き出すことはあるものの、まぁとにかく、腰を痛めてからテレビと向かい合うことが多くて私もその生活に慣れきっていたけれど、私にテレビは向いていない。改めて、なるべく観るのはヤメようと思う今日この頃だ。

――なんて、どんよりムードな書き出しになってしまったけれど、特に気分が沈んでいるわけでもない。いや、疲れてはいるのだ。五月はやたらと気分を害する出来事が多かったし、ネチっこい自分は未だにそれらを引きずっているし、そんな自分に参っちゃうこともある。愛鳥はお陰さまですこぶる元気だけれど、陽気が取り得な旦那も5号機問題で塞ぎ込む日もあったし、心配だけれど私には何の力もないし、これまた参っちゃうわけだ。極めつけはギックリ腰に、今日に至ってはお茶を入れる際、左手の中指と薬指に軽く火傷を負ってしまった。あぁ全くどれだけツいていないのだろう。

ツいてない?――これもまた、特にツいていないわけではないのだ。五月にパチンコを打って以来、週に二度ほどピンクレディーを打ちにパチンコ屋へ足を運んでいるわけだが、二千円や三千円でスルスルと当たってアホみたいに連チャンしてくれるという、これがまた気持ちのいいくらい快勝で、まるで遠隔でもされてるんじゃないかと苦笑してしまうほどだ。ひょっとしたら、参っていた私をパチンコ屋が歓迎してくれているのかもしれない。

五月はつくづく、やんなっちゃうことが続いた。精神的にモヤモヤしてしまった出来事を一つ、挙げてみよう…なんて偉そうなクチを利いているけれど、とどのつまり愚痴である。

大学時代に在籍していたサークルのOB会なんてものがあったわけだが――コレは毎年のことで、とりあえず歴史だけは古いことがウリのサークルだから、定年も近い自分の父親ほどの年齢の人間から、今年入学したての一年生まで幅広く集まって、親睦を深める…という和気藹々とした会である。しかし実質的には、現在大学三年生ぐらいのこれから就職活動に入りつつある学生たちが、様々な業界に散らばっているOB連中に顔を売るという役割の方が強い。まぁ、既に結婚して主婦となった私には場違いなモノなのかもしれないが、それでも同じ時間を過ごした同期や先輩後輩、仲良くしてもらったOBたちと親しく話せる数少ない機会であるから参加するわけで、やっぱり親睦会は親睦会なわけである。

ちなみにウチの大学は、そこそこ名の知れた大学で、自分は入学するために受験勉強に励んだし、合格したことは実に嬉しく、それでいてどっぷり受験勉強に浸かれる環境を作ってくれた両親にとても感謝している(むろん両親には授業料などを支払ってくれたことにも感謝しているし、学問的には如何に何を学んだかがひどく重要なのだけれど、今のところ国内の大学は入学するために頑張らねばならないのでこういう表現が妥当だと思っている)。そんなわけで、と言ってもそれだけの理由ではないのだけれど、こんな背景も手伝って、その大学で時間を過ごせたことを私は嬉しく思っているし、おそらく同期の友人たちも似たような気持ちだろう。

いや、「それだけの理由」ではないどころか、「それ以外の理由」の方がより大きいからこそ、入学してよかったなぁと今でもしみじみできるわけで、今更どれだけ勉強したかに言及するなんて品の無い話で申し訳ない――のだが、ソレに触れておかねば、ちょいと話が続かないのだ。

OB会で初めて出会った大学三年生だか四年生だかの女性と、ビールを片手に世間話をした。長い黒髪にフワリとゆるいパーマがかかっていて、肌は褐色色、真っ黒な瞳がパッチリと開いた細身の、オリエンタルな雰囲気のあるキレイな方だった。現在の大学の様子であるとか学生時代にしたアルバイトなど、たわいもない話をしていたのだけれど、言葉遣いも丁寧だったし、一つ一つの表現を選ぶ際にどこか慎重になっているようで、生真面目な印象があった。そういう方の前でヘロヘロと酔っ払えないのでつい肩に力が入ってしまうけれど、嫌いじゃない。和やかに話しているつもりだった。

「現在は何をされているんですか?」――ふと、彼女から、私の近況に対する質問が出た。結婚して主婦をやっているよ、と答える。彼女は失礼ですが旦那様はどのような…と言うので、あぁパチンコ屋だよと何気なく答える。

「えっ!信じられない。何か理由があるんですか?だって私たちって、エリート教育を受けたエリートじゃないですか。結婚して主婦になって、しかも旦那さんパチンコ屋って…」

でっかい目をもっとでっかくして驚く彼女に、とりあえずビールをぶっかけるべきだったのか、今でも悶々とする。つくづく、喧嘩ってのは先に売るものだと思う。タイミングを逃すと苛立ちを晴らすこともできず、トイレに行くふりをして席を替えるのが関の山で、あぁ全く我ながら情けない。今となっては、彼女にというよりは、あの時何も答えずにその場を去った自分がひどくみっともなく、情けなく、チキショウってな気分なのだ。

ちなみに私も同期の友人も先輩後輩も、自分たちがエリートだなんて一度も考えたことも無ければ、エリートという言葉を念頭に置いたことすらなかったのではないだろうか。エリートというものは、例えば森進一が唄っているように「世の中の傘」となっている方のことであって、社会で大人として生きている人間がまずなり得るものであるから、少なくとも学生は異なる。それでいて自ら言わずとも、多くの方が「あの方は『世の中の傘だね』」なんて評価してくれるような存在であって、それはそれはステキな仕事を全うされている方のことを指すのだと思っていて、大学や会社の知名度で決定づけられるものではないのだ絶対に。だから官僚の方々、アナタ方は本来エリートと呼ばれるだけの仕事は沢山背負っているわけで、頑張って世の中の傘になって年金貰えるようにしてください、と強引なオチをつけたところでお休みなさい、皆様。

ホント、強引だな。

| | コメント (6)

2007年6月10日 (日)

腰痛の果て。

風邪でもないのに寝込んだのは全く初めてのことかもしれない。熱で視界が歪んでしまうわけでもなく、頭や腹が痛んでヘタりこんでしまうわけでもない。ただ、腰が痛い。腰が痛いというのも、常時痛みを覚えているわけでもなく、例えば歩くとき、立ち上がるとき、寝返りを打つとき、あるいはちょっと腕を伸ばして何かを取ろうとしたとき…「何か」をするときに、背骨本体をムチで打たれたかのような、やってられない激痛が走るわけで、文字通り何もやってられない。台所に立つことも、掃除機をかけることも、むろん外出することも出来なかった。

とはいえ、全く料理をしないわけにはいかないわけで、台所にイスを置いて、そのイスに腰掛けて、米を研いだり大根や人参の皮を剥いたり切ったり、鍋の様子を伺ったりと、いつもより品数は少ないものの、それなりのモノは作らねばならないわけで――しかし、不便だった。流しからコンロまでの、ほんの1、2メートルの距離ですら歩くのも厳しいので、移動の際は旦那を呼んで、イスを移動したりイスまで肩を借りたりと、それはもう介護されているおばぁちゃんそのもの。「何十年もしたら、どちらかがこんな風になるのよねぇ」…なんて、互いにしみじみ老後を思い浮かべて一見、ステキな光景ではあるのかもしれないけれど、料理も含めて家事は通常、旦那の仕事中に行っていたわけで、それが途端に旦那が帰宅した後にスタートするものになったものだから、我が家の生活時間帯は再び大幅にズレてしまった。深夜に私が起きていることも度々なわけで――そう、夜十時ごろには就寝するという、個人的な健康法はストップしてしまったのだ。

だから、というのかどうかわからないけれど、それがまた腰に響いた気がする。半袖で過ごすことも決して少なくなくなったとは言え、夜はまだまだ寒い。なんだか冷えるのだ。旦那が仕事に出かけている間、私はベッドに寝たきりで、布団を被ったり腰には温湿布を張ったりと冷えを防いでいるつもりなのだけれど、なかなか身体が温まらない。眠ってしまえばよいのだろうけれど、冷えが辛いし、旦那の帰宅後にやらねばならぬことを思うと、どっぷりと眠ってしまうことはできなかった。仕方がないので本を読んだり、ニンテンドーDSでヨッシーアイランドにトライしてみたりと、夜更かしに現を抜かして冷えを紛らわせていた。

そんなわけで、この時間、起きている。

医者によると、二十代後半や三十代といった、まだまだ若く身体も丈夫な年代の女性がギックリ腰になるケースが増えているということだ。骨粗しょう症、なんてコトバをよく耳にするが、何でもカルシウム不足だとかでホネが弱っている女性は本当に少なくないらしい。身体を支える大黒柱である腰骨が弱っている余りに、何らかの拍子でギックリ腰になってしまいやすいのだという。自分は牛乳が好きで一日にコップ一杯は飲んでいたし、二日に一度はサカナを食べていたので大丈夫だと思っていたのだけれど、医者からは「コップ一杯ぐらいじゃねぇ。三杯いかなきゃ」と新勧コンパの切り込み隊長的な先輩さながらの答えが返ってきた。まぁ、これは、単純に私が長いこと不規則な生活を繰り返してきたからであって、通常は一日コップ一杯の牛乳でそれなりのカルシウムは摂取できるのだそうだけれど、睡眠を取る時間帯が安定しない人間はそうでない方よりも体力を消耗するのだから、ヒトの倍は優良な栄養を摂りなさいよ、ということらしい。

サカナにしても、同じサカナでもカルシウムの量は違うし、サカナの部分一つ一つに含まれている栄養は異なるのだから、主婦なんだから勉強しなさいと非常に手厳しいことを言われた。ちなみに、「どんなサカナを食べてるの?」と聞かれ、「サバです」と即答したわけだが――理由はお判りですな、皆様? 目押しができなくて隣の兄ちゃんに譲った酸っぱい思い出はあるけど、サバは好きだ。

サバ…。




大昔、長嶋元巨人軍監督が、「サバと言う字はね、サカナ偏にブルーと書くのだよね」とニッコリ笑っておられた。




はい、どうでもいいことですな。

というわけで、およそ一週間、ほとんど寝たきり家事も風呂もトイレも旦那に手伝ってもらいながら過ごした末に、お陰さまですっかり良くなった。自分で歩ける、歩いたってドコも痛くない快適さが有難い。なんてステキなんだろう。

それでは打ちに行こうか、と旦那ともども早速パチンコ屋へ。おめでとうと言わんばかりに、ピンクレディーで10箱、必殺仕事人で4箱サクッと出た。投資は合計五千円、3.3円交換。なんだよぅこれじゃまだまだピンクレディー2の悪口書けないじゃん、なんてホクホクしながら旦那を探しにスロットシマへ行ってみると…

旦那は真っ白に燃え尽きていた。

殴って帰った。



というわけで、皆様これからもどうぞよろしくお願いします。

| | コメント (3)

2007年6月 3日 (日)

初体験

情けないと言われても、構わない。

朝のことだった。目覚めていつも通り、歯ブラシや洗顔をするためにフラフラと洗面所に向った。深夜なのか早朝なのか、なんとも言い難い時間に帰宅した旦那は腹を上下させて、まだぐっすり眠っている。今までは私も一緒に寝ていた時間だったのだけれど、四月から始めた「規則正しい生活」――夜十時頃には寝て遅くても朝六時には起きる、といったスタイルを習慣づけてから妙に身体の調子がいい私は、特にするべき家事がなくともとりあえず早起きを心がけていた。

その日もこれといって早朝から始めねばならない家事はなかった。ゴミの日は昨日だったし、旦那が寝ているというのに掃除機をかけるわけにもいかない。朝食だって用意すべきは自分の分だけ、つまり一人分なので大した手間にもならない。ご飯と、昨晩残ったお味噌汁と、納豆と塩辛があれば十分だ。ほぼ毎日こんな具合で、近頃は旦那が起きる昼頃までの時間が、本を読んだりネットサーフィンしてみたり、愛鳥と遊んだりと一人でマッタリ過ごす時間になっていた。今まで深夜に在ったこの時間が朝になるだけで、なんとなく一日がゆっくり始まる気がして、心地よかった。睡眠大好き、できることなら何時までもぐぅぐぅ眠っていたい私が、早起きを続けられる理由はこんなところかもしれない。

まぁ、そんなことは、どうだっていいのだ。

とにかくいつも通りの、ゆっくりとした一日を過ごすために、まず洗面所に向うのだ。寝る前にどれだけ磨いたって、起きれば何故かネットリしたものが歯にまとわりついていて気持ちが悪いし、顔だって脂でテカっている。とにかく、歯を磨いて顔も洗って、キレイにしなければ気持ちよく一日は始まらない。歯を磨こう。

歯ブラシに歯磨き粉をのせる。見れば歯ブラシの毛が左右に広がりきっていて、「うーん、こりゃ夜には新しいものに換えなきゃなぁ」なんてぼんやり思いながら、口に入れた。

そのとき。

ウゲゴボウヘッ、ゴボッゴボゴホゴホッ…




酔いどれのオッサン顔負けの、腹のソコからこみ上げてくる大きな咳。いや、別に昨晩飲み過ぎたわけでも何でもなく、単純に、歯ブラシをぐいと突っ込んでしまって歯磨き粉が喉の奥を刺激しただけだ。なんだか妙に口の中が辛くって、喉の粘膜がヒリヒリするのを感じた。ヒリヒリ。ちょっと痛い。

ゲホッゲホッとまだまだ大きな咳は続く。早くうがいをしようと、コップに水を入れるためにちょっとかがんで体勢が崩れた瞬間。



ゲホッゴホッ




ゴキッ










……ゴキッ?





かがんだ際にも大きな咳が出て、なんだか身体をよじってしまって…
…ゴキッ?








そんなわけで、初めてギックリ腰になった。

痛い。

| | コメント (3)

2007年5月 1日 (火)

ムリな話。

読んでくださっている方々、すっかりご無沙汰してしまって――お元気でしょうか、皆様。

しばらく体調を崩していて、といっても大病を患っていたわけでも風邪で寝込んでいたわけでもなく、単純に慢性的な頭痛と気だるさに悩まされていただけで、医者も「特に悪いところは見当たりませんが」なんて苦笑してしまうほどの健康体だったのだけれど、「まぁストレスか何かでバランスを崩しているんでしょう。規則正しい生活を心がけてください」なんてアドバイスをされていたわけで――これまで以上に『健康』ってヤツを気にして過ごしていたのだ。

なんでも人間の新陳代謝の都合上、夜の十時から朝の二時の間に睡眠をとることが理想的らしく、お肌にも良いらしい。確かにそんな話は女性誌か何かで読んだことはあるけれど、学生時代ならまだしも、社会人になってからというもの少なくとも続けられる生活ではない。結婚してからだって、旦那は昼には雑用で出かけなきゃならないし、夜は閉店作業を見にいかなくてはならないわけで、それに合わせていれば睡眠時間帯はゴチャゴチャしていくわけで、旦那共々どうしても不規則な生活になってしまう。それでいて、この場合ドチラが体力を消耗しているかと問われればもちろん、働いている旦那の方が疲労が溜まっているのだけれど。

「まぁ今はオマエが身体を壊しているんだから」――というわけで、お疲れの旦那をヨソに始めてみた、”規則正しい生活”。

早ければ夜の九時、遅くても十時までにはベッドに潜り込んで、朝の四時から五時にかけて起きる。私が寝ている間に帰宅して、テレビを観てゴロゴロしていた旦那と一緒に朝ごはんをとって(…旦那にとっては晩御飯)、洗濯などを始める。旦那はそのまま寝てしまったり、お風呂に入ったり、日によってマチマチなのだけれど、たまにお酒を飲むこともあって、まぁそんなときはちょっとだけ付き合う。朝からお酒、って妙なモノだけれど、「朝なのだ」という自覚があれば深酒することもなく、酔っ払ってしまうこともない。

午前中、旦那が寝ている間に掃除など片付けをして、午後には買い物がてら――あるいは何も買うものがなくても、近所を散策してちょっとした運動をしているつもりだ。旦那が一緒のときもあるけれど、まぁ基本的にお仕事で出かけてしまうし、疲れているときは夕方まで寝ているので、大体一人で歩いている。

帰宅したら、ひたすら愛鳥と遊んで、お風呂に入ったり旦那にご飯を作ったりと――こんな具合のローテーションを続けること、二週間。

いやいや、自分でもビックリするぐらいの身体の軽さ。学生時代から悩まされている肩こりや冷え性が改善されることはないけれど、頭痛や腰痛、身体全体に漠然とのしかかっていた気だるさが払拭されたし、心なしかお肌がフックラスベスベした感がある。「あぁもう消しゴムで消えればいいのにな」と悩んでいたクマも薄くなったし、顔全体の血色もよくなった。それに、まぁ、ナンというか、精神を落ち着かせる効果もあったのか、以前よりもずっと気分がいい。いや、以前は気分が悪かったのかと言われれば決してそうではないのだけれど、他人様と話をするにも何をするにも心のどこかにあった「だりぃなぁ…」という感情がモノの見事に消えてしまった。また生理前後になると、私はイライラしたりちょっとしたことで落ち込んだり、と不安定になってしまうのだけれど、今回はそれがなかった。さすがに腹の痛みは治らなかったが、生理前後には旦那に八つ当たりしまくるという我が家の習慣が、ひとまずおさまった。

"規則正しい生活"の威力、これほとどは。

我ながらビックリで、ぜひぜひ皆様にもオススメしたい。

――ところなのだけれど、フツーに考えて、そりゃムリな話だ。

私だってたった数年ではあるけれど、社会人として働いていたわけだから、少しはわかる。残業なんて当たり前のようにあるし、よしんばなくとも、お仕事が終わってからお付き合いで飲みに行ったり、あるいは自分の趣味を充足させるために何かをしていたら、夜の十時に就寝できるはずもない。通勤時間が長ければ、仕事が早く終わっても、理想的な時間帯に帰宅しづらいだろうし、そもそも疲れているので朝早くに起きることも、きっと難しいわけで、自分たちの生活を守るために、自らがいかに不健康な生活をしていることか。

切ないな…。

と、いうわけでゴールデンウィーク。休める方は、ゆっくり身体を休めてください。

中には休めない方もいるでしょう。ムリしないで下さい、としか言いようがありませんが、出来ることならムリにでもいつか休んで下さい。

| | コメント (4)

2007年4月16日 (月)

妹の就活を聞いて思ったどうでもいい話

二十三歳の女性に「私、結構トシ、いってるんですよ」とニッコリ笑顔で言われてから、やる気のない日々を送っているわけで…って、そりゃもちろん本当はどうだっていいのだけれど。

実は私には大学生の妹がいて、彼女も東京で暮らしている。とはいえ、ウチとは随分離れた地域で暮らしているし、彼女は私と違ってパチンコどころか麻雀牌さえ握ったことのない、それはそれは真面目な性分なので、一緒に遊びに行くこともこれといってなかった。別にパチンコも麻雀もしなくたって会えるじゃない、と思われた方――どうか同情してくだされ。四年前、彼女の上京が決まった頃、「じゃあ東京で一緒に遊ぼうか」とお誘いのメールを入れたら、「お姉ちゃんと一緒にいたらお金ばっかり使うハメになるから絶対にイヤだ」と、きっぱり断られたわけで――"絶対にイヤ"ですよ、"絶対に"……しかも、なんだかアレですな、断り文句というのを字面でマジマジ読んでみると、なんだか物悲しくなるもので……トホホ、だ。一度、高校生だった彼女が東京に遊びに来たとき、「今日は高松宮記念だから」と新宿のウィンズへ連れて行ったのが大きく影響しているようで、あぁ悲しい。競馬新聞の見方から馬券の買い方まで懇切丁寧に教えてあげたというのに、はぁ…、溜息だ。

そんなわけで、妹とは同じ東京にいるというのに、大して連絡を取らない四年間が続いた。新年や誕生日に「おめでとう」メールが届くぐらいで、彼女の具体的な近況を直接聞く機会はなかったし、まれに実家の両親から「大学楽しいみたいよ」とか「元気みたいよ」といった漠然とした様子を耳にするぐらいだった。

まぁ、そんなものかもしれない。私には新しい家庭があるわけで、しかも嫁という立場なわけで、生真面目な妹はその辺を気遣ってくれているかもしれない――なんて楽観的ではあるけれど、そんな理由も考えられるし、私と彼女が都合を合わせて実家に帰省することも、お互いに仕事を持たない主婦あるいは学生という立場ではあるものの、意外と難しい。だからまぁ、ちょいと寂しいけれども仕方がない。

しかし、つい先日、彼女が就職活動に励んでいると聞いた。

先週、私は実家に帰省したのだけれどその時、たまたま彼女から家に電話が入ったのだ。

「あ、お姉ちゃん? 久しぶり。最近、就職活動してるんだ、私」

「あらそう。そういや、そんな年だね」

溌剌とした声を聞いて、ひょっとしたらいい報告なのかもしれないなと私は思った。

「うん、まだ内定は出ていないんだけど、ムズかしそうな会社の書類審査が通ったの、すごく嬉しい。私、大した大学行ってるわけじゃないのに」

「相当ヌルい会社受けてるんじゃないの?」

「そんなことないよ、銀行とか、生命保険会社だもん」

「銀行とか生命保険会社の内定とるのって、ムズかしいの?」

私が就職希望した業界とは全く異なるので、よくわからないのだ。

「…ムズかしいもんだよ。お姉ちゃんは氷河期世代のくせに、何もわかっていないんだね。もういいや、私が銀行に入ったらソコの口座作ってね。生命保険会社に入ったら、加入してね。それじゃ」

ガチャ。

……。

まぁ、そんなもんか。

しかし、何でも2007年問題を抱える企業が多いため、求人そのものも多いのだそうで、少なくとも就職氷河期と謳われた数年前よりは、学生は内定を貰いやすいのだそうだ。いいなぁ――といっても、当時マトモに就職活動しなかった私が今新卒扱いの学生であるからといって、熱心に活動するハズもないのだけれど、就職活動という言葉に対して少しでも明るいイメージが持てる、妹にというか、昨今というか――が何となく、羨ましい。私が学生の頃なんて、真っ暗で何の期待もない重い扉を懸命にコジあけなくてはならないような、骨の折れる作業に思えた。自殺者だって出たぐらいで、妹の明るい声を聞くと「あの頃って一体何だったんだろうな」と感じる。とはいえ、今の世代の学生たちが全く苦労せずにいられる筈もなく、やはり彼らにとって重い扉はいくつも存在しているのだろうから、きっと大変なのだろうけれど。

まぁ、なるようになるさ、って何のオチもないところで、それではまた皆様。

| | コメント (4)

2007年4月12日 (木)

ディスクアップ・オルタナティブ…はあまり関係ない

ここのところ、私、何をしていたんだろう…。特に忙しいわけでもなかったのだけれど、すっかりブログを放置してしまった。

そうそう、何日か前に、一人の女性と話す機会があった。初対面だ。ひょんなことで話すきっかけに恵まれたのだけれど、とても落ち着いた雰囲気の漂う、黒いスーツに長めのコートが似合うようなオトナっぽい方だった。暗めの茶髪は背中の半分ぐらいまで伸びていて、緩やかなパーマがかかっているところがまた、絵に描いたようなキレイなお姉さん。それでも話し振りはとても明るくって、気さくで、しょうもない冗談にはケラケラ笑う様子がちょっと子供っぽくて可愛かった。

んで。

「そういえば、その、年はいくつなんですか? 同年代なんでしょうけど」

…と、私は聞いた。語尾にデスマスをつけているのは、初対面だし、失礼なのか何なのかよくわからないけれども雰囲気を見る限り、私よりやや年上なのかなと思っていたのだ。もうすぐ三十にさしかかるぐらいかな、と。

すると彼女は照れたように笑う。

「ええ、実は、結構トシ、いっちゃってるんですけど…」

「え、そうなんですか?」

「実は、その…23才です」




ぷちーん…。(←何かがキレた音)




マイブームは若作りとなってきた二十代後半の、あと二年ぐらいで三十を迎えるっていう、節目がそろそろ近づいてきて子供どうしようとかアレコレ考えているオンナに向って、ナンですかアナタ。

はぁ。

まぁいいや。

いいんだ。

とりあえず、ディスクアップ・オルタナティブの筐体画像。とても評判がよろしいようで、こりゃー売れますな、きっと。

DiscDiscreel_2
肩こりがひどいので、今日はこの辺で。

| | コメント (4)

2007年4月 1日 (日)

ここ何日かのこと。

ここ何日か、ずっと頭と肩と背中と左胸、つまり心臓の近くがずっとズキズキ痛んで身動きがとれなかった。歩いているとき寝転んでいるとき、包丁を握っているとき雑誌をめくっているとき、いつもいつも後頭部に重い鉛がのしかかっているような気だるさと、左半身の痛みがとれない。振り返ったり首を傾げたりなどの何気ない動作もままならないどころか、ちょっと手を動かすだけで左半身に激痛が走る。本当に困ってしまったし、いよいよこれは病院で検査を受けねばならないと覚悟を決めていた。

月末で旦那も忙しそうにしているので、病院へ行くのは来週。それまで、いつも愛用していたフェルビナク入りの湿布を首を包み込むようにぐるりと、それから両肩や背中、左胸にベタベタと貼って、痛みをごまかしていた。そのとき私は自分にどんな不調が起きているのか、怖くて大した予想もできなかったのだけれど、後頭部と心臓周辺が痛いことから、漠然と何か重い病気なのではないかと考えていた。

あぁ、いやだなぁ。

死に至るほどの酷い病が、一体どれほど遺伝するものなのかあまりよくわかっていないのだけれど、実家の親戚一同は基本的に脳梗塞や脳溢血といった――プチン、と一瞬で逝ってしまうような病に命を奪われている。癌にかかった人間は父方の祖母しかいないし、それもかれこれ十五年ほど前の話で、現在は完治して(と言ってもいいだろう)のびのびと暮らしている。糖尿病の人間にいたっては誰一人としていない。まぁ、気楽でつつましい田舎暮らしの中で、糖が漏れてくるような食生活はなかなかできるものではない。そういった背景も糖尿知らずの"家系"となる所以なのだろう。

ただ、酒だけは飲む。親戚一同、男女問わず誰もが日々の晩酌を怠らないし、正月や盆や何かで集まればひたすら酒、酒、酒。特に高価なものや銘柄に拘るわけでもなく、アルコールが入っていればとにかく飲む。理由はわからない。頬を紅潮させ嗅げたものではない息を吐きながら、賑やかに飲んでいる。しまいには親戚だけではなく、近所の方々もやってきて、皆で頬を赤らめる。その雰囲気は、祭りに参加してはしゃいで皆でハメをハズしているような、なんとなくそれに近い。

とにかく私が知る故郷の人々は、同級生などを除けば誰もが皆酒好きだ。そんな中で育ったものだから、いつの間にか私も晩酌のクセがついている。もちろんアルコール依存症になってしまうほど、えげつない飲み方は滅多にしないが、例えば風呂上りのビール一本など――慢性的一定量以上の飲酒習慣にならぬ程度に、ほどほどに日々たしなんでいるつもりなのだが。

しかし、飲酒習慣が脳梗塞や脳溢血など、脳に何かしらの弊害をもたらす重い病の原因となることは様々なメディアで謳われていることだし、私もそう思う。私の親戚がこういった病で逝ってしまっているのは、ほぼ間違いなく飲酒習慣にあるだろう。ただ、こう言ってしまうのもなんだが、彼らはそれはそれはもう、私などとは比べ物にならないぐらいの酒量を日々体内に取り込んでいたわけで、「そりゃ脳もぶっ壊れちゃうよ」と納得せざるを得ない生活を送っていた。

例えば私の祖父は、毎朝を焼酎の緑茶割で向かえていた。そうして食事を摂り、昼ごろには様々な人たちが訪れるので、その人たちを相手にしながら日本酒を飲んで、夕方には酔いつぶれて一時眠る。数時間後に目覚め、食事を摂りながら家族や、まだ家に残っている仕事絡みの人々とともに焼酎やら日本酒を飲んで、宴もたけなわというところで風呂に入る。その後また何か飲んで、ようやく眠る。祖父の仕事の詳細はここでは省くが、少なくとも私が物心つくころにはこのような生活ぶりだったし、脳梗塞で倒れるまでの十数年間はこうだったので――そりゃ、脳どころか身体も参るだろう。ちなみにウチの父も結構な酒飲みではあるのだが、私の教育上祖父との同居はよろしくないと家を出たそうだ。

別に祖父の飲み方を恥じ入るわけではないが(むしろ尊敬している)、健康面での反面教師にしているので、父も私もさすがにこのような飲み方をしない。むろん、仕事をしたり通学していたりすればこんな生活を送れないので心配するまでもないのだけれど。

そんなわけで、注意を払いつつ晩酌を続けてきたつもりなのだけれど、それでも後頭部や心臓周囲が痛いとなると――ふっと、それらの病が頭をよぎる。いや、医学に関してズブの素人が何を想定したところで信憑性のカケラもないことはわかっているのだけれど、無知なだけにアレコレと不安になってしまうのだ。

「そのうち、頭がプチンときちゃうんじゃないかな」なんて不安に思ったり、それならすぐに病院に行くべきなのに足がすくんでしまったり、「私は一応まだ若いんだし」といったちょっと楽観的な期待でもって不安を一瞬打ち消したり……悶々と考え込みながら、「来週は病院だ」と決心し、湿布で痛みをごまかしていた。

しかし、今日になって、驚くほど身体が軽い。

「……寝違えたんじゃね?」と旦那。「ずっと言おうと思ってたんだけど、お前、寝相悪くてな、信じられない体勢でいつも寝てるんだよ。スジの一本や二本、簡単に痛めると思うぞ」

そうかも。そうかもしれない。よくよく考えてみれば、胸が痛いというのも、心臓そのものが痛いわけではなくて、心臓周囲の、そういわゆる胸筋ってヤツが痛かった。後頭部の痛みも、首の付け根とその周囲のスジが痛かっただけだ。風邪をひいたときのように、頭部全体がズキズキ、あるいはガンガン痛んでいるわけではなかった。

そっか。寝違えたのか。きっと、一度にいろんなスジを痛めちゃったから、何をしても激痛が走ったのだろうなぁ…。

何はともあれ、よかった。ほっ。「ついでにお前、歯軋り酷い」と言った旦那にも存分にキックを食らわせられる。

しかし、そんなに後から不安になるぐらいならお酒ヤメればいいじゃん、と思われる方もおいでだろうけれども――なかなかそう、上手くはいかないものでして。はい。

| | コメント (6)

2007年3月25日 (日)

鬱な彼女への処方箋

二週間ほど前に女友達がひどく落ち込んでいるという話を書いた。以前勤めていた会社(出版社)の同僚なのだけれど、担当する仕事量が増えたのに比例して、拘束時間つまり日々の残業がかさんでしまい、なかなか休みづらい状況で精神的に参っている。この業界で身を立てたいとどんなに自ら望んだ仕事であっても、気楽に休める時間がなければ息がつまってしまうだろうし、モノ作りに携わるという仕事上、自由に本を読んだり映画を観たりすることができないと、感性がブレてしまってどうしても仕事に行き詰まりを覚えてしまうだろう。頑張りたい仕事だけに、ベストを尽くせない彼女は――もともと神経質な性格も手伝って、ひどく疲れて落ち込んでいるのだ。

あれからも度々電話がかかってきては「もう疲れたよ」だとか、メールで「会社行きたくないよ」なんて愚痴をこぼしていて、状況は相変わらずのようだった。私は彼女が参っている理由も、彼女自身の考え方もある程度は理解しているつもりだから、共感する姿勢でそれらに耳を傾けていた。そりゃ疲れるよね、休みたいよね…といった、相槌を打つような会話をずっと繰り返していた。

既に彼女は頑張っているのだから、「頑張れ」なんて言うのは励ましにもならないと思ったし、いくら自分が以前勤めていた会社であっても、現在の仕事状況をリアルに知っているわけではないので、仕事の流れに関するアドバイスなんておこがましくて口が裂けても言えない。「うだうだ言わずに休んじゃえ」と、他の方には言うこともあるかもしれないが、彼女は生真面目な部分もあるので、そんなセリフはいよいよ追い込んでしまいかねない。「休めたら、とっくに休んでるよ」とより頭を抱えてしまいそうだ。

それに、まぁ、「これが私だったら…」なんて、安易ではあるけれど、他者の悩みを聞くにあたって基本的な見地に立って考えてみたところ、きっと私であれば何も言わずにただ話を聞いて欲しいと願うだろう。どうせ目の前の現実から逃れることはできないのだから、いくら辛くても乗り越えなくてはならないのだ。いや、逃げることは不可能ではないのだけれど、それは決して自分の望むところではないだろう。どんなに参っていても、こなさなくてはならないと自覚しているだけに、辛いのであるから――他人の、「頑張れ」だとか「休んでみたら」なんてセリフは、有難くないわけではないがどこかで白々しく聞こえてしまうに違いない。ワガママかもしれないが、こんなときは、ただ黙って自分を肯定して欲しいと願うだろう。こんなときは、自信がないのだから。

それが私が選んだ彼女に対する姿勢で、特に何も言わず、聞かず、彼女が言ったことに頷くばかりだった。これが完全に正しい姿勢だとは思っていないけれど、例えば彼女に対するアドバイスなどは、彼女よりももっと経験のある方々が言う方がよほど効果的だし、私は友達なのだから彼女をただただ甘やかすような、全肯定の相槌を打つことに決めた。これはこれで、友人としての一つの姿勢としてあってもいいものだと自負している。それに、彼女は両親との仲がイマイチだし、今はオトコもいない。甘やかしてやらないと、なんてオバサンくさい気持ちになってしまうところもある。

そんなわけで度々彼女からの連絡を受けては、しんみりとした会話に相槌を打ち続けてきた。彼女も彼女で、私が旦那の生活時間帯に合わせて、勤めていた頃よりもずっと不規則な生活をしていることを知っているからか、深夜だろうと早朝だろうと、気兼ねなしに連絡をくれた。"くれた"、というのは――私は悩んでいることを我慢されてしまうとむしろ困ってしまうので、参っているときはストレートに連絡をくれた方が聞き手として有難いのだ。もちろん対応できないときは、鳴り続ける携帯を放置してしまうことになるのだけれど、その分せめて、相手が連絡したい際に連絡してもよいのだという、安心感めいたものは失わせたくない。まぁ、完全にはムリなのだけれど。

そう、そして、一昨日――木曜日のことだ。

深夜も彼女から電話があった。深夜、といっても午前四時という早朝とも言うべき時間で、「眠りたいけど眠れない」といった内容だった。彼女は終電で帰宅したのでクタクタに疲れているはずなのだけれど、寝付けないという。まぁ、精神的に不安定だろうとそうでなかろうと、遅くに帰宅したからといって、疲れているからといって、すぐに布団に潜れるわけではないのだけれど――これまでの彼女の状況から察するに、もしかすると朝起きることがプレッシャーになっていて、寝付けないのかもしれない。

「眠れないんだ、しょうがないね」なんて、適当に聞こえるかもしれないが、いやその通り、適当に私も答えてしまう。「ムリに眠ることもなかろうよ」

「でも、明日も仕事だし…今、校了前だし」
校了というのは、雑誌を作っていく上での用語で、聞きなれている方もたくさんいらっしゃるだろうが、大雑把に言ってしまえば全ての原稿が出揃って印刷所に放り込める状態になることだ。つまり、この校了を迎えた際、その雑誌の制作はひと段落――出版社側で行う作業はなくなり、あとは印刷所の仕事となる。

「そっか、今校了前か。そりゃ忙しいね」

「うん、でもね、日曜は休めると思うんだ」

「よかったじゃん」心なしか彼女の声が明るかったので、私の気持ちもちょっと浮いた。

「だけど…すぐ四月になるし、ゴールデンウィーク進行に入るかも。ゴールデンウィークを全部休めるなんて最初から思っていないけど、四月中に五月の仕事をある程度進めておかないと…そんなこと、できるのかな…もうどうしよう…」

日曜祝日は基本的に印刷所も会社も休みだし、外部の方へ発注する仕事やそれに関する打ち合わせもろもろを、その前に済ませなくてはならないわけで、そうなると、さらに前に企画そのものを立てたり様々な準備をしてなくてはならないわけで――大型連休前はとにかく時間に追われがちだ。世間では、四月下旬からゴールデンウィークに入るのだけれど、つまるところ、四月中に四月分の仕事を進めると同時に、五月分の仕事もある程度手をつけなくてはならない。どの業界でも大型連休前は多忙となるだろうが、編集者もその例外ではない。ゴールデンウィーク、お盆、年末年始――パチンコ屋の三大回収期として挙げられるこれらだが、その前後は誰もが皆忙しい。

「あぁ、そんな時期だね…確かに忙しそうだね」

「疲れた。もう最近、何をしてても楽しくないの。いつも時間ばっかり気にしてるし。なんだか、いつも、悲しいの。先のこと考えると、憂鬱になる。暗いことしか考えられない。そんな自分がイヤだ。こんなことしか考えられないなんて、イヤだ」

自分の時間を自ら、楽しいとか有意義であるとか、とにかく魅力あるものとして考えることもできず、そのように過ごすこともできない。仕事をしていようと、帰宅してからであろうと、自分自身の時間であるというのに――自分で何もできないなんて、なんて自分はダメで無力なヤツなんだろうと、そう言いたいのかもしれない。

「わかる気がするよ。きっと私も同じ状況だったら、イヤだって思うだろうね」

「そう、もうなんだか情けなくて…楽しいことって何だろ?」

「何だろう」……いや、決して適当に答えたつもりはないのだが(心の声)。

「笑いたいなぁ…どうしたらいいのかなぁ…ねぇ、どうしたらいい?」

むむむ。どうしたらよいのか問われてしまうと、困ってしまう。これまで彼女の自信が回復することを願って、なるべく彼女を全肯定する姿勢をとってきたので――どうしよう。

一瞬、迷ったが、そのとき私が出した答えは――。







行け!稲中卓球部 (1) Book 行け!稲中卓球部 (1)

著者:古谷 実
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する








……を薦めた。「笑えるよ」と。電子書籍でも購入できるから、何なら今すぐにでも読めると思うよ、と。

彼女は「えっ、ちょっと待って、何それ」と何度か聞き返し、私は「いや、とにかく面白いから」と何度も答えた。「読めばきっとわかるよ」とも言った。読む時間なんて、新しい書籍を手にとってめくる時間なんて、そんな余裕なんて今ないのよ、と返されてしまうことを内心恐れていたのだけれど――彼女は、「有名な漫画だしね…」と言って、ひとしきり口をつぐんだ。

「何も今すぐに読んで欲しいわけじゃなくて、時間があったら思い出してみて」

「うん、わかったよ」






それから間もなく電話が切れて、三日経とうとしているのだけれど――毎日か、二日に一度はあった彼女からの連絡が途絶えているのは一体どういうわけだろう。やっぱり、そういうわけなんだろうか。いや、校了前だから忙しくて電話をする体力も残されていないのかもしれない。ひょっとしたら、これを読んで思い切り笑って少しは気持ちが晴れたのかもしれないし――どうなのだろう。気になって仕方がない。

ちなみに私も、これまで情けなくて無力な自分を責めたことや、自分ではどうにもならない状況に苦しんだこと、切なくてやりきれなくなったこと――あれこれと人並みに落ち込んた経験はそれなりにあるのだけれど、元の性格が小心者でクヨクヨしがちなものだから、ひとたび落ち込むとそれはそれはなかなか浮上してこない。何をしていても、その悲しみや情けなさの原因が胸の奥をツツいていて、辛くて、いつも困惑してしまう。そんなとき、私はいつの間にか本棚にある「行け!稲中卓球部」を手に取っているのだ。

ウハハハ、なんて笑って、いかに自分が笑うことを忘れていたか自覚すると同時に、「まぁなんとかなるさ」といった前向きな力も戻ってくる。祖父が亡くなった際、遠くに住む従兄弟が持ってきたのがきっかけだったのだけれど(なんだそりゃ、とツッコまないで下され)、以来何かで落ち込む度にこの本をめくるようになった。一度、笑いを取り戻すことはとても重要だと私は思う。ムリに笑顔を作るんじゃなくて、ムリにでも笑える状況を作るのだ。そうすることによって、少しは回復できるんじゃないかと――そう思ったから、彼女に薦めたのだけれど、ダメだったんだろうか。

とても不安だ。今度は私が稲中を読む番になってしまうかもしれない。

| | コメント (2)

2007年3月22日 (木)

スロットが消えた。

最後にスロットを打ってから、今日で一体どれぐらい経つのだろう。かれこれ一ヶ月以上はパチンコ屋に足を運んでいない気がする。データカウンタをチェックしては好みの回転数で空いた台がないかウロウロしていたこと、番長だの秘宝伝だの鬼浜だのを打って一喜一憂していたこと、隣りの台がやたら噴いている中バケ単な自分が情けなくなったこと、色々なことを思い出せるけれど、もうリアルな気持ちでそれらを言葉にできない。吉宗やGOGOジャグラーVをいかに大好きだったか、どんな魅力があるのか、それはもちろん語れるつもりではあるけれど、現役のスロット好きとしての見地に立てない。

いよいよ本当に、生活からスロットが消えてしまったようだ。通っていた店から会員向けのメールは日々届いていて、以前は打たなくてもどんなイベントが開催されているかチェックしていたのに、今となっては開封すらしない。P-WORLDを覗くこともない。旦那から新台情報を聞いて、気になる機種が全くないわけではないけれど、例えばブログに書いてみるほどの興味や好奇心は以前ほど旺盛なわけでもない。4号機のジャグラーが未だ設置されていることが唯一ココロに引っかかっているのだけれど、大好きなGOGOジャグラーVが現存しているわけではないし、いくらジャグラーが好きだとは言っても今も尚、以前のような気持ちをもって対峙できるとは思えない。悲しいことに、ジャグラーが大好きだったという記憶は今でも鮮明であるものの、既に私は心変わりしてしまっているのだ。

悲しい。人の気持ちというのは、本当に移っていくものなのだ。

「オレやオマエみたいなのが打たないぐらいだから、スロット人口はかなり減るんじゃないの?」

なんてことを旦那は言う。確かに私たちは、理由を上手く説明できないにせよとにかくスロットが大好きで、よく連れ立って打っていた。休みのたびに打っていたわけではないけれど、月に何度かは必ず一緒に打っていたし、私などは一人でも週に一度はパチンコ屋へ足を運んでいた。勝ち負けに一喜一憂して、互いの立ち回りを不毛にも語り合い、好きな機種の思い出や、これからどんな機種が出て欲しいか、そんな話題に花を咲かせることはしばしばだった。

特に旦那は"アステカ大学"出身を自称するほど――いや、コンドル大学だのビーマックス大学だの色々あるようだけれど――私よりもスロット歴そのものは長いし、深く熱中していた。学生時代には徹夜でイベントに並んだり、学校をサボって打ちに行くことも稀ではなかったようだし、AT機全盛期にはスロットのために借金を作ったこともあるほど、のめり込んでいた。それに結婚してからだって、仕事の事情で打てない日々が数週間も続くと「ちきしょ、打ちてー」などとイライラが募るという禁断症状が出るくらいだった。いわゆるギャンブル依存症、スロット中毒というヤツで、曲がりなりにもパチンコ屋を経営する身であるというのに恥ずかしい話かもしれないが、とにかく旦那はそれほどスロットが大好きだった。

ところがその旦那ですら、今やパタリと打たなくなってしまったのである。私も旦那も、休日には家でゴロゴロしたりハンゲームをしたり、愛鳥と遊んだり、酒を飲んだり、買い物したり外食したり、スロットとは全く無縁の時間を過ごしている。もちろん、旦那は「ちきしょ、打ちてー」などと苛立つことはない。

「なんでだろうねぇ」……なんて互いに首を傾げてしまう。私も旦那も、自分たちがどれほどスロットに気持ちを駆り立ててきたか、そしてスロットに限らずギャンブルに一度手を染めた人間が、それを払拭しきることはどれだけ難しいか――自覚していただけに、不思議でならないのだ。例えばハイエナっぽい立ち回りが利かなくなったとか、リスクとリターンが余りに合わなくなってきたとか、私たちにとって様々な不都合が色々出てきたにせよ、そう簡単に熱が冷めてしまうとは全く思っていなかった。あれこれと不満を漏らしながらも、そのうちまた自分なりに立ち回るようになって、スロットを打ち続けていくだろうと予想していたというのに。

「多分、あと何ヵ月後かには相当な数の客が離れるだろうね」――まるで他人事のように旦那は言うのだけれど、内心はかなり不安を抱えているのだと思う。都内ではいくつかのスロット専門店が閉店するようだし、そんな話を耳にすると胸中穏やかではいられないだろう。幸い、旦那の店はパチンコも営業しているし、スロットにしても今のところは変わらぬ客足のようだから、閉店どころかシマ封鎖もリアルな話題ではないのだけれど、果たして半年後、一年後はどうなっているのだろう。どんな現実と向き合っているのだろう。私は全く商売のノウハウなんて分かっていないし、何もできないので口をつぐんでしまう。それに、それでも尚、どこの駅前にもパチンコ屋が乱立している現状への疑問はどうしても拭えない。旦那も時折似たような疑問を抱くようなので、なんだか二人とも複雑な気持ちになる。

まぁ、しょうがないな。とりあえず、来週は大都技研「シェイク」の展示会があるのでそこでテンションをあげよう。旦那は「絶対クソ台」と断言していたけれど。

| | コメント (8)

2007年3月17日 (土)

花より男子が終わりました。

ちょいと照れくさくってみっともない話を書くが、ウチの旦那はああ見えて――図体は人一倍デカくて大食いで、頭はアステカと食いタンドラ1でしかできていない、つまり腕っ節だけよさそうなアホなんだけれど、甘えん坊である。未だにオーストリアとオーストラリアの区別もおぼつかず、「新陳代謝」が「●ん●ん男爵」(一部自粛)に聞こえてタマラナイという、涙が出るぐらいのアホなのだけれど――甘ったれで、素直で可愛いヤツなのである。

昼も夜もいつも不定期な時間に働いて、社長である義母にどやされることもあれば、仕事のデキそうな若手社員に「な、何やってんスか」とツっ込まれ、愉しみの設定打ちも低設定が噴いたり高設定が不発だったりとマシンの気まぐれに頭を抱え、オーナー同士のお付き合いに参加してみれば"在日話"でウンザリし、コンビニでちょっとタバコを買おうと車を止めたら一瞬で駐禁をくらい……それはそれは、日々お疲れで帰宅する。

とは言え、旦那はあまり仕事の多くを私に話さない。仕事に関して話すことは、今日は赤だったよとか、営業が来たよとか、そんな大まかな出来事ぐらいで、例えば「ナニがどうしてとってもダルい」といった愚痴を具体的に言うことはない。この辺、私とは全く違う。私たちがまだ彼氏彼女の関係であった頃、当然私は働いていたわけだけれど――「ったくもー、タナカ(当時の上司)が下ネタばっか言ってウザいの!!」なんて生ビールを飲みながら、私はよく旦那にこぼしていた。その頃から旦那は、会社や人物に焦点を絞って、いかに自分がイヤな思いをしたかこと細かく相手に説明することはなく、愚痴らしい愚痴を口にすることはなかった。せいぜい「昨日は入替が朝まで長引いてダルい」ってなぐらいだった。

今でもそうなのだけれど、まぁ旦那が一体どういったモノが嫌いで疲れるか、今日はイヤなことがあったのかぐらいは、なんとなく顔色だとか表情だとか口調で想像がつく。それに私も言われないことは特に聞かない性質でもあるし、むしろ私が旦那に自身の今日一日を話したくなってしまうので、自分から旦那のそれを訊ねることはない。

旦那は疲れたり憂鬱な気分を味わったりすることが日々色々あるのだろうけれど、決してそれらを言葉にすることなく自分の中に留めて――こう書いてみると、いかに頭が悪かろうと殊勝な男のようだし、まぁ実際そうでもあると言えなくもないかな、なんて我ながら思うのだけれど――それでもやっぱり、甘ったれの小僧なのだ。

「ねぇねぇ」帰宅して一息つくと、毎日必ず、絶対に旦那は言う。「頭ナデナデして」

毎日必ず、昼夜問わず、帰宅して靴下を脱いでお茶かビールを飲んだら絶対に、じっと小動物のようなひたむきな視線でもって「頭ナデナデ」をせがむのだ。

「あんたの頭、重いからヤダ」なんつっても、日々働いてくれている旦那に労わりの気持ちがないわけじゃない。ソファーにもたれた私の膝に置かれた、重いくせにカラッポの頭を撫でる。パチンコ屋の澱んだ空気を浴びてきた旦那の髪は、整髪料と入り混じってとてもベタベタしているし、ただでさえ彼は脂性なのだ。額の生え際のあたりなんて、妙にしっとりテカっていてとても触れたモノじゃないのだけれど――まぁしょうがない。実家の愛犬の毛づくろいをするように掻いたり撫でたりしながら、私はボケっと視線をテレビに向けてビールを飲む。時折、「また人が殺されちゃったよ」とか「深夜放送って最近つまんないね」なんて話しかけると、「そだね」「ホント、そだね」とぽつぽつ返事が返ってきて――しばらくすると返事はなくなり、下を向けば寝息を立てている旦那がいるわけで――本当に甘えん坊だ。

毎日のことなので、つまるところ、日課だった。

ところが、もうなんだか、ここ何日間はどうしても、どうしても、私ってば――思うところがあって、「頭ナデナデ」をする気分になれなかった。別に旦那と喧嘩をしたとか、気に入らないことがあったとか、もちろん彼に対する有難い思いがなくなったわけではなくて、その辺はいつも通りなのだけれど、どうしてもこみ上げてくる新たな思いが、「頭ナデナデ」を拒否してしまうのだ。

「頭ナデナデして」――旦那はいつものように、おねだりしてくるのだけれど。

「ねぇ」

「ん?」

「頭ナデナデをしたくないわけじゃないんだけどさ」

「うん?」

「アンタの頭ナデながら、この間、ふと思っちゃったんだよね。『このまま撫で続けたら松本潤くんか、小栗旬になればいいのに』って」

「えっ…」何それ、と言わんばかりに旦那は目を丸くする。

「土曜日に花より男子の総集編みたいなのやってたでしょ? あれ観てたら、もう、たまんなくなっちゃったよ。あの二人、やっぱ良いわ。『ごくせん』の頃もよかったけど、花より男子でも眩しすぎる。っていうか、カッコよすぎ。やばい。しかもカワイイ」

「………」絶句する旦那。

「ねぇ、なんでアンタは松本潤じゃないの? 小栗旬じゃないの?」

「……そ、そう言われても……その……」

「あたしゃ悲しいよ」

私は本当にこのとき、それはそれはもう深々と溜息をついた。以前にもブログで、松本潤・小栗旬の両者がなんだかとても可愛らしくってしょうがない、若い人たちが恋愛にひたむきになる姿っていいもんだなぁ、と書いたけれども、総集編を観てどっぷり浸かってしまった今、"いいもんだなぁ"から"カッコいい"に気持ちが豹変してしまったのだ。

「この脂っこい頭を撫でてるうちに、松本潤に変わればいいのに…」――私はしみじみと、そんな気持ちになっていた。

「え、でもさ、その…」旦那は申し訳なさそうに言う。「俺だって、よく見れば、松本潤とまでは言わないけど、小栗旬ぐらいには似てるように見えてくるんじゃないかな…」

「小栗旬、ぐらい? はぁ? ぐらい、ってナニよ。アンタ、ナニ言っちゃってるの?」

「いや、その」

「小栗旬ぐらいって言うならね、さっさと小栗旬になりなさいよ! バカ!!」

最後の「バカ!!」が効いたのか、旦那は必死に言い返す。

「なんなんだよぉ。そりゃ俺も小栗旬好きだよ。『ごくせん』の小栗旬は特にサイコーだったよ。カッコいいと思ったよ。でも花より男子の小栗旬なんて、ただの、ヨン様ルックしてるだけじゃん!!」

OgurishuYon_1
















……そうかも。

い、いや、それでも。

「そんなの関係ないの、どうでもいいの!! とにかく私は悲しいんだから、放っておいて!!」

「ナニが悲しいんだよ…」

「アンタの全て!!」

……なんて入れ込んじゃって、旦那は二日ほど「頭ナデナデ」のおあずけをくらったのだ。いやー、申し訳ない。その後はどうしてもナデて欲しいのか、一個千円もするスィートポテトや長蛇の列ができる鯛焼きであるとか、手土産を携えて帰宅するようになった。

「なんか、近頃、ハードル高いよ…」ポツリと旦那は呟いていた。

そんな花より男子も最終回を迎え、これまでドラマを逐一チェックしていなかった私も夜十時にはテレビに噛りついていた。ヒーロー・道明寺司くんの野性的なガキ臭さを見事に体現している松本潤くんがステキだったのはもちろん、なんだかこう、心の一番キレイで純なところをやたら刺激してくるストーリー展開で、気持ちがやたらと上向きに、明るくなる。こういうのを若返った気分になる、というのかもしれない。原作とは異なる展開に、「あれれ?」と首を傾げてしまうこともあったけれど、それはそれでハラハラドキドキできた。そして何より、このドラマって――出演されている方々を始め、製作者側の楽しさが伝わってくるのだ。もちろん実際の現場を見ているわけでもなんでもないのでただの想像なのだけれど、なんとなく製作者側のチームワークの良さを彷彿とさせるし、ドラマのホームページを覗いても丁寧に作りこまれていて、作品への愛情や愛着を感じさせられてよかった。製作者側のテンションって、意外と視聴者にも伝わるものなんだろう。

あぁ、終わっちゃったな。もう観られないんだな――とほほ。ちょっと寂しいけれど、現実に戻って、また旦那の頭でもナデるか…。

| | コメント (4)

2007年3月16日 (金)

ロト6日和

ロト6の発表を見たら、なんということだろう。

数字が全て六つとも一致しているのだ。

驚いた。一体どういうわけだ。なんで同じなんだ。コレ先週の発表じゃないだろうな。何度も何度も、目をギョロつかせて、当選番号案内ホームページ画面と、自分のくじを見比べる。ちょっと手が震える。

合っている、抽選日も当たり数字も、自分のくじと全て同じだ。

なんだか信じられず、もう一度、当選番号案内ホームページを読み込んでみる。そしてもう一度、見比べてみる。

同じだ。

ひょっとして、これってもしかして一等に当選したということだろうか――いや、待て。

もしかすると、何かワナがあるのかもしれない。ワナってナンなのか自分でもよくわからないけれど、例えば、この数字六つだけじゃなくて、もっと別に発表されている沢山の数字と合ってなきゃならないとか、くじを買った日だとか、数字にマークした順番だとか、色々な条件をくぐって乗り越えないと、一等ってヤツは手に入らないんじゃないか――そう思い直し、再び「みずほ銀行宝くじコーナー」トップページへ戻る。

困った。特にロト6のルールが明記されておらず、一体何が当たりとされるのかわからない。やっぱり何かあるんだ――Googleの検索ボックスに「ロト6」と打ち込み、検索してみる。実に様々なページがヒットするが、チキショ、一体何を持って当たりとするのか、どこにも簡潔に説明されていない。困った。どうしよう。ロト6なんて普段買わないくせに、思いつきで手を出すからこんなに混乱してしまうんだ。買わなきゃよかった。

「ナニ、どうしたの?」

パソコンの前であたふた動揺している私に、旦那が声をかけた。

「あ、あのね、これ、数字、全部、一緒」

「は?」

「これ、全部、一緒」

フィリピンパブのオネーサン真っ青の日本語で旦那に言うと、彼はマウスを握り再び当選番号案内ページを読み込んで、私のくじと画面を見比べてしばらく黙って――やがてクチを開いた。

「これ、当たってる」

「当たってる?」

「そう、一等、当たってる」

「当たり? オカネ?」

「そう、オカネ、モラエル」

「…………」

「…………」



ええええええええええええええええええええええええっ…











目が覚めた。夢だった。

でもこれが、何かのお告げってこともあるかもしれないし、いわゆる吉夢ってやつかもしれないので、念のためにロト6買ったのだけれど、カスリもしなかった。

| | コメント (6)

2007年3月13日 (火)

鬱な彼女

友人が深刻な状況に立たされている。彼女の身の回りで実際、どれほどのことが起きているのか、今現在、傍にいるわけでもないし当然目の当たりにしていないので、私はよくわかっていない。それでも本人は、「もう、会社に行きたくない」と、受話器の向こうで悲しげな声を漏らす。溜息をつくことはない。小さくていつもよりちょっと低い声で、淡々とただキツいのだと話す。時折、鼻をすする音がして、あぁ涙を流しているのだなということがわかる。

昔、同じ会社で働いていた編集業の同僚で、同い年の――二十代後半の女性だ。私が退職してからはしばしば連絡を取り合って、今では親密な友人関係にある。同じ部署で、同じ仕事を一緒に担当して、互いに相談したり首を傾げたり、愚痴を言ったりしながら働いていた。モノづくりに携わる仕事を担当していた背景もあってか、よく好みの創作物の話をしたのだけれど、わりとその辺の相性もよく、次第にプライベートな話題も交わすようになった。だから例えば、彼女が地方出身で現在一人暮らしを続けていることはもちろん、実家のご両親とはあまり上手くいっていないこととその理由、オトコと付き合うと大体数ヶ月でフラれること、あるいは二番目になりがちなこと……彼女にある大体の背景を、私は知っているつもりだ。

だから、という接続詞が続くことが正しいのかわからないが、私は彼女が根本的に楽観的な思考をすること、それでいてどんな話題でも――例えば仕事の愚痴であろうと――なんだか楽しげに話をすること、また、すぐに「だりぃ」と背中を掻いてデスクを離れる私とは違って責任感の強いことなど、大体の彼女の性質もわかっているつもりだ。一緒に仕事をしていた頃だって、周囲に迷惑をかけるほどのミスをした私が、「もうダメだ私バカだ」なんつって隣りでどんよりしていると、「まぁ今始まったことじゃないじゃん」と慰めなんだかよくわからないが、とりあえず肩を叩いてくれた。彼女自身がミスをすることも稀にあったが、落ち込みがちですぐにマイナス思考に走る小心者な私とは対照的に、彼女は感情的になることなく、現状を受け入れた上で前向きな姿勢を崩さないタイプだった。それでいて、仕事が好きだった。彼女がどこまでこの会社を気に入っているのかは微妙だったけれども、仕事に関わるあらゆる物事に勤勉だったし、センスもあった。

そんな彼女を見て、「あぁこういう方が働き続けることに向いているのかもしれないな」なんてことを思った。そりゃオトコ関係では二番目になりがちで、私はよく「アンタもっと自分を大事にしなさいよ」なんてたしなめていたけれど、これからこの仕事を続けていけば、少なくともこの部署では一番になれるんじゃないかな、とまで思っていた。

またこの仕事を絶対に一生続けてやるといった覚悟もあった。働く女性がとりわけ悩みがちなのは、結婚した際の身の処し方だ。学生の頃は「結婚したって仕事は続けたい」と意気込んでいても(実は私もこのようなタイプだった)、いざ社会人となり年を経てみると、さらにリアルに結婚を捉えるようになる――いや、結婚という言葉は語弊があるかもしれない。正確に言うと、出産や子育てを含んでいる。友人の結婚式に出席したり、出産を経験した友人の話を聞いたり、少しずつ老いを隠せなくなってきている両親を見ているうちに、いつの間にか結婚や出産を、切実に考えるようになってくる。その時、一体自分はどんな行動をとるのだろう? 子育てって、働きながらもできるという話を聞くし現にそんな方もいるけれど、果たして自分にできるだろうか? どれだけ思い切れるだろう?

私も働きながらぼんやりと、時には悶々とそういったことを考えていて、ふと「生きてて自分が一番やりたいことってナンだろうなぁ」なんてちょっと青いことを思ったとき、自分自身の家庭が欲しいという強い願いに気づいた。自分の帰る家庭を、これからずっと生きていくと決めた東京で作りたいこと、できることなら子供を産んでステキな母になれるといいな、なんてことを願っていること。もちろん仕事も好きだったし、この仕事で身を立てることができたらいいなぁなんて希望もあったけれど、何が一番必要で欲しくって、それでいて"真ん中"にある望みなのかといったら――家庭だった。専業主婦になるといった具体的なことまで考えていたわけじゃなく、仕事を続け働いていくにせよ、自分自身の家庭がなければこの先きっと私は折れるだろうとも思った。そして何らかの事情で家庭に入らねばならないとき、仮に順調で充実した仕事を放り出してでも、自分はきっと迷わずその家庭に入るだろうなんてことも思った。それほど、"真ん中"の部分で欲していて、手に入れることができたら大切にしたいものだった。

ちなみにこのときは別の男性と付き合っていたのだけれど、だからといって一緒に家庭を作りたいと思わなかったし、当然結婚したくなかった。自分が望んでいるものに気づいた私は、家庭を作りたいという夢に向うべくさっさと別れ、その後旦那と出会って今に至るわけで――余談ではあるが。

彼女にそんなことを話すと、「私の"真ん中"にあるのは、やっぱり仕事だなぁ」と言っていて、私が「でも何か守りたいとか、生み出したいとか、よくわからん欲求ってない?」と聞いたら、「そりゃ子供を産むことだとかに無関心なわけじゃないし、オンナだからねぇ。特に何かを生みたいってな気持ちになることあるけど」――と、彼女は続けるのだ。「でも、この仕事も一応クリエイティブ業ってわけで、何かを生み出す仕事でしょ? 何かを消費し続けるわけじゃないもの。いいモノ作って行きたいな。んで、作ったモノを守っていきたいねぇ」

カッコいいなぁオマエ。なんでオマエみたいなオンナが、二番目の女になりがちなんだろ。

同じ年齢で同じ会社で、似たような嗜好をしている女性がこれだけカッコいいと、ほとほと私って何なんだろうと恥じ入ってしまう。

そんな彼女が、仕事に対して疑問や辛さを漏らし始めたのは、ちょうど去年の今頃だ。最初は、たわいもない愚痴だった。ある程度の仕事の流れを私も覚えていたので、「そりゃメンドくせぇなぁ」なんつって相槌をうっていた。それが次第に、本当に少しずつ、「仕事キツイな」から「すごくダルい」に変わっていって、今では「会社に行くのも憂鬱」になっている。

例えばひどく大きなミスをしたとか、彼女の自尊心が傷つく形で企画倒れがあったとか、あるいは近頃流行である会社でのイジメにあっているとか、特に一大事があったわけでもないようだ。彼女もそういったことはないと言っているし、彼女の他に、私は仲の良い先輩とも連絡をとっているけれど、そんな話は聞かない。

ただひどく、「忙しい」――と言う。そういえば、一年前も「残業が増えてきた」と言っていたし、確かに彼女から聞く湿っぽい話は、オトコの話題でも会社の誰かに関するものでもなくて、「帰る時間がもう遅くて遅くて…」とか「代休とれないよ…」といったものだった。何かあったのではなく、何もないのだ。もっと言えば、彼女自身の時間がないのだ。むろん、一ヶ月も働き通しなわけではなく、最低でも週に一日は休みをとっているようなのだけれど、それにしたって自由にできない時間が余りにも多いようだ。朝十時に出社、月の半分以上は夜十時以降に退社となれば、誰だってきっと愚痴をこぼしたくなるだろう。仕事に意気込んでいた彼女もすっかり、「何で仕事しているんだろう」「私、ホントにこの仕事向いてるのかな」、そして「もう全部がイヤだよ」「何もしたくない、できないよ、ムリだよ」と弱音を吐いていて――かつての前向きな彼女を知っているだけに、胸が痛む。

特にクリエイティブ業っていうのはアウトプットのバランスが重要な職業なので、アウト作業――モノ作りをして生産するばかりになってしまうと、自身の感性を磨くための知識や情報を取り入れるプット作業がしづらくなり、最終的に行き詰まりを覚えてしまうことも稀ではない。例えば映画を観たり、本を読んだり、街を歩いてどんなデザインの販促物が流行しているか考えてみたり――何気ない娯楽や散策が、この仕事には意外と大きく影響するのだ。いい仕事をしたいと勤勉な彼女であるだけに、プット作業であると自覚しているいないに関わらず、そんな時間を大切にしていただろう。このような時間を作り難い状況にあった彼女が、現在の仕事や自身の能力に悲観的になってもおかしくない。

それにやはり、一人の時間とでも言うのだろうか、個を磨く時間というのはどんな人間にも必要だ。読書や園芸などの趣味にせよ、家庭でのゆとりあるやりとりにせよ、あるいはパチンコであろうとパチスロであろうと、飲酒や睡眠であろうと――自らをリフレッシュさせる時間というのは、働くモチベーションのうちの重要な一つなんじゃないだろうか。

好きなことを仕事にする、なんてコトバがあるけれど、好きなものを仕事にした途端、それは好きなことではなく仕事、あるいは興味のあることになる。「仕事が好きだ」と胸を張れる方もおいでだろうし、「仕事をしている自分が好きだ」というケースがあっても、逆に「好きなことは仕事です」と言える方はどれだけおいでだろう。仕事をするようになって、好きなこと好きな時間は何かと問われると、仕事以外の何かを挙げる方は決して少なくないだろう。仕事にどれだけ熱心で、この仕事で身を立てたいと切磋琢磨していても、好きというコトバはもっと違うところで使用するような――そんな気がするのは、まぁ私がオンナで、主婦で、今現在働いていないからかもしれないが――どうだろうか。好きな何かは常に会社の外にあって、それを味わったり守ったりするために働く方が多いんじゃないかと私は思うし、逆に好きな何かが仕事を支えたりするケースもあるんじゃないだろうか。

彼女は好きな時間を過ごしづらい状況が続いた余り、一体どうして自分が働いているのか朦朧としてしまっているのかもしれない。加えて、センスを磨き引き出しの数を増やすための時間もないのだから、何かしらの閉塞感を仕事で覚えているだろうし、この先自分に何ができるのだろうと自信も喪失してしまっているのだろう。一生続けたいと気合が入っていただけに、彼女にとって今の彼女自身はひどく厳しい現実で、前向きにもなれずどうしたらいいのか分からない自分が、嫌いでたまらないのかもしれない。自分を嫌いになってしまうなんて何てキツいことだろう――それでも、何があっても、生きて生活していく以上目の前の壁というのは、きっと誰もが乗り越えなきゃならないのだろうし、彼女なら乗り越えられると思うのだけれど、今の彼女に「頑張って」とは言えない。彼女は頑張りたいのに、頑張れない自分が腹立たしくて、ひどく憂鬱になっているんじゃないかと思うからだ。

悲しい。私も一体、どうしたら、何と言ったらいいのか、言葉に詰まる。ただ頷いたり、時々、休みなよと声をかけてみたりするだけだ。本当は、サボれとか辞めちゃえとか、有休使って海外に飛べとか、じゃぁちょっとスロットでも覚えてみるかとか、弾けたことを言ってみたいのだけれど――以前は何か相談を持ち込まれたら、こんな風に答えていただけに、より一層切なくなる。

……悩みを打ち明けているっていうのに、「じゃぁちょっとスロットでも覚えてみるか」と答えるってどうなの、というツッコミはどうか飲み込んで消化して忘れて欲しい。

| | コメント (4)

2007年3月11日 (日)

バブルってそんなによかった?

えらく直裁的な物言いになるけれど、どうしてこうもバブルを経験した方々っていうのはとかくセレブに憧れがちなのだろう。バブルという、なんだかとっても好景気で明るくってカネ回りがよかった時期がまさに青春時代で、特に都心で過ごした方々というのは、未だにあの頃への憧れが払拭できないでいる印象がある。「当時なんてタクシーの運転手にお釣りあげなかったわ」という話題から始まり、六本木のナンとかというところでどれだけ踊ったとか、アッシー君にしていた男性がBMWだったとか、週に幾度かは高級寿司を食べていたとか、あるいは就職なんて困らなかったとか……当時を懐古する話題から始まり、人によっては当時さながらの生活を保ち営んでいることを誇りに思い、人によってはそれを羨み、最終的には身の回りのモノ全てを高級品で取り揃え、そして高級な食事を続けても火の車にならぬ家計に誰もが憧れているような、そんな印象がある。

またモノの見方や、いわゆるアイデンティティの置き所も実に率直でわかりやすくて、それでいて少し下世話だ。どんな服を着て何を身に着けているか、どこで食事をとったか、旦那や自分の年収はいくらか……などなど、内面的な性質よりも、外面の装飾部分に重きを置いている感がある。

もちろん誰だって、どんな生活をしても火の車にならぬ家計は憧れるところだし、年収だってあればあるだけよいのであって、つまるところカネがあるにこしたことはないわけで、こういった願望は須らくどの年代も心に抱くところだろうが――なんとなく、バブル時代に青春を謳歌した方々とは、意味合いが異なるような気がする。大概の方が、「カネのある生活っていいよね、まぁムリなんだけど」といった風に、現実と未来に必要以上の期待を抱くことなくほんのりと憧れるのに対し、彼らは本気で、痛切にそんな生活を欲し、あるいはそんな生活を保つことに切実な意義を覚えているようだ。

別に誰も彼もがこうではないだろうが、私がこれまで出会った「青春期がバブルであった方々」っていうのは、そんな印象を抱かせる話題展開が総じて多い。

そりゃ、羨ましくないわけじゃない――だって私は一度だって、バブルとやらを味わったことがないのだから。父は公務員だったので、不景気の煽りをこれといって受けることもなければ、好景気の恩恵に授かることもなく、当然バブルの頃だって特に家計が潤ったこともなかった。それに私が上京し、大学に入学する頃にはとうの昔にバブルなんてものはハジけてしまっていたし、むしろ不景気だとか言われて、就職難が危ぶまれていた。熱心に就職活動をしようが、たとえ知名度の高い大学を無事卒業しようが、好きな会社・仕事に就ける保障なんてどこにもなかったし、職業に対する安心感なんてまるでなかった。学生生活だって、そりゃもちろん誰もが四畳半に住まうほど貧しかったわけじゃないけれど、高級店に足繁く通えるほど生活費に余裕があるわけでもなかった。

だから「あの頃はね…」なんて文句から始まる様々な事柄を耳にすると、単純に「いいなぁ」と思う。だってやっぱり、若いうちにカネのかかることをアレコレ経験できるって、ステキなことだ。ギャンブルでもそうだろうけれど、カネっていうのはまさに切り札であり可能性であり、チャンスであるから、自らの視野を広げたり経験値を上げる有益なツールなわけで、絶対にあるにこしたことはない。美味しいワインや料理で自らの舌を肥やしたり、高級店でのテーブルマナーを取得したり、留学して語学を学んだり外国の空気に触れてみたり――枚挙に暇がないけれども、カネと自らのチャンスは常に比例の関係にあると思う。この「自らのチャンス」っていうのが本当に十人十色で、実に多様なケースがあるだろうけれど、傍目でどんな下らない内容に見えようとトライできることがステキだし、個人にとって大切な経験になるだろう。

そんなわけで、私もカネがあってユトリのある生活ってのはいいもんだな、と思うし、実現しきれるものならばしてみたいし、実現した方々っていうのは確かに誇りにしてもいいだろう。そんな生活を我が物にするのは、どれだけしんどいか私だって少しはわかるつもりだし、だからこそ私のような人間にはムリだとわかっているので、一角の財を築き上げた方々は自慢したっていい。たとえどんな年代の方であろうと結果を出した方々であれば、年収がウン千万であるとか、何を食べて何に乗ったかとか、ちょいと聞き疲れしてしまうかもしれないけれど――語りたいのであれば語ってもいい。特に嫌味とは感じないし、成功した方のみに許される行為だろう。もちろん、自慢の仕方によっては品性を損なってしまうかもしれないが、仕事で成功した方というのは基本的に相手が不快になるような物言いをしないものだと私は思っているし、これまで出会った方もそうだった。

つい、私が眉をひそめて疲れてしまうのは――主に、そんなサクセスストーリーを羨む人々だ。"あの頃"であれば、自分も似たような生活を送っていたのにと、当時の武勇伝に花を咲かせ、あるいは最近ちょっとあった美味しい経験を自慢気に語り――ひどく、みっともない。中には「今でも自分は当時の生活水準を保っている」とでも言いたげに、ドコでご飯を食べてナニを買ったとか、ドコに住んでいるとか、懸命に熱心に現在の立場がどれだけ恵まれているか周囲に伝える者もいるが、どんな仕事で成功したのかは決して触れないし、もちろん真に成功した方とは異なる物言いで語るので、おそらくやましい何かがあるのだろう。それでもなお、語る。そして誰がどんな職業の人間と結婚したであるとか、何を着ていたか身に着けていたかとか、やっぱりどこに住んで何に乗っているのかとか――ウワサ話が尽きることはない。

本人たちもそれらを余興話と思ってはいないようで、真剣に楽しく、生き生きとそういった話題で盛り上がる。なんだか、自らがどのようなポジションにあるのか、懸命に探っているようである。そのポジションを測るにあたっての価値観が、どこか拝金的で、不思議で奇妙で、溜息が出る。疲れる。

何度も言うようだが、もちろんカネがあるにこしたことはないし、それでいて稼いだ収入というのはまさに自らの仕事の結果であるから、多ければ多いほど誇りにしてもよいと思う。しかしだからといって、忘れちゃならない姿勢があるはずだし、そもそも上記のような方々というのは自らのポジションを把握したり慰めたりするのに熱心なあまり、さほどカネの価値も理解していないようにも見える。

それって、どうなんだ――たまたま先週、昔の会社がらみの大きな飲み会に参加した際、強く感じた。社会人の頃、バブルが青春だった年代の方々の話題を聞くにつけ、疲労を覚えていた記憶が蘇ってしまったのだ。むろんバブル期に青春を謳歌した方々全てがこうだとは思ってもいないし、私と同じ年代やそれ以下の年代にだって、わりと拝金的なタイプっていうのは少なくないだろう。しかしそれにしたって、あの頃が青春だった方々には本当に多いのだ。参ってしまう。

それに、近頃セレブなんて単語が流行していて、女性誌にも「セレブ風にキメる」だとか、通販のホームページをあさっても「セレブっぽい仕上がり」であるとか、適当につけておいたテレビからも「セレブ」なんて単語がさくさく流れていて、気持ち悪い。セレブっていうのは決してお金持ちのことをさす訳じゃないし、高価なものに身を纏える生活を送る人々のことじゃない。

飲み会には不動産業で身を立てた四十代後半の男性がいて、「オレは金持ちだけどセレブじゃない。セレブってのはもっと違うもんなんだ。最近ホンット、おかしいよな」と仰っていて、思わず意気投合して深酒してしまった。聞けば不動産業ひと筋でバブルも不景気も乗り越えてきたらしく、見るからにアタマのキレそうな、瞳にしっかりと光りの宿った方で、その辺のチョイ悪オヤジなんかよりもカッコよかった。そう、自らの仕事に自信のある方っていうのはカッコいいものなんだ。決していい服に身を包んでいるからとか、高価な時計をしているとか、あるいは遊びなれているとか、カッコよさってのはそんなものではかれない。

一人のオンナとして、やっぱり旦那にもそんな風に年をとって欲しいけれど――まず、若ハゲなおそうな。リアップつけて、ワカメを毎日食べるところから始めよう。

| | コメント (10)

2007年3月 6日 (火)

今更だけれどGTOの話

おそらく来週あたりだろうか、もうすぐパチスロ「GTO」がいよいよ発売される。バーチャルリールなので小役取りこぼしはナシ、つまるところこれといって小難しい技術介入性は全くナシ、それでいて高設定の初当たり確率も機械割もまぁまぁ…なんてわけで、それなりにホール側のウケはいい。まぁ、どちらかと言えば、あの展示会で発表された数機種のうち――魁!男塾や名探偵ホームズ、Dynamite!!など――の中で、どれを導入するか消去法で考えてみるとGTOと男塾が残る、といった消極的な見地でウケがいい。

もちろんだからといって、つまらない不出来なマシンでは決してないし、RTも技術介入もないシンプルなゲーム性はやっぱり判りやすくて単純でいい、という方もおられるだろうし――それに、スロットそのものに対して消極的な言い方になってしまうのだけれど、それでも敢えて言ってみると、5号機なのだから仕方がない。例えば出玉性能もゲーム性も演出も出目も、全ての出来がよろしくって大多数のユーザーに受け入れられる……なんてマシンはそうそう出現するものでもないし、その上で5号機規制はやっぱり厳しいものだから、どうしたって「何かが欠けた」仕様になってしまうだろう。

それにあれこれ新機種情報をチェックして省みたのだけれど、よくよく考えてみればここ最近、ムダな機種は滅多に発表されていない感がある。単純にタイアップの版権のみに力を注いだものだとか(個人的にDynamite!はコレに属すると思うのだけれど)、パチンコの時短のようにRTがただのオマケのようになっている機種だとか、あまり目につかない。どの機種も初当たり確率を甘くしてみたり、あるいはRTに連チャン性を持たせてみたりとそれなりの工夫が見られる。果たしてユーザーにどれほど受け入れられるか結果が分からない、ないしは微妙だとしても、明らかに以前よりはユーザーのウケが考慮されたマシンが輩出されているような気がする。これって、とっても良いことなんじゃないだろうか。

とはいえ、私自身はかれこれ一ヶ月ほどパチンコ屋へ足を運んでいないのだけれど――まぁそれでもどんな機種が発表されるのかやっぱり気になるし、スロット・GTOが発売されるということで原作を読んでしまうぐらいだ。

……って、こりゃちょっと話の進め方が強引だし、漫画・GTOを読んだのも二週間以上も前のことでとりわけフレッシュな話題ではないのだけれども、つらつらと感じたところを書いておきたいなぁと、まぁそんなわけだ。

当時の少年マガジンを盛り上げた、言わずと知れた人気漫画ということであらすじの説明はいらないだろう。元暴走族の鬼塚さんが教師になって、担任クラスの問題児たちとすったもんだするお話である。

確かに漫画として画が上手であるとか、コマ割が絶妙であるとか、そういったテクニックは大変甚だ微妙で、例えば女生徒の顔の書き分けであるとか、とある1コマに注目させようとしてやたらめったら「!?」という"記号"に頼る描き方であるとか――本来、漫画は画そのものが記号の筈であるというのに――そういった部分で苛立たないわけではない。それでも、先生も生徒もどのキャラもきちんと存在感があって、普通であれば必ず一人は嫌いなキャラが出てくるところなのだけれど、なんだか誰もニクめないし、一つの話題が終結に向うと共に、もう一つの話題で読者をソソるストーリー展開は週刊誌漫画としてよく出来ていると思う。それに鬼塚くんがクサいセリフを吐いても、必要以上に鬱陶しくないあたりは、周囲に散りばめられたギャグや笑い話がきちんと効いているからだろう。

ブックオフで全巻まとめて購入後、スラスラ一気に読んでしまった。やっぱり面白かった。

個人的に感情移入してしまったのは、ストーリーではかなり後半に登場する、常盤さんという女生徒だった。前の学校でお付き合いをしていた男子生徒に騙され、集団レイプにあったために男性が信じられず、それがエスカレートして周囲のオトナ達までをも嫌うようになった……という設定の女の子である。彼女が冬月先生という女性教師に、あるイジメを行いながら言うのだ。

「先生って、文字通り先に生まれただけじゃん」

まぁちょいとウロ覚えなのだけれど――フツーの家庭に育ってフツーに学校行ってフツーに大学を出た人に、一体何を教わるっていうの? 先生っていったって、先に生まれただけでしょ、あんたに教わることなんてナニもないよ――といった内容をぶつけるのだ。

私も似たような思いを抱きながら、学校に通っていた。だからといって教師に対して反抗的になった経験は一度もないけれど、それにしたって今にして思えばやっぱりガキだったなぁ、と恥ずかしくもなる。それでもあの頃本当に私は、教師――正確に言うと出会った教師が信用できなくって、仕方なかった。ストレートで大学に入学、卒業後すぐに赴任して…なんて、「学校」っていう枠組でしか自分を試したことのないような人に、社会とは何ぞやとかいった、説教染みたことを教室で話して欲しくなかった。受験に対応した勉強さえしっかり教えてくれればいいし、そういった環境は申し分なかったのだけれど、かといって、偏差値の低い大学出身の教師に受験のノウハウであるとか、あるいはイイ大学目指して頑張ろうとか、言われたくなかった。それでいて私はマセガキだったので、異性にモテなさそうな、異性とぶつかりあったこともないような教師は嫌いだった。異性との様々な経験って、ごく普通の親子、友人関係では味わえない、またそれらとは別種の人間臭さであるとかドロ臭さを体感する大切なものだと思うし、それを知らない人なんて不完全なんじゃないかと思っていたし――今でもこの点に関しては、以前ほどではないにせよ、心のどこかで拘っているところはある。オトコでもオンナでも、さすがに三十までにはマトモで本気の恋愛してみなさいよ、なんてね。

社会人として会社で働くようになってから、このガキ臭さはある程度(本当はきちんと、と言いたいところなのだけれど)矯正されたけれど、この部分を読んだ際になんだかあの頃の気持ちがちょっとリアルに蘇って、ひどく懐かしくなった。まぁ懐かしむべき思い出とは言い難いのだけれど、思春期時代の気持ちって普段はめっきり忘れているものだし、思い出すこともないので、良いきっかけだったな、と思っている。思い出したって今子供がいるわけではないので、すぐに役立つなんてことはないのだけれど、いつかいい意味で活かすことができたら理想的だ。

ちなみにおそらく、私が教師に対してあのような気持ちを抱いたのは、今にして思うと極度のファザコンであったせいだろう。甘やかされていたわけではない、と自負したいが、とりあえず私は父にべったりで育った。父が読んだ本を手に取り、父の好きな分野を学ぼうと懸命だったし、大学は父と同じところを第一志望にして進んだ。さすがに中学生や高校生になっても父が一番で他に好きな男子も出来ない、なんてことはなかったけれど、何かを選択するにつけて「お父さんとどういう話をしようかな」「お父さんだったら何て返事するかな」……なんて、父と楽しく会話をすることが目的でもあったし、それが心底の願いだったのだ。父はいつも私の視点がガラリと変わる新しいエッセンスを提供してくれたし、時折厳しいことを言われて泣いたりもしたけれど、大好きだった。

父以外の師なんていらない、そんな気持ちが根強いことに気づいたのは、なんと社会人になってからで――上司と父を比べている自分に気づいたのだ。「父であれば他人にこんな物言いはしないだろう」とか、「父だったらもっと神経質に取り掛かるのに」とか、もう全く笑ってしまうでしょう皆様。つまるところ二十三歳になるまで、私は極度のファザコンで、どっぷり父のお皿の中にハマっていたわけで――あぁ恥ずかしい。

まぁそんな私であったから、思春期に出会ったオトナである教師を無意識のうちに父と比べて――「一体アンタたちナンなのさ」ってな気持ちになってしまうのは、当然な流れであると同時に、そのナンだ、やっぱり子供だったのだなぁと社会人になってしみじみしたわけである。やっぱり社会に足を踏み入れないと見えないモノってのが絶対にあるものだな、と恥ずかしくなってしまう。

それでもまぁ、相変わらずファザコンはファザコンで、今でもメールのやり取りは頻繁にするし、数ヶ月に一度は帰省して一緒にお酒を飲むしであるのだけれど――あぁ、本当に照れくさくなってきたので、この辺で。おかしいな、暴露バトンは終わったはずなのだけれど、一体ナニを書いちゃってるんだろうというところで、ごきげんよう皆様。

| | コメント (4)

2007年3月 3日 (土)

暴露バトン~実は…なのだ!~

もうかれこれ、一週間以上も前のことになるのだけれど、相互リンク頂いているでざーもさんのブログ、「パチスロ吉宗でなんとかしよう」から"暴露バトン"なるものを頂戴していた。ええと、言い訳をさせて頂くと…別に忙しいわけでもなんでもなく、バトンの内容を考えてみると実に私ってばこれといってネタのない生活を送っていて、一体何を書いたらいいのかとモヤモヤしているうちに、やたらと肩に力が入ってしまって、……はい、申し訳ございません。遅ればせながら、って本当に遅くなってしまったのだけれど、只今より使命を全うさせて頂きまする……というわけで、大した内容ではないけれどもお付き合い下さいませ、皆様。

①実は…がいる

実は、よくスロットを打ちに通っているお店に、元カレってヤツがいる。私や旦那がその店に通うようになって早三年が経つのだけれど、ここ一年ぐらいでよく出没するようになって、いやー、大変申し訳ないのだけれど、なんだか鬱陶しかった。

というのは、別に打っているだけなら問題ないし、私たち夫婦が通っているんだからアンタは来ちゃダメ、なんてさすがにそこまで横柄なことは思わないのだけれど、やたらと親しげに話しかけられていたので、かったるかったのだ。

彼と付き合っていたのは、私が大学生の頃から社会人なりたての春までで、同い年の彼は同じ大学を卒業後、公認会計士の資格を取るとかなんつって専門学校に通っていた。なんのかんのと言って二年半以上も一緒にいた。そりゃもちろん好きだから彼氏彼女の関係になったわけだけれど、やっぱり一緒に時間を過ごしてみなきゃわからないことも沢山ある。付き合い始めから、ひょっとしたらソリが合わないかもな、なんてことを私は感じていた。それでも二年半彼氏彼女の関係であったのは、情も移ってしまったし、二人で会う機会をあまり作らなかったのでさしてストレスを感じなかったからだ。

あの頃、私は友達との麻雀やお酒、あるいは一人旅、大学を卒業するにあたってのもろもろの準備の方が大切で、カレとの時間なんてものは特に重要視していなかった。もちろん別れることも何度も考えたけれど、そこまで会っているわけでもないし、一緒にいて全く楽しくないわけでもないし、そもそも別れ話をするのってひどく疲れる。そんなわけで、ダラダラと二年半も一緒にいた。

ようやく別れるきっかけができたのは、今も問題となっているあのイラク戦争だ。ちょうどイラク戦争が開戦されるにあたって、日本がどういった立場をとるのか、有事立法とは何ぞや、といった報道が度々されていた。そんなニュースをテレビで一緒に観ていた際、おもむろに彼は言ったのだ。

「ねぇねぇ、オレが戦争に行くことになっちゃったらどうする?」

多分「ヤダよそんなの」なんつって、私に地団駄踏んで欲しかったんだろうけれど、もうこの一言がなんだか本当にカンに触って、私は無言だった。その後、カレはゲームでもやろうと、一緒に桃太郎電鉄をやり始めたのだけれど、私の列車にキングボンビーが擦りつけられたのをきっかけについキレてしまった。

「悪いけど、もう会わない」

本当にそれ以来会っていなかったのだけれど、まさか私の結婚後にパチンコ屋で再会しようとは――しかも「元気?」とか「最近どう?」とか、やたら親しげ。別に自分の立ち回りを語らなくていいから、さっさと目の前から消えてくれないかなぁ、と思うのだけれど、さすがにそんなことを言うのは大人気ないので、かれこれ十ヶ月ほど無視していた。私は別れた男と友情を育むような性質を持っていないのだ。

まぁ、無視の効果があってか、たまたま会ってもペコっとアタマを下げられるぐらいにはなったけれど、正直そんなものもいらない。旦那は苦笑して、「まぁそれぐらいいいじゃん」なんて言っているけれど、こちらとしては挨拶される理由と意味が未だにわからない。既にアカの他人なんじゃないだろうか。

ちなみにその元カレが公認会計士試験に受かったのかどうか、私は知らないし、また近頃全くスロットを打っていないのは、別にこういった事情とは無関係だ。

②実は…やらかした

やらかした失敗なんて数え切れないほどあって、一体何を取り上げたらいいのか見当もつかないのだけれど、近頃の失態を一つ挙げてみよう。

旦那の仕事に絡んだ、様々な方が時折、ウチに訪れる。例えば業者の方であるとか、仲の良い他店のオーナーさんであるとか、仕事の話し合いなり世間話なりで皆様いらっしゃるわけだけれど、中には税理士さんもいる。特に年度末が近づいてきた昨今、確定申告の話し合いで、いつもお世話になっている税理士さんがウチにいらした。

数々の書類を見ながら旦那とお話しする税理士さん。私は全くワケがわからないので、同席しながらもとりあえずウンウンと頷くばかり。

そんなこんなで話がついたのか、税理士さんがお帰りになることになった。旦那とともに玄関までお見送りをする。税理士さんが靴を履き、さて最後のご挨拶をしようとしたそのとき。

「どうも、いちいちありがとうございます」

!!

あわわわ、すみません、「いつもありがとうございます」と言いたかったのだけれど、あわわわわ…(めちゃくちゃ動揺)。

謝ると税理士さん、大変お優しい笑顔で「面白かったです」と仰って下さいました。以後気をつけます…。

③実は…知ってる

実は知っていること、と言っても大した内容でもないのだけれど、ウチの旦那は靴下を脱いだ際、必ずその靴下の匂いを嗅いでいる。本人は気づいていないらしいし、脱いだ靴下の匂いを嗅ぐことによって、自分の一日の何かを確認しているのであれば仕方のないことなのかもしれないと、私は口を挟まないでいるのだが――正直、ヤメて欲しい。汚いとか不潔とかそういった不快感を通り越して、なんだか物悲しくなる。

④実は…でした

…でした、も何も現在進行形のことではあるのだけれど、さすがに過去よりはマシになったということで挙げてみると――実は料理が苦手、ぶっちゃけるとものすごくヘタだった。

一人暮らし歴はわりと長いので、ほぼ毎日家でご飯を炊いて味噌汁を作って……ということはよくやっていたのだけれど、マトモな料理を滅多に作ることはなかった。そりゃもちろん、肉じゃがなどの煮物、しょうが焼きなどの焼き物などはまぁ、まぁまぁ普通に作れるのだけれど、ハンバーグであるとか、天ぷらだとか、やたらと手の込んだものは本当に苦手だ。ハンバーグにいたっては、トライしてみたことすらない。

煮物なんて、基本的に醤油だとか味噌だとか、みりんだとか砂糖だとか、あるいはダシがあれば何とかなってしまうものだけれど、何ぶんハンバーグは…そう、洋風の料理は本当に苦手で、これらが食べたくなったら外食すりゃいいや、ともう匙を投げてしまっている。

ちなみになぜ天ぷらができないのかって、油が怖いから、ただそれだけで――ダメだこりゃ。そんなわけで、ウチの食卓はほぼ煮物が占めている。

⑤実は…が好き

前もチラリと書いたことがあるので、実はも何もなくなっちゃうかもしれないけれど、私と旦那は大のハンゲーム好き。特にハマっているのは麻雀で、私と旦那、別々のパソコンからログインして同卓して打ったり、別卓でもくもくと打ち続けたり……せっかくの休日に一緒にいるっていうのに、そんな過ごし方をするのもしばしばなのだ。ソレってどうなの、引き篭もりなんじゃないの、というお言葉はどうか飲み込んで欲しい…。

⑥実は…が苦手

実は苦手なモノ――例えば確率だとか可能性だとかといった、数学的な思考がものすごく苦手だということは皆さんご存知だろうけれど、きっとコレは知るまい。コレが私はどうしても苦手でどうしようもないのだけれど、これまで言及する機会もなかったのでぜひここに書いておきたい。

生野菜がものすごく、苦手だ。

キャベツや大根など、定食に盛り付けられているような御馴染みの千切り野菜は問題ないのだけれど、それ以外は基本的にどういうわけか、食べられない。中でもトマトとセロリとキュウリが大の苦手で、どうしてもあの匂いと食感と味に耐えられないのだ。

かといって野菜嫌いというわけでもなく、煮込みモノなど火の通った野菜はむしろ大好きで、ふろふき大根だとか肉じゃが、かぼちゃの煮つけだとかはウチの定番メニューである。ほうれん草だってニンジンだって、里芋だって味噌汁の具としてよく活躍する。トマトにしたって、火が通っていれば食べられるし、トマトジュースを始めもろもろの野菜ジュースは抵抗なく飲める。

ただ、どうしても生野菜は苦手で――そんなわけで、サラダは滅多に食べることがないし、居酒屋で注文するサラダも決まって「大根サラダ」なのだ。

⑦実は…したことがある

自慢になるかどうか微妙な話題なのだけれど、せっかくなので書いておきたいことは――実は、JR線を完乗したことがある。大学時代、私は一人旅が大好きで、青春18きっぷや、おもに連休中に発行されるトクトクきっぷなどを利用して、北は北海道、南は九州までJR線というJR線を、ひたすら乗っていた。もちろん時折、第三セクター線であるとか私鉄なども利用したし、JR線以外の電車も乗らねば鉄道オタクは名乗れないなんていう方もいらしたのだけれど――ま、まぁ私は鉄道オタクではないと自負していた(したかった)し、いいかと思って、とりあえずJR線完乗に目標を定めていた。

まぁ、乗ったからナンだ、と言われてしまえばそれまでなのだけれど、とても懐かしくて大切な思い出。

⑧実は…が欲しい

欲しいもの、非常にたくさんあって書ききれないのだけれど、敢えて挙げるなら故・漫画家、永島慎二さんのコミックス「フーテン」が欲しい。こちら既に絶版で、オンラインコミックスでしか読めないのだけれど、なんだか泣ける作品で、自分の本棚に何としてでも置いておきたい。

いや実は、もともとファンであった実家の父が持っているのだけれど、どうしても譲ってくれないのだ。父は大学生の頃、阿佐ヶ谷で一人暮らしをしていたのだけれど、その理由は単純に「永島慎二さんが住んでいたから」――それだけ。もちろん大学に近かったのも理由の一つなのだろうけれど、本当に本当に大好きなようで――譲ってくれない。さすがに私も好きな漫画なので、できれば新品か、中古であれば父の書棚から手に入れたいことだし――頼むよ、お父さん。

⑨実は…持っている

今日持っていることが判明したのだけれど、虫歯がある。とても痛い。どうしよう。歯医者はお休みだし……少なくとも月曜日まで、持ってなきゃならんらしい。

⑩暴露させたい人を7人指名する

ひょえええ。7人はとてもムリだし、どうしたらよいのだろう。とりあえず、受け取ってくださりそうな、お優しい方々のブログをご紹介。

「じゅぁきのディープゾーン」

いつもコメントを残して下さる、じゅぁきさんのブログ。スロットの話題から政治的な、ちょいと難しい話題まで、サクサク読みやすくまとめておいでです。一読すると「う~ん…」と考えさせられることが多くって、現在話題になっている問題や、私たちの生活から切り離せない事由において、新しい視点を提示してくださっています。相互リンク中でもありますので、ぜひ皆様一度覗いて見てくださいね。
……そんなわけで、じゅぁきさん、いかがでしょう、いっちょ気楽にこのバトン、受け取って下さりませんか……?

「楽しく、そして勝つために」

こちらはしげやんさんのブログ。タイトル通り、パチンコでの釘の見方であるとか、スロットのわかり易い解析データや有効な立ち回り方など――パチンコ屋で打つにあたって、有益な情報がきちんとまとめられています。また2月にアップされた、期待値計算シート(エクセルファイル)なんてもう、スロットファンには嬉しいツールが自由にダウンロードできるわけで……って、しげやんさん、これ無料でいいんでしょうか?(笑)
そんなわけで、しげやんさん、こちらのバトンを受け取って頂きたいんですけど…お時間のあるときに宜しくお願いします。

「パチンコ パチスロ愛と哀とI」

セイジョージさんのブログです。日々の立ち回り、また実戦データが細かく書かれています。特にスパイダーマンや仮面ライダーの情報が多いので、これから5号機を攻めたい方はぜひご一読あれ。近頃お忙しいらしいのですが、セイジョージさん、できればこのバトンを受け取って頂きたいなぁ、と……私も随分書くのが遅れてしまったし、いつでもよろしいので、気が向いたときにでも宜しくお願いします。

お題はこんな具合です。

①実は…がいる  
②実は…やらかした
③実は…知ってる
④実は…でした
⑤実は…が好き
⑥実は…が苦手
⑦実は…したことがある
⑧実は…が欲しい
⑨実は…持っている
⑩暴露させたい人を7人指名する

それでは、宜しくお願いします、ということで――ごきげんよう皆様。

| | コメント (6)

2007年2月25日 (日)

一体、父に何があったのか

先週の後半あたりから、なんだか肩や首や頭、腰、足の付け根がズキズキガンガンと痛んで、「凝りすぎかな」「筋肉痛かな」「冷え性かな」……とバンテリンを塗りたくり、後はサロンパスだのホッカイロだの温シップだのフェルビナク入りのシップだの、実に色々なものを体中に貼っていたのだけれど。

単なる風邪の前兆であったことが、今日、判明した。と言っても高熱にうなされることもなく、鼻がグズグズいったり喉が痛くなったりするだけで、まぁ強いて言えば、ほんの少し熱は高めなのでちょいと身体がダルかったり頭がボーッっとしたりするぐらいで、特に寝込まなければならないほどでもない。

まぁそれでも、自分の免疫力の低下をほとほと自覚した私は、とりあえずこれ以上悪化しないよう、なるべく身体を休めていたわけで――なんつって、いつものんびりしているのだけれど――今日は、ゴロゴロしていた。旦那も疲れているのか、午後になるまで起きなかったし、目が覚めたところで身体を起すのがダルいらしく、やっぱりゴロゴロしていた。まぁ、たまにはこういう過ごし方もいいかもしれない。

それでも。

ゴロゴロしているときは大抵、文庫本か漫画を手にしているのだけれど、鼻風邪のせいでなんだか集中できない。あぁイヤだ。身体は動くのに、目の前のものに集中できない苛立ち。熱でうなされている方が余程スッキリするのに。

ホント、イヤんなっちゃうなぁ……と思ったとき、私の携帯からメール受信音が鳴り響く。

誰だろ。

開いてみたら、父からだった。私と父はよくメールのやりとりをしていて、その殆どがパソコン宛に届くのだけれど、携帯へとは珍しい。何か急ぎの用事でもあるのかな、なんて思って読んでみると。






『しかし、本当に高田純二には勝てないな』






……と一文、書かれていた。




何があった。父よ。

| | コメント (4)

2007年2月23日 (金)

花より男子、いいねぇ

いい。いいよ、やっぱり、「花より男子」っていうか、松本潤くんと小栗旬さん。大してこのドラマに熱中して毎回観ているほどではないのだけれど、テレビをつけているときに流れる予告だとか、さっきもテレビをチラっとつけたらまさにドラマがオンエア中で、いやー、もう、この二人の男子が可愛くってしょうがない。そう、カワイイのだ。ストーリーそのものは既に漫画を読んでいるから、二人がどんな役なのか解っているし、ドラマのキャラがあってこその「いやーカワイイッ!」(←バカ)であって、特別この二人のファンであったわけではないのだけれど、まぁとにかくなんだか、カワイイのだこの二人。

かといってこの二人、もう立派な青年なのであって、「カッコイイ」と思うのが本来の愛で方なのだろうし、確かにこのドラマを離れて、例えば彼らそれぞれのプロフィール写真などを見てみれば「うーん、カッコいいのかも…しれない…」(←微妙に消極的)とは思うのだけれど、どうしてもこのドラマの役柄・キャラクターってのが良くも悪くも色眼鏡になってしまって、「カワイイ」になってしまうのだ。だって、高校生ぐらいの男子が真面目に恋愛して、躍起になっちゃってるわけで、その姿ってそりゃぁもう、ホント、カワイすぎて、ほんの僅かな予告編だけでしっかりとパワー(女性ホルモン)を貰っちゃっているのだ、私は。

……まぁそんなこんなで、「花より男子」のテレビ版はマトモに観ていないのだけれど(それはドラマの出来の問題ではなくて、私が単純にあんまり連続ドラマをチェックしない性質なだけなのだけれど)、漫画原作は漫画喫茶でしっかり読破した。私が中学生の頃にはとっくに連載が始まっていた覚えがある。掲載されていた少女漫画誌「マーガレット」もクラスの女子の間ではわりと人気があって、こっそり回し読みなんかもされていた。それでも、漫画はやっぱり、なるべくコミックスでまとめてガッツリ、最初から最後まで揃った状態で読みたいと思っていた私は当時、手に取ることはなく――結局、「花より男子」を読んだのは、連載が終わったことと、その作品の存在を思い出した頃で、大学生活を残すところあと一年という時分になってしまった。

面白かった。漫画も漫画、しかも少女漫画という世界であるだけに、突拍子もない設定と人物像だらけだったし、コマ割もネームの数もなんだかスカスカで、"漫画"としてどこまで完成されているかと問われると閉口してしまう部分はあるのだけれど、ここぞという時にキメるヒーロー像であるとか、ややこしい状況にメゲたり立ち向かったりするヒロインの姿であるとか、少女漫画としてのツボはしっかり押さえられた作品で、よかった。

特に"財閥"というドデカい家の御曹司と、彼氏彼女の関係になりつつある中、彼の母に咎められマトモな交際を育むことができず――そういうことって今でも絶対に現実にあるのだけれど、例えば家柄であるとか、所有している財産であるとか、少なくとも今すぐに自分では解決できないことを、他人にならまだしも、好きな相手の親に責められるというのは本当に辛いことだ。悲しくもなる。その辺の具合が、まぁ少女漫画なのでやっぱり展開にリアリティーはないのだけれど、それでも読者の共感を誘うカタチでよく描けていた。このヒロイン、一度か二度、逃げるのである。

随分前に読んだのでウロ覚えなのだけれど、諸事情によってヒロインが御曹司である相手の家に居候することになってしばらくして、彼の母親が外国から突然帰宅する。「見つかったらヤバい」と、コソコソコソコソ…荷物をまとめて、逃げるのだ。従来のオトメ道まっしぐらな漫画であれば、ここは一つ、逃げることなしに毅然とした態度で、彼の母に対峙するところだろうし、それまでのヒロインの姿も活発で言いたいことはビシっと言う小気味良いものだったので、てっきりそうするモノだと思わせたのだが――しっかり、逃げた。この他にも「もうムリ」と彼女が弱音を吐くシーンはわりとあって、ソコがよかった。どんなに元気でプラス思考で根性のある女性であっても、それほどの状況になったら逃げたくなってしまうわけで、その辺がきちんと描かれている点に非常に好感が持てた。しかもその逃げ方が、これまたみっともないのもよかった。

誰だって、リアルに同じ状況にあったら絶対にムリだと思うはずで、「いやいや愛さえあれば…」とか何とか言って――「互いの気持ちさえあれば、絶対に大丈夫」と信じてなんかいられない。気持ちなんかあってもカネも家柄もないわけだし、カネと家柄を埋めるのは決して互いの気持ちじゃないのが現実だ。この現実を掲げるのが他の誰でもなく相手の母親だというのは、本当にキツい状況なのだけれど、より一層改めて現実の厳しさと直面するのであって――「あぁこりゃ、絶対ムリだ」と諦めた方がいっそのこと良いと殆どの方が思うだろう。ここでやっぱり「気持ちさえあれば」だなんて思える方は、よほど強い方なのか、あるいはそれでもなお現実を体感できない不感症なのか、どちらかだ。

じゃぁ結局ムリなんじゃん、……と思いきや、そうでもない。カネと家柄なんて、互いの気持ちだけでは埋められないのだけれど、例えば周囲の方々の温情や親切、気遣いによって何とかなる。友人なり、相手の家族親戚の誰かなり、自らの親であったりと、様々な周囲の存在が、それぞれ手を差し伸べてくれることがあるのだ。その親切が故意であるのか偶然なのか、色々ケースはあるのだけれど、結果的に周囲の方々が助けてくれるカタチとなって――カネと家柄を超えることができる、と思うし、「花より男子」はそういうストーリーだったように記憶している。

大切なことは、互いの気持ちや関係だけではなく、周囲にどれだけ良き理解者がいてくれるか、あるいはそんな人間関係を形作れるか――恋愛のような個人の利己的な感情を支えるのは、自分だけでもなく相手だけでもないということ。もちろん当事者同士の気持ちが一番重要で、コレがなきゃ始まらないのだけれど、その後を支えてくれているのは意外と自分たちだけでもない。周囲の優しい方々のお陰でもあるわけで、そんな環境にあることにたまには感謝しよう。そういうわけで、私は自分の親と旦那と旦那の母への感謝を忘れちゃならないなぁ、と思った。普段何気なく暮らしているとつい、忘れてしまう。

それはさておき、松本潤くんと、小栗旬さん、カワイすぎてもう、メロメロだ。なぜ松本潤「くん」で、小栗旬「さん」なのかは、自分でもワケがわからないが、とにかくカワイイ。いいなぁ。その辺、歩いててくれないかな。歩いてたら、遠くからそっと見つめてホクホクしたいなぁ……なんてポワンとしてたら、旦那が今「オレ小栗旬に似てるじゃん」とか言っているので、とりあえず殴っておく。

| | コメント (0)

2007年2月 7日 (水)

遅ればせながら、…お返事です。

すっかり元気になったところで、遅ればせながら今まで頂いたコメントのお返事をさせて頂きたいと思う。もう二週間近く放置してしまった方も少なくなくて、本当に心苦しいし、それこそ「何て失礼な」とご立腹されている方もいらっしゃるかもしれない。悲しいけれどそれは当然のことで、顔見知りであったり個人的な連絡先を知っていたら「ごめんなさい」と直接伝える機会もあるのかもしれないけれど、ネット上のお付き合いなのでネット上で対応するしかないし、もちろんその方がいい。連絡先なんて調べられないし、調べようとしたら犯罪だし、それに個人的にはこういったお付き合いのカタチを気に入っていて――相手が普段どういった表情やニュアンスで一つ一つの言葉を使って会話をするのか全く知らないのに、ブログのコメント欄だけでもそれなりに意思疎通ができる(ような気がする)なんて、言葉というツールとソレを使う人間の存在の有り難味ってヤツを感じてしまう。ヒトってやっぱり言葉なしではダメなんだよなぁなんて、短絡的ではあるけれども一つの基本を思い起こさせてくれる、ネット上で馴染みのある方々というのは私にとって有難い存在なのだ。

もちろん、暇潰しで書いているこのブログにわざわざ訪れてくださった挙句、これまたわざわざコメントを書き残してくださるという労力・時間を使ってくださったわけで、それらもとても有難くって嬉しくって、つまるところとても感謝しているわけで――それならコメントの返信ぐらいすぐに書けるでしょ、なんてツッコまれてしまうとグゥの音もでないのだけれど、やっぱり元気のないときはどうしてもムリで――どうかお許しください。

●SRさんへ
本当に何もかも遅れてしまって申し訳ありませんでした。それにSRさんのコメントの公開やお返事が、一月中はやたら遅れてしまうことが多かったので、本当に心苦しく思っています。

なかなか面白い台、出ませんね。スパイダーマンやアイムジャグラーが出てますけど…いまいち、「コレだ!」という心をくすぐる何かがどうしても無いのですよね。ゲーム性だとか演出だとか、あるいはタイアップにしても、メーカーがアレコレと心を砕いているのは何となく伝わってくるのですけど、いまいちピンとこないのですよね。

アイムジャグラーに関しては、例えばGOGOランプが大きくなっていたり、赤7が見やすくなっていたりの進化はステキだな、なんて思うのですけど…どうしても4号機ジャグラーと比べてしまう自分がいます。土台の異なる"5号機"なのだから、4号機と比べるなんてオカシイとわかっていても、やっぱり比べてしまって、今のところアイムジャグラーすら敬遠しています、私。

吉宗が本当に懐かしいです。

>>一番驚いた事は、965を越えてる台に座って1G目・・・・
>>忍者が松を持ってるのに、何と下段姫でリプレイ揃い!!

千円、というよりは六十円でボーナスですか、吉宗で(笑)。ステキです。お祭りです。

確かに前任者の方が特定役解除を見逃していたのかもしれませんが、演出ナシチェリーでの解除だったりすると…なかなか判らなかったりしますしね。しょうがないですよね。それにいきなり「えっ?入ってるの?」というサプライズがもう、吉宗ではたまらない一瞬ですから…羨ましいです! その後W揃いもご経験されたようで、いやー、本当にお見事です。

ちなみに1G連当選時の目押し、私も何度かミスったことがあります。あんなに大きく光っている青7なのに、「なんで?」と隣りのお兄ちゃんに冷たい視線を投げかけられたこともあります。キーン、と鳴った衝撃で指も心も震えているというのに、その1Gで青7を正確に目押しするなんて…私には難しかったわけですけど…(汗)。

もしまだ読んで下さっていたら、これからもどうぞ宜しくお願い致します。

●GPZさんへ
ご無沙汰しております。本当に何もかも遅れてしまって申し訳ない限りです。

>>G数RTの台ゾーンか当るまで打ってゾーン抜けで止め
中途半端なG数から当たるまで打ち 連ちゃん望む打ち方を、お願い打ちと称してよくやってました^^

立ち回りが似ていたようで、うふふふふ、なんだか嬉しかったです。

本当に近頃厳しいんですよ。この記事(GPZさんがコメントをつけて下さった記事)以来、打ちに行っていないのですが、なんだかもう疲れて打てる気がしないというのが本音です。秘宝伝でボーナスをひく度にメモをとったり、どこに高設定が入っていて発表されていたかチェックしたり、閉店時の回転数はどんなもんだったかメモったり…本来なら勝つためにそこまでしなきゃならないわけで、きっときちんと全うされている方もいらっしゃるのでしょうけど、…私にはどうしてもムリです。

午後にホールをウロウロして、好みのゲーム数で落ちている台を探して、なければ帰って…なんてコトができなくなっちゃって、悲しい限りです。これから5号機になっていくので、つまるところ、もうムリなんですよね。はぁ…。

>>イベント日のみの朝一SE高確探して高設定否定するまで粘るに…

なるほど~。北斗はやっぱり朝イチのモードが重要ですよね。それにいくら獲得枚数が減ったといっても、BB継続率はアップしているので一撃に期待はできるわけで。私もSEをこの間打っていたとき、50連近くしている台を見ました。私は赤7レインボー・2連で終了しましたけど。ふふふ…。

そんなわけで、やっぱり私は北斗にも向かないんだな、と寂しく思っています。

ちなみに北斗SEも6月いっぱいまでですよ。地域によっては7月10日前後まで設置されるところもあるかもしれませんが、ごめんなさい、全国区で把握していないので…。ただ、現在設置されている4.7号機は基本的に「6月いっぱいまで」と覚えておいていいかもしれません。番長は確か、7月10日前後までだったと思います。

これからも宜しくお願いします。

●私的には…さんへ
初めての書き込みだったのに、お返事が遅れてしまって申し訳ありませんでした。もし読んで下さっていたら、これからも宜しくお願いします。

>>普通に300枚程度増えるだけなら逆に鳴らなくてもいいかもと思ってしまいます…

……確かに(笑)。キーン、という音をホールでリアルに再び聞きたい気持ちはありますが、心のどこかで共感している自分がいます。あのキーンは、本当に嬉しいものでしたから…5号機の初当たりで「キーン」というのは、ちょっとノリが違いますよね。

まぁこの辺、「とにかくキーンが聞ければいいや」と思うか、「やっぱりキーンの重みは大切にしたい…」と思うか、本当に好みの問題でしょうから難しいですね。

>>吉宗の鳴りは伝説としてそっとしておいてあげたいぐらいです

そう、アレは伝説なのですよね。キーンも伝説ですし、ゲーム性や演出もろもろ、個人的には何もかもがもう伝説になっています(笑)。大好きな機種でした。

だからこそ、「キーン」にはきちんと意味があって欲しいというか…上手く言えませんが、4号機吉宗の名を汚さないような、『爺サマー』『新吉宗』であって欲しいですね。吉宗と戯れ続けた思い出をキレイにとっておきたいというか。まぁ『爺サマー』『新吉宗』が不出来でも、4号機吉宗がステキな機種であったことに変わりはないんですけど…ううむ、本当に上手く言えませんが。

私も本当に好きでしたよ、吉宗。懐かしいですね。

●飛鳥風間さんへ
初めて書き込みして下さったのに、お返事が遅れてしまって本当に申し訳ありませんでした。いつも遅れると言っても、こんなに遅れることはなかったので…申し訳ないです。

>>メーカーが出さないといっていましたが、これはあくまでも牽制であって、各メーカー・関係者に対して発言しているものなんです…

なるほど! そうだったのですね。まんまとウチの旦那と、どこかの店で店長やっている私の友達が騙されたわけですね(爆)。どちらもドコか頼りないトコがあって、抜けているからしょうがないですね、って一番アホなのは私なんですけど(自爆)。

>>シェイク2が試験に適合していますから…

みたいですね。ひょっとしたら爺サマーや新吉宗などよりも、早く発売になるかもなんてウワサも耳にしたんですけど、どうなんでしょう? 私自身は4号機シェイクを打ったことがないので(ちょうど吉宗が発売された頃からマトモにスロットを打ち始めたので…)、やっぱり名高い機種なので気になるところです。近頃スロットを打つことへのモチベーションが下がっているので、こういった気になる機種が早く発売されることを祈るばかりです(めちゃくちゃ個人的な都合ですね、コレ)。

続々とリバイバル機が発売されるってことは、バンバンなども5号機としてリメイクされたりするのでしょうか? きっと旦那が喜びます。なんでも大昔、大好きだったそうです♪

>>ちなみに、価格は高いです。

……あべし。まぁ、そ、そうですよね……(汗)。その分、ステキな仕様で発売されることをユーザーとしても嫁としても、お祈りしています。

これからも宜しくお願いしますね。

●チビ太郎さん
チビ太郎さん! いつも申し訳ないです…こんなにもお返事が遅れてしまいました。お許しください。まだ、覗いて下さっていることをお祈りします。

>>キーンと言って黒いの揃ったら絶望しちゃう。

やっぱり、そうですよね。そうですよね。今なんだか、モヤモヤしていたものがハッキリしてきました。キーンは7揃い(姫揃い?)じゃなきゃダメだし、そもそもキーンは、沖スロのキュインともジャグラーガールのギンッ!とも、違うんですよね。もっと特別なモノなんですよね。初当たり時の喜びとは、またちょっと違う…オトクで有難くって救われる「エヘヘヘ」とニヤけてしまう、うんなんだかそういうモノなんですよね。

うむうむ。

>>5号機でも100GのRTが鷹狩り画面だったりしたらいいな~
RT中に鷹狩画面ってステキですね。うーん、個人的には100Gよりちょっと長めの、トクベツなRT中に鷹狩がいいなぁ、なんて欲張りなこと願ってたりもするんですけど(笑)。キーンもステキでしたが、鷹狩中の音楽も大好きでした。ガセもよくありましたけど(涙)。

思い出深いガセ鷹狩りは、モードBのゾーンでボーナスを放出した後110Gぐらいで鷹狩入ったんですけど…するするするっとスルーしました。でも、鷹にぶらさがっている爺ってなんだか本当に可愛くって…懐かしいです(涙)。

●こぶたさん
本当にご無沙汰してしまって、申し訳ありませんでした。こんなにも長く放置してしまって…「もう忘れられちゃってるかな」なんて心の中はドキドキしていますが、読んで下さっていることをお祈りして、今更ですがお返事させて頂きます。

>>ちゅう太さん、グッジョブ!

ほ、ほんとですか(涙)? そうだといいんですけど…。なんだか、アレです。いつもこうなんですよ。友人が悩みなり愚痴なり、ちょっぴり弱いところをせっかく見せてくれているというのに、なぜか最終的に私がキレているという…最悪ですね…(汗)。そのくせ、自分もアレコレとモヤモヤ悩むこと、たくさんありますから……ほんと、最悪だ……(鬱)。

>>少なくとも今は、彼女に相談できる事では無いと思いますしね、
>>男って弱虫のくせに、強がりですからね(反省)

妊娠中の彼女には確かに言えませんよね。いつかは話さなきゃならないことでしょうけど、まだ安定期でもなんでもないので(妊娠三ヶ月ぐらい)、言いづらいですよね、きっと。
男性は弱虫…かぁ。なるほど、そんなトコあるかもしれません(笑)。旦那にしても、男友達にしても、弱虫なところを頑張って隠そうとしたり、ちょっと強がってみせちゃうようなところ、ある気がします(笑)。

でも強がることができる分、ホントに強いんじゃないかな~?なんて思うこともいっぱいあります。気持ちが弱っているときや、あるいは本当にモロい性格をしていたら、「強がる」こともできないんじゃないかなぁ、と。私なんかはモロい…というほどオンナらしい性格をしているわけじゃないんですけど、すぐに落ち込んだり憂鬱になっちゃったりして(今回更新が遅れたのもそのせいです)、強がることもできませんから。どんよりしてます。周囲も気を遣っちゃうんじゃないかな…。。。だから、強がらなきゃならないときにきちんと強がることができる方が、ホントに強いヒトなんじゃないかなー、と思ってますよ。

そんなこんなで、お返事が大幅に遅れてしまいましたけど…よろしければ、本当にこれからも宜しくお願いします。ふかぶか。

●セイジョージさんへ
あああああ、セイジョージさん、お久しぶりです。本当にお返事もろもろ、遅れてしまって申し訳ありませんでした。それから、あたたかいコメントもどうもありがとうございました。元気でましたよ。

鳥は数日、ちょっと気だるそうにしていたんですけど、お陰さまでここのところ元気です。来週もう一度検査をするのですが、きっといい結果が出るんじゃないかな、なんて思っています。本当によかったですよ(涙)。小鳥って、本当にちっちゃいので…ついつい過剰に心配してしまいます。

ちなみに最近、「ホギャウギャうにゃうにゃ/@l;oo,el;::**」……と、よくわかりませんが、少しおしゃべりするような声を発し始めました(笑)。か、かわいい…。鳴き方も昔は「ピィッ!」と強く、ヒトを呼びつけるような声だったんですけど(それもまた態度デカくて可愛かったんですが)、しつけのために無視し続けていたら(鳴いたらすぐに飼い主と遊べると思われちゃったら、何かと不都合だしカワイソウな目に合わせちゃうかもしれないので)、近頃は「ぴぃぃ…」とまるで溜息をつくような小さな声で鳴くことを覚え、しつけにならなそうです。あああ…(悶々)。

クズな上司はね、本当にダメなオトナの典型的なタイプでした…。タバコの匂いが存分に混じった加齢臭や気持ち悪い下ネタもキツかったんですが、なんせ一昔前のヤリ方で仕事を進めようとするので、周囲は大変でした(笑)。パソコンも全く使えないし、当然イラストレーター・フォトショップ等の編集が知っとかなきゃならないソフトの知識もなく(覚える気もなく)、そんなわけでデザイナーや印刷所とも上手くコミュニケーションがとれず…そりゃ、クビになりますよね(笑)。性格も自虐的な上にプライドが高くて、そりゃもう酷かったし。

オトナになってから、正確に言うと働くようになってから、誰かを「嫌い」になることなんてそうそうなかったし、そんなもんだと思っていたんです。「嫌い」だと言い切れるほど、ある意味深いお付き合いをするような出会いなんて、殆どないと思っていましたから…だけど、その上司だけは格別でした(笑)。「き、嫌い、だなぁ…」としみじみ思います(笑)。そういう意味では貴重な出会いだったのかもしれませんね(爆)。

そんなわけで(どんなわけだ)、これからも是非宜しくお願いしますね。それでは♪

●じゅぁきさんへ

毎度…のこととはいえ、こんなにも長く放置してしまって本当に申し訳ありませんでした。優しいコメントもどうもありがとうございます。なんだか、救われましたよ。

友人の結婚の件ですが…そういや、どうなったんでしょう(笑)。その後マトモに連絡をとりあっていないし、自分がちょっと落ち込んでいるのをいいことにアチラも放置してしまったんですが………た、たぶん、便りがないのは元気な証拠、ということで、きっと上手くいっているんじゃないかなぁ、と思います、いえむしろそう願います(爆)。まぁダメになることなんてないでしょうし、もしあの日ご両親にキツいことを言われてしまったら飲みに行くことになったと思うので、きっと大丈夫なのではないかと(笑)。メールしてみようかな…。

やっぱり先々のことは、特に仕事やお金の面に関しては誰もが不安になってしまいますよね。特に男性はそうですよね…。

別に男尊女卑な見地に立っているわけじゃないんですけど、先々の仕事・金銭に関してじっくり考え込んでしまうのは男性の方が多いような印象があります。就職活動をしているときに感じました。女性は「まぁ先のことはわからないし、とにかく今好きな業界で頑張ろう」っていう姿勢で就職活動する方が多かったんですが(私もそうです)、男性は「一生の仕事ってナンだろう…」とひたすら『一生』を想定して悩む方が多かったです。もちろん女性だって『一生』に関しては不安だし、私も一応アレコレ考えますけど、男性とはちょいと違うような…上手く言えなくて我ながら歯痒いんですけど…。

結婚を考えるにあたって、男性も女性も子供を育てていくことを心配したり覚悟したり、楽しみにしたりすると思いますが…特に男性は経済的なことを思い悩んじゃうと思うんですけど、女性は「子供を産む年齢(体力)」も考えちゃいますしね。まぁ多少高齢になったところで、妊娠も出産も問題ないようですけど…私などは考えちゃいました(笑。なのにまだ産んでいないんですが)。友人と話をしていても、やっぱり皆、この辺の兼ね合いがなかなか難しいようで…。

いっそのこと、この友人みたいに、デキちゃった方が結婚に思い切れちゃったりもするのかな?なんてことも思います(笑)。デキちゃったんだし、ねぇ(笑)。

ところで人間関係で一度悩むと、も~~~~キリがないです、私(笑)。今回落ち込んでいたのは、私や旦那に直接害があるようなコトでもなかったんですけど(鳥の体調ぐらいです、ホント)、なぜかもう聞いてしまうと…憂鬱になっちゃいますね。共感して下さって嬉しかったです。

>>私もちょっと異常な親戚(伯母)がいるんですよ^^;;。

そうでしたか…私は母方の叔母が実はものすごく苦手です(笑。今回葬式で久々に会って、それでちょっと疲れたというのもあります)。やっぱり親戚と言えど、どうしても性格が合わなかったり、場合によっては周囲から浮いちゃうような存在の方っているんですよね…。これも本当に難しいですね。

それでも血が繋がっていて、アカの他人とは言えないのだから、上手に付き合っていけるにこしたことはないのですけど、自分が未熟なのか相手がメチャクチャなのか(笑)、上手くいかずにストレスが溜まっちゃったりします。それこそ、血が繋がっているから余計に疲れちゃう部分もあるのかもしれませんね。トホホです。

>>真正面からとらえないようにしてる人がほとんどじゃないですか?
>>もしくは、ひとりの時にしかとらえないように努力してるか。

ひとりの時にしかとらえないように努力してるのって、偉いです…。周囲に迷惑かけないように気遣ってるってことですよね、きっと。そういうことができる方って、強いです。
自分はなかなかこう、上手くできなくて…まぁつまり、未熟なんです。ご飯を食べていようとテレビを観ていようと、モンモンとしてしまって、ダメだなぁとしみじみします。。。この間夕方にドクタースランプ.アラレちゃんの再放送がやっていて、それを観ていたら小さい頃を思い出して泣けてきました。おもちゃ屋さんで買ってもらったアラレちゃんの帽子をかぶって、よく「キーン」と走っていたので……………な、なんじゃそりゃ…。

逃げてはいない…のでしょうけど、うーん、その、モンモンと考え込んでいるとき何を考えているかって、「どう逃げるか」だったりもしますよ(笑)。どうなんでしょうね…。

……ってまた暗い内容になっちゃいましたが、本当にどうもです。お陰さまで今、元気ですよ。これからも宜しくお願いしますね。それでは、また。

| | コメント (2)

2007年2月 6日 (火)

どうしようもない性格。

元気になってみると改めて、憂鬱になっていたのだなぁ、と実感する。ここのところ何日か、あるいは数週間か、ちょっとふさぎこんでいた。ふさぎこんでいるといっても、別に部屋の隅で体操座りをするような落ち込み方をしていたわけでもなく(…当たり前か)、ごく普通の日常を送りながら心の中でなんとなく、落ち込んでいた。

イヤなことがあるといつもこうだ。イヤなことというのは、以前書いたハテナな行動をとる親戚、頭の溶けてしまったモト上司からの電話、そして何よりも愛鳥の不調もろもろなのだけれど、なんだかここのところイヤなニュースが多かった感がある。旦那の仕事の話を聞いていても、「うーん、そりゃ困ったね」とアタマを抱えてしまうような話題が妙に多くて――5号機問題だとか店の売り上げだとか稼動だとかではなくて、人間関係の厄介なハナシなのだけれど――食卓はお互いにちょっと暗くなってしまう日が続いた。その上やっぱり愛鳥の具合が"ほんの少し"(獣医さん・談)といえど悪くなってしまったのだから――なんとなく目の前にあるもの全てが不安で落ち着かない、グラついたものに見えてしまった。愛鳥のことを除いては、これといって私や旦那に大きな被害・損害が降りかかる状況でも全く何でもないというのに。

いや、なんてことはないのだ。本当に。単純に私が小心者で、イヤなこと・面倒なことに対する免疫力があんまり育ってなくて、怖がりなだけなのだ。愛鳥の具合だって、獣医さんは「別に、死んじゃうようなことは絶対にないですよ。今はちょうど羽根が抜け替わる時期だから、どんな小鳥でも多少は体調を崩しますよ」と苦笑しつつも、優しく説明してくれた。信頼できる方なので、この不調は一時的なものなのだ、とそれこそ信じてもいいというのに、不安でたまらなくなってしまう。先立って亡くなった愛鳥の記憶がどうしても拭えない、というのが一つの理由でもあるし、もっともらしく聞こえるかもしれないけれど――やっぱり私自身の性格もあるのだろう。神経質で悲観的、そして臆病なのだ。

一体いつからこんな性格になってしまったのか、全くよくわからないけれど、なんのかんのと言いながらこの性格で今まで来てしまった。もちろん何度か「もうちょっと気楽に考えてみよう」とかナンとか言って、いわゆるポジティブシンキングってやつにトライしたことはあったのだけれど、どうにも自然な流れではいかない。大学一年だか二年の頃に、『小さいことにくよくよするな!』なんて真っ赤なハードカバー本がやたら売れていたのを見て、「その通りなんだよなぁ」と心の中で深く頷いていた。手に取ってみたことは一度もないけれど。

もちろん何事にも――身の回りのありとあらゆる物事に――対して神経質だったり臆病だったり、マイナス思考だったりするわけでもない。上手く例が思い浮かばないけれど、友人や旦那とたわいもない会話をしているとき、「どうしてそう楽観的でいられるの?」とツッこまれたことは何度もある。神経質だとはいっても、例えばバスタオルの置き場所だとか靴下を脱ぐ場所だとかに特別拘ってもいない。雨の日に髪が広がるのは気になるけれど、これは神経質とは違う気がする。

まぁ、……こうして振り返ってみると、自分がアレコレと気を揉んだり神経を尖らせたり、「大丈夫かな」と不安になったりする対象は殆ど、適当なパーセンテージを挙げてみるととりあえず九割以上は「人間関係」ひいては「生き物がらみ」なのだな、と思う。まぁ世の中に存在するものは"道具"を除いて全て生き物なのだから、それも当然でもっともで今更驚くことでも何でもないのだけれど。

人間だろうと愛鳥だろうと愛犬だろうとナンだろうと、生き物である限り私とは異なる体力や思考を持っているわけで、つまるところ私なら治る病気が旦那や愛鳥では無理かもしれないし、私がヨカレと思ってしたことが相手にとってはいらぬお世話だったりもするわけで、言ってみれば私なら『大丈夫』なコトが他の生き物にとっては『ダメ』『ムリ』『ありえねー』ことだったりするわけだ。

そんなわけで、周囲の大切な人が病気になれば心配になってしまうし、私よりも明らかに体力の劣る小さな愛鳥や、だんだんお爺ちゃんらしい風貌になってきた両親などが具合が悪いとなれば、なおさらなのだ。一体どうなっちゃうのかな、と不安になるところから始まり、心の中ではどんどん悪い展開が広がって頭を振ったり抱えたりなんて(このとき非常に豊かで不毛な想像力がフルに働いているわけで)、漫画によくあるベタなヒトコマを本当に再現してしまったりする。

体調以外の精神的な問題、例えば相手がどう感じるか、失礼でないか、傷つけていないか――などなど、初対面の方に対して内心エラく人見知りであることは以前書いた通りで、それはやっぱり人それぞれ様々な思考を持っているからなわけで、当然自分とは異なる可能性だってあるわけだ。コチラにとってはどうでもいいことが、相手にとってはそうでないケースなんて決して珍しくないわけで、こと趣味嗜好を知らない方と対峙すると全身の毛穴から汗が噴出すんじゃないか、っていうくらい、心の中ではドキドキしてしまう。

そんな私が人間関係のゴタゴタを目の当たりにしたり話を聞いたりすると――それはそれは動揺してしまうのだ。前述したように、また皆さんご存知の通り、人それぞれ異なる感性や思考を持っているのだから、ゴタつきが起るのもごくごく自然な人間の営みであって、決して起きてはいけない悲しい出来事でも何でもないというのに、どうにも動揺して最終的に疲れて憂鬱になってしまう。意思疎通が上手くいかないというのは、ひどく切ないモノだなぁ、となんだか寂しい気持ちになるのだ。

例えば前回書いた、ハテナな親戚にしてもダメな元上司にしても、最初は憤りやイライラを抱えるのだけれど、最終的には「上手くいかないものだな」なんてセンチになってしまう。元上司に対して「警察に通報するぞ、テメー」なんつっといてセンチはねーだろ、と首を傾げる方もいるかもしれないし、それは正しいと思うのだけれど、やっぱりあんなコト言われたら喜怒哀楽の「怒」が発動してしまうわけで――あぁ、私もマダマダだな、なんて後になって肩を落としてしまうのだ。ハテナな親戚にしたって、私がもうちょっと上手な誘導ができれば、葬式よりも受験勉強を優先させるなんて情操教育に悪いマネをストップできた可能性だってあるわけで――それでもしかし、他人様の子育てにまで言及するべきなのか、しかも私は子供がいないというのに、云々。

さて、モヤモヤしてきた。こんなわけで、しばらくブログの更新もコメントのお返事もサボっていたわけで、もしいつも読んで下さっている方がまだいらっしゃるなら、どうかお許しください。テンションの下がったときに、文章だとかお返事だとか書いてアップするのも、それこそ読んで下さっている方に失礼かもしれないし、私自身がどうにも楽しくないので――言い訳なのだけれど。

まぁ、要は私自身が未熟なのだなぁと――こういうことがある度に、反省する。生活していれば対人関係のイヤな出来事、あるいは心配事なんてたくさんあるわけで、誰もがその辺上手く処理しながらきちんとしているのだ。ふさぎこむなんて、ねぇ――トホホだ。主婦という立場にあるから余計に悪いのかもしれない。日々マトモな会話をする相手は旦那や愛鳥(しゃべれないけど)ぐらいしかいないわけで、基本的に初対面の方に出会うキッカケもなければ、ウマの合いそうにない方と話す機会もない。免疫がないのだ。なので、ちょっと面倒なことがあるとドンヨリしてしまうのかな、とアレコレ考えてみたりするけれど、今働くわけにもいかないし、そもそもの自分の性格が原因であるわけで―――さぁ、いよいよどんづまってきたところで、それでは皆様ごきげんよう。これからもよろしくお願いします。

コメントのお返事はもうちょっとテンションが上がってから書きます。明日の朝か、昼か、夜ぐらいに――ってなんじゃそりゃ。

| | コメント (1)

2007年2月 3日 (土)

葬式とオヤジと愛鳥と。

ひどく憂鬱なことばかり続いて、ここのところ余裕を失くしていた。

葬式があった。身内の人間が亡くなったのだけれど、もう長いこと顔をあわせていない、遠すぎるわけでもないがこれといって近しい間柄でもない、親戚の男性だ。もう随分な高齢であったことと、長く病床についていたことを耳にしていたから、ある程度の心の準備はできていたし、それこそ久しく会っていないのだから、「もう会えないのだな」という切なさはあるものの喪失感はさほどのものでもなかった。どちらかと言えば、亡くなった彼の近い親族にあたる方々が涙を流す姿に胸が痛んだ。残された伴侶である高齢のお婆さんが、小さな肩を丸め震えながら号泣している姿が特に痛々しく、たまらないものがあった。

一方で葬式は久々に遠くの親戚も近くの親戚も、あるいは近所や会社など様々な縁ある人々が集まる機会でもあって、賑やかだ。田舎の小さな一軒家にはとても入りきれないほど座敷にオトナが集まって、料理をつまんでは酒をあおり、言ってみれば宴会めいた雰囲気になる。幼い子供たちは庭で遊んだりと随分大らかで、棺のある一つの部屋を除いてみれば、まるで節句や正月といった賑やかな会合といった風だ。

私や母、あるいは他の女性陣は、こういった宴会がスムーズであるよう――ひいては、亡くなった彼を心底悼む方々が存分に泣けるように――料理を作ったり、お酒を運んだり、食器を洗ったりと、家事全般をお手伝いしていた。とはいえ、私などは本当にただの"手伝い"で、包丁を握ってウン十年の母や叔母の足手まといにならぬよう、必死に食器を洗っていただけなのだけれど。

まぁそれでもさすがに疲れて、ちょいと外の空気でも吸おうと廊下を歩いていると――襖が僅かに開いた部屋があることに気づいた。おそらくここに住む誰かの私室だと思い、閉めておこうと襖に手をかけると、中に子供と女性がいることに気づいた。小学校高学年ぐらいの男の子が、ちゃぶ台の上でノートを広げて、何か書き物をしている。それをじっと見つめる女性はきっと母親だろう――と思った瞬間、母親らしき女性と目が合った。

「こんにちは」――互いに頭を下げる。

会ったことのない女性だったが、葬儀に子連れで来ているということは、きっとここの親戚なのだろう。私はそんなこともわからないくらい、この家絡みの親戚から遠ざかっていたのだけれど、当然あちらも私を知らないだろう。薄情ではあるけれど、親戚だからといって必要以上に話し込みたくない私は、それなりの挨拶をしてその場を去ろうと思っていた――のだけれど、残念ながらそうはいかなかった。

「このコ、来週受験なんですよ」

彼女は亡くなった男性の次男の嫁とやらで、つまるところ目の前にいる男の子は孫にあたる。私などよりずっと近い関係にある彼女と男の子が、部屋に閉じこもっているなんて、と疑問に思った瞬間、彼女が口火を切った。

「はぁ。受験ですか」
「中学受験なんですけど…」
「はぁ。追い込みですね」
こうして書いてみると、いかに自分が気のない返事をしていたかしみじみと実感するのだけれど、この受験という言葉を耳にした瞬間、ヘナヘナと力が抜けてしまったのだ。

「まさか、お爺ちゃんがこの時期に亡くなるなんて、ねぇ」
「ご愁傷様です」
微笑む彼女をなんだか直視できず――上目遣いで、それでいてこってりと黒いアイラインの引かれた目元に皺が何本も寄っていたからとか、口紅の色がショッキングピンクだったからとか、毛穴が見えなかったからとか、ぶっちゃけそりゃ厚化粧だろと言いたくても言えなかったからとか、そういうわけではなくて――なんじゃそりゃ、と開いた口が塞がらない思いだったのだ。

なんじゃそりゃ。

**********

その数日後に東京に戻って、たまった洗濯物を片づけたり掃除をしたりと家事に勤しんでいたのだけれど、ある日の午後に携帯が鳴った。昔の上司からだった。かれこれ、もう二、三年近く連絡をとっていないし――そもそも、申し訳ないのだけれどこれから無縁でありたいと願っていた人だった。苦手だったし、考え方や仕事に対する姿勢には全く共感できなかったし、加齢臭がひどかったし――つまるところ嫌いだった。

中途採用で私(とその同僚たち)の目の前に現れた"上司"だったのだけれど、確か一年ほど前に経歴詐称がバレてクビになった、と昔の同僚に聞いていた。やっぱりそうだったのね、と思い返せば納得できるエピソードはたくさんあったし、そもそもそんな彼を雇ってしまった会社もどうなのよ、なんて同僚の冗談めかした愚痴を聞いたこともあるけれど(その頃とうに私は退職していた)、今となっては笑い話で、すっかり思い出の一つとなっていた人なのだけれど。

一体どういうわけか突然電話があってビックリした。もちろん最初からこの人からだと判別できれば出なかったのだけれど、彼の番号などとうに消してしまったのでわかるはずもない。後悔しながら、「どうしたんですか?」と聞いてみた。

「そういえばさぁ、ちゅう太ちゃんさぁ、パチンコ屋に嫁いだんでしょ?」
「そうですけど」
「今度打ちに行くから、お店の名前教えてよ」
「……」
「ちなみに出る台とか知ってるの?」
「……」
「マージンあげるからさ」
「通報するぞ、テメー」

電話を切って、着信拒否した。

***************

それから愛鳥の検診に行くと、あまり結果が思わしくなく――かといって重い病にかかっているとか、持病の膵炎が悪化したとか、そういうわけではないのだけれど――先に亡くなった愛鳥のことを思い出してしまって、ひどく落ち込んでしまった。なんでもほんの少し体調を崩しているとかで、今すぐにどうにかなってしまうような可能性なんて殆どないことは先生も言っていたし、自分でもアタマの中で理解しているのだけれど、どうしても不安になってしまう。愛鳥の身体から命がどんどん流れ出ていくというのに、何も出来ず見ているしかなかった、やるせない日々の記憶が鮮明になってしまって――ダメだった。

憂鬱なことが続いたといっても、具体的には愛鳥のことしかなくて、それ以外は愚痴ってヤツである。まぁ、その……そういうわけで、これからもよろしくお願いします、皆さん。愛鳥は未だにちょっと具合が悪そうなので、更新が遅くなることウケアイですが――読んで下さる方がいると信じて。

よろしくお願いします。

コメントのお返事、今しばらくお待ちください。

| | コメント (1)

2007年1月31日 (水)

近況。

近頃ブログを放置していることが多くなり、えらい怠慢ぶりですが――頂いたコメントの公開もお返事も何もかも遅れていますが……申し訳ありません。ここ数日、ちょっとバタバタしておりまして、パソコンの前でゆるりとした時間を持つことができない状況です。

更新やお返事が遅れてしまうことも、もはや日常茶飯事となってしまった昨今ですので、こうして言い訳めいたことをつらつら書くのも恐縮なのですが、読んで下さっている方、未だに覗いてくださっている方、いらっしゃいましたら、いましばらくお待ちくださいませ。

数日後か、まぁ遅くても週末には更新なりお返事なりまとめて書ける予定です。

今後とも何卒よろしくお願いします。

| | コメント (0)

2007年1月19日 (金)

旦那の友達。

この数日間――例によってブログを放置してしまったわけで、コメントの公開が遅れてしまったじゅぁきさん、セイジョージさんには本当に申し訳ない限りで冷や汗をかいているのだけれど――ちょいと、忙しかった。忙しいって、子供もいない主婦に、一体何の用事があるんじゃいとツッコミが入りそうだけれど、珍しく私たち夫婦の家にお客がいたのだ。

お客と畏まって言うほど距離のある方ではない。旦那の、古い友人の男性だった。旦那と中学まで同じ学校に通い、その後ご両親の都合で関西へ移り住むことになり高校時代はそちらで過ごした。大学は東京の学校を受験しめでたく合格したので、その五年間(一年留年したらしい)は再び東京で過ごし、専門学校生の旦那とは麻雀、パチンコパチスロなど――随分遊び歩いたという。卒業後はご両親の暮らす関西に戻り、そちらで仕事を続けているのだけれど、今回なんでも東京での仕事があるということで、この間の土曜日からウチに泊まることになったのだ。

私も彼とは初対面ではない。旦那がまだ私の"彼氏"だった頃、何度か一緒に食事をしたことがある。一口に言えばとても頭の良い方で――日本では一番のエリート大学に入学したという経歴もあるのだけれど、そんなことよりも、目の前にいる相手を不快にさせないどころか十分に楽しませるテクニックを持っている方だった。何気ないことだと思われる方もいらっしゃるだろうが、これって、本当に難しいことなのだ。相手を不快な気分にさせぬよう、配慮しきることだってなかなかできるものじゃない。ささいな言い回しやニュアンス、その時の視線や仕草によって、ちょっと疑問の残る状況はどうしても生まれてしまうもので――親しい間柄であれば特別気にかけないものでも、まだ友達とは呼べない微妙な距離のある関係だと気にしてしまうような、本当にささいなモノなのだけれど――そういった小さな"ズレ"を相手に覚えさせない方だった。

細かいとか神経質だとか思われてしまうかもしれないが、意外と私ってば人見知りで、その上その場では楽しそうにはしゃいでしまう厄介なタイプなので、内心では相手のニュアンスや言葉の選択、仕草がどうしても気になってしまう。単純にその場が恙無いものになっていればよいだけなのだけれど、そのためにどうしても神経質に、そして緊張してしまうのだ。後から「あの時こんなこと言わなきゃよかった」とか「もっと違うニュアンスで言えばよかった」とウジウジすることなんて星の数ほどたくさんあるし、あるいは「あの人がこういう言い回しをしたってことは…」とやっぱり考え込んでしまうケースなんてザラにある。

だから彼のように、楽しい時間を作り出すことが柔軟にできる方はとても有難く、嬉しい存在だった。まぁ私が「あの時こう言えばよかったかな」なんて後から悩むことはたくさんあるけれど、彼の態度で私が悩んだことは一度も無い。その上、気を遣って無難にやり過ごすだけではなく、こちらを笑わせてくれるのだ。付き合いの浅い私も腹のソコからケラケラ笑ってしまうような――とても優しい方だ。それでいて、例えば昨今のニュースやパチンコ業界、あるいは趣味の話題もろもろにくっついてくる、彼なりのエッセンスは聞き手を引き込む面白さがあった。難しい話題でも決して退屈になることなく、こちらはフムフム頷いたり、時々笑ったりしながら、彼の口から流れる内容にノってしまう力があって――こういう方は本当に頭がいいんだな、としみじみする。

ちなみにウチの旦那はバカだ。旦那がする話なんていつも的を得ないし、要点が全くわからなくって、私はいつも「だから?」「それで?」「なんで?」と聞き返してしまう。5W1Hっていうのは文章だけではなく会話でも重要なのだけれど、旦那は全くそれを解していないのだ。まぁ、だから気楽に一緒にいられるのだけれど、それにしたって一体どうして旦那と彼が未だに親しい友人関係なのか……謎だ。
まぁとにかく、前置きが長くなってしまったけれど、私は彼の宿泊を歓迎していた。

……そう、歓迎していたのだけれど。

彼が宿泊することを旦那に聞いたときのことだ。

「お前がアイツと一緒にいて楽しいことはわかってるんだけどさ」
「うん」
「お前にしてみれば、心のどこかで嫌いになっちゃうんじゃないの? ああいうタイプ」

旦那は本当に泊まらせていいのか、ということを確認したいのだろう。それは、彼が今こそ韓国籍ではあるけれども、心は北朝鮮にある在日コリアンだからだ。もちろん旦那同様、日本の学校で教育を受けて日本人の友達も多い環境で育ってきたのだけれど、ご両親の影響なのか先祖への思いなのか、色々あるのだろうとにかく、心は北朝鮮にあった。だからといってキム・ジョンイルを支持しているわけではない。それでも、北朝鮮に対する自らのルーツとして打ち消せない強い思い入れがあることは確かだ。

もちろんそれだけで私が彼を全面的に嫌ってしまう理由にはならない。旦那は、「気持ちは北朝鮮にあるのに、日本で暮らしやすいからといって国籍を韓国にしたタイプを、オマエは嫌いじゃないのか」と聞きたいのだ。

「確かに……軟弱だと思うし、そういう姿勢は基本的に好きじゃないよ」私は言った。
そう、本当に好きじゃない。これまでブログでも似たような話題を何度も書いてきたけれど、国籍は決して、安楽に暮らすためあるいは"隠れ蓑"のツールじゃない。もっと、強い決心や覚悟や、あるいは愛着があって、そして素直な気持ちで選択するべきものだ。

旦那の古い友人である彼は、もとは在日"朝鮮"人で、彼のご両親などは――送金もしている。もちろん韓国籍になってからも、だ。その話は旦那から聞いたことがあるし、そんな話題になるたび、日本人である私はちょっと憂鬱になる。そして憂鬱になる気分を、私もたびたび旦那に漏らしていた。

「でも、アンタはどうなの?」私も旦那に聞き返す。
「オレも…心のどこかでは苦手だよ。まぁ国籍選択の姿勢まで、強く苛立つことはないけれど――アイツは、オレと同じ年齢で、似たような環境で育ってきたのに、どういうわけか朝鮮好きだし」
「それは……どこの国を好きかなんて、それはヒトの自由ってやつよ。私がイヤなのは、どこの国を好きかとか、ナニ人かってことじゃなくて、言ってみれば日本のシステムを理不尽に利用することだね、自分たちのために」
「まぁ、それもムカつくんだけど、アイツも、たまに、在日ってコトを押しつけてくるから」

旦那は国籍が韓国であることを除けば、政治や経済やもろもろのニュースに対する考え方も、会話のニュアンスも好みも、まるで日本人だった。この国籍が韓国であるのに心は日本人という立場も曖昧で、私は好きじゃない。でも義母と国籍が違ってしまうなんて、一体義母はどれだけ寂しいことだろう――だから、私たちに子供ができたら必ず日本籍を取得することを条件に、結婚した。
そんな旦那は、「在日ってコトを押しつけてくる」――つまり、在日であるという連帯感を持って接されるのが苦手だったし、むしろ大嫌いだった。まぁパチンコ屋なんてものをやっているとそういうタイプの人間に会うこともしばしばだし、旦那も対処に慣れているのだけれど、「オレはどうしたって北朝鮮にも韓国にも愛着が湧かないし、自分の育った日本が好きなんだ」という強い気持ちがあるのに、それを声を大にして言えないジレンマがあるのだろう。

「でも…友達なんでしょ?」面倒そうな表情をしている旦那に確認する。
「まぁね。確かに、友達だよ。一緒にいて楽しいから」
「私も一緒にいて、楽しい相手だよ。たとえ、軟弱な理由で国籍を選択する人であっても」
「……うん」

難しい。

アカの他人であれば、一体ナニをしているんだと簡単に苛立てる事由であるというのに、親しいとどうしても、気持ちがグラついてしまう。こんな私も、軟弱なのかもしれない。

「じゃあ、アイツが、オマエの前で、北朝鮮がどうだとか在日の力がどうだという話題をしたら、どうする?」
「それは絶対にないでしょ」私は笑った。彼は、"とても頭のいい"人なのだ。決して目の前にいる相手を不快にさせない人なのだ。今までも一度だって、彼の口から朝鮮半島の絡んだ話題を耳にしたことがない。きっと彼が私を気遣っているのだ。そのことは私も解っていたし、私だってそんな話題を仕掛けたことがない。

「まぁ、そうだよな、アイツは絶対にそういう話をしないよなぁ。オマエの前で」
「いや、でも、万が一だよ」しみじみする旦那に私は言った。「万が一、そういう話題になって、私が不快になるようなことがあれば、キッチリお相手するよ――アンタに在日の連帯感を求めていてもそうするね」
それを聞いた旦那はそうか、と頷き、クククと笑っていた。全く何が楽しみなのだろう、本当にバカ……と私は溜息をついた。

旦那の友人である彼が、例えばどんな出自で、どんな思想を抱いていて、そこからどういった行動を選択するのか――殆どが私個人に関わりのない話なのだけれど、中には私が知ると苛立つ内容もある。その苛立つ内容を旦那から聞いて、面倒で憂鬱で、一体どうしてそんなことするんだという気持ちが芽生えるのだけれど、彼自身の口からその内容が流れてこないその気遣いを大切にしたい気持ちもあった。相手から売られているわけでもないのに、こちらからいちいち口論をふっかけるのもむろん大人気ない行動だし、なんといっても彼は一緒に会話をしてとても楽しく、優しい相手なのだ。そんな相手との関係を、簡単に失いたくない気持ちが強かった。
ただ、私のこういった姿勢はやはり軟弱なのかもしれない――微妙な迷いが、「不快になるようなことがあればお相手する」というセリフに繋がった。

もちろん、彼が宿泊している間、一度たりともそんな話題になることはなく、とりとめのない日常の話、仕事やニュースの話、色々とおしゃべりをして酒を飲んで、とても楽しい時間を過ごした。旦那も私も「まるで新しい家族ができたみたい」と新鮮な気持ちを味わっていた。まるで親戚のおじさんやお兄さんができたような慕わしさがあって、彼が東京を離れるときは二人揃って「もっと泊まっていけばいいのに」「週末までいれば?」と、本気で引き止めてしまうほどだった。

北朝鮮も韓国も朝鮮半島も、在日コリアンも、そんな話題も上がらなければ、そんな話題をしたいという感情すら湧かなかった。色々お話をして、笑った――こうしてみると、やっぱり私もだらしない姿勢を持つ人間の一人なのかもしれない。それでも、仕方がないのだ。楽しさには、勝てない。

| | コメント (4)

2007年1月13日 (土)

新年一発目の風邪。

実は――というほど、隠していたわけでもなければ皆が驚く意外な話題というわけでも何でもないのだけれど、六日からの三連休は実家に帰省していた。七日を過ぎる前には両親や親戚に新年の挨拶がしたかったし、むしろ都合のつく限りそのようにすることが礼儀かなとも思っているし、みんなで酒が飲みたかったというのもある。

ただ残念なことに、旦那は東京に残り帰省は私一人ですることになった。私たち二人で家を空けてしまうと、体重も徐々に増え始め黒い瞳をクリクリキラキラさせている、愛鳥が独りぼっちになってしまうからだ。一泊二日どころか二泊三日、酔い方によっては三泊四日にまでなりかねない帰省なので、さすがに一人(一羽)で留守番させるわけにはいかない。かといって連れて行くこともできない。何でも小鳥はなかなかデリケートで、環境が変わると急にご飯を食べなくなってしまうケースも決して稀ではないという。体重増加が目標の今、ご飯を受け付けなくなってしまっては元も子もないわけで――。

そんなわけで、私一人で帰省したのだけれど、いやこれがなかなか、楽しかった。親戚とのおしゃべりに笑い転げてもいたけれど、久しぶりに父と二人きりで、しこたま気兼ねなく飲む時間が持てた。世紀のお父さんっ子、言い換えればファザコンを自負する私にとってみればこれはとても大切なことで、どれだけ吐こうと翌日二日酔いに悩まされようと、有意義な時間だった。よかった。

ちなみに帰省していた間もブログが更新されるよう、書き溜めた(というよりもつらつら書いて溜まってしまった)ものをセットしておいてみた。それで六日から八日の間は毎日更新されていたのだけれど、ココログ機能をいじることはできなかったので、頂いたコメントの公開やお返事などが大幅に遅れてしまった。申し訳ありませんと同時に、どうもありがとうございました。仮にコメントが届かなくなってしまってもブログは続けられるし、続けていく気持ちはあるのだけれど、やっぱり読んで下さった方の感想なり、笑いなり、報告なり、何かしらのレスポンスがあるとなんだかとても嬉しいわけで(そりゃ失礼な方は例外ですが)――わざわざ書き残して下さったことそのものがとてもありがたいし、そもそも読んで下さっていることに感謝の気持ちが湧き上がる。そりゃ、検索やら何やらでひっかかってこのブログにたどり着くことはそう難しくないのだろうけれど、それにしたってインターネット上にはホームページやらブログが星の数ほどあるわけで、その中でこのサイトを見つけてくれたり、読んで下さっている方がいるなんて、私にとってみれば奇跡なのだ。そんなわけで、不束者ですが、読んで下さっている方もいつもコメントを残して下さる方も皆様、今後ともよろしくお願いします。




……という内容を、三日前にはアップする予定だったのだけれど。




また風邪をひいて寝込んでいた。実家からこちらに戻った翌日だか翌々日だかに、「うーん目がショボショボするなぁ、肩が痛いなぁ」とちょっとした不調を覚えていたのだけれど、飲みすぎたのかなとタカを括っていたのだ。実家でたらふく飲んで食べてエネルギー満タンとなった私は、東京に戻ってからも「なんだか調子がいいんだよねぇ」と言いながら無茶な晩酌をしていた(旦那もそれに便乗して吐いていたのは内緒だ)。腹が痛くなろうと、頭が痛くなろうと、それはただの二日酔いで胃薬を飲んで愛鳥と遊んで半日も経てば、スッキリするだろうと――勘違いしていたわけで。

熱を測ればしっかり38度を超えており、「朝鮮戦争かよ!」という無駄なボケをかました後ひたすら眠り続け、本日、お陰さまで完治した(そういうわけで、SRさん、本当にごめんなさい…)。

昨年末も体調の優れない日々が続いたし、風邪もしばしばひいて、「もう若くないのかな」なんて落ち込んだものだ。健康な身体がただ一つの取り柄だと信じている私にとって、病に、それも日常的にかかりやすいとされる病である風邪で寝込んでばかりいるなんて、情けなくて仕方がなかった。むろん重い病気なんて一生涯無縁でありたいのだけれど、寒暖の差が激しい時節であろうと、クーラーにあたりすぎてしまった日であろうと周囲が風邪やインフルエンザで参っていようと、ケロリと過ごしてきたあの時間と身体はもう戻ってこないのかな、と悲しくもなった。

どうか今年は健康でありますように、と新年を迎えたこの矢先に――風邪。

まぁ、飲みすぎれば誰だって体調を崩すものだし、免疫力だって少なからず低下するだろう。その上、私は、まぁ、詳細は省くけれど、いつになく、どうしようもなく、何日も、アホみたいに、わりと、結構、飲んでいた。飲んでいて身体が温まっていることをいいことに、薄着でコンビニに行ったこともあるし、家の中でいつも履いている冷え性対策の厚手靴下を脱いでいた。食事も――二日酔いで朝食がマトモに喉を通らなかったり(喉を通らないという表現は元来こんな文脈のためにあるのではないのだが)、実家での晩御飯はビール、東京での晩御飯もビールといった具合で――。

そりゃ、風邪もひきますわ。

まぁ、どんなに不摂生な生活をしていても体調を崩さないのがスマートだし、むしろオトナの常識だろう。公のお勤めに出ているわけではないけれど、主婦だって一応家事というお仕事を抱えているわけで、これが滞ると本当に家の中は薄汚れてしまうし、食事だって外食しなきゃならなくなるし、洗濯物は溜まっていくし……で、こうして書き連ねていくと「でも金を稼いだり増やすお仕事じゃないしなぁ」と一体何が重要なのかハテナな気持ちになってしまったけれど、とりあえず私の心の中では大切な、与えられた役割なのだ。オトナとして主婦として、しょうもない理由で風邪をひいて寝込んでいては、ダメだ。

なんてちょっと反省した、ここ数日なのだ。

| | コメント (8)

2007年1月 6日 (土)

下品な渋谷の自警団

何日か前、テレビ朝日のワイドショー(ワイドショーのくせに、いっぱしの報道ぶった昼間の番組)で観たのだけれど、なんでも渋谷には自警団の方々がいらっしゃるのだそうだ。男性数人で渋谷の街を練り歩き、路上駐車や喫煙、各店舗敷地外での呼び込み、下品にはしゃぐ若者といった、様々な迷惑行為に対し注意をしていく。平均年齢はちょっとわからないが、見たところ、中年にさしかかったか、あるいはそれを超えたほどの男性が多いようだ。

学生時代の遊び場がもっぱら新宿であった私は、どうにも渋谷は馴染みが薄い。大学から近い繁華街が新宿だった、という理由も大きいが、上京したての頃はこんな田舎モノが渋谷を歩いたらカッコ悪いだろうなぁと気後れしていたし、東京での生活に馴れた頃は、渋谷は女子高生(高校生)の街だというイメージがやたら強くって、やっぱり気後れしていた。とにかく渋谷ってオシャレな街なのだ、という先入観がどうにも払拭できず、多少は歩くようになった今でもいまだに自分が落ち着ける店(雀荘も含めて)を見つけていない。せいぜい、24時間営業し続ける居酒屋「やまが」ぐらいである。新宿はその点、オシャレスポットもありつつ小汚い居酒屋、雀荘、ひいては二丁目という世界もある。別に小汚い居酒屋に進んで入ろうとはビタ一文思わないし、だからといってナンなのだけれど、やたらと歩きやすい。新宿を歩いている人々はあからさまに多種多様で、一般化され難いからかもしれない……まぁ、そんなの、渋谷だって同じなのだけれど。

だから東京に住んでいるくせに、渋谷の街を見るのは殆どブラウン管越しだった。サッカーの国際試合があれば大暴れする若者、深夜とりあえず座り込む若者、それらを叱責してはヤメさせようとする警察などのオトナ達――渋谷が映し出される一つのパターンだ。かといって、渋谷の街を歩く若者全てがイカれてしまっているなんて思わないし、きっとその傍には、ごく普通の生活を保つ人々が歩いているのだろう。まぁでも確かに、何かに暴走してはしゃぎまわったり、帰るアテもなくうろつく若者が多い街ではある。新宿にはあまりこういった光景は見られないし(せいぜい早慶戦後のコマ劇前ぐらいで、集まる人間は大学生である)、若者よりはオトナのちょっとダークな厄介事の方が目につくかもしれない。

これからの世の中を形作る若者が道を踏み外しているのならば引導を渡さねばならないし、若者にダメな大人の姿を見せぬためにも、オトナの迷惑行為にはきっちり注意する――渋谷の自警団の方々のモチベーションは、そんなところだろうか。もちろん、渋谷を美しい街にすることも目標の一つなのだろうけれど。何にせよ、ご立派な志だ。

そんなわけで、渋谷の自警団の方々が街を闊歩するVTRを観ていたのだけれど。



……酷い。



例えば違法駐車やキャッチセールス、路上喫煙に対して、しっかり注意するその行動は立派なのだけれど――最初から最後まで言葉遣いが酷い。「ヤメろ、コラ」だの「かかってこいや、コノヤロー」だの、これでは違法者と同じ土俵にいるのと何ら変わりがない。品性が、全くない。
あろうことか、「死ね!」と発言しているメンバーもいた。あるキャッチセールスに携わる若者が、自警団の姿を見て颯爽と逃げていく。その際、若者は「死ね!」とメンバーに捨て台詞を残した。それに対しメンバーもひるまず、「死ね!」である。
……なんじゃそりゃ。脱力してしまった。

確かにふてぶてしい人間も多いため、それなりの腕っぷしを感じさせられるような迫力は必要だろう。ただでさえ、他人を省みることができないからこそ迷惑行為に手を染めるのであって、そういった人間が他者へ粗暴な態度をとることもまた珍しくない。自警団である以上、そんな輩に負けるわけにもいかないわけで、相手を威圧する空気を作り出すことも有益だろう――が、だからといって、初っ端から喧嘩腰ではオトナとは言えないし、私が若者であればそんな奴らの言うことには耳を貸したくない。全く品性がなく、尊敬も信用もできないからだ。

また、こんなシーンもあった。路上喫煙を注意された若者が、「なんでオマエラ最初からタメ口なんだよ!」と食って掛かる。むろん悪いのは若者で、喫煙者としてのマナーを持つべきなのだけれど、その時既にこの自警団に懐疑的だった私は思わず、「おぉ、果敢だなぁ」とその元気に笑顔を作ってしまった。タメ口をきいていい場合とそうでない場合を彼は知っていて、だからこそその疑問を初対面の自警団にぶつけている。オトナとコドモが相対する、その場面で――自警団のメンバーは、はっきりとした答えをそこで提示しなかった。
逃げたんだな、と視聴者である私は感じた。その答えは別に論理的でなくともいいのだ。「アナタはコドモでオレ達はオトナ」といった、感情論であってもいい。彼らなりの、自分たちの行動に対する理由を明言するだけでもよかった。逃げることが一番タチが悪い。自らの行動を説明できず、目を反らし言葉を濁す人間に、一体他人の何を注意できるだろう。まぁ、念のため繰り返し言うと、明らかに迷惑行為をしていたのはその若者なのだけれど。

彼らの自警団は私設で、警察などの公的機関とこれといった関係はないらしいが、なるほどそれだけあって甚だみっともなかった。例えるなら――そう、出来の悪い体育教師のような面々だった。志は悪くないのだけれど、それを体現するべき知性と品性に大幅に欠けるあまりに、説得力がない。人の振り見て我が振りなおせ、とは言うものだが、彼らにも「我が振り」は抜けているようだ。ひたすら、責めるのみ――荒唐無稽である。

他人様に注意をするためには、それなりの資格が要る。公的機関の人間としてそれを全うするには試験が必要だし、私的な場面であれば例えば相手との関係性――教師であるとか(まぁコレも公的機関で行われるものだけれど)――も重要な要素であるし、オトナであるとかコドモであるとか、目上か目下か、そういった立場も大切だ。けれどもしかし、最も重要な資格は、相手に対して模範となれる人間か否か、である。説得力のない人間が他人を説得するほど無駄な行為もないだろう。

自警団とは響きも立派だし、街を美化したい、若者を更正させたいといったお題目も決して悪くない。こういった団体が存在することは無意味ではないが、メンバーがこれでは無駄なのだ。彼らはある程度の「恐れ」を相手に与えることはできるかもしれないが、「畏れ」を全く感じさせない。それでは、問題の解決にならないのだ。父親の重みある言葉に頷くことはできても、竹刀を無駄に振り回す体育教師の言うことを一体誰が聞きたいと思うだろう。
必要以上に粗暴なセリフを吐くことなく、知性と品性とちょっとした腕っぷしを感じさせるような態度で、相手を大人しく信用させられるオトナはいないものだろうか。大雑把にまとめてしまえば、威厳が必要とされているのだ。たかが街の私設自警団に威厳なんてね、と思う方もいらっしゃるだろうが、それがなければ他人の是非を正すなんてマネはできない。

みっともないオトナの姿が、これまた情けないカタチで全国放映されたわけだ。

| | コメント (8)

2006年12月31日 (日)

皆様、よいお年を。

この数日、ひたすら飲んだり打ったりしていた。ひたすら、と言うとなんだかヤケ酒を煽っている感があるのだけれど、正月休みに入った学生時代の友人たち、また以前会社でお世話になった方と久しぶりに酒を飲んだ。また打った、というのもスロットではなく麻雀で、友人と卓を囲むのも実に……一年、もしくは数年ぶり。とにかく皆と遊ぶのは久しぶりで、それはそれはとても楽しくって、夜通しはしゃいでしまった。正月休みのない旦那には申し訳ないのだけれど。

特に会社でお世話になった方というのは先輩で、入社した頃、仕事の流れなり作業なり、あるいは昼食をとる店なり夜中飲みに行く店なり、ひいては気をつけた方がよい上司や同僚、一読すべき本、自分の短所や長所――実に様々なことをアレコレ教わったというのに、どんくさい私はいつも迷惑をかけていた。仕事でもたつくのはもちろん、悪酔いしてしまったときの介抱までしてもらっていた。そんなわけで、どれだけ親しげに一緒にいようと私にとってはアタマの上がらない方で、退職して主婦になった今はこの方の仕事や私生活諸々どうかスムーズであるように、とお祈りしているのだけれど――今年も元気そうでよかった。隔てのある付き合いではないけれど、トモダチと呼べるような肩を並べられる関係ではないし(なんてったってアタマが上がらないので)、こちらとしてはお祈りするしかできない。

まぁ、先輩だけではなく、私の周囲にいてくれている方々のシアワセに私自身が一体どれだけ貢献できるかって実際は何もできない。実家の両親にはしばしば連絡したり、数ヶ月に一度は帰省して様子を見ることしかできない。旦那にはなるべく滋養のある食事をとってもらうなど、健康を気遣うことしかできないし、それは何となくシアワセへの貢献と言うよりも、現在の私の仕事と言った方が正確な気がする。友達には、愚痴の電話がかかってきたら聞くとか――と言っても私の友人は精神的にオトナなタイプが多くって、滅多に愚痴をこぼさないのだけれど(だから私みたいなのと友達なのかもしれない)――…、しかし、それもなんだかシアワセへの貢献なのかと問われると、限りなくハテナだ。

シアワセ、なんて言うと、例えば朗らかな笑顔や団欒する人々の漠然とした画像、あるいはホンワカと暖かいイメージがあるのだけれど、現実ではそのカタチはバラバラで一概に一般化できない。バラバラだからこそ法律や常識などの不文律で、ライン分けする部分や、それなりのカテゴリが大まかに設定されているのだけれど、あまりにも大まか過ぎて困ってしまう。今まさに小さなヒヨコが身を震わせて卵から産まれる瞬間を、うっとりと目を細めて見る人もいれば、一体どうしてこんなヨノナカに生まれてしまったんだと悲観的な気持ちになる人もいるだろう。あるいは近しい人が亡くなった際、どうしようもない寂しさを覚える人もいれば、ようやく目の上のタンコブが駆除されたと心の中でほくそ笑む人もいるかもしれない。

人によって、これまで抱えてきた流れ――例えば文脈のようなもの――は必ず異なるし、感情は人の内側に生まれるもので、シアワセとはカタチではなく感情でまさに実感するものだから、――本当に多様なものなのだ。敢えてシアワセの定義を挙げようとするなら、例えば後悔のないこととか、常に自分と周囲を好きでいられることかもしれないけれど、それだって甚だ曖昧なものだし、やはり人によって感ずるものは異なるだろう。そんなわけで、ただ私ができることと言ったら、単純だけれどやっぱりお祈りするしかない。

パチンコ業界に対する規制は厳しくなるし、北朝鮮問題や拉致問題、共謀罪、教育基本法、被害者が泣き寝入りするような判決、税金や経済をめぐる色々にフセイン元大統領の死刑執行、給食費を一向に支払わない親、イジメによる相次ぐ自殺、三十年後には北極の氷が溶け出す可能性大、……単純にイヤなニュースほど心に残るから仕方がないのだけれど、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃと本当に面倒で厄介なニュースは耐えないし、なんとなく先の日々が暗いような、不安なイメージを払拭しづらい。まぁ、それでも、どうしたって生きていくというのは私たちの大前提ではあって――例え仕事がなかろうと失恋しようと受験に落ちようと、カネや住む場所がなかろうと、とにかく今泣きたいほど悲しい気持ちであったり、だるかったりしても――生き続ければ、世の中は続くわけで、この先の日々がなくなるなんてことはない。国や会社や社会の仕組にはなくなるものもあるだろうけれど、生き続ける限り、いわゆる未来という時間がなくなるなんてことは、どんなに厄介なニュースがあろうと今辛い状況にあろうと、ない。

その時間の中で、私の周囲にいてくれている方々や、このブログを読んで下さったりリンクして下さったりコメントを残してくれた方々が、少しでも多くのシアワセを感じられる機会に巡り合えることを願って――それでは皆様、よいお年を。来年も何卒、よろしくお願いします。

| | コメント (6)

2006年12月27日 (水)

死体のような女性

深夜に薄味でダシの効いた、讃岐うどんが無性に恋しくなってしまった。生憎家にうどんの買い置きはなかったし、関東育ちの私にはどうもあの味は再現しづらい。というより、作り方がわからない。インターネットで検索すればチョチョイノチョイなのだろうけれど、わざわざ深夜にそこまでのヤル気が湧かなかった。頑張り過ぎない勇気ってのはこういう場面でも必要だろう、というわけで深夜、讃岐うどんを求めて私たちは車に乗り込んだ。

「讃岐うどんなんて、久しぶりだねー」なんて助手席で私ははしゃぎつつ、それでいてちょっと深夜のドライブに胸を躍らせていた。讃岐うどんも久しぶりだけれど、深夜に二人で車に乗り込むのも随分久しぶりだった。もともと夜中のドライブが大好きだったので、ワクワクしてしまう。渋滞も人通りもない夜中に普段走れない道をのんびり進むなんて、とても楽しい。目を爛々とさせる私に「頼むから、無鉄砲にアッチ行きたい、コッチ行きたいと言うなよ」と旦那は忠告しつつ、ハンドルを握っていた。
なぜなら助手席で「あっ、ココの道走ってみたい」「今度はコッチに向おう」「山道行きたい」とやみくもに運転手を誘導し、自宅はおろか東京からいつの間にか離れてドコかの県にいる……というのは私の特技なのだ。今までも明け方、例えば富士五湖や五色沼や日光だとかで、旦那が「これからどうやって帰るんだ…」と呆然と頭を抱える姿を何度も見てきた。いやー、申し訳ない。

「いやいや、とりあえず腹ごしらえしなくちゃね」と私はニヤニヤしながら、これからの予定を考えていた。街にある深夜営業のうどん屋さんで食事して、それからとりあえず一番初めに目に入った青看板見て、右か左か決めて、最終的にはやっぱり山道だよねぇ、…なんてほくそ笑んでいたわけだけれども。

旦那が突然、車を止めた。急ブレーキだった。私の身体はガクンと前に揺さぶられる。

「もー、何? どしたの?」
突然の衝撃に驚いた私は旦那を睨んだ。
すると旦那は目を見開き、口を半開きにしていて――旦那も、何かに驚いているのだ。
「どうしたの?」
「……おい、アレ、見ろよ……」

旦那が声をひそめながら指差した方向は、横断歩道も信号もない、住宅街にありがちな狭い一本道が広がっていた。街灯がいくつか灯っていたけれど電球が暗闇の中に浮いているだけと言った風で、深夜の道を照らしきるには全く十分ではなかった。暗い。その中を車のライトがやたら白く、まぶしく前方を照らしていて――。


えっ。


私も言葉を失ってしまった。



道の中央に、女性が倒れているのだ。ゆるいパーマがかった長い髪が乱れ、手足はどれもまるで壊れた人形のようにあり得ない方向を向いていた。顔は美肌というわけでも厚化粧と言うわけでもない、ただただ血が通っていないような冷たい白さで、体温がひどく低いことが一目でわかった。申し訳ないけれど、とても不気味で――ホラー映画でよく使われる、女性の無機質な死体を思い出した――死体?


死体?


私と旦那はおもむろに「死体」という言葉を言い合い、それから慌てて車を降りる。旦那は携帯で119にダイヤルし、私は急いで女性の下に駆け寄る。肩をゆさぶると首がダランと落ちて、彼女の身体に力が入っていないことがわかった。唇は真っ青で、手を握ると氷のように冷たくて、こちらが痛みを感じるほどだった。ただ手首の脈をとってみると血管が上下しているような、ほのかな振動が伝わってきたので、どうやら最悪のパターンではないようだと旦那ともども胸を撫で下ろした。
それから私は彼女の手をさすりながら、旦那と二人でその場にしゃがみこんでいた。女性の顔を覗き込むと、なんとなく自分と同年代である印象を受けた。服装はシンプルなオフィスカジュアルといったスタイルだったので、おそらく仕事帰りなのだろう。それにきっと一人暮らしだ――この時間になっても帰ってこない彼女を心配する誰かがいるなら、彼女の携帯の着信音が聞こえてもおかしくない。普段は他人に冷たくて殆ど感情移入しない私も、一人暮らしが長かったのでなんだか心配になってしまった。私だって、同じ破目にあう可能性はあったのだから。



「救急車、遅いね」
「深夜だし…年末だし、しょうがないよ」
待ちかねた私に、旦那は意味不明な理由をつけて返す。
「深夜で年末で、救急車の台数減っちゃうわけ?」
「……たぶん」
なんじゃそりゃ、よくわからん。もっとマシな理由を想像できないのか、と旦那を心底アホだと思った。まぁ、旦那のアホは今始まったことではないのだけれど。
大きな溜息をつくと、旦那はちょっと言いにくそうに口を開いた。
「っていうかさ、オレさ、さっきから言おうと思ってたんだけど」
「何?」
「さっきから…」
「あーちょっと待って、動いたよ!」



彼女の手に力が入るのが、私の手のひらに伝わってきて――その瞬間、ガバッと彼女は起き上がった。
「起き上がれますか? 大丈夫?」
私たちの声が届いているのか、一瞬ぼんやりとした表情をこちらに向けたのだけれど、なんだか視点が定まらないようだった。立ち上がろうと、手足に力を込めたのだけれど上手くいかない。そのまま体育座りをして、膝に顔をうずめてしまった。
「今までここに倒れていたんですよ。救急車呼んだから、気分が悪ければもう一度横になってみたら…」
「救急車?」
ひどく気分の悪そうな声が返ってくる。それでも返事があったことに、ちょっと安心した私は続けた。
「そう、救急車。もうすぐ来ると思うんですけど」
「救急車?」
「はい、救急車。病院に行った方がいいかと思って…」


すると彼女は膝から顔を上げ、意志のある瞳でこちらを見た。
「救急車、呼んでくれたんですか!?」
先ほどとは打って変わって、ハリのある、大きな声だった。表情も少し笑っているような、驚いているような、とにかく血の通った顔をしていて、まるで死んだように倒れていたことが嘘のようだった。
大事なさそうでよかった、と内心ホッとしつつ私は答える。
「十分ぐらい前かな? 呼びましたよ。ひょっとしたらもう大丈夫かもしれませんけど…」
念のため、病院で何かしらの応急処置を取った方がいいのでは、と続けようとした私を遮って、素っ頓狂なカン高い声が返ってきた。



「スミマセン!! 今日、飲みすぎちゃって!!」




無事でよかったですね、と笑顔で戻っていった救急隊員の方々は、相当オトナだったのかあるいは同じ場数を何度も踏んできた賜物なのか、よくわからないけれど、優しい方々で本当によかった。もちろん、飲みすぎによる急性アルコール中毒だってバカにできない症状だから、彼女がこのまま病院に行ったっておかしくないのだけれど、既に血色もよくハキハキ話す彼女に応急処置が必要ないことは明らかだった。そもそも急性アルコール中毒であるならば、きっと今頃彼女の生命は危険な状況にあるわけで――単純に、酔っ払って道端で寝込んでしまったのだろう。


「だから、オレ、さっき『酒臭くない?』って言おうとしたんだよね」車の中で旦那が言う。「でもオマエは気づかなかったみたいだし、ちょうどあのコが起きたから…」
「早く言え。私は鼻が詰まってるんだ」
なんだか腑に落ちなかった私は、ちょっと苛立っていた。
だって、あの女性はこんな時間に道端で寝てしまうことに、何のリスクも感じなかったのだろうか? 酔っていたにせよ――いや、酔っていても持ち合わせなければならない、危機感なのではないだろうか。私だって酒は大好きだし、吐きながら街を歩いたこともあるし、偉そうなことは言えないけれど、唯一つ誇れることは記憶を失ったこともなければ、危険を招いたこともないことだ。むろん、誇れることと言うよりも当然なのだけれど。

誰だって飲みすぎて前後不覚になることがあるし、しょうもない失態を演じてしまうことがあるはずで、二十歳を超えたオトナとしてはみっともないことなのだけれど、まぁ酒を飲む人間としては一つの登竜門だったりする。自らの限度を知るいい機会だし、失態による反省もろもろを通して、周囲への気遣いができるようにもなったりする。場合によっては、さらに相手との仲が深まったりもする。もちろん、深酒しないにこしたことはないのだけれど、だからといってそれによる失態全般を全否定してしまうような思いはない。飲みすぎによる失態は、必要悪のようなものだと思う。

でも女性は――古い考え方かもしれないけれど、やっぱり身を守らなきゃならない。別に女性と一緒に飲んでいる男性の殆どが下心があるわけではないし、危険を呼ぶ相手でもないのだけれど、物騒な世間では一体何があるかわからない。それにどちらかと言えば、一緒に飲んでいる相手よりも、酒の入った女性は帰宅時に気を遣った方がいいかもしれない。こと夜中一人で帰宅するのであれば、少なからず酒を飲んだことを重々念頭に置いて、気持ちを引き締めた方がいいだろう。タクシーを利用するのも一つの手で、たとえ運転手さんがどれだけ帰り道に迷おうとおかまいなしに、入りこんだ住宅街の道を走ってもらい、自宅の目の前まで乗り付けてもいいと思う。それに女性の泥酔する姿は――私が言うのもナンなのだが――みっともないものだ。

まぁ、酒を飲もうと飲むまいと、女性は深夜の一人歩きそのものにある程度の注意が必要だし、できればしない方がいい。それでも残業や付き合い諸々でなかなかそうはいかないし、いつもコンビニが煌々と街を照らし、誰もが携帯電話を持っている昨今、深夜女性が危険な目にあうケースも少ないのかもしれないけれど――気を払っておいて、損は必ずないはずだ。
私などは田舎育ちの臆病者だから、残業で遅くなれば最寄り駅からタクシーで帰宅したり(運転手にイヤな顔をされてしまうけれど)、終電近くまで飲んでしまえばむしろ朝まで飲んだし(それもちょっと違うのかもしれないけれど)、今はあまり夜中の用事なんてないけれど、あればあったで旦那に送り迎えしてもらったりタクシーを利用したりと、なるべく夜は一人歩きしないようにしてしまう。
「夜」ってそこまで怖いものなのかと冷静になってみれば、そうでもない気もするし、ここまで臆病になる必要はないはずなのだけれど、自分でもどう折り合いをつけていいものやら判らなくなってしまった。それでも、今日無事であるのだから、なんとなくそれでもいいような気もしている。

――やれやれ、なんだか私、娘ができたらものすごく過保護に育ててしまうんじゃないだろうか。それはそれで、困ったな。

ちなみにその後、渋谷で旦那と讃岐うどんを食べて、首都高をひた走り、青看板を見てとりあえず海ほたるに行きたいと騒ぎ、さらに木更津まで行ったら――朝になっていた。旦那は頭を抱え込んでいた。ごめん。

| | コメント (4)

2006年12月26日 (火)

旦那までもがダウンしたわけで

このブログはなるべく毎日チェックして、できれば更新しよう…と思いながら続けているので、なんだか四日も五日も空いてしまうと、ひどくご無沙汰な気分になる。さすがに師走、年末年始シーズンというだけあって、近頃バタバタしてしまったのだ――といっても、大掃除は台所の水周りを残して終了しているし、お正月に向けて特別な家事なんてこれといってなかったのだけれど、旦那が風邪でダウンしてしまったのだ。

ちょっと睡眠時間が減るだけで肌が荒れたり、金属アレルギーや花粉症など、イッチョマエに現代人っぽい持病のある旦那なのだけれど、風邪やインフルエンザにはすこぶる強かった。季節の変わり目など風邪ウィルスが猛威を振るう時期には、喉が痛くなったり鼻をグズつかせたり、それなりの反応は見せるものの、全く熱は上がらない。幼少の頃からあらゆるスポーツを嗜んでいた賜物かもしれない。熱を出して寝込むなんて滅多になかったというし、本人も体力には相当の自信があるようだ。
自称・健康優良児(児、と言うのも妙だが)の私などは、去年までは喉や鼻の不調すらなかったのだけれど、今年に入って数回寝込んでしまった。そんな私を茶化しながら旦那は看病してくれて、「どうやら今年はオレの勝ちだな」なんて意味不明な優越感まで持っていたようなのだけれど――年の瀬になってとうとう、旦那も倒れた。

旦那が倒れたのは先週のことで、実に昨日まで寝込んでいた。およそ、更新をサボっていたこの四日~五日間ほどである。いやはや、本当に大変だった。彼が寝込むなんて、出会い以来なかったことだし、私も対応に困ってしまった。

先週のある晩――ちょうど旦那が風邪をひき始めた頃だ――旦那が帰宅し、そのまま寝室に向ったかと思うとベッドでぐったりしている。
「どうしたの? 風邪?」と聞くと、
「いや、大丈夫。メシ」と答えて普通に起き上がり、居間へ歩いていく。
それから白米に味噌汁、煮物などをもぐもぐといつも通りに食べ、「今日はオール1だったのに赤だったんだ…」とうんざりと憂鬱な様子で言うので、「まぁそういう日もあるさ」と私も適当に励ました。

その後旦那はシャワーを浴びて就寝し、翌日――なんだかだるそうにしていた。
手足を重そうに動かして着替えながら、「頭が痛いんだよねぇ」と漏らす旦那に、「やっぱり風邪なんじゃないの」と言ってみたけれど、「いや、多分疲れてるんだよオレ」と笑い、仕事へ出かけていく。
そして帰宅後、スタスタと寝室へ向かい、またベッドでぐったりと脱力し目を閉じている。
「もー、だから風邪でしょ?」としびれを切らして言うと、
「いや、身体のフシブシが痛いだけ」と薄目を開けて答える旦那。

オメェ、そりゃ、熱が出てきてる証拠だよ。

「風邪かどうかハッキリさせるために、熱を測ってみて」と体温計を差し出すと、「疲れてるだけなんだよー」と抵抗。


なんなんだ、オメェ。(←敵意)


無理ヤリ体温計をわきの下に突っ込み、測ってみたところ実に38度9分の熱が出ていることが判明した。
「立派な風邪だねこりゃ」
「…………」
勝ち誇ったような私の態度がいけ好かなかったのか、旦那はムッツリしていた。普段、健康であることを自負している人間は不調になると大概、こうなる。学校や会社で皆がバタバタと風邪ウィルスに倒れる中、ひとりピンピンしていた経験が多いため、「なんて自分がこんな病気にかかるんだ」と最初は信じられないのだ。例えば内臓などの何かしらの疾患で倒れることがあっても、風邪という、あまりにも一般的な病気に倒れるなんて無縁だと思ってしまう。私だって最初はそうだった。いや、ここまで強情ではなかったけれど。

「き、気力で治るはずだ…」
「いや、治らないから。寝ろ」
溜息をつくように足掻く旦那に最後通牒をつきつけ、ようやく寝かしつけたのだけれど、いやはや全く、後悔した。なんで前の日に熱を測らせなかったのだろう。そうしたら38度以上もの熱は出ていなかったかもしれないのに。主婦の責任をつくづく感じた夜だった。

そんな申し訳なさで私もちょっと気落ちして、温かい粥や胃に負担のかからないような煮物など、病床にある旦那が食べやすい食事をたくさん用意した。ビタミンCをたくさん取れるように緑茶を、あるいは水分補給のためにポカリスエットを彼の枕元に置いて、その額には冷えピタをしっかり貼り付けた。
さすがに風邪であることをしっかり受け止めたのか、旦那は神妙に食事をとったり解熱の薬を飲んでいた。
「明日、仕事どうする?」
さすがに39度近くもの熱が一晩で下がるとは思えなかったし、よしんば下がったとしても、明日は安静にしておいた方が無難かもしれない。それなら、今のうちに義母に連絡して、彼が明日動けないことを伝えておかないと仕事に支障をきたしてしまう。

すると、だ。
粥を口の中でもぐもぐさせていた旦那はハッと目を見開いて、言ったのだ。

「あー明日お母さんにハンコ貰わなきゃならん書類が…」

その一言がきっかけで、翌日から私が旦那に代わって雑務を手伝うことになった。ペーパードライバーの私はまさか煩雑した都内の道路を走り回ることは出来ず、電車で義母とウチと店と銀行を行ったり来たり、あろうことか義母に「ちゅう太ちゃん、パソコンできるよね~」と甘えられ、まるで小娘のようにはしゃぐ義母の注文を断ることも出来ず(いや、なんではしゃいでいたかよくわからないのだけれど、多分、何かが新鮮だったのだろう)、夜には義母のもとで事務仕事をしていた。
途中、「旦那の様子を見に行こうと思うんだけど…」と、おずおずと申し出てみると、「いやー、いいじゃないそんなの」と義母は満面の笑み。なんでじゃい、アンタの息子だろーが、と呆気にとられてしまったものの、楽しそうな義母のテンションを崩したくなかったし、心のどこかにこの状況を面白がっていた自分もいたので、断れなかった。
そうして数日過ごした後、ようやく旦那の熱が下がった。


そんなわけですっかりブログを放置してしまったわけだけれど、忘れられてませんよね、私? コメントを下さった方々、なんだか公開やお返事が遅れてしまいましたが…申し訳ありません、決して頂いたコメントに問題があったわけではなくて、単なる個人的な事情です。

しかし今年の風邪は――って毎年言われていることなのだろうけれど――少なくとも、健康であることに自信のあった、私たち夫婦がダウンするぐらいだから相当なもの。もちろん私たちは、以前書いたように生活がどうしても不規則になってしまうから、それによって体力が衰えてしまうのかもしれないけれど、とにかく風邪なんて無縁であることにこしたことはありません、というわけでお気をつけ下さい……全くオチが適当になってしまったけれど、この辺でごきげんよう皆様。

| | コメント (12)

2006年12月17日 (日)

闘病の思い出とその記録

膵炎――膵臓機能が低下し、栄養の吸収が上手くいかない病――を患った愛鳥だが、このところすこぶる元気だ。とはいえ、まだ標準体重の一歩手前でちょっと小柄な感は否めないのだけれど、ごく普通に食事をし、遊び、飛び回り、鳴きと、具合の悪さなど微塵も感じさせない日々が続いている。主治医の方も「あとはもっとたくさん食事をとらせて、標準体重を少し超える程度に太らせればいいでしょう」と仰っていて、以前よりずいぶん回復したことを実感する。一時期は本当に食事がそのまま流れ出たような形状の糞をしたり、体重がみるみる落ちて痩せ細ってしまったり、ひたすら体力が失われる一方で、最悪の事態を覚悟していたのだ。その頃、つがいで飼っていたもう一羽を亡くしたばかりだったので、私たち夫婦はより一層、何をしても報われないやりきれなさに気が滅入っていた。日々の通院や看病に疲れていたせいもあるかもしれない。

愛鳥の病がひたすら悪化していたある日、とうとう体重が60グラムをきってしまった。標準体重が80~100グラムであると言われている種(オカメインコ)であるというのに、60グラムをきるつまり50グラム代というのは相当痩せ細ってしまったわけで、1グラムの体重が病と闘う小鳥の生命を左右することを考えると、言ってみれば緊急事態だ。およそ二日おきに通院しては検査をし、自宅では愛鳥の腹の中が空にならぬよう数時間おきに薬入りの食事や水を与え、何かあった際には迅速な対応がとれるよう夜も昼も常に私か旦那のどちらかが愛鳥の傍らで見守るなど、ひたすら看病に心を砕いていたというのに――愛鳥の体重や体力は減少するばかりだった。それでも鳴き声や仕草がわりと元気で、「遊んで欲しい」と言わんばかりに熱心に鳴く姿がいじらしく、より私たちの心を締めつけた。

「60グラムをきってしまったら、定期的な強制給餌と抗生剤による治療をするため、絶対に入院させましょう」と主治医の方が仰っていたので、すぐに病院へ向う。それまで先生はあまり抗生剤や入院を薦めていなかった。
もともと小さな小鳥の身体に抗生剤は負担となるし、ただでさえ愛鳥は生後二ヶ月の“赤ちゃん”なのである。生き物として一番抵抗力の少ない敏感な時期に、抗生剤は両刃の剣となるだろう。また、小鳥は環境の変化に大きなストレスを覚えやすいため、入院によって食事をとらなくなってしまったり、食べても吐いてしまうことも稀ではないのだという。そうなると事態はより悪化しかねない。入院することによって自宅よりもより効果的な治療を集中して行えるのだけれど、それによるリスクも相当あるのだ。
こういった理由で、治療にあたる先生はなるべく愛鳥の負担にならぬよう考慮して下さっていたのだけれど、緊急事態となると話は別だ。愛鳥はその日、入院となった。

あれから一ヶ月ほど経過した今でも、その日の記憶は鮮明だ。私も旦那もとても心配で、胸が震える思いだった。お互いに「どうしよう」と言い交わしてばかりで、一体どうしたら愛鳥も、そして私たちも普段通りの平穏な生活と感情を取り戻せるのか、全くわからなかった。それに看病が報われない無力感、また一緒に暮らし始めて一ヶ月も経たぬうちにこんな状況にあるという当惑が極限に達してもいた。二羽を迎えたときは、もっと賑やかに育児を楽しむはずだったというのに、私たちはほんの数日しかその賑やかさを味わっていない。愛鳥たちが生命の危険と直面する事態はもっともっと先だと楽観視していたし、それは非常に身勝手で甘い考え方だということは理解していても、それでも「なぜ今なのか」という残念な問いかけが心の中でこだましていた。

と、同時に――不思議なものなのだけれど、私も旦那も、心のどこかで安堵を覚えていたのも事実だ。それは、神経どころか精神をもすり減らすような、自宅での看病やプレッシャーからの開放によるものではない。もっと単純なもので、「あの先生が集中的に診て下さるのだから、きっと大丈夫だ」という思いだった。主治医の先生への信頼感が、まるで地獄絵図の片隅に描かれた仏様のように、どうしてもやりきれない暗い心の中をひっそりと照らしていた。

その先生は、先に亡くした愛鳥が通ったところとは全く別の病院を運営している、小鳥専門の獣医さんだ。亡くなった愛鳥が通った病院での治療に疑問を抱いた私が、ネットで見つけた病院である。患者としてはとても安心して通える非常に優れた先生で、この先生に巡りあえたことを私はとても幸運に思っている。
飼育に関する様々な指摘はもちろん、病気や治療に関する内容も、獣医学に素人な私でも理解できるよう丁寧に説明してくれていた。膵炎がいかなる病気でどのような弊害を愛鳥にもたらすのか、そのために私が出来ることは何か、またどのような治療が必要なのか――どれも具体的な説明だった。検査一つするにあたっても、その検査が必要な理由まできちんと述べてくれていたし、検査結果が映されるモニターを共に眺めながら、これが白血球ですとか、澱粉質ですとか、映し出された全ての物体とその理由や意味について教えてくれた。お陰で、一体何が愛鳥の身体に起きているのかといった不安とは無縁だったし、やみくもな治療が行われている印象は皆無だった。私は「愛鳥の具合を理解している」という飼い主としての安心感を得られたのだ。
そして何よりも有難いのは、愛鳥が病院で緊張せぬよう上手くあやしてくれることだ。小鳥はとかく、移動や環境の変化など、人にとっては何気ないことでストレスを覚えてしまう。こと通院は、移動した上に検査で普段とらない姿勢を飼い主以外の慣れない人間にとらされるために、相当なストレスになるらしい。なるべくそのようなことがないよう検査中はもちろん、私と先生が会話している最中も愛鳥を優しく撫で回したり声をかけたりと、先生自ら愛鳥に覚えられるよう心を寄せてくれていることが伝わっていた。確かに愛鳥が先生に懐いてしまえば、通院そのもののストレスは減るわけで――先生の気遣いは、飼い主としてとても有難く嬉しいものだった。

そんなわけで、私はとても主治医である先生を信頼していたし、そんな私を見て旦那も安心していた。入院するほど悪化した病と、愛鳥と離れてしまうことへの不安、また自分達は何もできないという無力感に苦しみながらも、「きっとあの先生の傍にいれば」という希望が心のどこかに、ひそやかではあるけれども確実に存在していた。愛鳥が快方へ向うことを願える余地があるという希望や安堵を、先生のお陰で持つことができたとも言える。

愛鳥の入院は四日間の予定だった。その間、先生は暇を見つけ私に電話をしては、愛鳥の様子や治療の内容を説明し――もちろん、だからといって全ての不安が消え去ることはないのだけれど――飼い主である私たちを思いやってくれた。一度面会に行った際も同様に丁寧な説明をしてくれたし、なんと愛鳥のカゴの中にはオモチャを入れてくれていた。愛鳥は環境の変化にちょっと戸惑ったのか、何度か嘔吐していたようだけれど、糞の形状は通常のものとさして変わりがなくなっていたし、体重も数グラムではあるけれど増加していた。嬉しかったし、やはりこの先生にお任せしてよかったという安堵、また数々の心づくしに感謝した。

愛鳥の退院後、体調はガラリと変わった。退院の際、先生は「本当はもっと体重が増えている予定だったのに…」と、僅か数グラムしか体重が増加しなかったことを悔いていたのだけれど、入院による集中治療の効果はその後顕著となる。自宅では従来と変わらず、薬を混ぜた食事と水を与え、愛鳥が空腹とならぬよう気配りをしていたのだけれど、一週間でおよそ10グラム体重が増え――70グラムほどとなった。愛鳥自身も少しずつ健康に近づいていることを実感していたのか、以前よりも「遊んで」と呼び鳴きするようになったし、自ら餌をつつくなど食欲も安定してきた。また、それまでちょっと気だるそうに見開いていた瞳が、クリクリと明るい光を放つようになって、私も旦那もますます愛鳥に夢中になった。

先生もとても喜んでくれたし、私たちは本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。あれから週に一度のペースで通院し、弱めの投薬は続いているけれど、日に日に愛鳥が元気になっていく様子が目に見えて伝わってくる。もう少しで愛鳥に見合った理想体重に手が届きそうなところまで回復したし、冒頭で述べたように「あとは太らせるだけ」――つまり、栄養吸収不全の状態に怯えずともよい状況となっているのだ。膵炎とは完治しづらく、そのため上手くつきあっていく方法を見出さねばならないと先生に教えられたのだけれど、つい最近先生が言うには、完治した状態に非常に近いところにいるのだそうだ。あとは、今後どんな病が襲ってきてもそれなりの免疫力が保てるよう、体重を増やすことに尽力するのみで……一時期の絶望感が嘘のようである。

とは言え、ダイエット同様に健康的に体重を増減することはそれなりに難儀で、なかなか理想体重に達しないのではあるが――それでもやはり、十分な回復をしたと言えるだろう。まだまだ安心しきってはならないのだけれど、始終愛鳥の傍で見守る必要はもうないし、栄養が吸収できず体重が減り続ける状況にあるわけではない。普通に食べていれば消化吸収ができるわけで、生きていけるわけで――もう、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるわけではないのだ。重くのしかかっていた生死の瀬戸際への覚悟と不安が取り払われた私たちは、それはもう、ごく普通の喜怒哀楽を感じられる生活をまるで生き返ったかのように過ごしている。旦那の仕事によって生活は不規則になってしまうけれど、健全な精神状態はこのようにあるべきなのだな、としみじみしてしまう。

人間でも膵臓を痛めると治療が難しいというのに、愛鳥は小さな身体でよく闘ってくれたとその生命力に感嘆する一方で、やはり丁寧な治療を施してくれた主治医の先生への感謝は尽きない。例え他の小鳥専門の先生でも回復した可能性だって十分にあるのだけれど、この先生だからこそ愛鳥はここまで元気になったのだと思ってしまう。と同時に、先に亡くなってしまった、つがいであったもう一羽の愛鳥も、この先生に診せていれば……という後悔が募るばかりだ。

亡くなった愛鳥は「そのう炎」という、膵炎よりもずっと小鳥がかかりやすい、言ってみれば実にポピュラーな病で亡くなった。人間で言う風邪のような一般的な病である分、治療方法も十分にある病であった。むろん、治療にあたっては小鳥自身の体力がその後を左右するし、発見が遅れ病状がかなり進行してしまうとなかなか手の施しようもないので、必ず完治する病とは言い切れない。それでも、小鳥の十分な体力と早期発見、またしかるべき治療という条件が揃えば、かなりの確率で助かるものらしい。
亡くなった片割れへの後悔は尽きないし、飼い主として何もできなかったやりきれなさは未だ払拭できず、大きく責任を感じている(当然なのだけれど)。しかし、それでも、その頃通っていた病院での診察や治療を考えると、今でも疑問が残るし、そもそも片割れが病に侵されたのはペットショップにいる頃からなのだ。二羽を迎え入れて、すぐにその病院へ健康診断に行った際に「そのう炎のようです」と医者に言われていたのだから。

私たち夫婦が優良なペットショップと病院を見極められなかった責任は十分にあるのだけれど――今でも、どちらの施設にも疑問が残るし、怒りすら覚えてもいる。自分たちの責任を擦りつけたり、失った悲しみを晴らすためにみっともない行動を取りたくはないけれど、やはり優等生になれない私はそのペットショップでの飼育環境や、病院での治療について、ちょっと書いておきたい。パチンコとかパチスロとかギャンブルの話題が多いこのブログだけれど、中にはペット、とりわけ小鳥を飼育している方がいることを信じて、そんな方々へ何かしらのお役に立てれば、とも思う。というわけで、今しばらく愚痴に付き合ってくださいませ皆様。後日書きます…というわけで、失礼をば。

| | コメント (6)

2006年12月15日 (金)

とほほ、な体調。

最近、いとも簡単に体調が崩れる。二週間ほど前には風邪をひいて寝込んでしまったし、その後はしばしば片頭痛やのどの痛み、腹痛など、寝込むほどではないのだけれど動きづらい程度の痛みに悩まされている。

法事などの特別な用事以外で学校や仕事を休むなんてことも滅多になかったし、花粉症や皮膚などのアレルギーも一切ない。寝込むなんて例えば風邪ぐらいなものなのだけれど、せいぜい年に一回ひくかひかないかといった程度で、毎年冬に流行するインフルエンザにも全く縁がなかった。つまるところ、私はすこぶる丈夫なのだ――と、自分では思っている。強いて身体の脆弱な部分を挙げるならば胃で、思春期の頃には胃下垂になっていたし、食後はたいていキリキリと胃が痛む。それでもこれといった胃の病に侵されているわけでもなければ、食後の胃痛など日常的に慣れてしまえば大したこともないし、油っこいモノを控えれば痛みが起こらないことだってあるし、晩酌だって余裕だ。チャンポンするとすぐに気持ち悪くなってしまうけれど、何か一種の酒のみ飲み続けていれば、悪酔いすることもそうそうない。

そんなわけで、片頭痛だの、腹痛――これは胃ではなく、漠然と腹部全体が痛むのだけれど――といった、様々な痛みに恒常的に悩まされる生活など、無縁だった。よく頭痛薬のテレビCMで片頭痛に参っている女性が描かれるけれど、「ううむ、大変だな」とお茶をすすりながらものすごく他人事な目で見ていたし(申し訳ないのだけれど)、こんなに丈夫に産んで育ててくれた親にはとても感謝していた。子供が親に感謝しなきゃならない物事なんて実にたくさんあるのだろうけれど、個人的には「丈夫に育ててくれた恩」がナンバーワンにランクインしている。

だから、ほとほと、近頃参っている。そもそも今年は既に二、三回も風邪で寝込んでいるので「なんだか、今までと違うなぁ」と体調の変化を感じていたのだけれど――体力が落ちてしまったのだろうか。

イヤだなぁ……。

確かに、社会人として生活するようになってからは出版社に就職していたから、規則正しい生活をしていたとも言い難いし(確かに社会人になってから、年に一度ぐらいのペースで風邪をひくようになった)、旦那と結婚してからは旦那にあわせた生活を送っているので――旦那の仕事は基本的に夜なのだけれど、朝だって昼だって仕事が入ることもしばしばで――起床する時間がイマイチ定まらない。就寝時間もごく普通に夜だったり、あるいは明け方だったり、朝だったり……とりあえず一日の時間で固定されているのは、午後の掃除の時間のみだ。

主婦って掃除や洗濯といった家事がメインだから、意外と家の中で動き回ることが多いし、ストレッチ体操は日課にしているので、過度の運動不足ということはないと信じたいのだけれど、どうなのだろう。それでもどのみち、寝る時間も起きる時間も定まらないような生活をしていれば、体力が落ちてしまうのは仕方がないのかもしれない。

しかしそれにしても、学生の頃は徹夜で酒を飲もうと麻雀をしようと、そのまま眠らずに大学へ行こうとパチンコ屋へ打ちに行こうと、ピンピンしていたのに……私よりも年齢が上でも元気な方はいらっしゃるはずなのであまり年のせいにしたくもないし、まだ二十代だし、年のことなんて考えたくないのだけれど……やっぱり年のせいもあるのかもしれない。

あーあ。

参っちゃうな。このまま、片頭痛持ちになってしまったらどうしよう。丈夫なことが取り柄だと自負していたのに、いやはや。まぁこんなことで頭を悩ませられるなんて、ある意味、贅沢なのだけれど、少しでも健康のアタマに「不」がつくような状況になっている現実を目の前にすると、ちょっと憂鬱になってしまう。とほほ。なんとか、この片頭痛だの腹痛だの、のどの痛みだのが一時的なものでありますように、と祈るばかりで……とりとめがなくなったところでごきげんよう皆様。

| | コメント (8)

2006年12月10日 (日)

明日はいいことがありますように

師走、とはよく言ったもので、旦那もここのところ忙しい。もともと月末から翌月の第一週あたりまで雑務が増えて帰宅が遅くなるのだけれど、さすがに年末は財務整理もあるせいか、税理士と打ち合わせをしたり、社長である義母に押印を貰いに行ったり、銀行へ足を運ぶ回数が増えたりと――通常以上に雑務が多い。

まぁ、私が旦那とする仕事の話なんて、例えばどんな機種が売れているのかとか、買いの新機種はどれだとか、イベントは何がいいかとか、あの店のイベントパクっちゃおうかとか、しかしあの店はガセイベント多くてやんなっちゃうよなとか、もう絶対あの店に行くのヤメよーぜとか、次第にワケのわからない展開になってしまうので――実際のところ、旦那の詳しい仕事内容をよくわかっていない。私も私で、「今日はどんな仕事があるのか」とか「お店の具合どうよ」とか、自発的に訊ねないのだ。金勘定や商売がヘタだという自分の性分を弁えているのもあるけれど、なんというか、そもそも、興味がない。生活や貯蓄に困らない程度に稼いでくれているし、健康なようだし、それでまぁいっか、なんて――嫁としてはだらしがないのかもしれないけれど、とにかくそんな具合で、旦那に自ら仕事の話を持ちかけることはない。旦那が話したいときに話せばいいし、旦那が仕事の細かい内容を漏らし始めたとき――いかにも思慮深く、そして「普段は聞かないけれど、心配しているのよ」ってな温かい相槌をうむうむと打つことが、夫婦円満の秘訣だと思うのですがどうでしょう皆さん。

……まぁそれはともかく。

旦那の仕事事情に大して興味はない、なんて言っても、彼が多忙な時期にひとり遊びに行けるほどまだ心臓に毛が生えていないし、そもそも寒いので外出する元気もなく、この一週間はひたすら自宅で過ごしていた。もちろん必要最低限の買い物や、愛鳥の通院などに出かけたりはしたけれど、さすがに洋服や化粧品を物色したり、まさかスロットを打ちに行くなんて気分にはならなかった。体調を崩したのも原因の一つかもしれない。外は寒いのに、愛鳥はこんなに可愛いのに、なんで外出する必要があるだろうと――自宅でちょっと早めの大掃除に取り掛かったり、めずらしく手の込んだ料理にトライしてみたり、愛鳥に唄を覚えさせたり、ひたすら小説を読んだりと、家に籠り続けた。もともとちょっと引きこもりがちな性質も持つ私は、全くこの生活にストレスを覚えることもなく、「たまには遊んでくれば?」と気遣う旦那に首を振り、わりと楽しく過ごしていた。

……まぁそれでもやはり、だ。

つい先ほど、旦那が私に放った言葉――「明日、一緒に打ちに行こうか」。

何? とうとう雑務から開放されたの? マジで? 一緒に遊びに行けるの?
……やっぱり嬉しいものなのだな、どこかに出かけられるというのは。なぜか心の底から晴れやかな気分になって、「明日、何を打とうかなぁ~」とワクワクしている。まぁ久しぶりに出かける先がパチンコ屋なんて、みっともないかもしれないけれど、いいのだ。実にこれがまた数週間ぶりのスロットになるのだけれど、今回はせめて負けることがないように祈るばかりだ。どうか負けても数千円で、「よく遊べたなぁ」と笑える結果であるように。天井なんてモノと無縁であるように。黒い長方形ではなく、しっかり7が揃うように。あぁカミサマ、どうかどうかお願いします。

| | コメント (6)

2006年12月 8日 (金)

日本代表はいつも弱い

北朝鮮に敗退した若き日本代表だが、全くもってなっていない。いや、選手たちはそれなりに力を尽くしたのだろうし、そもそも私はフィールドでボールを蹴れるほど、あるいは選手顔負けの解説ができるほどサッカーに精通しているわけではないのだけれど、それでも負けたとなると気分が悪い。経済制裁政策や朝鮮総連への圧迫が進む状況の中、サッカーは負けましたではカッコ悪く、情けない。国際試合は決して高校生の試合とは異なり、国の威信を背負ったプロチームが力を競う場なのだから――選手にはもっと大人になってもらいたい。

ワールドカップで後ろ指をさされながら日本を去ったジーコだが、彼の残した言葉で印象深いものが二つある。一つは「サッカー選手はフィールドが”会社”なのだから、金髪やピアスといった風貌は慎むべき」といった内容のもので、Jリーグ開幕時、彼が鹿島アントラーズに在籍した際、選手へ伝えた言葉だ。金髪もダメ、ピアスもダメとは決して体育会系特有のそれではなく、ただ選手へサッカーを生業とする社会人としての自覚を促したかったのだと思われる。サッカー選手はサラリーマンのように堅苦しいスーツを着込んで出社しなければいけないわけでもないし、むしろオシャレな方がテレビや雑誌やらでチヤホヤされる。特に当時、Jリーガーといえばそこそこアイドル的な人気があった。ジーコはそこに釘を刺したい気持ちもあったのかもしれない。あくまでも仕事なのだから、社会人として真摯な態度でサッカーに挑むべきというわけだ。

もう一つはワールドカップの最中、彼が記者会見で放った言葉――「仲良しチームではやっていけない」である。余りに思わしくない結果が続く現状を記者たちに責められてのセリフだったが、ひどく納得してしまった。

今年のことなので記憶に新しい方もいるかもしれないが、日本代表はとにかくチームワークが悪かった。原因は様々なのだろうが、一部では中田選手がキャプテンと戦略も性格も折り合っていないとか、ひとり浮いているといった報道もあって、それらはまんざら嘘でもないのだろう。まぁ、他人が自分と異なる性格や思考を持っているのは当然のことで、あれだけ人数が集まればぶつかり合ってしまうこともあるだろうが――ジーコにとってはハテナな状況だったはずだ。自国チームがワールドカップ出場権を得、その代表となっているのに人間関係などにかまっているのだから。むろんそういった選手たちを招集したジーコにも監督としての責任はあるし、試合での采配ミスも決して否定できない。それでもさすがに人間関係のもつれが浮上するなんて国の代表が聞いてあきれる話であるし、そもそも責任者である監督が下した決断を全うするのもプロ選手としての勤めであるはずだ。プロであり代表であるならば、自らが気持ちよくプレイすることを目標にされては困るのである。結果を出すために、プロとして代表として大人としての責任とプライドをもって尽力するべきであるのに…、という言葉が「仲良しチームではやっていけない」であると思う。

カミサマにこんなセリフを吐かせた今回の日本代表は非常にみっともないし、失礼なのだが――とどのつまり、一体何が情けないかって――Jリーグが開幕した十数年前も今年も、ジーコは「自覚を持て」と言っているのだ。プロ選手である自覚や国の代表選手である自覚といった自らの立場を省みろと、もっと噛み砕くと早い話が「オトナになれ」というわけだ。Jリーグ元年と同様のことを今年、日本のサッカー選手は言われているのである。技術云々ではなくメンタル面の稚拙さを現在も指摘されているのだから、なんとも悲しく情けない話だ。

しかしこれは観客である私たちにも当てはまる内容であって、そうそうサッカー選手ばかりを責めてもいられない。いつもいつも「きっと勝てる」「必ず突破する」だの希望ばかりまくしたて、負ければ「善戦した」とチームを甘やかす報道もサポーターも改善されるべきだ。特にサポーターにいたっては、敗戦後、スタジアムを映すカメラに向ってピースサインを繰り出すあの姿勢――勘弁して欲しい。自らも12番目の選手と名乗り、真剣に応援しているのならば、敗戦直後にカメラに向って笑顔はおろかピースサインなどは出来ないはずだ。しかも全国どころか全世界に放映されてしまうわけで、日本人として非常に恥ずかしい。所詮、日本でサッカーワールドカップなどはただのお祭りで、それに乗じたヒマな人間が応援している――中にはそんな人間がいてもよいのだけれど、さすがに全世界に向ってそんな恥部を露呈する必要もあるまい。サポーターとして観戦した立場を考慮し、自粛するべきだ。ワールドカップ・ブラジル戦終了後さいたまスタジアムの様子が報道された際、ひどく苛立ちを覚えた。アナウンサーも「試合は明け方でしたが、サポーターはみんな元気です」……茶番である。よき代表を育てるためにも、そしてあらゆる試合観戦をさらに充実させるためにも、観客である私たちの意識もシビアに変えなければならない。まぁ愛国心がどうので揉めているような現状では、選手や観客どころか、ろくなオトナが育たないのだろうけれど。

| | コメント (6)

2006年12月 2日 (土)

お返事でござります。

さてさて、今日は頂いたコメントへのお返事をしたいと思います。公開だけではなく、お返事まで延びてしまって申し訳ありません。
誹謗中傷や不躾なコメントなどは問答無用でお断りですし、こちらの趣旨を頭から否定するコメントと付き合えるような体力も気力もありませんが、基本的にコメントを頂くのは大好きです(笑)。記事を更新した翌日などは、「コメントついてたり、するかな…?」とちょっとワクワクしながらココログにログインしています。もしよろしければ、近頃スロットの話題もめっきり減ってしまいましたが(だって負けるし気力が失せてきたし)……今後も、どうぞお気軽にご来訪の足跡でも残してくださると嬉しいです。

●かじさんへ
いつも覗いて下さっているようで、どうもありがとうございます。
オバサン、キツい…ですよね。私もビックリしてしまいました。何が起こったのか判りませんでしたよ…。だって余りにも堂々と「私のよ」と仰るので(笑)……思わず「あっそうですかスミマセン」と言ってしまいました。いやー、毅然とした態度ってのはこういうのを言うのかな、と後になって思います。。。とほほ。

●じゅぁきさんへ
千円…別の形で帰ってくるかと思いきや、風邪をひきました(爆)。運命ってこういうもんでしょうか(笑)。しかも前回よりも厄介で、熱が下がったと言うのに起き上がれば頭はグラグラキリキリ痛みますし…(そりゃもうハンマーで叩かれたように)…。じゅぁきさんも一ヶ月ほど前、風邪だったようですが、こんな具合でしたか? だとすると今年の冬の風邪って本当に厄介ですよね。
まぁ、風邪は実家に帰省したせいかもしれません(笑)。前回も帰省した後でしたから。
この千円が、萬券になって帰ってくることを願います…スロットで(笑)。

●kakiさんへ
確かに強欲なオバサマですよね。でも何も言えなかった私も小心者です(涙)。言い訳がましいですが、なんだかね、堂々と「私のよ」と主張されると一瞬「あっそうだったの?」…と思ってしまうんですよ。それぐらい力のある主張だったのですよ、オバサマは。凄いです。後々思い返してみると、強欲だとも思うし、浅ましいとも思うのですが……そのときは「これぐらい、力強い性格にならなきゃいけないなぁ」なんて意味不明に尊敬の念すら湧いてしまったので不思議です。旦那もこの話を聞いて、しばらく唖然としていました(笑)。

●ROM君&reebok0079さんへ
最凶、ですよね…
負けた私はただのヘタレですけど。

●セイジョージさんへ
どうもです。お陰さまで、風邪も無事治りました。今年に入って二度目か三度目の風邪なのですが、昔はこんなに風邪なんてひかなかったのに、と我ながら驚いてます(年に一度、風邪をひくかひかないくらいでした。。)。やっぱりもう若くないんでしょうかね…。悲しいものです。しかも実家に帰省するたびに風邪をもらってきてます(涙)。ばーちゃんが長生きするために、こっそり病気を私に押し付けているとしか思えません(笑)。まったくもー…。。。
まぁでも、このオバサマも長生きするのでしょうね(爆)。でも本当に、びっくりするぐらいその時は何とも思わなかったんですよ。ただの小心者という話もありますけど。なんだか余りにオバサマが堂々としていて…ある種の強さを感じました。あんなオバサマに凄まれたら、役立たずなPTAも教育委員会も裸足で逃げ出すことウケあいです。そういうトコロにあのパワーを費やしてくださればよいのですけど(笑)。

●GPZさんへ
お久しぶりです、GPZさん。
うーん、残念ながら私は関東生まれの関東育ち、現在は東京在住です(今までのブログにもちょこちょこ書いていることなので、一応)。
でもひょっとすると、このオバサマは関西出身なのかもしれませんね。余り訛りがあるようには聞こえませんでしたが、関東に住んで長いのかもしれませんし。関西のオバサマが強欲だとは決して思っていませんが、わりと意志をハッキリサッパリ仰る方が多いようですから…。。。「私のよ」って主張されたときも、底意地の悪さを感じさせるような雰囲気はなくって、ごく普通に自然に堂々と「私のよ」って真正面から言われたので思わず「あっそうなのかな」って思っちゃいました。…いやホント、私が小心者なんですけどね…。

| | コメント (4)

2006年12月 1日 (金)

風邪です

情けないことに、またまた風邪をひきました。熱はみるみる上がっていくし、扁桃腺が腫れて痛いし、とても更新・コメントのお返事を普通にこなせる状態ではありません。特に昨日の記事には、初来訪の方などがコメントを残してくださったのに、すぐにお返事できなくて申し訳ありません。明日以降となりますので、よろしければお待ち下さいませ。

| | コメント (1)

2006年11月30日 (木)

負けたと思った瞬間

道端の自動販売機で温かい紅茶でも買おうと、バッグから財布を取り出す。すると小銭がない。仕方なく、千円札を取り出したところ――手元が狂い、落としてしまった。

運悪く、冷たくてちょっと強い風が吹く。

落とした千円札はフワリと浮き上がったと思いきや、販売機はおろかアサッテの方向へ地面を滑っていった。
「ヤバ、千円落とした!」と内心仰天し追いかけようと足を踏み出した瞬間、通りすがった一人のオバサマが、その足でしっかりと千円札を踏みつけてくれた。

ありがたい。

「すみません、どうもありがとうございました」と明るく礼を言いながら駆け寄ると、オバサマはポカンとした顔をしていた。無理もない。道端で突然、千円札を踏みつけるなんて機会はそうそうないのだから。また買い物帰りなのだろう、オバサマの両腕は、スーパーの白い袋で塞がっている。これは申し訳ないと、私はオバサマの足元にしゃがみこんだ。

「足を上げて頂けますか? 私、自分で拾いますよ…本当にすみません」
「何言ってるのよ」

オバサマは親しげな声でそう言うと、スーパーの袋をドサリと降ろした。思わず私は立ち上がってしまったが、優しい方でよかったと胸を撫で下ろす。お金を踏みつけるなんて偶然にしてもバチあたりな行動をとらせてしまった上に、買い物を終えてさっさと帰宅したいだろうに、赤の他人からこんな手間をかけられているのだから…仏頂面をされても、仕方がないと思っていたのだ。

「そんな、申し訳ないです…自分で拾いますよ」
「だから、何言ってるのよ」
オバサマは前屈し、片足をひょいと上げて千円札を拾ってくれた。面倒だろうに…本当に優しい方でよかった。せっかくなので、自販機でお好きな飲み物でもご馳走しよう。

「どうもありがとうございます」私は頭を下げる。
「だから、何言ってるのよ」

本当にオバサマありがとう、と心の中で恐縮し、頭を上げた――その瞬間。



「これ、私が落としたのよ」



…………………えぇっ?



「私がさっき、財布から落としたの。アナタも落としてしまったの? ドコに行っちゃったんだろうね…でもゴメンね、この千円は私が落としたものなの」

オバサマ、笑顔で何言ってんスか。



嘘だろ絶対嘘だろだってさっき落としたときオバサマの方向へ飛んでったワケだしオバサマが足で踏みつけるの微かに見た気もするし同時に二人のオンナが千円落とすなんて意味不明な偶然あるワケねーだろ絶対だから絶対にこの千円は私のだって間違いないんだナゼならオバサマの表情が……

心なしか、嬉しそうだから。




でもそのまま、「あっそうですかスミマセン」と謝り何も言えなかった私は、間違いなく負け組だ。

| | コメント (7)

2006年11月21日 (火)

デスノート晩餐

映画「デスノート~the Last name~」を観た。何でも後編は原作と異なるラストを迎えているらしく、前編をテレビで観てしまった人間としては非常に気になるところだったし、公開初日から早数週間経った今ならばさすがに満席ということもなかろうと、旦那と共に映画館へ足を運んだ。

雨のせいもあってか予想以上に空いていた。あるいは、月曜日という週の始まりであったせいかもしれない。全体のおよそ三分の一程度しか席は埋まっておらず、私と旦那の両隣も空席で、とても快適だった。私達がよく利用する映画館はわりと席や列の間が広めに作られているので、多少混雑していてもそこそこリラックスできるのだけれど、さすがに隣に見知らぬ誰かがいると全く気遣わぬわけにはいかない。あまりワガママを言ってはいけないと承知しつつも、少しでも映画館では寛いでいたいし、できることなら寝転んで鑑賞できれば最高なのだけれど、まぁそうもいかない。せめて気兼ねなく足を伸ばせる幸運に授かれるよう、旦那ともども祈っていたのが通じたようだ。

というわけで、足を伸ばし椅子にだらしなくもたれかかり、なるべく身体の力を抜きながら鑑賞できた。既に原作を読んだ後なので、ついついそれと照らし合わせながら観ることになってしまうし、マンガの映画化とは大概にして原作の方が優れているので(というのは、マンガの抽象化された世界観は実写に向いていないせいなのだけれど)、ひょっとするとラストは詰まらなく感じてしまうかも……と危惧していたのだが、それは杞憂に過ぎなかった。原作を知る分の物足りなさは感じたものの、面白かった。

※コレより先、ネタバレもありますのでご注意ください。

本作は二人の若者によって正義の在り方が問われる物語である。

主人公である夜神月(やがみらいと)はデスノートを利用し、正当な罰を下すという大義名分のもと、夥しい大量の犯罪者殺人を繰り返す。彼の行動を「まさに正当な、これこそ正義だ」と支持する一般人はやがて彼を「キラ」と呼び崇め始める。これは何となく、被害者の泣き寝入りのような判決が繰り出され続ける、昨今の世相を現しているようでもある。
しかし、犯罪者の裁きや罰を下す権限とは、人間がこれまで正しくあるべき姿を追求した結晶である法律のもとに――例えそれが不当な判決を招くことになっても――行われるべきで、個人による恣意的な判断をしてはならないとする、Lなる謎の名探偵、及び警察関係者はキラを逮捕すべく捜査に心血を注ぐ。
注目すべきはどちらも自分ひとりの鬱憤を晴らすためではなく、「犯罪者なき優しい世の中」の構築を真剣に願っていることで、この点に関しては相反するものはないことだ。そのために主人公・夜神月も、Lを始めとする捜査本部の人間も心を砕いているのだ。本作の面白味は、この二つの平行線とその駆け引きにある。

ただ映画ではあまりこれらの姿が、原作ほど重厚ではなかった。また、原作ではLの後継者であるニアがキラを追い詰めるのに対し、映画ではあくまでも「キラ VS L」という図式を保っている。 その他の登場人物の役割にも違いがある。
しかし、仕方のないことかもしれない。マンガ原作では、「キラ」が全世界の秩序システムを掌握してしまいかねないほど、彼の支配とやらは長く続いたのだ。その間に起きた様々な事象を映画に詰め込むのはほぼ不可能だし、何もかも原作通りの筋書きが観客にウケるとは限らない――例えば映画「NANA」のように、原作マンガのコマを忠実に再現しようと心を砕く余り、退屈な仕上がりとなってしまった例もある。限られた時間の中で、映画らしく、原作の世界観を守りながらどれだけお客を楽しませるか、が大切なのだ――それでも、やはり醍醐味である駆け引きの緊張感を、いま少し盛り込むことができなかったのかと悔やまれるのだが。

まぁそれも、原作にふけってしまった後だからこそ感ずるものかもしれない。確かに前編映画がテレビ放映された頃は原作を手にとっていなかったのだが、あれはあれで十分に楽しめた。

むしろ原作よりも胸を打たれた展開もあった。「キラ」である主人公・夜神月の父は、キラ捜査本部に属する警察官なのだが、原作ではよもや息子がキラであるとは露知らず、死を迎える。しかし映画では息子を追い詰める、重要な役割を担うのである。自らの息子が”大量殺人鬼”であったと目前で証明されるわけだが、その際「お前の信ずる正義は正義ではないのだ」と毅然と諭す、男親らしい態度がよかった。
「キラ」なる人物をいかに解釈するか個々によって異なるだろうが、個人的には正義感は強いにせよ、未だ社会を知らぬ頭でっかちの学生の理論を振りかざす、幼児的な性質をどうしても拭えぬ存在に見える。このような存在には、社会という公の世界を生き抜いてきた、身近な人間――家庭では父親が現実を諭さねばならない。息子の過ちから目を反らさず、それは過ちなのだと怒りも悲しみも込めて諭す態度は非常に素敵だった。

そしてラスト、自らがキラであることが露見した際の、藤原竜也さんの演技。とてもよかった。自らの正義感が強いあまりに、死神とデスノートというツールに飲み込まれ、少し気が狂ってしまった雰囲気がよくにじみ出ていたし、哀れな結末を程よく惨めに演じ切れていたように思う。ここまで、気がふれてくれるのであれば、せめて三部作まで引っ張っていかに「キラ」がやり手だったのか、彼の理想としているあるいは訴えかけたい内容を、いま少し具体化したところで――ボロボロになって欲しかったとも感じた。それぐらい真に迫ったもので、今となっては前後編にまとめられてしまったことが口惜しい(それにしても、藤原竜也さんは「バトルロワイアル」シリーズなど、なんだか社会に疑問を投げかける若者の役が似合う方だ)。

しかし、このような物語が制作され、ウケているという現実はなんとなく残念である。小説など、人間の創作した物語が世を映す鏡であるとするならば、現在の世の中は”正義”の内容や、罪と罰のバランスへ人々が疑問を感じていることになる。確かに、日本の法整備はなぜか加害者に甘い感も拭えないし、人権という海外からのエッセンスが放り込まれてせいぜい一世紀経つか経たぬかといったところなので、まだまだ練られるべき余地が過分にあるだろう。長い歴史の中で私達が培ってきた倫理観と、輸入された人権意識、また現在ある犯罪とその判決状況もろもろを加味し、未来に残すべき秩序の根本たる法が望まれているのかもしれない。デスノートブームを見るにつけ、こんな風に感じるのはちょっと考えすぎなのかもしれないが。

| | コメント (2)

2006年11月11日 (土)

デスノート日和

週末には打ちに行こうか、なんて旦那と話をしていても、しばらくスロットに触れていないと「まぁ、打たなくてもいいか」…と消極的な気分になる。打ちたいね、打ちに行けばよかったかなぁ、と思ったり互いに話したりもするものの、いまいち本気になれない。考えてみれば、スロット以前に二人で飲みに行くようなゆとりも持てなかったわけだし、私などは買い物にも満足に出かけられなかったのだから、まずそういった欲求を満たしたい思いが先立ってしまう。それに、亡くなった愛鳥は、間違いなく私達がスロットに興じている間に具合が悪くなったのだから――なんとなく、残った片割れの愛鳥を思うと、もう少し打つ機会を先延ばしにしたくなってしまうのかもしれない。もう随分よくなったのだから、長時間の外出など特別気にすることもないのだけれど。

そんなわけで、昨日はとりあえず買い物でもしようかと、服や化粧品を物色してみるもののピンと来るものもなく……結局「デスノート」全12巻を買って帰宅した。映画版の前編が先日テレビ放映され、その後劇場公開となった後編もオープニング三日間で興行収入12億円強と、今年一番の大ヒットを飛ばした大人気映画の原作である。やれやれ、せっかく外出してもマンガをオトナ買いとは、すっかり家に引きこもるのが好きになってしまったようだ。

映画前編がテレビ放映され、たまたま観ることもなければ、決して原作どころか「デスノート」そのものに興味を抱くことなどなかった。"名前を書かれた人間は必ず死んでしまうノート""死神"といった単語から連想して、ちょっと不気味で乾いた高校生の日常をゲームっぽい世界観で描いたものなのだろうな、と単純な先入観を持っていて、あまり自分の好みでない娯楽のように感じていた。

しかし映画前編を観てしまうと――ううむ、いまいち現実感の湧かない設定…例えば天才と称される学生の主人公や、Lと呼ばれる世界トップレベルの探偵的指揮官(しかも若者)などなど、即時に感情移入はしづらいものの――面白かった。もともと先が気になる恋愛以外のハラハラドキドキストーリー全般は、大好きなのだ。つまり「余り馴染めそうもない設定だなぁ」とそれなりの理由をもって敬遠してみるものの、それはただの食わず嫌いで、観てしまえば面白いと大したコダワリも見せず太鼓判を押してしまうような、ポリシーのない人間なのである私は。

先が気になるものの、映画後編は何でも大賑わいで劇場も随分込んでいるという。旦那も私も人ごみは苦手ではないものの、どちらかというと映画館でも寛いでいたいので、いま少しブームが落ち着いてから劇場へ足を運びたい。というわけで、原作を手に入れたわけだ。

本作は週間少年ジャンプで連載されていたもので、原作は大場つぐみさん、漫画家は「ヒカルの碁」で知られる小畑健さん。少年ジャンプは全く手に取る機会がなかったので、これが初読となったわけだけれど、なぜ今まで読まなかったのだろうと後悔するほど面白かった。若干、ネームの量が多く、画よりもセリフでストーリーが進んでいく手法に疲れたし、いっそのこと小説にしてくれたほうが読みやすかったが――やっぱり面白かった。

あらすじに関しては、まぁ既にご存知の方も多いだろうし、あるいは未読の方にはネタバレとなってしまうので省かせて頂くが――自らの信じる正義こそが、正当なものなのであると主張する二人の若者の対峙が、スリリングにそれでいて少年マンガチックに描かれている。そして正義という価値観が示すものは、人物や世相や諸々の状況によってカタチを変えてしまう不条理なものであること、だからこそ最終的には自ら判断することが必要となるのであるという、なかなかオトナがコドモに教えづらい面倒事を上手く表現しきっており――こういった作品を子供が読むのは、良いものだなぁと感じた。

"デスノート"によって死んでいく人間は基本的に罪を犯した――殺人などによって他者を傷つけたり悲しませた人間なのだが、彼らが死んで当然な存在なのか、当然であっても罰に至るまではどのような経緯であるべきなのかを一考させられる。確かに人間がバタバタと節操なく死んでいく展開は、所謂コドモ向けではないのかもしれないが、こういった疑問を享受することはむしろコドモにとってはプラスに働くかもしれない。昨今、殺人者に対する罪と罰の天秤が果たして釣り合っているのか、オトナですら判断のつかない風潮であるのだ。

また主人公が"デスノート"を所有するきっかけとなった"死神"の存在であるが、現実にいないキャラクターのわりに一番現実的な存在だった。退屈だから、面白いから、といった理由で主人公に憑き、デスノートを使用する様を見続け、最終的に主人公が追い込まれると「もう退屈しのぎは終わりだ」とアッサリ見放す。仮にも主人公は主人公なりの正義のために懸命になっていたのだが、全く情を移さず、かといって主人公の敵に感情移入したわけでもなく、ただ、面白くなくなったからと主人公を殺すのだ。
第三者とは常に、圧倒的に他人事な判断をするものだが、曲がりなりにも人を幸せに導くのだという優しげな夢にですら「エンターテインメント」を求め、つまらなくなればポイ捨てするという一見、非情ぶり。しかしこれが――例えば痛ましい殺人事件の報道を見つめる、私を含めた一般的な聴衆の姿なのかもしれない。

先に述べたように、あまりファンタジックなストーリーは食指が動かないのだけれど、ここまでのめり込んでしまうとは思わなかった。「正義」を取り巻く世の中の様々な存在が象徴的に描かれた本作は、コドモはおろかオトナが読んだって十分に楽しめる。原作コミックスは既に完結しており、ブームで品切れの書店も多いと聞くが、機会があれば一度手にとってみては如何だろうか。

DEATH NOTE (2) Book DEATH NOTE (2)

著者:大場 つぐみ,小畑 健
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (6)

2006年11月 6日 (月)

その後のその後の日々

度重なる通院の甲斐あってか、日々の看病がようやく報われたのか、愛鳥の具合はずいぶん良くなった。食欲もあるし、体重が僅かながら増加の傾向にある。膵炎とはいくら食べても栄養が上手く吸収できぬため、体重は増えるどころか減ってしまう病なのだが、この三日ほどで6グラムほど増えてくれた。現在、67~69グラムをいったりきたりしていて――それでも愛鳥の種では80グラムほどが健康体とされるのだが――もうすぐ70グラムに手が届こうとしている。これまで食べたものがそのまま流れ出たような糞も、きちんと消化吸収がされた一般的な糞のカタチをしているし、ガリガリだった腹の周囲も少し肉付いたような感触がある。少しずつでよいから、どうかこのまま快方へ向って欲しい。

愛鳥自身も体調のよさを感じているのか、ずいぶん活発になった。この数週間、ケージから出しても飛び回りもせず、私や旦那の肩でじっとしていたのだが、昨夜からバタバタと部屋中を飛ぶようになったし、むしろケージに入れようとすると「ピィイィ、ピー」と激しく"イヤだ"とアピールするほどだ。エサもがつがつ食べていて、ちょうどペットショップから連れて帰ってきた日を思い出す。本来ならいるべきもう一羽が、既に他界してしまっている無念はあるものの、「なんとかこの子だけは」という思いが叶ったようで私達も嬉しい。

しかし愛鳥が快方へ向った途端、なんだか気持ちが軽くなった。そういえば先立った片割れの愛鳥の病以来、日々動物病院と家の往復だったのだなぁと思い返す。目を離した途端、痙攣や嘔吐があっては…と、家でもずっと傍にいた。好きな愛鳥のためだからこそ出来ることなのだけれど、やはりちょっとした緊張状態にあったのだなぁとしみじみする。

そんなわけで、週末にでもそろそろ打ちに行こうかと旦那ともども企んでいる。きっとこれまでの運が、良い方向に噴出してくれるハズ…なのだけれど、どうなることやら。

| | コメント (4)

2006年11月 4日 (土)

その後の日々

先日、もう一羽育てている愛鳥が膵炎だと書いたけれど、経過がすこぶる悪く、私も旦那も気が滅入る日々を送っている。

膵炎というのは、膵臓に疾患がある病で、食べ物の消化・栄養吸収がスムーズでなくなる病である。おもな症状としては、栄養が吸収されておらぬため、食べても食べてもなかなか太らない。また通常小鳥の糞というものは緑がかった色をしているのだが、膵炎になってしまうと白もしくは食べたエサの色のままのものが排出されてしまう…などである。

まもなく生後三ヶ月を迎えようとする愛鳥は、成長期だというのに体重は62~64グラム(愛鳥はこの時期、80グラムあるのが理想と呼ばれる種である)と、非常に小さな体格をしている理由は、それである。現在、獣医さんによる薬を処方されている状況で、さほど悪化はしないものの一向に体重が増えないので、旦那も私も落ち着かない。

栄養がいくら吸収されておらずとも、排泄はされる。膵炎とは、ほうっておくと体重が減っていき、体力がなくなり死に至ってしまう病なのだ。今のところ体重が減ることはないので、やはり薬が効いているのだろう。ただこのまま、平均体重よりもずっと少ないままでは、他の病にかかった際にいとも簡単に落鳥する可能性が高まる。体力のない人間が、病にかかりやすい上に病に負けてしまうケースが多いのと同じだ。もとより小鳥は病にかかりやすいのだから、闘えるだけの体力は欲しいし、せめて自ら食べ吸収するという生き物として自然な力は備わって欲しい。

旦那などは一時間置きに体重を計ろうとするほどの心配振りで、「小鳥にとってはストレスだから」と私にたしなめられている。日々陽気に鳴いたり、甘えたりと天真爛漫に見える小鳥だが、意外にも臆病でストレスに弱い。大きな物音にはビックリして時にはパニックを起こすし、嫌がることを無理にさせると、食欲の減退を招いたりもしてしまう。ナイーヴなのだ。ただでさえ、通院という小鳥にとっては負担になる移動を繰り返す毎日なので、家ではひたすら物静かに、それでいて愛鳥が日ごろストレスなど溜めぬよう、遊んだり撫でたりと、とにかくどちらかが傍にいて世話をするようにしている。

片割れを失った私たちは、こと大切に残った愛鳥と時間を過ごしているわけで、体重がせめて70グラムほどになってくれればひと安心なのだが、なかなか増加してくれない。獣医さんによると「膵炎は決してすぐに命が奪われてしまうような病気ではないし、上手くつきあっていかねばならない病気だし、根気良く治療をすると完治しますよ」…ということで、えらく悲観的になる必要はないのだろうが――とにかく、心配でたまらないのである。

そんなわけで、もう長いことパチンコ屋へ打ちに行っていない。失った愛鳥の看病をしていた頃から考えると、かれこれ三週間近くになる。まぁ、長いことと言うには短い期間かもしれないが、最低でも週に一度はスロットに触れていた生活を送っていたため、「もう長いこと打っていないなぁ」と思ってしまう。買い物などで出かけるのも、ずいぶんと減ったし、外食もなくなった。ひたすら家で、なるべく愛鳥の傍で過ごすようにしている。せめてこの子だけは、無事成長して欲しいと願うばかりだ。

| | コメント (2)

2006年11月 1日 (水)

落鳥

つくづく、十月は散々だった。

何よりも愛鳥の死がただただ悲しく、愛鳥がパタリと倒れてこの世から失われてしまった瞬間を思い返しては、胸がきつく締め上げられるような痛みを覚える。生後二ヶ月にも満たぬ小さな身体で、愛鳥はその身体に巣食った病と闘っていた。じっと目をつぶり、微動だにせず、痛みに耐えていた。私も旦那も心配で、病院に連れて行っては処置を受け、交代でケージを見守り続ける、そんな日が続いた。

そんなある晩、愛鳥が眠るケージ内から穏やかでない音がする。何かが落ちたような音で胸がざわめく。慌てて保温のためにかけてある布をめくると、愛鳥が倒れもがいていた。左半身に全く力が入らないのか、左半身の羽根や足をひきずっており、まるで脳梗塞を煩った人間の後遺症のようだった。自ら起き上がることが出来ぬ状況に、愛鳥は苦しみ、その目はなんだか涙ぐんでいるような気がした。私は愛鳥を抱きしめ、旦那とともに胸がつぶれる思いで行きつけの動物病院へと車を走らせる。

危篤状態だった。保温機に入れられた愛鳥は、ぐったりと横たわり目を閉じていた。それでも心臓がドクドクと動いている様子が見て取れるので、私は何度も名前を呼んだ。呼びかけが通じたのか、愛鳥は薄目をあけ、身体に力を入れるのだが立ち上がることはできない。痛々しかった。せめて触れたいと、保温機の中に手を入れると、身体は温かく、心臓は動いているものの、全身の力が抜けていることがわかる。いつも撫でると喜んだ顔の周囲、背中、どこに触れてもグニャリとした感触が伝わってくるだけで、あたかも軟体動物のようだった。このまま逝ってしまうのかと思うと、熱い涙が溢れてきた。そのとき愛鳥がこちらを向こうと、力の入らぬ頭を動かそうともがくのを見、ますます涙が止まらなくなった。もう、いなくなってしまうのかと思った。

しかし奇跡的に回復した。あの状況下で力強く動いた心臓と、獣医さんの適切な処置が愛鳥の命を繋ぎ止めてくれたのだ。嬉しかった。その後は小康状態が続いたし、きっとこのまま快方へ向うだろうと、旦那も私も明るい気持ちを取り戻した。

ところが、再び愛鳥は危篤状態へと陥ってしまう。その二日後、動物病院から帰宅してすぐのことだった。獣医さんによる強制給餌のエサを、ケージ内に嘔吐してしまったのだが、何やら赤いシミが見える――血だ。

急ぎ病院へ向い、保温機の中へ入れられる。そのときは今回もきっと大丈夫だ、と私も旦那も思っていた。前回とは異なり自ら立ち上がることはできていたし、何よりあの状況から回復したのだ。この子は、心底生きたいという気持ちがあるのだから、きっと再び持ち直してくれると――獣医さんが「最悪の状況も覚悟してください」と沈んだ、呟くような声で言おうと――希望は捨てなかった。

旦那は仕事があるし、もう一羽家にいる愛鳥の世話もある。病院を離れ、私が残ることとなった。「きっと大丈夫だよ」なんてお互い声を掛け合い、別れた。今しばらく治療を受ければ、再び一緒に帰れる。もちろんすぐに全快はしないのだろうけれど、一ヵ月後には元気に家中を飛び回っているはずだと、本当にそう信じていたのだ。私も、旦那も。

私は治療の邪魔にならぬよう、愛鳥のいる保温機の傍にいたり、待合室で本を読んだりしていた。体内の痛みに耐える愛鳥は苦しそうであったけれど、その姿からより生きたいという強いメッセージが発せられているようで、頑張って、と心の中で何度も繰り返した。

深夜も過ぎ、朝になった頃だろうか。獣医さんが深刻な面持ちで口を開く。

「……強制給餌をしても、ブドウ糖をソノウ(胃)に注射しても、吐いてしまっています。病を抱えている身体に、全く栄養が取れていない状態ですから、もって、あと数時間かもしれません」

ウソだ、と思ったし、それでもやっぱりあの危篤状態から脱するほどの強い力があったのだから、きっと持ち直すだろうと信じていた――信じたかったのか、信じようと自らに課したのか、よくわからないが、信じるしか他にないことはわかっていた。

こんなとき私は何も言えなくなることもわかった。自分がマネキン人形のように、表情や思考が固まっていくのだ。ただ、「もって数時間」という言葉が、頭の中で鈍くこだましているだけで、「もって数時間」という意味や重みを感じ取ることができずにいた。そういえば私は祖父の死しか経験していない。それも最期を看取ったわけでもないし、いよいよ祖父が重篤だという際に病院に詰めていたわけでもなかった。医者に覚悟を無心される経験など、まるで皆無なのだ。

押し黙り動けずにいる私を前に、獣医さんは口をつぐみ、うつむいていた。さながら私の沈黙に、じっと付き合ってくれるような佇まいで、優しい方なのだなと思った。そして、獣医さんは科学もしくは医学的な見地で常に判断されていることも、思い出した。

……旦那に電話しよう。

旦那へ連絡した後、私はずっと愛鳥の傍にいた。嘔吐が続いたため、きれいな羽根がすっかり汚れてしまっている。痛かっただろうね、と思った瞬間に涙がこぼれそうになったが、こらえた。心を砕いてくれた獣医さんに失礼な気がしたし、未だに痛みをこらえ病と闘う愛鳥の前で、これ以上の涙は不吉な気がした。

愛鳥に呼びかけると、薄目を開けてこちらを振り返る。傍によろうと、保温機の中でヨタヨタと歩き出す姿が尚いとおしかった。時折、保温機に手を通し身体に触れるとやはり温かく、可愛くてたまらなくなった。本当にこの子は甘えん坊な小鳥で、よく懐いてくれた。元気な頃は私がケージから離れるだけでビィビィ鳴いた。仕方がないので肩に乗せると、私の頬にピッタリ身体を寄せ、ピタリと鳴きやむのだ。その時のケロリとした様子はとても愛嬌があったし、頬に伝わる柔らかい羽根の感触や温かみは心地よかった。エサの食べ方は行儀が悪くそこら中に撒き散らすし、飛び始めるとなかなか捕まらないし、甘ったれだけれど元気で暴れん坊な子だったのに。

涙をこらえながら見つめていると、なんとなく、愛鳥の様子がおかしいことに気づいた。身体の力が抜け始め、足がぐらつき出す。以前と同じような……獣医さんに声をかけると同時に、「これは本当のことなのか」という目前のものに対する疑念が芽生え、脳内が赤く染まってしまったかのようなショックを覚えた。とにかく愛鳥の名前を何度も呼んだ。愛鳥の頭がグラリと下がり始める。獣医さんが保温機を開ける。私はひたすら名前を呼んで、あぁ何もできないのだと、無力なのだと、愛鳥からまさに命が流れ出そうとするとき、自分を責めた。

動かなくなってしまった愛鳥を抱きしめ、周囲を省みず声を挙げて泣いた。獣医さんだって力を尽くしてくれたのにとか、旦那は看取れなかったのにとか、あれこれ思って涙を止めようとしたけれど無理だった。愛鳥は薄目を開けたままで、最期まで生きたかったのだろうと思うと、やりきれなさに苦しくなり、涙は止まらない。もう会えない。

その後、獣医さんが嘔吐物で汚れた身体を綺麗に拭いてくれた。抱き取ってみると、やわらかい羽根の感触が戻っていて、このまま動いてくれないかな、とその時ですら私は祈っていた。どこかでまだ、動くんじゃないか、眠っているだけなんじゃないか、と考えてしまい、未だそれを現実のものとして受け入れることができていなかったのだ。それはとても情けないことだし、愛鳥に対しても申し訳ないのだけれど、どうしても捨てられない気持ちだった。

病院を後にする際、獣医さんが私の手をとってくれた。包み込むように優しく握ってくれたあと「おねえさん、ごめんなさい」と、震える声で頭を垂れていた。形振り構わず泣いてしまってこちらこそごめんなさい、とか、ありがとうございました、とか、一体何を言ったらよいのか一瞬混乱すると、また涙が溢れた。愛鳥の亡骸を抱きしめ、とにかく頭を下げた。そのときようやく、ありがとうございますと言葉が漏れて、しみじみと獣医さんの献身的な治療に感謝した。

最期を看取れなかった旦那はより事態が飲み込めず、やはり愛鳥が亡くなったなどと信じられぬようだった。しばらく家でお互いに放心した後、神社の境内に埋め、スミレの花を植えた。そして再び家で放心した。ベッドに寝転び、ぼんやりと天井を見つめたり、「本当に死んじゃったのかなぁ」と互いに聞きあったりしていた。埋葬した後でさえ、もう会えないのだという実感が湧かないのだ。きっと今頃病院で給餌を受けているだろうとか、夜にはまた会えるとか――むしろ、愛鳥が生きていると思い込みたかったのかもしれない。

あれからおよそ一週間が経った。残ったもう一羽の愛鳥も、膵炎という病が発覚し通院している。旦那も私も、この子ももしや、と不安を拭いきれぬ日々を送っているけれど、すこぶる元気な態度が気持ちを明るくしてくれる。元来この子も甘えん坊だったので、私がケージを離れれば「ビィビィ」と鳴き、ちょっと外出するだけで騒ぎ出す。帰宅すれば再び鳴きだし、肩に止まらせれば落ち着いて身を寄せてくる。とても可愛らしく、無邪気に甘えてくる姿はとてもいとおしい。せめてこの子の病が完治するよう、間違っても重篤な状況に陥らぬようにと、無事を祈る毎日だ。もう二度と、あのようなやりきれなさ、痛みは味わいたくない。

| | コメント (4)

2006年10月31日 (火)

「アンフェア」の何がアンフェアか、って

9月下旬だったろうか。関東ではフジテレビで再放送がされていたドラマ「アンフェア」。他局ではワイドショーなる井戸端会議が繰り広げられている時間、フジテレビでは主演・篠原涼子さん演じるオンナ刑事(雪平夏見)が、謎多き事件を次々と小気味良く解決していくサスペンス・ドラマが放映されていた。

日常ではその時間帯はまさにご飯で膨れた腹を抱えながら、掃除に勤しむべきものだった。けれども、ある日とりあえずテレビとつけたが最後、夕方までハラハラドキドキ、寺島進さんカッコいい…とうっとりする時間となってしまった。ちなみに既に放送終了となっているので、現在はやはり膨れた腹の重みに耐えつつ掃除をしたり、先だって亡くなった愛鳥の片割れの世話をしたりしている。

※ご注意…ここから先はストーリーに関する話題です。ネタバレもありますので、万が一「今DVD観てるんだよ!! 先を言わないでくれよ、わぁー」と耳を塞いでおられる方は、ご遠慮した方がよろしいかと思われます。そしてストーリー全てをご堪能の後、「へえ~」とお手元のへぇボタンを20回押して下さい。ムリは承知です。

篠原涼子さん演じるオンナ刑事・雪平夏見は、署内検挙率ナンバーワンの敏腕刑事である。黒のロングコートをまとい、髪をなびかせ颯爽と歩く姿が素敵で、ハンサムな魅力あふれる女性だ。プライベートでは大酒飲み、部屋はちらかし放題と、一般の理想とされる女性像とは異なるかもしれないが、ガサツでありながらも仕事ぶりは立派で、オトコマエな美しさを体現したヒロインだ。
その彼女が解決した一連の事件、それらは自らへの「復讐」が目的であったことにたどり着く。一体誰が後ろで糸を引いているのか、復讐の動機は何か…謎につつまれた真犯人はドラマ最終回に現れる。

サスペンス・ドラマのお約束「意外な展開」通り、真犯人は主人公・雪平の舎弟分でもあり相棒でもあり、彼女とプラトニックな愛情関係にもあった瑛太演じる安藤だった。彼は5年前、パチンコ店で起きた殺人事件の犯人を射殺した彼女に恨みを抱いていたのだ。

パチンコ店殺人事件の犯人は未だ17歳の少年だった。彼と安藤は新宿のコインロッカーに捨てられていたいわゆる”コインロッカーベイビー”で、ともに施設で育ち、中学卒業後はともに一部屋のボロアパートに住み、苦楽を共にした兄弟のような間柄だった。いずれパチンコ店の従業員を数人刺殺することになるこの少年は、頭のキレる安藤を進学させるために18歳未満であるにかかわらず、パチンコ店で働き始める。

しかし親もなく未成年の少年を、パチンコ店は冷遇するのだ。給料の未払いがその一例なのだが――度重なる嫌がらせにしびれを切らした少年の同居人・安藤が、せめて少年に給料を支払ってくれと懇願した際、暴力で返されてしまう。このままではいけないと、泥沼の生活を洗い流すかのように、少年はパチンコ店の従業員を数人刺殺する。

犯行に及んだ少年が最後に店長を人質にとった際、現場へかけつけたのは雪平刑事だった。彼女は「私の目の前で人を殺させない」と、今にも店長の首にナイフを突き刺す勢いの少年を――射殺するのだ。殺人犯といえども安藤にとっては兄弟ともいうべき少年。なぜその生を奪ってしまうのか、と雪平刑事への恨みが募り――復讐へと思い至ったのだそうだ。

そうして安藤は勉学に励み警察学校を卒業し、標的とも言うべき雪平刑事に近づき一連の事件の黒幕的存在となるのだが――これらは最終回で明らかにされる。

……なんじゃそりゃ、である。

一体何がなんじゃそりゃ、って、パチンコパチスロ歴の長い方や、パチンコ店で就業経験のある方などはピンと来られるだろう。パチンコ屋が18歳未満の少年を雇う状況はまずあり得ない。黎明期のパチンコ業界ならまだしも、「アンフェア」はここ数年に時間設定されたドラマである。警察の管理下に置かれ、不正行為に喧しくなった状況で店が少年を雇うなど、あるだろうか。給与未払いなどもってのほかではないだろうか――いまいちリアリティに欠けたエピソードなのだ。また仮にこういった状況があり得るにせよ、読者のハテナが入り込む隙間は過分にある。未成年で保護者不在の経歴が邪魔ならば、少年が詐称してしまえばよいことだし(詐欺罪にあたるが…パチンコ屋が一介のバイト店員の身元調査をすることも殆どないだろう)、パチンコ屋でのバイト料よりも新聞配達のそれの方が割もよければ、ずっと健全である。他の仕事を選べばよいのだ。

さらに私がお茶を噴いた場面は続く。

自らが犯人であることが露見した安藤は、最後の始末をするために少年が事件を犯した現場であるパチンコ店へ向う。あのとき少年が殺すに至らなかった店長に、復讐するためだ。

どこのパチンコ屋を拝借したのか不明だが、ずいぶんキレイな駐車場つきの大型店である。安藤は自動ドアが開くなり颯爽と入店し、カウンターへ一直線。赤いチョッキと白いブラウスの制服に身を包んだ、ボブカットのカウンター嬢に「店長は?」と一言。カウンター嬢が「三階の事務所です」と即答すると、安藤は裏の階段に回りツカツカと向う。

……って身元も確認せずに、なんでアッサリ事務所の場所を教えるんじゃ。いや、百歩譲って考えてみれば、カウンター嬢が「どちらさまで…」と尋ねた瞬間、安藤が警察手帳を見せる、この手間を省いた作りとなっているのかもしれない。でも、なんだか、やっぱりリアリティーがない。パチンコ屋はお客を呼び込むために開放的な雰囲気を作り出しているけれど、その実、舞台裏を決してオープンにすることはない。訪ねてくる方々は基本的にアポイントメントが必要で、仮になければ店側の人間と相応の信頼関係が必須である。また飛び込みの営業など、突然の来訪者に対しては必ず会社名・芳名を問い、インカム等で店長など役職の人間に伝達するのが――カウンター及び店内業務に携わる従業員の役目なのだ。

さらに、だ。

三階の事務所の扉を見つけた安藤は、素早く扉を開け事務所に入り、店長を見つけるや否や――銃を構える。

……って、いまどき事務所にカギをかけないパチンコ屋があるのだろうか。

パチンコ屋の事務所は営業の核ともいえる部分で、書類やら、パチンコパチスロ台のカギ、設定キー、あらゆるデータの詰まったパソコンなど、様々な重要なものが置かれているわけだが、何よりも売上金を保管した金庫があるのだ(中には金庫のみ別室で厳重に管理する店もあるようだが)。現金が商売道具といっても過言ではないパチンコ店が、現金を管理する部屋にカギをかけないなんて状況は現実的ではない。

どのようなカギによって施錠するかは多様だが、暗証番号を打ち込むことによって開錠されるようなデジタルロック、IDカードによる認証キーなどが一般的に利用され、その管理は非常に厳重である。店によってはバイト・ホール従業員に暗証番号を教えずあるいはIDカードを持たせず、限られた人間しか自由に入室できないよう対処されているところもある。また上記のカギの上に、また高性能なカギをかけるパターンもある。方法は店によって異なるのだが、ともかく、パチンコ屋の事務所は突然の来訪者が入り込めないよう、防犯対策が厳重になされているのである。

その事務所に簡単に入室した安藤が、いくら復讐に燃えようと――なんだか私は萎えてしまった。展開的に、殺人犯の少年の勤務先が何もパチンコ屋でなければならぬ必然的な事情も感じられなかったし、せっかくの最終回だというのにツメが粗い仕上がりで、少し残念な気持ちにもなった。もちろんこのドラマには原作(「推理小説」河出書房出版社・秦建日子著)があって、その舞台設定がどのようなものなのか読んでいないから判らないのだけれど――たとえ舞台設定が、パチンコ屋の防犯レベルが甘い頃であったにせよ(そんな時期があったのか微妙だが)、ドラマ版の時間設定に合わせた現実感を醸し出して欲しかった。痛快なドラマであっただけに、もったいない。

…と屁理屈をこねていると、我ながら「テレビに向って話しかけている寂しい人間のようだ」と、ちょっと情けなくなったのでストーリーに対する素直な感想も書こう。萎えてしまったものの、初回から最終回に至るまでのハラハラドキドキは本物であったし、なんだか物悲しいストーリーだった。最終的に、ヒロイン・雪平刑事が安藤を射殺するのだが――瑛太演じる安藤は見事な好青年で、神経が張り詰めたヒロイン・雪平をしっかりと癒していた。身近な人間が実は…、なんてストーリーはいくつも存在するし、登場人物の誰かに深く感情移入して楽しむような作品でもなかったが、それでも誰か救われた存在がないと視聴者としては雑然とした切なさを覚えてしまう。強いて言えば、ヒロイン雪平の娘である女の子が――口がきけなくなってしまい、通常時は筆談でコミュニケーションをとるのだが――僅かにコトバを発するようになったことが、ラストに用意された救いなのだろうか。

また別の見方をすると、警察官がいとも簡単に銃を取り出す姿が目立ったドラマだった。まるでアメリカのそれのようで、そういった意味でも日本的な現実感は欠けていたのかもしれない。ただ、ストーリー上はあくまでも人を殺傷しようとする人間に向けた、緊迫した状況でのものであったし、むしろ現実にこういった状況では警察官も銃に手をかけても良いと思う。近頃、ナイフを振り回す異常者が、近づいた警官三人を切りつけるという事件があった。異常者に対しまず職務質問を始めた警官(巡査部長)も警官だが、桜の代紋を背負った人間に対する畏怖が失われた昨今、彼らが近づいたからとて未然に防げる痛ましい事件も少なかろうし、何より危険の最前線に立つ自らを守る必要がある。銃の存在感がいかほどか、威力はどれほどか、それによるさらなる痛ましさは想像するしかないのだが、警察官は犯罪を抑止するとともに自らの身も守らねばならない。厄介で気の毒な、それでいて立派な職務であるが、彼らの身あってこそ犯罪は防がれるのだ。いま少し、保身を考えてもいいのではないかと――特に現場の警察官に対し、思った。パチンコ業界に寄生する天下り警察官僚は、知らんが。

| | コメント (6)

2006年10月21日 (土)

更新やお返事が遅れてしまっていますが

実質的な記事の更新がこれまでのペースより格段に落ちていて、読んで下さっている方、大変申し訳ありません。ココログフリー・メンテナンスに入った頃より、ともに暮らしている愛鳥であるインコが、ひどく体調を崩し、普段は皿にアタマを埋めてエサを貪るというのに、昨日より全く飲まず食わずとなってしまいました。なんでも鳥はエサを食べなくなったら最後、快方へ向うことは難しいのだそうで、旦那ともども、もしもの際を覚悟しつつ、出来うる限りの看護を続けている状況です。

明日より馴染みの動物病院に入院する予定です。パソコンに向かえるようになるのは、明日の夜以降でしょうから、更新は早くとも明日の夜になるでしょう。とはいえ、大したネタがあるわけでもなく、せっかく読んで下さっている方々、コメントを残してくださった方々にどうか忘れないで下さいとお願いしたいばかりなのであります。特にコメントを書いて下さったのに、公開どころかお返事も遅れてしまって申し訳ありません。初めて書き込みをして下さった方も、数日間放置という無礼をお許しください。

Ijkyotai_2今後の予定といってはなんですが、アイムジャグラーにまつわる様々なウワサ(ウワサですよ、ウワサ。あくまでも)や、ヤマサのピカゴロウVなど新機種情報をお知らせしていきたいと思っています。

あまり情報が出揃ってはいないのですけれど。

というわけで、今しばらく見捨てずにやってくださいませ。

| | コメント (3)

2006年10月19日 (木)

ココログフリー、メンテナンス終了

本日17時に一昨日より始まっていた「ココログフリー・メンテナンス」は終了しました。せっかくコメントを下さった方、公開が遅れてしまって申し訳ありません。決して公開拒否していたわけではないのです(中には攻略法モロモロへのお誘いコメントがあって、そういったものは一切公開しない主義ですが)。ご了承ください、そして今後ともよろしくお願いします。

ちなみにメンテナンスは一昨日より始まり、予定より早く昨日中に終了したようですが、その後なぜか管理人がログインできない、読者の方がコメントやトラックバックを送信できないといったトラブルが発生したそうです。よって再びメンテナンスに入り、無事本日終了したとのことでした。

いやぁ、大変だにゃー。

そういったわけで、今日明日からまた色々記事を更新していこうと思っているわけですが、よろしくお願いします。

鬼メーター爆発→CHANCE→スルー×3をくらい、モチベーション下がり気味ですが…どこがCHANCEなんじゃ。コウヘイさんはどこに黒目があるんじゃ。ハヤトみたいに髪が水色のオトコってホントにモテるのか? リュウジはとりあえずフラれまくってるが。

| | コメント (4)

2006年10月 5日 (木)

金太郎的な出会い

サラリーマン金太郎、と聞いて思い出すのは何だろうか。爆発的な破壊力を秘めたAT機であったこと、あるいはTBSの人気ドラマであったこと、こうしてみると「金太郎」は様々な場面で活躍しているのだなと実感する。本宮ひろ志先生による原作・漫画「サラリーマン金太郎」もヤングジャンプで連載再開されており、大らかな優しさと野性的な破壊力を備えた金太郎の姿は、今なおあらゆる読者の支持を得ている。

大地に足をしっかりつけ、常にまっすぐ、笑顔を絶やさず、苦難にも正面から向かい、強きも弱きも誰もがハッピーエンドを迎えるよう仕事をこなす金太郎は、確かに理想の人間像かもしれない。
彼は誰のどんな泥臭さからも逃げず、あらゆるものを素直に受け止める包容力があるように見える。そして受け止めた人間や仕事など、何らかの対象に対する責任感も人一倍厚いようだ。けれども適度なだらしなさも持っており、聖人君子っぽい近寄り難さも感じない。むしろ親近感の湧いてしまうようなヘマをする。
まさしくヒーローそのものの存在感であるのに、どこかで不完全な人間味を感じさせるのが…「金太郎」の魅力であろう。

しかし、この「金太郎」の持つ完全な部分。それは一体何か。

漫画を読まれた方ならお判りだろう。運である。この男、持っている運が普通の人間が持つそれと、ケタ違いなのである。人助けをしてみればどこぞの会社の重役や大金持ち、女と出会ってみれば日本でもトップクラスの政治家・会社役員にも顔がきくママ、そして未だに暴走族時代の仲間はツルの一声で駆けつけてくる。しまいには金太郎の父が吹雪の中助けた相手は、どんなチンピラも震え上がるヤクザの大親分と……いやはや、なんとラッキー親子かと読んだときは溜息をついたものだ。

さながらDNA遺伝子のように、人間が無数に繋がって人間社会を形成している。その中で楽しく快活に生活していきたいのであれば、心を通わせる相手が大勢いるにこしたことはないし、自分を好きになってくれる相手は一人でも多い方が有難く嬉しい。尚且つ欲を交えれば、そういった相手が社会を狡猾にすり抜けていけるような力――財力など権力めいたもの――を持っていてくれると、心強い。

「金太郎」はいとも簡単に、それでいて相手の喜ぶようなカタチでそんな人間関係を手中にしていて、読者として羨望を抱いた。と同時に「良いコトをすると返ってくるものなんだなぁ」と、まるで昔話が教える漠然とした倫理観も感じた。

というわけで、私は、目の前で困っている方がいれば、それなりに、自分が出来る形で応えるようにしている。

昨日のことだが、夕方、道端を歩いているお婆さんを見かけた。道端といっても家の近所で、ちょっとした商店街などが乱立している賑やかな通りを抜けた坂だ。すぐ隣にはどこぞの学校があって、街路樹が道路と学校を割く結界のように乱立し、坂の向こうには沢山の住宅がある。言ってみれば、閑静な住宅街にひと筋通った坂道なのであるが、やはり坂の勾配のせいなのか――お婆さんの歩き方はひどく億劫に見えた。

私はお婆さんの、十歩ちょっと後ろを歩いていた。まるで足に鉛でもつけているかのようにお婆さんの歩きは遅く、息遣いの荒さまで聞こえてくる。あぁ、この分なら抜いてしまうだろうなと思った。それにしても、こんなに辛そうなのに、なぜ一人で歩いているのだろうと悲しくなった。帰りくらい、誰かが迎えに行ってあげればいいのに――お年寄りは生きる者と神様を結ぶ存在なのに、とお婆さんの姿に勝手に同情した。

すると突然倒れた。

「えっ、まって、ちょっと、大丈夫ですか?」倒れたのは無論私ではなく、お婆さんだ。すぐ傍にいたので駆け寄るまでもなく、肩や手に触れた。慌ててポケットの携帯を取り出しながら、縁起でもないが手をお婆さんの口にあてる。119に電話し、状況と住所を言いながら息を確認すると――思いっきり「ハァ、ハァ」と言っていた。動転するとそんな音も聞えなくなるのかと、少し恥じ入った。

それで、だ。

私は。

咄嗟に。

Kintaro2_1 これを夢見た。

いや、むしろまさに「コレしかない」と確信していた。










……救急車に同乗し、病状を確認したところ、幸運にもお婆さんはただの貧血だった。病院のベッドで点滴を打たれた数十分後、うたた寝から醒めるように目覚めたお婆さんに「ありがとう」と礼を言われ、なんだか心が温まった。

が。

それでも。

Kintaro2_2 私はコレを期待した。

いやもうこのとき、「きっと展開はコレっぽいものだ」と妄想を膨らませていた。……いや別に、画像の中村加代さんと、お婆さんが、どこか似ているからでは……決して、ない。




――帰宅して数時間後、もう深夜放送が始まる頃だろうか、お婆さんのご家族(娘さん)から電話があり、「どうもありがとうございました。もう高齢なので貧血といえど、馬鹿にできません。母は幸運でした。ありがとうございます」と、まるでハッピーエンドの映画を観て安心しきったかのような感激ぶりの言葉を頂いた。「重い病気でなくて良かったですね」なんて私も電話越しにお辞儀をしながら、お婆さんの無事を祝った。

しかし、だ。

Kintaro2_3 …コレ、は?
ねぇ、コレは?

という気持ちがどこかで拭いきれなかったのも事実だ。






ご家族からお礼に関する物品等に関する言及は無く、もちろんこちらから申し出るのも失礼甚だしいので何も言わず、笑顔で受話器を置いた。



「金太郎」、お前からなんだか現実を教わった気分だよ。コノヤロ。

| | コメント (4)

2006年9月11日 (月)

負けたときの処方箋

日曜日だった昨日は久々に旦那と打ちに行って、負けた。

旦那は秘宝伝でアッサリ伝説ロングなるものをひいて、途中バケ連に泣かされながらもしっかり三千枚出していた。

私はその隣で、通常時にシンボル図柄が二回も揃うという、「ひょっとしてひょっとしたら高設定」という挙動に見舞われながらも、あっという間に二万飲まれて落ち込んでいた。

時と場合によるけれど、二万ほどストレートで負けると大きく気力がダウンし、他の台を打つ気分になれない。それに昨日は休日だったせいか、お客が多かったのでマトモな空き台なんて殆どなかった。

仕方なくそのまま秋物の洋服を買いに出かけ、しっかり旦那のプラス分お金を使って帰宅したわけだけれど、打ちに行ってノーボーナスで帰るというのは、なんだか落ち込むものだ。別に初めてでもないし、しょっちゅう…でもないけれど、まぁそれほど起きぬ出来事でもない。それでも、なんだか「負けた」というショックが胸に刺さって切ないとき、それを忘れるほどの何かをしなきゃならない。

そんなときは。

①右側にある「Google」検索エンジンの「web検索」にチェック(ボタンをマウスでクリック)。

②「長嶋茂雄 奇人」とか「長嶋茂雄奇人伝」といった語句を打ち込み、検索。

「長嶋茂雄奇人伝」というサイト…見つかりましたか?

直リンク承諾も受けていないので、手間のかかるご紹介の仕方で申し訳ないのだけれど…とにかく素晴らしいサイトで、朝の寝覚めが悪いとき、ちょっとご機嫌ナナメなとき、悲しいときや寂しいとき、どんな状況であろうと、名選手にして名監督だったあの方がめくるめく笑いの世界へ誘ってくれる。

様々なエピソードが掲載されているのだけれど、管理人の方が実にこざっぱりと、簡潔にまとめているのでとても読みやすい。非常にオススメなので…皆様もぜひ、お試しあれ。

| | コメント (0)

2006年9月 1日 (金)

夏風邪

「バカは風邪をひかない」とは風邪をひいたことにすら気づかない、愚鈍な人間を揶揄したフレーズであるが、「夏風邪はバカがひく」とはどういったことだろう。確か「バカは冬に風邪をひいたことに気づかず、夏にようやく気がつく」といった、やはり鈍さを指した言葉だったように思う。

立秋は通り越したものの気候は未だ紛れもなく夏の今、めでたく私は風邪をひいている。喉の腫れはないが、胃腸がまるで破れたかのような激痛、全身がのぼせるかのような高熱と関節のきしみ、確実に風邪であると思う。

あぁ、バカ一確なのだな私…。ぼんやり。

| | コメント (4)

2006年8月25日 (金)

どうでもいいウワサ話をいくつか

●現在、CMがたくさん流れている京楽「ぱちんこ美空ひばり」。冬のソナタ同様、受注が殺到しているようで、トップ条件は24台以上の導入。一週遅れなら16~20台の導入…大型店舗以外には、厳しい条件となっている。まぁこのテの機種なら、稼動は長持ちするだろうから一ヶ月遅れで導入しても問題はないと思うのだが…最初から売れることはわかっているんだから、発売台数をもうちょっと増やしてもいいような…。

●高校生集団が、ある暴力団に拉致された。なんでも怖いお兄さん達を怒らせるような失礼を働いたかららしい。高校生達は泣きながら「反省してます」と猛省していたのだが、そのうち在日コリアンである一人が「帰りたい…」と韓国語で呟く。それを聞きつけた暴力団のお兄さん、「なんだオマエ!? ひょっとして在日か?」と目を丸くし、その後手のひらを返したようなもてなしを受けたとか。手厚くもてなされ、お小遣いまでもらい、帰りは大切に送ってもらったらしい…暴力団に在日コリアンが多いことは聞いていたけれど、こんなこともあるのか。私もちょっとくらい韓国語を勉強しておくと、いつか役に立つのかな?…それ以前に、こんな目に遭いたくないけど。

●横浜のとあるホールが、吉宗の撤去期限を過ぎても設置していたため、営業停止に。そりゃ、そうだ。しかしその勇気に乾杯。

……昨夜、旦那の友人のホールオーナーさんに聞いた、どうでもいいウワサ話は以上。あくまでウワサなので真実の程はわからないけれど、まぁこんなこともあるのかなぁと記憶に留めておく分にはソコソコ面白い話題だと思うので、書いてみた。

いや、美空ひばりのトップ条件は本当だと思うけれど。

| | コメント (0)

2006年8月23日 (水)

亀田選手、ランダエダ選手と再戦決定

浪速の闘拳・亀田興毅選手が再びランダエダ選手と対戦することが22日、決定した。今月2日の試合以来、判定が甘すぎただのニセチャンピオンだの、人々の疑心をさらってばかりいた亀田選手。名誉挽回のチャンスだ。ぜひ全力を出し切って欲しい。

あの世界戦からずいぶん日が経った。その頃、私たち夫婦は私の実家に帰省していて、両親とともにテレビ観戦していた。勝って欲しかった。
ボクシングはおろか、格闘技全般のルールも選手にも詳しくない私だが、彼のパフォーマンスは嫌いじゃなかった。確かに一部の方々から見れば目に余るような仕草ばかりなのだろうけれど、彼の対戦相手への喧嘩腰な姿勢、大げさで自信家な物言い、面白かった。別にスポーツだからといって常に優等生チックな品性を保つ必要はないだろうし、彼の態度は人と殴りあうスポーツであるボクシングを、喧嘩風に見せて盛り上げた、ちょっとしたエンターテインメントになりきれている気がした。“ちょっとした”、というのは、確かにまだ少し背伸びをしているような、イキがってしまった若者風に見えてしまうからなのだけれど、行動そのものは特別不快でもない。
ただ私の両親などは、ナマイキで自分を過大評価したがっている若者、と見えて亀田選手がテレビに映るといつも眉をひそめる。それでもやはり、日本国籍のチャンピオンが生まれるかもしれない、という熱い試合に熱中していた。

あの世界戦では負けたと思った。いつもの亀田選手らしくなく、打たれる場面が多かった印象が強いせいもあるのだけれど…それでも相手のランダエダ選手が優勢に見えた。亀田選手の足元はフラフラだった。
負けてもよかった。もちろん勝って欲しいと願いを込めて観戦していたし、勝つにこしたことはないのだけれど――試合が進むにつれ、これは負けだと確信めいた気持ちになったときにそう思い始めた。
彼はまだ19歳で、ボクサーとしてこれからまだまだ伸びる可能性があるし、別に負けたからといって彼の試合がつまらなくなるなんてことはない。それに個人的な好みなのだけれど、私は挫折から立ち上がる人間が好きだ。マイナスを知らぬ、もしくは自分に認められぬ人間なんて、ただ器が小さいだけだ。「辛酸を舐めて立ち上がるヒーロー」の図もまたカッコいいじゃないか。
そう思い、負けてもまた彼の試合は観ようと、観戦者としての覚悟めいた気持ちが出来上がっていたのだけれど――判定勝ちだった。

確かにおかしい。試合に熱中した観戦者が違和感を抱く判定だった。その後の騒動は皆さんご存知の通りなのだが…これによって彼が今まで以上に重い十字架を背負ってしまった。
もう本当に、負けは許されない。今までは「ボクシング界を盛り上げる一家の長男」としてあるいは「常勝し続ける無敵の若きボクサー」として、周囲の期待やしがらみを背負っていた。けれどもこれからは自らの正当性を証明するために、勝たねばならない。次のランダエダ選手との戦いに敗れたら、今度こそ本当に「ニセモノ」扱いをされてしまう。背後に支えてくれる存在のない負けがどれだけ痛いことだろう。

次のランダエダ戦、ぜひ勝って欲しい。作り物の世界チャンピオンの立場を、本物の、誰からも賞賛されるような、確固としたものにして欲しい。彼の存在によってボクシングに少し興味を持てた私は願ってしまう。
けれども、負けたって構わない。亀田選手の存在感やパフォーマンスは十分に楽しませてくれたし、負けたからと言って帳消しにならない。負けてしまっても立ち直る努力をする姿が素敵なのだし、感動すら覚える方がいるのではないだろうか。

ちなみに、今年度中に「CR亀田三兄弟」というパチンコマシンが京楽から発売されるらしい。そういった商売が彼のボクシングにどこまで影響しているのかわからないけれど――本業がボクシングなのだから、ただそれに全力を尽くしてくれれば、ファンとしてこれ以上嬉しいことはない。

| | コメント (8)

2006年8月22日 (火)

四万円負けたあとの会話

今日は旦那と外へ飲みに出かけた。
午後から私も旦那も、スロットを打っていた。打ちに行くと基本的に別行動をとるので詳しい立ち回りはわからないけれど、とにかく旦那がストレートで四万近く負けたと落ち込んでいた。数千円で特定役解除に恵まれた私は番長で三千枚ほど出していた。別に二人合わせればプラスなんだからいいじゃない、と励ましてみたものの、ノーボーナスで四万も飲まれると相当気落ちするらしく、「もういい、とにかく酒でも飲もう」と彼はヤケになっている。まぁ、何となくそんな気分になるのもわかるし、酒の誘いを断る理由なんてどこにもないし…飲みに行ったのだ。

ずっと昔から通っていた焼き鳥屋で、ひたすらビールを飲んだ。そこでは焼き鳥は塩味、店秘伝とやらの辛味噌をつけて味わう。これが美味しくて、出会った頃から月に一度は二人で飲みに行く。

あんたホント最近負けてるねぇとか、ダメだねぇと揶揄したり、いい加減オマエも弁当箱取りこぼすのヤメろと注意されたり、たわいもないスロット話に花を咲かせていたのだが。

ふと、在日コリアンの話題になった。
「そういえば、Kさん韓国籍になったんだ」旦那が酒で顔を赤らめながら言う。Kさんとは、旦那がまだ幼い頃から店を手伝い続けてくれている在日朝鮮人だった。旦那に釘を教えてくれたのもその方で、私達の親といってもおかしくないくらいの年配の方だ。
もともとは在日朝鮮人だった。在日コリアンの中でも、韓国籍であるか朝鮮籍であるか神経質に区別する方がいて、Kさんはその典型だった。私が個人的に深く会話をしたことはないけれど、旦那からは「朝鮮籍であることにしごくこだわっている、在日コリアン二世」と聞いている。例えば同じ在日コリアン同士でも、誰それは民団系(いわゆる韓国籍)だから馴染めないとか、雑だけれど国籍の根深さを感じさせるような…人間の区別をしてきた方だった。そんなKさんが韓国籍である旦那一家の抱える店を、なぜ手伝い続けてきたのかはわからないけれど。

「そうなの? なんでまた」
「オレだって聞けたら聞くけど…まぁそんなもんなんじゃないの、オレ達にとったら国籍なんて。二世の中でも変わる人間がいるってことだね」
「でも朝鮮籍から…韓国籍なんだね」
「うん、これも典型的な行動なんだけれど…少なくともオレの周りの朝鮮国籍の人間は、国籍を変えるとき、すぐに日本国籍にしない。まず韓国籍に変えるんだ」
「へぇ」
「もともと韓国籍の在日の人間は、アッサリ日本国籍にしたりするけれど…朝鮮籍から日本籍へ、って人は聞かないな。まぁそういう流れなんじゃないの? 少しずつ馴れていくというか…」
「そっか。それにしてもKさんがねぇ…」
「いや、国籍は韓国にしても、日本で所属する民族団体は朝鮮総連にするって言ってた。総連と民団を区別して、人を見る姿勢も相変わらずだしね」
「そんなKさんがなんでまた」
「知らんよ、そんな在日二世の思いなんか」旦那は在日コリアンの抱える、ちょっと重苦しいような連帯感が嫌いだ。嫌いだからといって自分から切り離せるものではないことは理解していても、面倒だからとすぐ拒否しがちなところがある。「そんなことより、オレの四万負けを心配してくれ」

それから焼酎をひたすら飲んだ。頭の後ろが熱くて重い。関節のふしぶしが軋むような痛みもあって、泥酔してしまったのだなぁとぼんやり思う。こうして書いていても、焦点が合わない。
けれども何となく心に残った。今日書いておかないと、忘れてしまう気がする。Kさんは何を思って韓国籍にしたのだろう。よくわからないけれど、ひょっとしたら彼の拠り所となる祖国は、北朝鮮や韓国ではなくて、朝鮮半島そのものなのかもしれない。ただそれでも、朝鮮総連への帰属意識は強いのはなぜだろう。酔っ払っているせいもあってか、ますますよくわからないけれど、何となく複雑だなぁと、旦那が忌避してしまいがちな気持ちはよくわかるなぁと、思った。

明日は最後の4.7号機・トゥームレイダーの展示会。二日酔いで試打ができなくなってしまわぬよう…もう寝よう。

| | コメント (4)

2006年8月 2日 (水)

8月7日まで里帰りします

お盆休みにはちょっと早いのですが、明日から8月7日まで、私の実家に里帰りします。なのでこのページの更新は7日もしくは8日以降となります。

だからなんだって話ですが(笑)、とりあえず一週間近く放置することになってしまうため、「あれ? 更新されてない…もう閉鎖するのかな」と思われてしまうのも寂しいので、念のため。

それでは。更新しなくても、忘れないでやってください。

いってきます。

| | コメント (6)

2006年8月 1日 (火)

怨み屋本舗

Uramiya14_02 集英社ビジネスジャンプにて連載中の「怨み屋本舗」。ドラマ化され、テレビ東京にて毎週金曜深夜24時12分より放送もされている。

ドラマが面白かったので原作もチェックしてみたわけだが、非常に痛快な作品だ。年齢も名前もわからない、ただ「怨み屋」と名乗る女性が、依頼人に代わってその恨みを晴らしていく。その姿が、ひたすら小気味良い。

依頼人の抱える恨みは様々だ。例えば「養父に毎晩犯されている」「妻が若者四人に輪姦された上、殺されたが殺人の証拠も不十分であり彼らが未成年であるため相応の罰が下されない」「時効を迎えた殺人犯が、その殺人事件を語ることによりそれなりの社会的地位を得ている」など。

その他たくさんの怨みのケースがあるのだが、共通しているのは主に「犯人(怨みの対象となる人物)に全く反省の色がない」「犯人のいらぬ思い込みなどで災難がふりかかっている」「犯人の感受性が乏しく、非人間的な行為が突発的におこなわれている」の三点。どれもこれも個人にとってはテロのような犯罪行為が描かれており、また犯人は罪の重さに戦慄くどころか反省もしない。その上、そのような犯人が法律をくぐりぬけ、お天道様の下を堂々と歩いている。このように読者がより作品に入り込めるよう、誰もが苛立ちを覚えるような怒りの対象をしっかりと描く作者の手腕は素晴らしい。

しかし、どうだろう。本当にある現状ではないだろうか。

実際この作品で浮き彫りにされたものの一つとして、司法の無意味さが挙げられる。もちろん司法も被害者の無念を晴らすためだけに機能しているわけではないので、被害者が浮かばれない結果が出ることもあるだろう。けれども、山口母子殺人事件などで見られるような、あまりに罪と罰のバランスが取れない判決が下されるケースがやたら目につく昨今だ。罪の重さを知らしめるだけの法律も完備されていない現在、良心の痛みも感じぬままに犯罪に手を染める人間がどれだけ多いことか。被害者は怒りのやり場もないまま、泣き寝入りするしかないのだ。

本作品ではこのような被害者に依頼を受けた怨み屋が、内容と金額に応じ着実に怨みを晴らしていく。その仕事の的確さにはプロ意識すら覚えるし、年齢も名前も一切わからないという謎めいたセッティングがよりヒーローめいた存在感を醸し出し、怨み屋とはまさに被害者にとっての救世主的存在なのである。現実社会の救世主であるべき司法が頼りないせいか、マンガではより痛快に感じる。お暇な方、興味を持った方、ぜひ手にとっていただきたい。

ただ…残念なのは、巻が進むごとにこのヒーロー感が強まっていることだ。モグリっぽくて、仕事に私情を挟まず必要以上の同情も持たず、サラリと着実に仕事をこなす怨み屋のカッコよさが霞んでしまっている。まるで世直し屋のような存在感になってしまっていて、さながら去勢されてしまった現代のアニメ・ルパン三世のようだ。一般ウケするためには仕方がないのかもしれないが、キャラクターの原点があまり活かされていないと物足りなさを感じる。怨み屋とは人の重たい怨恨を抱え向き合わねばならず、その泥臭さが他のヒーローと違うカッコよさなのだ。

|

2006年7月26日 (水)

女友達の彼氏

今日の午後、数少ない女友達から電話がかかってきた。大学時代に同じサークルで、仲良く一緒に留年した仲間でもある。そう、私は大学を留年している。就職活動のため、といったいっぱしの理由があるわけではなく、単純に単位が足りなかった。日々の酒や麻雀、また趣味の旅行が高じた結果だ。つまるところ、遊びによるものだ。

しかし彼女の留年は意味が違う。大学二年のとき、イギリスに語学留学をしており、そのため他の同学年の人間より一年遅れて卒業することになったのである。就職活動においてもその方が都合がよかったらしく、実に有意義な留年の形をとっていた。そんな彼女だけあって当然ギャンブルにも手を染めず、生活態度は真面目だし口を開けば頭の回転が良いことが伝わってくる、様々な人間が在籍するサークル内でも優等生的な存在だった。

根っからの遊び人である私は、本来このような教科書的な女性と上手くコミュニケーションなどとれそうにないのだが、幸い彼女は酒飲みだった。その好みも私とほぼ同じで、焼酎や日本酒といった居酒屋で飲める強い酒を好み、そう簡単に酔いつぶれることのない性質だった。どんなに酒が入っても人当たりの良さや、普段の知的な話し振りが変わることがないのが彼女の魅力で、逆に頬を少し赤く染めながら話題に(私たちはよく小説や映画、歴史や哲学など、何かしらの作品や思想に関しての話ばかりしていた)熱中する姿が素敵だった。私はその隣でいつも気分よく酔っ払っていた。

集合時間はバイトが終わる夜の十時、それから明け方まで飲み明かして顔を真っ赤にして帰ったり、潰れた片方をタクシーに乗せたり、ファミレスで酔いを醒ましたり、とにかくよく二人で酒は飲んだ。一緒に買い物をしたりお茶を飲むといった、ごく普通の会い方は殆どせず、もっぱら私たちの間には酒があって、その付きあいは今でも続いている。私が結婚してから滅多に飲めなくなってしまったが、日々メールや電話で互いの状況は伝えあっていた。

彼女は未だに未婚だし、その語学力を生かした仕事で活躍している。そこそこのポジションと収入もあるらしく、言ってみればキャリアウーマンといったところで、社内でも学生時代からのイメージを保ち続けているようだ。かといって浮いた話が何一つないわけでもなく、学生時代も恋人がいたし、社会に出てからもいくつか恋をしていた。ただそこでも彼女の真面目なイメージはついてまわり、そう予想通り、ひどく男性とのやりとりに臆病で鈍感で、いわゆる恋愛下手なのだ。

「最近、彼氏ができたんだけど」と受話器の向こうで彼女が言う。「ちょっとねぇ、聞いて欲しいんだ」

新しい恋愛をしているわりに、実に重い声をしていた。そうかそうか、そういうことか、長電話になりそうだなと携帯を片手に私はベッドに寝転んだ。

「相手は同い年で、税理士事務所に勤めているの。またきちんと資格をとったわけじゃなくて、なんていうの? あの資格、実務経験が二年必要でしょ。その実務期間らしいんだけど、つまり見習いってやつね。これが好青年でね、ウチの母親に見せたら絶対一目で気に入ってしまうくらい白い歯をしているし、挨拶とか話し方もしっかりしているサワヤカな雰囲気の人なの」

「いい人なんでしょ?」サワヤカなのはどうでもいい、問題は人柄だよと私は言った。

「そりゃ、いい人だよ。人並みの思いやりはあるし、それでいて他人に変に流されないし、真面目だし…うん、いい人だと思う。つい何日か前に付き合うことになったんだけど」

「へぇ、よかったじゃん」

「それでね、昨日の夜、ちょっと飲みに行ったのよ。仕事も早く終わったし、私も彼もお酒は好きだし」

「わかった」ついニンマリ笑ってしまった。「あんた、ペロペロに酔っ払っちゃったんでしょ。それでちょっと恥ずかしくなっちゃって、どうしようってコトでしょ?」

「ううん、違うよ!!」彼女はちょっと声を上げて否定した。「そんなんじゃないよ。あのね、その二人で飲んでいるときに、彼…山手線ゲームを始めたの

「えっ…二人で飲みに行ったんだよね?」

「そう、二人で。私と彼、二人しかいないの。ごく普通の、個室のある居酒屋で飲んでいたんだけど…ふと話題が途切れたとき、『じゃぁ山手線ゲームしよう!!』と勝手に盛り上がり始めちゃって。私がどんな風にやればいいのかわからない、って遠慮したら『簡単だから教えてあげるよ。じゃあ、リズムにあわせて、山手線沿いにある駅を挙げていって』って手を叩き始めて…どう思う?」

「ごめん、それ、私は無理だわ」

「だよねぇ…」彼女はため息をついていた。

「でも、面白そうだから私が会ってみるまで付き合っててよ。いい人なんでしょ?」

「いや、私もそれは無理だよ」

「そうだよねぇ…」

会社の昼休み中だった彼女はしばらく世間話をした後、電話を切った。彼とは数日中に別れるね、と言っていた。好きになった気持ちは本当だけれど、まだ愛着や恋人であるという現実感が生まれる前にわかってよかったとも言っていた。冷静な口ぶりにちょっと私も気を遣ったが、いや、それは別れて正解だよ。

しかし…彼女と飲んでいるとき、しかも付き合ってまだ数日の、出来立てホヤホヤの恋人を前に山手線ゲームとは。一体どんな男なのだろう。彼女には気の毒だけれど、さすがに興味の湧く人物像である。きっと酒の席でのマトモな会話を、学ばずにきてしまった男なんだろうな。それでいて普段はサワヤカで真面目そうだというのだから、面白い。けれども、確かにこのような男を恋人にせよというのはゴメンである。そんな男に流されず決断を下せる女友達をもって、不謹慎にもちょっと嬉しくなってしまった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年7月20日 (木)

「海猿」、NYで大笑い

フジテレビ系列のドラマや映画で人気の「海猿」、皆さんご存知だろうか。海上自衛隊保安官を務める若者が、仲間との結束や任務の重さ、また恋愛の喜びを実感していく伊藤英明主演の青春物語である。今まで自衛隊という単語は政治的な意図のもと使用されてきたが、これによりイメージが一新されたようで昨年などは海上自衛隊志願者が増えたらしい。志願者の数割が「海猿を観て憧れた」と話しているということで、エンターテインメント以外の効果も見られている。

今年に入り「海猿~THE LIMIT OF LOVE~」が映画公開され、最終章としても話題を呼んだ。なんでも大変感動できるようで、特に自らの命をかけて人々の救命にあたる際、主人公が携帯で恋人にプロポーズをするシーンはハンカチなしでは観られないらしい。

詳しいあらすじを説明すると、鹿児島沖で620名もの乗客を乗せた大型フェリーが事故により座礁し、大惨事の危機に瀕していた。救命に向かう主人公も相当の危険を犯さねばならない。そのとき、彼は近頃コミュニケーションが上手く取れない恋人に大切なことを言わねばと、携帯電話を手にするのだ。そして、「戻ってきたら必ず結婚しよう」と恋人に伝える。一番のクライマックス、号泣シーンとされている。TVCMでも幾度となく流れていたので、記憶されている方は多いだろう。

しかし、ここでニューヨークの人間は大笑い。ニューヨーク・アジア映画祭で本作は上映されたのだが、一番の感動シーンで観客はどっと笑い転げたという。「そんな状況の中、携帯電話を5分も使ってまでプロポーズするなんて」というのが主な理由だ。救命を待つ人々を5分以上も放置したあげく、自分のプライベートを優先させるヒーローにあきれかえったのだろう。

無理もない。危険を犯さねばならない仕事に就くことが、どのようなことなのか理解している人間にとっては絶好の嘲笑シーンだ。まして描かれているのは海上自衛隊であり、海外では「自衛のための軍隊」「先制攻撃しない軍隊」と認識されている一国の軍事力だ。その部隊に属するヒーローが、緊急時に女と会話するとはなんたる軟弱さ。自らの命を賭さねばならぬ使命を背負う人間として、ありえない行動なのだ。このシーンで露呈されたのは、使命に燃える若者の姿ではなく、日頃の覚悟が欠如した情けない海上自衛隊員の姿なのである。

もちろん本作品は政治的に訴える内容のある意見映画でもなく、あくまで娯楽作品なのだ。泣き所を押さえた演出として、このような脚本が成立することも情けないが仕方がない。またハリウッド映画のように、自国の軍隊が世界一だと圧倒的な強さを見せつけたくて制作されたわけでもない。若者の成長を描いた青春ストーリーであり、その舞台が偶然海上自衛隊であったとも言える。”海上自衛隊の責務”が主題ではないのだ。

だが海外に流出するのは日本人として非常に恥ずかしさを覚える。映画祭に出席した監督や出演者は「日本の観客との反応の違いを楽しんだ」らしいが、事実ならばみっともない話だ。個人的に本シリーズは好まないので一層そう思うのだが、リスクを犯しながらも任務を全うすべく日々励む、本物の自衛隊員の方々に申し訳なくも思う。

同じ海上自衛隊を扱った作品に「亡国のイージス」がある。映画はだいぶ去勢された作りになっているが、原作である同タイトルの小説は涙なしでは読めない。どうせならこのような作品が出回って欲しいものだ。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006年7月19日 (水)

今日この頃

北斗SEの導入と同時に、殆どのホールから吉宗が撤去された。自分がよく通う地域でも軒並み撤去され、一軒だけ今度の日曜まで使用するホールがあるものの高設定が期待できる状況ではない。随分前から全体イベントの対象機種から外され、回収機種として扱われていた。

ここ数週間、吉宗は新装時さながらの稼動を保ち、夕方からのこのこ出かける自分は殆ど触れることもできなかった。運良く空き台を見つけても、193ゲームから全ツッパできるほどの気合は持てなかったし、「それはいつもの立ち回りじゃないから」と自分に言い聞かせ打ちたい気持ちを抑えてもいた(もちろん高設定の期待が持てるのなら話は別だが、そんな状況に恵まれなかった)。ボーナス後965ゲームでヤメられている台、もしくはノーボーナス565ゲーム以上回っている台を当たるまで打つというのが私の基本的な立ち回りで、鳴りも手伝ってか幸運なことにこれまでそれなりの収支を叩くことができた。

けれども吉宗は減台された上に満席、空いても193ゲームといった状況ではいつもの立ち回りを貫き通すことはできない。数週間前から私なりに根拠があって打てる吉宗はない、つまり撤去されたも同然の状況だった。

自分なりの立ち回りを貫けなければ迷いが生じるし、支離滅裂な台選びをしてはならないと自制しているうちに時間は過ぎていく。わざわざパチンコ屋に来て何も打たず、フラフラするだけの日も多々あった。他の機種で立ち回れるほど器用でなかったことも原因だけれど、やっぱり軸としていた機種を打てないというのは厳しい。

スロットそのものがイヤになったわけでもないので打とうと思えば、あるいは銭形や鬼武者の700ゲーム以上のハマリ台など自分好みの台があれば喜んで打つけれど、そんなラッキーにそうそう巡りあえるわけもない。それにしたって、吉宗のゲーム性に比べれば瞬発力が劣るのだ。他の機種で数万投資するのなら、吉宗に賭けた方が1G連などの夢はあるし、楽しい。そう思うとなんだか、気力が失せてしまうのだ。

以前はジャグラーの高設定狙いで勝率を上げていた。平常営業では中間設定、イベント日は設定5もしくは6が投入されている店があるので、しっかり立ち回ればそれなりの収支は望める。現在もその状況は変わらないようだから、もとの立ち回りに戻ればいいし、ストック機と比べ低投資でボーナスが期待できるし、まさに今もってこいの機種なのだが…なんとなく無気力になってしまい打つ気分になれない。このまま打たなくなってしまうのかな。無駄遣いも防げるし、欲しいものはたくさんあるし、できることなら一人旅だってしたいからそれで構わないのだけれど、チマチマとお金を賭けて遊ぶことが大好きだった私がこんな風になるなんてね。ちょっとビックリしている。

| | コメント (8)

2006年7月 4日 (火)

ニンテンドーDSを買ったきっかけ

もう、やばい。ひたすらニンテンドーDSにかじりつく日々だ。購入して二週間ほどになるので、その間、ずっとである。

もともとゲームなんて無縁な生活をしていた。小学生のとき、スーパーマリオブラザーズが発売されて友達の誰もがファミコンで遊んでいたけれど、厳格な父親はそれを許さなかった。「ゲームなんてものは馬鹿になる道具。本でも読め」なんてキツく言われており、学校でマリオの話題に入れずに寂しい思いをすることもあった。

その後ドラクエが発売されて、漫画などでもブームになったけれど、その頃には既にゲームへの憧れは失せていた。小学生にゲームが買えるほどの小遣いはないし、小説や漫画、テレビなどその他の娯楽はたくさんあるのだ。次第に「ゲームやりたいなぁ」なんて漠然とした願いも消え、高校に入っても大学に入っても興味を示すことはなくなった。

そんな時代遅れな自分のゲーム観は、本当に拙い。未だにドラクエの世界観は理解できないし、RPGという言葉も大学時代にようやく覚えた。CMでは様々なゲームが紹介されているが、「やれば面白いんだろうけど、なんで面白いんだろう」と思っていた。そう簡単にゲームの世界に感情移入できるものなのかな?と不思議だったのだ。どうにも現実味のない奇抜な服装をしていたり、敵を倒す理由が見えてこなかったり、目的がわからなかったり、ただひたすら「違和感」を覚えるのみだった。

もちろん、パソコンに備わっているソリティアやマインスイーパ、その他オセロや麻雀といったテーブルゲームの類は存分にハマった。ハイスコアを出すためにアタマをひねり、ランキングを塗り替えると嬉しかった。私はこのような単純なゲームしかできないんだろうなぁ、なんて思っていたわけだけれど。

ニンテンドーDSLite、買ってしまったのである。

きっかけはたくさんある。今年の初めに実家の母が、「脳を鍛える大人のDSトレーニング」のCMを見て壊れたレコードのように「あれやってみたい」「ねぇ買ってよ」と繰り返し電話をしてきたのだ。ゲームどころかパソコンにすら興味を抱かない母が、電子機器を欲しがるとは今までなかったことで、一体どんなものなのだろうと私も気になった。世間話で父に言うと、「あんなもんで日本人は勉強するようになったとは、馬鹿が増えたもんだ」と皮肉ってはいたものの、母が何か新しいものに興味を示していることにまんざらでもなさそうだった。

面白いのかな? やってみたら楽しいのかな? なんて私も気になりだし、以前勤めていた出版社の友人に聞いてみた。類は友を呼ぶのか、その人もあまりゲームに詳しくないのだが「DS? 面白いよ。『脳トレ』と『えいご漬け』ハマるよ」と返ってきたのだ。「ゲームが苦手でもすぐ馴染めるよ。なんだか燃えてくるしね」と。

燃える!? そう言われると、かなりそそられてしまうのである。ゲームなど触れたこともないまま二十代も後半になったわけだけれど、トライしてみることによって新しい面白さが発見できるかもしれない。何より母も欲しがっていることだし、買ってつまらなかったらプレゼントしてしまえばいいことだし。

それでも、だ。「一万六千円もするなら吉宗の資金にあてたいなぁ…」とまさにスロット中毒ならではの、打算的な欲も邪魔してなかなか購入できずにいた。CMを目にするたびに「ちょっとやってみたいな」なんて思いつつも、月日は過ぎていった。

が、つい二週間前、CMを観ていた旦那が口を開いたのである。「あれ? そういやお前、まだDS買ってないの?」吉宗で万枚出したら買おうと思ってる、と途方もない答えを言うと旦那は苦笑した。「っていうか、こんなん買ってやるよ。お母さんも欲しがってるようだし」

その数日後、旦那はニンテンドーDSLiteを買ってくれた。家電店では常時売り切れ、次の搬入も未定という大人気ぶりだったので、ネットオンラインショップで若干割高のものをわざわざ購入してくれたのだ。なんて有難いんだろう。この人と一緒になってよかったと現金にもしみじみ思った。

ソフトは「脳トレ」と、「NEWスーパーマリオブラザーズ」の二つを購入し、すっかりハマってしまった。マリオに関してはやはりゲーム馴れした旦那が得意で、全面クリアし私がその後を練習するように追いかけている。未だに十字キーやボタンには馴れないし、クリ坊を踏み潰せないのだが面白い。あんなに世界観がよくわからないとボヤいていたのに、こんなにのめり込んでしまうとは…確かに、幼少時代の子供には悪影響かもしれない。

この間実家に帰省した際、父親にDSを見せるとちょっと渋い表情をしていた。ついに自分の子供がゲームに手を出したことに、悔しい気持ちがあったのかもしれない。しかしお父さん、私はゲームよりももっとお金のかかる、スロットという遊びを覚えて早数年経つのですが…それはいいのかな?とは聞けなかった。まぁパチンコ屋を経営する旦那との交際や結婚を快く許してくれたので、パチンコパチスロに対する偏見はあまりないのかもしれないが。ちなみに母は喜び、私と同じようにおぼつかない手つきで脳力アップを目指している。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月31日 (水)

日本代表はだから弱い

深夜とも呼べる早朝に、W杯前哨戦「ドイツVS日本」が開催されていたことにより、寝不足の方々も多いだろう。私もそのうちの一人なのだが、つい先ほど仮眠をとる機会に恵まれアタマがスッキリしている。なので少し日記っぽく、感想を書いておきたい。

全体的に、チームワークの取れたプレイをしていたと思う。海外遠征組が入っただけあって、パスもよく通っていたし、ひたすらボールに群がるだけのプレイは一切無かった。高原選手はチャンスをしっかりモノにして、決定力をアピールしていたし、ジーコの愛情に恵まれてなんとか代表入りした柳沢選手も、貪欲にボールに食らいついて、前哨戦としては良いものを観せてくれた。

しかし後半も後半になるにつれ、日本代表お決まりの負けパターンが炸裂する。2点リードの優勢状態がもろくも崩れ去るのだ。高原選手が2点目を決めた後、ドイツチームはなんだか死に物狂いでボールを取りにかかってくる。

というのは、なんだかそれまでドイツ選手は気の抜けた、精神的な気負いが一切見られないプレイをしていた。前哨戦ということでケガでも避けたかったのかもしれない。あるいは本当に、日本代表がファインプレーをし続けて手も足も出なかったのかもしれないが、個人的には「やる気のねぇ試合してんなぁ」と感じていた。

しかし2点目を決められ、ドイツの選手陣に火がついてしまう。ボールを奪った際の素早いドリブルなどは、それまで見せることのなかった姿勢だった。ともあれ、日本は2点リードしているのだから、これまで通りしっかりディフェンスしてくれれば勝てるかもしれないという希望があった。頑張って欲しいとつい布団(寝ながら観ていたのだが)を握り締めてしまう。

ところが突然オタオタする日本代表。これがいつものパターンである。日本代表の試合を観ていると、リードした後はかならず追いつかれ、しまいには負けるといった展開が多い。先にリードした安心感からなのか、本当に技術的に勝てないのか、理由は多々あると思うのだが、あっさり1点、2点とゴールされてしまった。

……なんでだ。2点もリードしておきながら追いつかれてしまう、なんてサッカーでは滅多にない展開だ。しかも試合残り、十数分でである。1点決めるために何十分もかかるというのに、どうしてドイツチームはほんの十数分で奪取することができるのだろうか?

中田選手がよくインタビューで話していた内容を思い出す。「日本代表と海外のチームはまず、精神面のベースが違う。日本代表も、海外のチームがどのような想いでプレイしているのか理解しないと、今後はキツい展開になる」……これが一体どういうことか、おわかりだろうか。先ほど私はドイツ選手が”死に物狂い”になったと書いたが、まさにソレなのである。彼らはドイツのプライドをかけて戦っている。特に今回は開催国なのだから、決勝リーグにあがるのも難しいと予想されている東洋の小さな島国のチームに、負けるわけにはいかないのである。

日本代表が選出された際、また監督ジーコまでもがよくインタビューで答えるのが、「予選敗退はしないように」「せめて決勝リーグに行きたい」とか何とか言ってるが、まずこのベースも違っているのである。それはワールドカップを純粋に”サッカーの祭典”ととらえるか、”国のプライドを賭けた大会”ととらえるかの違いなのだ。ドイツを始め、ブラジルだってイングランドだってアルゼンチンだって、フランスだって、なぜあのように強く、熱狂的なサポーターばかりなのかというのは、”国のプライドを賭けている”からだ。よくあるたとえ話だが、80年代のフォークランド紛争以来、イングランドとアルゼンチンの試合は妙に熱っぽい雰囲気があって、闘争心むき出しのプレイをしてくる。両国ともに、絶対に負けてはならない相手だと解しているからだ。だから他国の代表陣はひたすら優勝のみを追い求めている。

その意識の違いは、サポーターやメディアを見比べると瞭然とするのではないだろうか。今回のドイツVS日本の試合だって、日本のメディアでは「あのドイツ相手に善戦しました」だの「2点決めたからよかったです」だの、頑張ったからいいやという漫然とした報道しかしていない。サポーターだって、「いい試合でした」とカメラの前で堂々と言ってのけるくらいだ。決して誰も追いつかれたことを追求せず、怒りもしないのである。一方ドイツでは「開催国がなんというプレイをしているんだ」「ランキング下位の日本相手に苦戦するとは何事だ」といった、批判的な意見が報道されている。

この差は大きい。日本ではあくまで、サッカーは祭典、つまりお祭りなのである。だから頑張った、いい試合を観せてくれたと代表選手を甘やかす。いかにも農耕民族らしい温和な反応で、それは悪いことばかり生み出すことはないけれど、本当に日本代表に強くなって欲しいなら決して甘やかしてはならないのだ。つまらない試合を観せやがって、と怒るべきなのだ。だが、メディアもサポーターも「つまらない試合」だと感じないわけだから、まったくもって…お笑い種ではないだろうか。

日本代表も「せめて決勝リーグまで」とのたまっているくらいだから、どこかで負けてもイイやというヌルい気持ちがあるのである。だから後半になって、絶対に負けたくないと死に物狂いで攻めてくるチームの精神が、理解できない。もちろん技術の差もあるのだろうが、一人一人がサッカー選手としての精神面が充足していないと、勝てるわけがない。だから日本代表はいつも最後に負けるのだ。

| | コメント (2)