日常の話

2008年11月 1日 (土)

一年ぶりの更新

うわーい、一年ぶりの更新、皆様お元気でしたでしょうか、

って…
これだけ放置していれば忘れられているに決まっていますね…。

ログインそのものも一年ぶりに行ったので、ココログの使い方も微妙に忘れている始末。
悲しいものです。



とりあえず、ぼちぼち更新していこうと思っておりますので、よろしくお願いします。

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2007年10月 4日 (木)

なんて久しぶりの更新

特に名のついた病気というわけでもないものの、とにかく体調を崩してばかりの毎日が続きました。

ちょっと重い頭痛だの腹痛だの、腰痛だの、目眩だのに毎日苛まれていると、ロクなことを考えないものです。

なので、黙々と時間を過ごすためのパソコンにはなるべく向わないように過ごしていました。

まだ覗いていて下さっている方がいらしたら、ごめんなさい。申し訳ありません。でも、まだ覗いていて下さって、どうもありがとうございます。

お陰様で、ここ一、二週間ほど体調が良く、ブログを更新していた頃のように食事したり飲酒したりと過ごしているので(飲酒は…もちろん、ほどほどにしていますよホドホドに…)、そろそろ復活してみようかな、なんて考えております、、…

……ので、まずはご挨拶です。

更新したら、またよろしくお願いします。

そして――全く更新していないというのに、コメントを寄せて下さった方々、本当にどうもありがとうございました。未だ表示していませんが、次回更新する際にお返事と合わせてアップします。何気に、励まされました。どうもありがとうございました。

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2007年6月16日 (土)

空を見上げりゃ空にあり

なんだか世の中は年金問題で騒がしいし、朝鮮総連本部の土地が元公安の人間に売却されていたことも気になる。何かのアンケートでは世の大半の方々がこれから物価が上がることを懸念しているらしいし、実際私もそう思ってどんよりしているし、それでいて例年より梅雨入りが遅いとかやっぱり地球温暖化だとかで、漠然と「この先どうなっちゃうのかなぁ」とまるで自分が霧の中にいるような、そんな気分になる。

あぁ全く、近頃つくづく思うのだが私ってば主にテレビで、つまらない情報ばっかり相手にしている。いつの間にかフジテレビ「トリビアの泉」は終了していたけれど、テレビを観ていても「へぇ~」「ふぅ~ん」どころか、「あぁー」と首を垂れてしまうような、ガックリきちゃうような、そんな話題ばっかりで、何となく気分は萎れてしまう。旦那はバラエティー番組が大好きで彼が居間にいる際は、お笑い芸人や司会者の発言がやたら賑やかに響いているのだけれど、テレビ局っていう躁うつ病の患者の躁状態を見せつけられているだけのようで、いまいち笑えない。「ぐふふふ」という旦那の不気味な笑い声に吹き出すことはあるものの、まぁとにかく、腰を痛めてからテレビと向かい合うことが多くて私もその生活に慣れきっていたけれど、私にテレビは向いていない。改めて、なるべく観るのはヤメようと思う今日この頃だ。

――なんて、どんよりムードな書き出しになってしまったけれど、特に気分が沈んでいるわけでもない。いや、疲れてはいるのだ。五月はやたらと気分を害する出来事が多かったし、ネチっこい自分は未だにそれらを引きずっているし、そんな自分に参っちゃうこともある。愛鳥はお陰さまですこぶる元気だけれど、陽気が取り得な旦那も5号機問題で塞ぎ込む日もあったし、心配だけれど私には何の力もないし、これまた参っちゃうわけだ。極めつけはギックリ腰に、今日に至ってはお茶を入れる際、左手の中指と薬指に軽く火傷を負ってしまった。あぁ全くどれだけツいていないのだろう。

ツいてない?――これもまた、特にツいていないわけではないのだ。五月にパチンコを打って以来、週に二度ほどピンクレディーを打ちにパチンコ屋へ足を運んでいるわけだが、二千円や三千円でスルスルと当たってアホみたいに連チャンしてくれるという、これがまた気持ちのいいくらい快勝で、まるで遠隔でもされてるんじゃないかと苦笑してしまうほどだ。ひょっとしたら、参っていた私をパチンコ屋が歓迎してくれているのかもしれない。

五月はつくづく、やんなっちゃうことが続いた。精神的にモヤモヤしてしまった出来事を一つ、挙げてみよう…なんて偉そうなクチを利いているけれど、とどのつまり愚痴である。

大学時代に在籍していたサークルのOB会なんてものがあったわけだが――コレは毎年のことで、とりあえず歴史だけは古いことがウリのサークルだから、定年も近い自分の父親ほどの年齢の人間から、今年入学したての一年生まで幅広く集まって、親睦を深める…という和気藹々とした会である。しかし実質的には、現在大学三年生ぐらいのこれから就職活動に入りつつある学生たちが、様々な業界に散らばっているOB連中に顔を売るという役割の方が強い。まぁ、既に結婚して主婦となった私には場違いなモノなのかもしれないが、それでも同じ時間を過ごした同期や先輩後輩、仲良くしてもらったOBたちと親しく話せる数少ない機会であるから参加するわけで、やっぱり親睦会は親睦会なわけである。

ちなみにウチの大学は、そこそこ名の知れた大学で、自分は入学するために受験勉強に励んだし、合格したことは実に嬉しく、それでいてどっぷり受験勉強に浸かれる環境を作ってくれた両親にとても感謝している(むろん両親には授業料などを支払ってくれたことにも感謝しているし、学問的には如何に何を学んだかがひどく重要なのだけれど、今のところ国内の大学は入学するために頑張らねばならないのでこういう表現が妥当だと思っている)。そんなわけで、と言ってもそれだけの理由ではないのだけれど、こんな背景も手伝って、その大学で時間を過ごせたことを私は嬉しく思っているし、おそらく同期の友人たちも似たような気持ちだろう。

いや、「それだけの理由」ではないどころか、「それ以外の理由」の方がより大きいからこそ、入学してよかったなぁと今でもしみじみできるわけで、今更どれだけ勉強したかに言及するなんて品の無い話で申し訳ない――のだが、ソレに触れておかねば、ちょいと話が続かないのだ。

OB会で初めて出会った大学三年生だか四年生だかの女性と、ビールを片手に世間話をした。長い黒髪にフワリとゆるいパーマがかかっていて、肌は褐色色、真っ黒な瞳がパッチリと開いた細身の、オリエンタルな雰囲気のあるキレイな方だった。現在の大学の様子であるとか学生時代にしたアルバイトなど、たわいもない話をしていたのだけれど、言葉遣いも丁寧だったし、一つ一つの表現を選ぶ際にどこか慎重になっているようで、生真面目な印象があった。そういう方の前でヘロヘロと酔っ払えないのでつい肩に力が入ってしまうけれど、嫌いじゃない。和やかに話しているつもりだった。

「現在は何をされているんですか?」――ふと、彼女から、私の近況に対する質問が出た。結婚して主婦をやっているよ、と答える。彼女は失礼ですが旦那様はどのような…と言うので、あぁパチンコ屋だよと何気なく答える。

「えっ!信じられない。何か理由があるんですか?だって私たちって、エリート教育を受けたエリートじゃないですか。結婚して主婦になって、しかも旦那さんパチンコ屋って…」

でっかい目をもっとでっかくして驚く彼女に、とりあえずビールをぶっかけるべきだったのか、今でも悶々とする。つくづく、喧嘩ってのは先に売るものだと思う。タイミングを逃すと苛立ちを晴らすこともできず、トイレに行くふりをして席を替えるのが関の山で、あぁ全く我ながら情けない。今となっては、彼女にというよりは、あの時何も答えずにその場を去った自分がひどくみっともなく、情けなく、チキショウってな気分なのだ。

ちなみに私も同期の友人も先輩後輩も、自分たちがエリートだなんて一度も考えたことも無ければ、エリートという言葉を念頭に置いたことすらなかったのではないだろうか。エリートというものは、例えば森進一が唄っているように「世の中の傘」となっている方のことであって、社会で大人として生きている人間がまずなり得るものであるから、少なくとも学生は異なる。それでいて自ら言わずとも、多くの方が「あの方は『世の中の傘だね』」なんて評価してくれるような存在であって、それはそれはステキな仕事を全うされている方のことを指すのだと思っていて、大学や会社の知名度で決定づけられるものではないのだ絶対に。だから官僚の方々、アナタ方は本来エリートと呼ばれるだけの仕事は沢山背負っているわけで、頑張って世の中の傘になって年金貰えるようにしてください、と強引なオチをつけたところでお休みなさい、皆様。

ホント、強引だな。

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2007年6月10日 (日)

腰痛の果て。

風邪でもないのに寝込んだのは全く初めてのことかもしれない。熱で視界が歪んでしまうわけでもなく、頭や腹が痛んでヘタりこんでしまうわけでもない。ただ、腰が痛い。腰が痛いというのも、常時痛みを覚えているわけでもなく、例えば歩くとき、立ち上がるとき、寝返りを打つとき、あるいはちょっと腕を伸ばして何かを取ろうとしたとき…「何か」をするときに、背骨本体をムチで打たれたかのような、やってられない激痛が走るわけで、文字通り何もやってられない。台所に立つことも、掃除機をかけることも、むろん外出することも出来なかった。

とはいえ、全く料理をしないわけにはいかないわけで、台所にイスを置いて、そのイスに腰掛けて、米を研いだり大根や人参の皮を剥いたり切ったり、鍋の様子を伺ったりと、いつもより品数は少ないものの、それなりのモノは作らねばならないわけで――しかし、不便だった。流しからコンロまでの、ほんの1、2メートルの距離ですら歩くのも厳しいので、移動の際は旦那を呼んで、イスを移動したりイスまで肩を借りたりと、それはもう介護されているおばぁちゃんそのもの。「何十年もしたら、どちらかがこんな風になるのよねぇ」…なんて、互いにしみじみ老後を思い浮かべて一見、ステキな光景ではあるのかもしれないけれど、料理も含めて家事は通常、旦那の仕事中に行っていたわけで、それが途端に旦那が帰宅した後にスタートするものになったものだから、我が家の生活時間帯は再び大幅にズレてしまった。深夜に私が起きていることも度々なわけで――そう、夜十時ごろには就寝するという、個人的な健康法はストップしてしまったのだ。

だから、というのかどうかわからないけれど、それがまた腰に響いた気がする。半袖で過ごすことも決して少なくなくなったとは言え、夜はまだまだ寒い。なんだか冷えるのだ。旦那が仕事に出かけている間、私はベッドに寝たきりで、布団を被ったり腰には温湿布を張ったりと冷えを防いでいるつもりなのだけれど、なかなか身体が温まらない。眠ってしまえばよいのだろうけれど、冷えが辛いし、旦那の帰宅後にやらねばならぬことを思うと、どっぷりと眠ってしまうことはできなかった。仕方がないので本を読んだり、ニンテンドーDSでヨッシーアイランドにトライしてみたりと、夜更かしに現を抜かして冷えを紛らわせていた。

そんなわけで、この時間、起きている。

医者によると、二十代後半や三十代といった、まだまだ若く身体も丈夫な年代の女性がギックリ腰になるケースが増えているということだ。骨粗しょう症、なんてコトバをよく耳にするが、何でもカルシウム不足だとかでホネが弱っている女性は本当に少なくないらしい。身体を支える大黒柱である腰骨が弱っている余りに、何らかの拍子でギックリ腰になってしまいやすいのだという。自分は牛乳が好きで一日にコップ一杯は飲んでいたし、二日に一度はサカナを食べていたので大丈夫だと思っていたのだけれど、医者からは「コップ一杯ぐらいじゃねぇ。三杯いかなきゃ」と新勧コンパの切り込み隊長的な先輩さながらの答えが返ってきた。まぁ、これは、単純に私が長いこと不規則な生活を繰り返してきたからであって、通常は一日コップ一杯の牛乳でそれなりのカルシウムは摂取できるのだそうだけれど、睡眠を取る時間帯が安定しない人間はそうでない方よりも体力を消耗するのだから、ヒトの倍は優良な栄養を摂りなさいよ、ということらしい。

サカナにしても、同じサカナでもカルシウムの量は違うし、サカナの部分一つ一つに含まれている栄養は異なるのだから、主婦なんだから勉強しなさいと非常に手厳しいことを言われた。ちなみに、「どんなサカナを食べてるの?」と聞かれ、「サバです」と即答したわけだが――理由はお判りですな、皆様? 目押しができなくて隣の兄ちゃんに譲った酸っぱい思い出はあるけど、サバは好きだ。

サバ…。




大昔、長嶋元巨人軍監督が、「サバと言う字はね、サカナ偏にブルーと書くのだよね」とニッコリ笑っておられた。




はい、どうでもいいことですな。

というわけで、およそ一週間、ほとんど寝たきり家事も風呂もトイレも旦那に手伝ってもらいながら過ごした末に、お陰さまですっかり良くなった。自分で歩ける、歩いたってドコも痛くない快適さが有難い。なんてステキなんだろう。

それでは打ちに行こうか、と旦那ともども早速パチンコ屋へ。おめでとうと言わんばかりに、ピンクレディーで10箱、必殺仕事人で4箱サクッと出た。投資は合計五千円、3.3円交換。なんだよぅこれじゃまだまだピンクレディー2の悪口書けないじゃん、なんてホクホクしながら旦那を探しにスロットシマへ行ってみると…

旦那は真っ白に燃え尽きていた。

殴って帰った。



というわけで、皆様これからもどうぞよろしくお願いします。

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2007年6月 3日 (日)

初体験

情けないと言われても、構わない。

朝のことだった。目覚めていつも通り、歯ブラシや洗顔をするためにフラフラと洗面所に向った。深夜なのか早朝なのか、なんとも言い難い時間に帰宅した旦那は腹を上下させて、まだぐっすり眠っている。今までは私も一緒に寝ていた時間だったのだけれど、四月から始めた「規則正しい生活」――夜十時頃には寝て遅くても朝六時には起きる、といったスタイルを習慣づけてから妙に身体の調子がいい私は、特にするべき家事がなくともとりあえず早起きを心がけていた。

その日もこれといって早朝から始めねばならない家事はなかった。ゴミの日は昨日だったし、旦那が寝ているというのに掃除機をかけるわけにもいかない。朝食だって用意すべきは自分の分だけ、つまり一人分なので大した手間にもならない。ご飯と、昨晩残ったお味噌汁と、納豆と塩辛があれば十分だ。ほぼ毎日こんな具合で、近頃は旦那が起きる昼頃までの時間が、本を読んだりネットサーフィンしてみたり、愛鳥と遊んだりと一人でマッタリ過ごす時間になっていた。今まで深夜に在ったこの時間が朝になるだけで、なんとなく一日がゆっくり始まる気がして、心地よかった。睡眠大好き、できることなら何時までもぐぅぐぅ眠っていたい私が、早起きを続けられる理由はこんなところかもしれない。

まぁ、そんなことは、どうだっていいのだ。

とにかくいつも通りの、ゆっくりとした一日を過ごすために、まず洗面所に向うのだ。寝る前にどれだけ磨いたって、起きれば何故かネットリしたものが歯にまとわりついていて気持ちが悪いし、顔だって脂でテカっている。とにかく、歯を磨いて顔も洗って、キレイにしなければ気持ちよく一日は始まらない。歯を磨こう。

歯ブラシに歯磨き粉をのせる。見れば歯ブラシの毛が左右に広がりきっていて、「うーん、こりゃ夜には新しいものに換えなきゃなぁ」なんてぼんやり思いながら、口に入れた。

そのとき。

ウゲゴボウヘッ、ゴボッゴボゴホゴホッ…




酔いどれのオッサン顔負けの、腹のソコからこみ上げてくる大きな咳。いや、別に昨晩飲み過ぎたわけでも何でもなく、単純に、歯ブラシをぐいと突っ込んでしまって歯磨き粉が喉の奥を刺激しただけだ。なんだか妙に口の中が辛くって、喉の粘膜がヒリヒリするのを感じた。ヒリヒリ。ちょっと痛い。

ゲホッゲホッとまだまだ大きな咳は続く。早くうがいをしようと、コップに水を入れるためにちょっとかがんで体勢が崩れた瞬間。



ゲホッゴホッ




ゴキッ










……ゴキッ?





かがんだ際にも大きな咳が出て、なんだか身体をよじってしまって…
…ゴキッ?








そんなわけで、初めてギックリ腰になった。

痛い。

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2007年5月 1日 (火)

ムリな話。

読んでくださっている方々、すっかりご無沙汰してしまって――お元気でしょうか、皆様。

しばらく体調を崩していて、といっても大病を患っていたわけでも風邪で寝込んでいたわけでもなく、単純に慢性的な頭痛と気だるさに悩まされていただけで、医者も「特に悪いところは見当たりませんが」なんて苦笑してしまうほどの健康体だったのだけれど、「まぁストレスか何かでバランスを崩しているんでしょう。規則正しい生活を心がけてください」なんてアドバイスをされていたわけで――これまで以上に『健康』ってヤツを気にして過ごしていたのだ。

なんでも人間の新陳代謝の都合上、夜の十時から朝の二時の間に睡眠をとることが理想的らしく、お肌にも良いらしい。確かにそんな話は女性誌か何かで読んだことはあるけれど、学生時代ならまだしも、社会人になってからというもの少なくとも続けられる生活ではない。結婚してからだって、旦那は昼には雑用で出かけなきゃならないし、夜は閉店作業を見にいかなくてはならないわけで、それに合わせていれば睡眠時間帯はゴチャゴチャしていくわけで、旦那共々どうしても不規則な生活になってしまう。それでいて、この場合ドチラが体力を消耗しているかと問われればもちろん、働いている旦那の方が疲労が溜まっているのだけれど。

「まぁ今はオマエが身体を壊しているんだから」――というわけで、お疲れの旦那をヨソに始めてみた、”規則正しい生活”。

早ければ夜の九時、遅くても十時までにはベッドに潜り込んで、朝の四時から五時にかけて起きる。私が寝ている間に帰宅して、テレビを観てゴロゴロしていた旦那と一緒に朝ごはんをとって(…旦那にとっては晩御飯)、洗濯などを始める。旦那はそのまま寝てしまったり、お風呂に入ったり、日によってマチマチなのだけれど、たまにお酒を飲むこともあって、まぁそんなときはちょっとだけ付き合う。朝からお酒、って妙なモノだけれど、「朝なのだ」という自覚があれば深酒することもなく、酔っ払ってしまうこともない。

午前中、旦那が寝ている間に掃除など片付けをして、午後には買い物がてら――あるいは何も買うものがなくても、近所を散策してちょっとした運動をしているつもりだ。旦那が一緒のときもあるけれど、まぁ基本的にお仕事で出かけてしまうし、疲れているときは夕方まで寝ているので、大体一人で歩いている。

帰宅したら、ひたすら愛鳥と遊んで、お風呂に入ったり旦那にご飯を作ったりと――こんな具合のローテーションを続けること、二週間。

いやいや、自分でもビックリするぐらいの身体の軽さ。学生時代から悩まされている肩こりや冷え性が改善されることはないけれど、頭痛や腰痛、身体全体に漠然とのしかかっていた気だるさが払拭されたし、心なしかお肌がフックラスベスベした感がある。「あぁもう消しゴムで消えればいいのにな」と悩んでいたクマも薄くなったし、顔全体の血色もよくなった。それに、まぁ、ナンというか、精神を落ち着かせる効果もあったのか、以前よりもずっと気分がいい。いや、以前は気分が悪かったのかと言われれば決してそうではないのだけれど、他人様と話をするにも何をするにも心のどこかにあった「だりぃなぁ…」という感情がモノの見事に消えてしまった。また生理前後になると、私はイライラしたりちょっとしたことで落ち込んだり、と不安定になってしまうのだけれど、今回はそれがなかった。さすがに腹の痛みは治らなかったが、生理前後には旦那に八つ当たりしまくるという我が家の習慣が、ひとまずおさまった。

"規則正しい生活"の威力、これほとどは。

我ながらビックリで、ぜひぜひ皆様にもオススメしたい。

――ところなのだけれど、フツーに考えて、そりゃムリな話だ。

私だってたった数年ではあるけれど、社会人として働いていたわけだから、少しはわかる。残業なんて当たり前のようにあるし、よしんばなくとも、お仕事が終わってからお付き合いで飲みに行ったり、あるいは自分の趣味を充足させるために何かをしていたら、夜の十時に就寝できるはずもない。通勤時間が長ければ、仕事が早く終わっても、理想的な時間帯に帰宅しづらいだろうし、そもそも疲れているので朝早くに起きることも、きっと難しいわけで、自分たちの生活を守るために、自らがいかに不健康な生活をしていることか。

切ないな…。

と、いうわけでゴールデンウィーク。休める方は、ゆっくり身体を休めてください。

中には休めない方もいるでしょう。ムリしないで下さい、としか言いようがありませんが、出来ることならムリにでもいつか休んで下さい。

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2007年4月16日 (月)

妹の就活を聞いて思ったどうでもいい話

二十三歳の女性に「私、結構トシ、いってるんですよ」とニッコリ笑顔で言われてから、やる気のない日々を送っているわけで…って、そりゃもちろん本当はどうだっていいのだけれど。

実は私には大学生の妹がいて、彼女も東京で暮らしている。とはいえ、ウチとは随分離れた地域で暮らしているし、彼女は私と違ってパチンコどころか麻雀牌さえ握ったことのない、それはそれは真面目な性分なので、一緒に遊びに行くこともこれといってなかった。別にパチンコも麻雀もしなくたって会えるじゃない、と思われた方――どうか同情してくだされ。四年前、彼女の上京が決まった頃、「じゃあ東京で一緒に遊ぼうか」とお誘いのメールを入れたら、「お姉ちゃんと一緒にいたらお金ばっかり使うハメになるから絶対にイヤだ」と、きっぱり断られたわけで――"絶対にイヤ"ですよ、"絶対に"……しかも、なんだかアレですな、断り文句というのを字面でマジマジ読んでみると、なんだか物悲しくなるもので……トホホ、だ。一度、高校生だった彼女が東京に遊びに来たとき、「今日は高松宮記念だから」と新宿のウィンズへ連れて行ったのが大きく影響しているようで、あぁ悲しい。競馬新聞の見方から馬券の買い方まで懇切丁寧に教えてあげたというのに、はぁ…、溜息だ。

そんなわけで、妹とは同じ東京にいるというのに、大して連絡を取らない四年間が続いた。新年や誕生日に「おめでとう」メールが届くぐらいで、彼女の具体的な近況を直接聞く機会はなかったし、まれに実家の両親から「大学楽しいみたいよ」とか「元気みたいよ」といった漠然とした様子を耳にするぐらいだった。

まぁ、そんなものかもしれない。私には新しい家庭があるわけで、しかも嫁という立場なわけで、生真面目な妹はその辺を気遣ってくれているかもしれない――なんて楽観的ではあるけれど、そんな理由も考えられるし、私と彼女が都合を合わせて実家に帰省することも、お互いに仕事を持たない主婦あるいは学生という立場ではあるものの、意外と難しい。だからまぁ、ちょいと寂しいけれども仕方がない。

しかし、つい先日、彼女が就職活動に励んでいると聞いた。

先週、私は実家に帰省したのだけれどその時、たまたま彼女から家に電話が入ったのだ。

「あ、お姉ちゃん? 久しぶり。最近、就職活動してるんだ、私」

「あらそう。そういや、そんな年だね」

溌剌とした声を聞いて、ひょっとしたらいい報告なのかもしれないなと私は思った。

「うん、まだ内定は出ていないんだけど、ムズかしそうな会社の書類審査が通ったの、すごく嬉しい。私、大した大学行ってるわけじゃないのに」

「相当ヌルい会社受けてるんじゃないの?」

「そんなことないよ、銀行とか、生命保険会社だもん」

「銀行とか生命保険会社の内定とるのって、ムズかしいの?」

私が就職希望した業界とは全く異なるので、よくわからないのだ。

「…ムズかしいもんだよ。お姉ちゃんは氷河期世代のくせに、何もわかっていないんだね。もういいや、私が銀行に入ったらソコの口座作ってね。生命保険会社に入ったら、加入してね。それじゃ」

ガチャ。

……。

まぁ、そんなもんか。

しかし、何でも2007年問題を抱える企業が多いため、求人そのものも多いのだそうで、少なくとも就職氷河期と謳われた数年前よりは、学生は内定を貰いやすいのだそうだ。いいなぁ――といっても、当時マトモに就職活動しなかった私が今新卒扱いの学生であるからといって、熱心に活動するハズもないのだけれど、就職活動という言葉に対して少しでも明るいイメージが持てる、妹にというか、昨今というか――が何となく、羨ましい。私が学生の頃なんて、真っ暗で何の期待もない重い扉を懸命にコジあけなくてはならないような、骨の折れる作業に思えた。自殺者だって出たぐらいで、妹の明るい声を聞くと「あの頃って一体何だったんだろうな」と感じる。とはいえ、今の世代の学生たちが全く苦労せずにいられる筈もなく、やはり彼らにとって重い扉はいくつも存在しているのだろうから、きっと大変なのだろうけれど。

まぁ、なるようになるさ、って何のオチもないところで、それではまた皆様。

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2007年4月12日 (木)

ディスクアップ・オルタナティブ…はあまり関係ない

ここのところ、私、何をしていたんだろう…。特に忙しいわけでもなかったのだけれど、すっかりブログを放置してしまった。

そうそう、何日か前に、一人の女性と話す機会があった。初対面だ。ひょんなことで話すきっかけに恵まれたのだけれど、とても落ち着いた雰囲気の漂う、黒いスーツに長めのコートが似合うようなオトナっぽい方だった。暗めの茶髪は背中の半分ぐらいまで伸びていて、緩やかなパーマがかかっているところがまた、絵に描いたようなキレイなお姉さん。それでも話し振りはとても明るくって、気さくで、しょうもない冗談にはケラケラ笑う様子がちょっと子供っぽくて可愛かった。

んで。

「そういえば、その、年はいくつなんですか? 同年代なんでしょうけど」

…と、私は聞いた。語尾にデスマスをつけているのは、初対面だし、失礼なのか何なのかよくわからないけれども雰囲気を見る限り、私よりやや年上なのかなと思っていたのだ。もうすぐ三十にさしかかるぐらいかな、と。

すると彼女は照れたように笑う。

「ええ、実は、結構トシ、いっちゃってるんですけど…」

「え、そうなんですか?」

「実は、その…23才です」




ぷちーん…。(←何かがキレた音)




マイブームは若作りとなってきた二十代後半の、あと二年ぐらいで三十を迎えるっていう、節目がそろそろ近づいてきて子供どうしようとかアレコレ考えているオンナに向って、ナンですかアナタ。

はぁ。

まぁいいや。

いいんだ。

とりあえず、ディスクアップ・オルタナティブの筐体画像。とても評判がよろしいようで、こりゃー売れますな、きっと。

DiscDiscreel_2
肩こりがひどいので、今日はこの辺で。

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2007年4月 1日 (日)

ここ何日かのこと。

ここ何日か、ずっと頭と肩と背中と左胸、つまり心臓の近くがずっとズキズキ痛んで身動きがとれなかった。歩いているとき寝転んでいるとき、包丁を握っているとき雑誌をめくっているとき、いつもいつも後頭部に重い鉛がのしかかっているような気だるさと、左半身の痛みがとれない。振り返ったり首を傾げたりなどの何気ない動作もままならないどころか、ちょっと手を動かすだけで左半身に激痛が走る。本当に困ってしまったし、いよいよこれは病院で検査を受けねばならないと覚悟を決めていた。

月末で旦那も忙しそうにしているので、病院へ行くのは来週。それまで、いつも愛用していたフェルビナク入りの湿布を首を包み込むようにぐるりと、それから両肩や背中、左胸にベタベタと貼って、痛みをごまかしていた。そのとき私は自分にどんな不調が起きているのか、怖くて大した予想もできなかったのだけれど、後頭部と心臓周辺が痛いことから、漠然と何か重い病気なのではないかと考えていた。

あぁ、いやだなぁ。

死に至るほどの酷い病が、一体どれほど遺伝するものなのかあまりよくわかっていないのだけれど、実家の親戚一同は基本的に脳梗塞や脳溢血といった――プチン、と一瞬で逝ってしまうような病に命を奪われている。癌にかかった人間は父方の祖母しかいないし、それもかれこれ十五年ほど前の話で、現在は完治して(と言ってもいいだろう)のびのびと暮らしている。糖尿病の人間にいたっては誰一人としていない。まぁ、気楽でつつましい田舎暮らしの中で、糖が漏れてくるような食生活はなかなかできるものではない。そういった背景も糖尿知らずの"家系"となる所以なのだろう。

ただ、酒だけは飲む。親戚一同、男女問わず誰もが日々の晩酌を怠らないし、正月や盆や何かで集まればひたすら酒、酒、酒。特に高価なものや銘柄に拘るわけでもなく、アルコールが入っていればとにかく飲む。理由はわからない。頬を紅潮させ嗅げたものではない息を吐きながら、賑やかに飲んでいる。しまいには親戚だけではなく、近所の方々もやってきて、皆で頬を赤らめる。その雰囲気は、祭りに参加してはしゃいで皆でハメをハズしているような、なんとなくそれに近い。

とにかく私が知る故郷の人々は、同級生などを除けば誰もが皆酒好きだ。そんな中で育ったものだから、いつの間にか私も晩酌のクセがついている。もちろんアルコール依存症になってしまうほど、えげつない飲み方は滅多にしないが、例えば風呂上りのビール一本など――慢性的一定量以上の飲酒習慣にならぬ程度に、ほどほどに日々たしなんでいるつもりなのだが。

しかし、飲酒習慣が脳梗塞や脳溢血など、脳に何かしらの弊害をもたらす重い病の原因となることは様々なメディアで謳われていることだし、私もそう思う。私の親戚がこういった病で逝ってしまっているのは、ほぼ間違いなく飲酒習慣にあるだろう。ただ、こう言ってしまうのもなんだが、彼らはそれはそれはもう、私などとは比べ物にならないぐらいの酒量を日々体内に取り込んでいたわけで、「そりゃ脳もぶっ壊れちゃうよ」と納得せざるを得ない生活を送っていた。

例えば私の祖父は、毎朝を焼酎の緑茶割で向かえていた。そうして食事を摂り、昼ごろには様々な人たちが訪れるので、その人たちを相手にしながら日本酒を飲んで、夕方には酔いつぶれて一時眠る。数時間後に目覚め、食事を摂りながら家族や、まだ家に残っている仕事絡みの人々とともに焼酎やら日本酒を飲んで、宴もたけなわというところで風呂に入る。その後また何か飲んで、ようやく眠る。祖父の仕事の詳細はここでは省くが、少なくとも私が物心つくころにはこのような生活ぶりだったし、脳梗塞で倒れるまでの十数年間はこうだったので――そりゃ、脳どころか身体も参るだろう。ちなみにウチの父も結構な酒飲みではあるのだが、私の教育上祖父との同居はよろしくないと家を出たそうだ。

別に祖父の飲み方を恥じ入るわけではないが(むしろ尊敬している)、健康面での反面教師にしているので、父も私もさすがにこのような飲み方をしない。むろん、仕事をしたり通学していたりすればこんな生活を送れないので心配するまでもないのだけれど。

そんなわけで、注意を払いつつ晩酌を続けてきたつもりなのだけれど、それでも後頭部や心臓周囲が痛いとなると――ふっと、それらの病が頭をよぎる。いや、医学に関してズブの素人が何を想定したところで信憑性のカケラもないことはわかっているのだけれど、無知なだけにアレコレと不安になってしまうのだ。

「そのうち、頭がプチンときちゃうんじゃないかな」なんて不安に思ったり、それならすぐに病院に行くべきなのに足がすくんでしまったり、「私は一応まだ若いんだし」といったちょっと楽観的な期待でもって不安を一瞬打ち消したり……悶々と考え込みながら、「来週は病院だ」と決心し、湿布で痛みをごまかしていた。

しかし、今日になって、驚くほど身体が軽い。

「……寝違えたんじゃね?」と旦那。「ずっと言おうと思ってたんだけど、お前、寝相悪くてな、信じられない体勢でいつも寝てるんだよ。スジの一本や二本、簡単に痛めると思うぞ」

そうかも。そうかもしれない。よくよく考えてみれば、胸が痛いというのも、心臓そのものが痛いわけではなくて、心臓周囲の、そういわゆる胸筋ってヤツが痛かった。後頭部の痛みも、首の付け根とその周囲のスジが痛かっただけだ。風邪をひいたときのように、頭部全体がズキズキ、あるいはガンガン痛んでいるわけではなかった。

そっか。寝違えたのか。きっと、一度にいろんなスジを痛めちゃったから、何をしても激痛が走ったのだろうなぁ…。

何はともあれ、よかった。ほっ。「ついでにお前、歯軋り酷い」と言った旦那にも存分にキックを食らわせられる。

しかし、そんなに後から不安になるぐらいならお酒ヤメればいいじゃん、と思われる方もおいでだろうけれども――なかなかそう、上手くはいかないものでして。はい。

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2007年3月25日 (日)

鬱な彼女への処方箋

二週間ほど前に女友達がひどく落ち込んでいるという話を書いた。以前勤めていた会社(出版社)の同僚なのだけれど、担当する仕事量が増えたのに比例して、拘束時間つまり日々の残業がかさんでしまい、なかなか休みづらい状況で精神的に参っている。この業界で身を立てたいとどんなに自ら望んだ仕事であっても、気楽に休める時間がなければ息がつまってしまうだろうし、モノ作りに携わるという仕事上、自由に本を読んだり映画を観たりすることができないと、感性がブレてしまってどうしても仕事に行き詰まりを覚えてしまうだろう。頑張りたい仕事だけに、ベストを尽くせない彼女は――もともと神経質な性格も手伝って、ひどく疲れて落ち込んでいるのだ。

あれからも度々電話がかかってきては「もう疲れたよ」だとか、メールで「会社行きたくないよ」なんて愚痴をこぼしていて、状況は相変わらずのようだった。私は彼女が参っている理由も、彼女自身の考え方もある程度は理解しているつもりだから、共感する姿勢でそれらに耳を傾けていた。そりゃ疲れるよね、休みたいよね…といった、相槌を打つような会話をずっと繰り返していた。

既に彼女は頑張っているのだから、「頑張れ」なんて言うのは励ましにもならないと思ったし、いくら自分が以前勤めていた会社であっても、現在の仕事状況をリアルに知っているわけではないので、仕事の流れに関するアドバイスなんておこがましくて口が裂けても言えない。「うだうだ言わずに休んじゃえ」と、他の方には言うこともあるかもしれないが、彼女は生真面目な部分もあるので、そんなセリフはいよいよ追い込んでしまいかねない。「休めたら、とっくに休んでるよ」とより頭を抱えてしまいそうだ。

それに、まぁ、「これが私だったら…」なんて、安易ではあるけれど、他者の悩みを聞くにあたって基本的な見地に立って考えてみたところ、きっと私であれば何も言わずにただ話を聞いて欲しいと願うだろう。どうせ目の前の現実から逃れることはできないのだから、いくら辛くても乗り越えなくてはならないのだ。いや、逃げることは不可能ではないのだけれど、それは決して自分の望むところではないだろう。どんなに参っていても、こなさなくてはならないと自覚しているだけに、辛いのであるから――他人の、「頑張れ」だとか「休んでみたら」なんてセリフは、有難くないわけではないがどこかで白々しく聞こえてしまうに違いない。ワガママかもしれないが、こんなときは、ただ黙って自分を肯定して欲しいと願うだろう。こんなときは、自信がないのだから。

それが私が選んだ彼女に対する姿勢で、特に何も言わず、聞かず、彼女が言ったことに頷くばかりだった。これが完全に正しい姿勢だとは思っていないけれど、例えば彼女に対するアドバイスなどは、彼女よりももっと経験のある方々が言う方がよほど効果的だし、私は友達なのだから彼女をただただ甘やかすような、全肯定の相槌を打つことに決めた。これはこれで、友人としての一つの姿勢としてあってもいいものだと自負している。それに、彼女は両親との仲がイマイチだし、今はオトコもいない。甘やかしてやらないと、なんてオバサンくさい気持ちになってしまうところもある。

そんなわけで度々彼女からの連絡を受けては、しんみりとした会話に相槌を打ち続けてきた。彼女も彼女で、私が旦那の生活時間帯に合わせて、勤めていた頃よりもずっと不規則な生活をしていることを知っているからか、深夜だろうと早朝だろうと、気兼ねなしに連絡をくれた。"くれた"、というのは――私は悩んでいることを我慢されてしまうとむしろ困ってしまうので、参っているときはストレートに連絡をくれた方が聞き手として有難いのだ。もちろん対応できないときは、鳴り続ける携帯を放置してしまうことになるのだけれど、その分せめて、相手が連絡したい際に連絡してもよいのだという、安心感めいたものは失わせたくない。まぁ、完全にはムリなのだけれど。

そう、そして、一昨日――木曜日のことだ。

深夜も彼女から電話があった。深夜、といっても午前四時という早朝とも言うべき時間で、「眠りたいけど眠れない」といった内容だった。彼女は終電で帰宅したのでクタクタに疲れているはずなのだけれど、寝付けないという。まぁ、精神的に不安定だろうとそうでなかろうと、遅くに帰宅したからといって、疲れているからといって、すぐに布団に潜れるわけではないのだけれど――これまでの彼女の状況から察するに、もしかすると朝起きることがプレッシャーになっていて、寝付けないのかもしれない。

「眠れないんだ、しょうがないね」なんて、適当に聞こえるかもしれないが、いやその通り、適当に私も答えてしまう。「ムリに眠ることもなかろうよ」

「でも、明日も仕事だし…今、校了前だし」
校了というのは、雑誌を作っていく上での用語で、聞きなれている方もたくさんいらっしゃるだろうが、大雑把に言ってしまえば全ての原稿が出揃って印刷所に放り込める状態になることだ。つまり、この校了を迎えた際、その雑誌の制作はひと段落――出版社側で行う作業はなくなり、あとは印刷所の仕事となる。

「そっか、今校了前か。そりゃ忙しいね」

「うん、でもね、日曜は休めると思うんだ」

「よかったじゃん」心なしか彼女の声が明るかったので、私の気持ちもちょっと浮いた。

「だけど…すぐ四月になるし、ゴールデンウィーク進行に入るかも。ゴールデンウィークを全部休めるなんて最初から思っていないけど、四月中に五月の仕事をある程度進めておかないと…そんなこと、できるのかな…もうどうしよう…」

日曜祝日は基本的に印刷所も会社も休みだし、外部の方へ発注する仕事やそれに関する打ち合わせもろもろを、その前に済ませなくてはならないわけで、そうなると、さらに前に企画そのものを立てたり様々な準備をしてなくてはならないわけで――大型連休前はとにかく時間に追われがちだ。世間では、四月下旬からゴールデンウィークに入るのだけれど、つまるところ、四月中に四月分の仕事を進めると同時に、五月分の仕事もある程度手をつけなくてはならない。どの業界でも大型連休前は多忙となるだろうが、編集者もその例外ではない。ゴールデンウィーク、お盆、年末年始――パチンコ屋の三大回収期として挙げられるこれらだが、その前後は誰もが皆忙しい。

「あぁ、そんな時期だね…確かに忙しそうだね」

「疲れた。もう最近、何をしてても楽しくないの。いつも時間ばっかり気にしてるし。なんだか、いつも、悲しいの。先のこと考えると、憂鬱になる。暗いことしか考えられない。そんな自分がイヤだ。こんなことしか考えられないなんて、イヤだ」

自分の時間を自ら、楽しいとか有意義であるとか、とにかく魅力あるものとして考えることもできず、そのように過ごすこともできない。仕事をしていようと、帰宅してからであろうと、自分自身の時間であるというのに――自分で何もできないなんて、なんて自分はダメで無力なヤツなんだろうと、そう言いたいのかもしれない。

「わかる気がするよ。きっと私も同じ状況だったら、イヤだって思うだろうね」

「そう、もうなんだか情けなくて…楽しいことって何だろ?」

「何だろう」……いや、決して適当に答えたつもりはないのだが(心の声)。

「笑いたいなぁ…どうしたらいいのかなぁ…ねぇ、どうしたらいい?」

むむむ。どうしたらよいのか問われてしまうと、困ってしまう。これまで彼女の自信が回復することを願って、なるべく彼女を全肯定する姿勢をとってきたので――どうしよう。

一瞬、迷ったが、そのとき私が出した答えは――。







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著者:古谷 実
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……を薦めた。「笑えるよ」と。電子書籍でも購入できるから、何なら今すぐにでも読めると思うよ、と。

彼女は「えっ、ちょっと待って、何それ」と何度か聞き返し、私は「いや、とにかく面白いから」と何度も答えた。「読めばきっとわかるよ」とも言った。読む時間なんて、新しい書籍を手にとってめくる時間なんて、そんな余裕なんて今ないのよ、と返されてしまうことを内心恐れていたのだけれど――彼女は、「有名な漫画だしね…」と言って、ひとしきり口をつぐんだ。

「何も今すぐに読んで欲しいわけじゃなくて、時間があったら思い出してみて」

「うん、わかったよ」






それから間もなく電話が切れて、三日経とうとしているのだけれど――毎日か、二日に一度はあった彼女からの連絡が途絶えているのは一体どういうわけだろう。やっぱり、そういうわけなんだろうか。いや、校了前だから忙しくて電話をする体力も残されていないのかもしれない。ひょっとしたら、これを読んで思い切り笑って少しは気持ちが晴れたのかもしれないし――どうなのだろう。気になって仕方がない。

ちなみに私も、これまで情けなくて無力な自分を責めたことや、自分ではどうにもならない状況に苦しんだこと、切なくてやりきれなくなったこと――あれこれと人並みに落ち込んた経験はそれなりにあるのだけれど、元の性格が小心者でクヨクヨしがちなものだから、ひとたび落ち込むとそれはそれはなかなか浮上してこない。何をしていても、その悲しみや情けなさの原因が胸の奥をツツいていて、辛くて、いつも困惑してしまう。そんなとき、私はいつの間にか本棚にある「行け!稲中卓球部」を手に取っているのだ。

ウハハハ、なんて笑って、いかに自分が笑うことを忘れていたか自覚すると同時に、「まぁなんとかなるさ」といった前向きな力も戻ってくる。祖父が亡くなった際、遠くに住む従兄弟が持ってきたのがきっかけだったのだけれど(なんだそりゃ、とツッコまないで下され)、以来何かで落ち込む度にこの本をめくるようになった。一度、笑いを取り戻すことはとても重要だと私は思う。ムリに笑顔を作るんじゃなくて、ムリにでも笑える状況を作るのだ。そうすることによって、少しは回復できるんじゃないかと――そう思ったから、彼女に薦めたのだけれど、ダメだったんだろうか。

とても不安だ。今度は私が稲中を読む番になってしまうかもしれない。

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