花より男子が終わりました。
ちょいと照れくさくってみっともない話を書くが、ウチの旦那はああ見えて――図体は人一倍デカくて大食いで、頭はアステカと食いタンドラ1でしかできていない、つまり腕っ節だけよさそうなアホなんだけれど、甘えん坊である。未だにオーストリアとオーストラリアの区別もおぼつかず、「新陳代謝」が「●ん●ん男爵」(一部自粛)に聞こえてタマラナイという、涙が出るぐらいのアホなのだけれど――甘ったれで、素直で可愛いヤツなのである。
昼も夜もいつも不定期な時間に働いて、社長である義母にどやされることもあれば、仕事のデキそうな若手社員に「な、何やってんスか」とツっ込まれ、愉しみの設定打ちも低設定が噴いたり高設定が不発だったりとマシンの気まぐれに頭を抱え、オーナー同士のお付き合いに参加してみれば"在日話"でウンザリし、コンビニでちょっとタバコを買おうと車を止めたら一瞬で駐禁をくらい……それはそれは、日々お疲れで帰宅する。
とは言え、旦那はあまり仕事の多くを私に話さない。仕事に関して話すことは、今日は赤だったよとか、営業が来たよとか、そんな大まかな出来事ぐらいで、例えば「ナニがどうしてとってもダルい」といった愚痴を具体的に言うことはない。この辺、私とは全く違う。私たちがまだ彼氏彼女の関係であった頃、当然私は働いていたわけだけれど――「ったくもー、タナカ(当時の上司)が下ネタばっか言ってウザいの!!」なんて生ビールを飲みながら、私はよく旦那にこぼしていた。その頃から旦那は、会社や人物に焦点を絞って、いかに自分がイヤな思いをしたかこと細かく相手に説明することはなく、愚痴らしい愚痴を口にすることはなかった。せいぜい「昨日は入替が朝まで長引いてダルい」ってなぐらいだった。
今でもそうなのだけれど、まぁ旦那が一体どういったモノが嫌いで疲れるか、今日はイヤなことがあったのかぐらいは、なんとなく顔色だとか表情だとか口調で想像がつく。それに私も言われないことは特に聞かない性質でもあるし、むしろ私が旦那に自身の今日一日を話したくなってしまうので、自分から旦那のそれを訊ねることはない。
旦那は疲れたり憂鬱な気分を味わったりすることが日々色々あるのだろうけれど、決してそれらを言葉にすることなく自分の中に留めて――こう書いてみると、いかに頭が悪かろうと殊勝な男のようだし、まぁ実際そうでもあると言えなくもないかな、なんて我ながら思うのだけれど――それでもやっぱり、甘ったれの小僧なのだ。
「ねぇねぇ」帰宅して一息つくと、毎日必ず、絶対に旦那は言う。「頭ナデナデして」
毎日必ず、昼夜問わず、帰宅して靴下を脱いでお茶かビールを飲んだら絶対に、じっと小動物のようなひたむきな視線でもって「頭ナデナデ」をせがむのだ。
「あんたの頭、重いからヤダ」なんつっても、日々働いてくれている旦那に労わりの気持ちがないわけじゃない。ソファーにもたれた私の膝に置かれた、重いくせにカラッポの頭を撫でる。パチンコ屋の澱んだ空気を浴びてきた旦那の髪は、整髪料と入り混じってとてもベタベタしているし、ただでさえ彼は脂性なのだ。額の生え際のあたりなんて、妙にしっとりテカっていてとても触れたモノじゃないのだけれど――まぁしょうがない。実家の愛犬の毛づくろいをするように掻いたり撫でたりしながら、私はボケっと視線をテレビに向けてビールを飲む。時折、「また人が殺されちゃったよ」とか「深夜放送って最近つまんないね」なんて話しかけると、「そだね」「ホント、そだね」とぽつぽつ返事が返ってきて――しばらくすると返事はなくなり、下を向けば寝息を立てている旦那がいるわけで――本当に甘えん坊だ。
毎日のことなので、つまるところ、日課だった。
ところが、もうなんだか、ここ何日間はどうしても、どうしても、私ってば――思うところがあって、「頭ナデナデ」をする気分になれなかった。別に旦那と喧嘩をしたとか、気に入らないことがあったとか、もちろん彼に対する有難い思いがなくなったわけではなくて、その辺はいつも通りなのだけれど、どうしてもこみ上げてくる新たな思いが、「頭ナデナデ」を拒否してしまうのだ。
「頭ナデナデして」――旦那はいつものように、おねだりしてくるのだけれど。
「ねぇ」
「ん?」
「頭ナデナデをしたくないわけじゃないんだけどさ」
「うん?」
「アンタの頭ナデながら、この間、ふと思っちゃったんだよね。『このまま撫で続けたら松本潤くんか、小栗旬になればいいのに』って」
「えっ…」何それ、と言わんばかりに旦那は目を丸くする。
「土曜日に花より男子の総集編みたいなのやってたでしょ? あれ観てたら、もう、たまんなくなっちゃったよ。あの二人、やっぱ良いわ。『ごくせん』の頃もよかったけど、花より男子でも眩しすぎる。っていうか、カッコよすぎ。やばい。しかもカワイイ」
「………」絶句する旦那。
「ねぇ、なんでアンタは松本潤じゃないの? 小栗旬じゃないの?」
「……そ、そう言われても……その……」
「あたしゃ悲しいよ」
私は本当にこのとき、それはそれはもう深々と溜息をついた。以前にもブログで、松本潤・小栗旬の両者がなんだかとても可愛らしくってしょうがない、若い人たちが恋愛にひたむきになる姿っていいもんだなぁ、と書いたけれども、総集編を観てどっぷり浸かってしまった今、"いいもんだなぁ"から"カッコいい"に気持ちが豹変してしまったのだ。
「この脂っこい頭を撫でてるうちに、松本潤に変わればいいのに…」――私はしみじみと、そんな気持ちになっていた。
「え、でもさ、その…」旦那は申し訳なさそうに言う。「俺だって、よく見れば、松本潤とまでは言わないけど、小栗旬ぐらいには似てるように見えてくるんじゃないかな…」
「小栗旬、ぐらい? はぁ? ぐらい、ってナニよ。アンタ、ナニ言っちゃってるの?」
「いや、その」
「小栗旬ぐらいって言うならね、さっさと小栗旬になりなさいよ! バカ!!」
最後の「バカ!!」が効いたのか、旦那は必死に言い返す。
「なんなんだよぉ。そりゃ俺も小栗旬好きだよ。『ごくせん』の小栗旬は特にサイコーだったよ。カッコいいと思ったよ。でも花より男子の小栗旬なんて、ただの、ヨン様ルックしてるだけじゃん!!」
い、いや、それでも。
「そんなの関係ないの、どうでもいいの!! とにかく私は悲しいんだから、放っておいて!!」
「ナニが悲しいんだよ…」
「アンタの全て!!」
……なんて入れ込んじゃって、旦那は二日ほど「頭ナデナデ」のおあずけをくらったのだ。いやー、申し訳ない。その後はどうしてもナデて欲しいのか、一個千円もするスィートポテトや長蛇の列ができる鯛焼きであるとか、手土産を携えて帰宅するようになった。
「なんか、近頃、ハードル高いよ…」ポツリと旦那は呟いていた。
そんな花より男子も最終回を迎え、これまでドラマを逐一チェックしていなかった私も夜十時にはテレビに噛りついていた。ヒーロー・道明寺司くんの野性的なガキ臭さを見事に体現している松本潤くんがステキだったのはもちろん、なんだかこう、心の一番キレイで純なところをやたら刺激してくるストーリー展開で、気持ちがやたらと上向きに、明るくなる。こういうのを若返った気分になる、というのかもしれない。原作とは異なる展開に、「あれれ?」と首を傾げてしまうこともあったけれど、それはそれでハラハラドキドキできた。そして何より、このドラマって――出演されている方々を始め、製作者側の楽しさが伝わってくるのだ。もちろん実際の現場を見ているわけでもなんでもないのでただの想像なのだけれど、なんとなく製作者側のチームワークの良さを彷彿とさせるし、ドラマのホームページを覗いても丁寧に作りこまれていて、作品への愛情や愛着を感じさせられてよかった。製作者側のテンションって、意外と視聴者にも伝わるものなんだろう。
あぁ、終わっちゃったな。もう観られないんだな――とほほ。ちょっと寂しいけれど、現実に戻って、また旦那の頭でもナデるか…。



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